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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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045 食堂・決闘・抱負

 夜、メアが食堂で凹んでいると、アウェアに話しかけられた。

「どうした、メア。何をそんなに誰でも分かるほど落ち込んでいる」

「クァトラ先輩に怒られたんだってさ」

 机に突っ伏すメアの代わりにレオゥが答えた。

「何かしたのか? 不埒なことか?」

「違うよ……ただ、ちょっと、余計なことしちゃっただけだよ……」

「詳しくは教えてくれない。が、こうして落ち込んでいるから構ってくれという感じを醸し出し続けている。交代するか? アウェア」

「いやー、面白いが面倒だな。私は遠慮しておく」

 がばっとメアが顔を上げた。

 アウェアはその動きに驚き距離を取る。

「アウェア!」

「どうした。食堂だからあまり騒ぐな。人が少ない時間とはいえ夜だ」

「アウェアは調停委員だよね。ちょっと色々教えてほしいんだけど」

「ほう」

 アウェアはまんざらでもない表情でメアの正面に座った。どうやらメアの質問を聞いてくれるらしい。

 無表情にメアを見つめているレオゥを気にせず、メアは本題から入った。

「決闘ってどうなってんの?」

「したいのか?」

「したいんじゃないんだけど、決闘を吹っ掛けられる可能性もないわけじゃないわけじゃん。だから少し仕組みとか色々知っておいて、避けられる決闘は避けられるようにしておいた方が良いと思ったんだ」

「なるほど。どのような経緯でそんな心情に至ったかは聞かないでおくとして、ではこの学校における決闘に関して教えてやる。ああ、もちろん、校則は読んでいるうえでの質問だよな?」

 ぎくり、とメアは動きを止めた。読もうとしたが小難しい単語が多かったため挫折していたのだ。後で図書塔で辞書を片手に読もうと後回しにしていたことが、過去の手抜きがメアに襲い掛かってきている。

 しかし、どうせそんなことだろうと思っていたのか、アウェアは溜息を吐きながら続けた。

「まあいい。教えてやろう。流れを追って順に説明すると、まず、決闘をしたいと考えた生徒が決闘状を書くのが最初の段階。これは決闘をしなければならなくなった経緯とその相手をできるだけ詳細に書いたもので、これが調停委員に受理されて第二段階。受理されたら三名以上の調停委員が審査を行い、問題ないと判断された場合には調停委員長又は調停副委員長に裁決が委ねられる。ここが第三、剤四段階。この間に当事者の生徒への聞き込み等が行われることが多い。そして、大抵この段階で決闘の話は消える。時間がかかるからな、決闘を願い出たものも冷静になるのだろう。しかし、もしも調停委員内での採決が下された場合、いざ決闘という流れだ。この決闘を止める権利があるのは調停委員の顧問教員だけだ」

 つらつらと流れるような説明に、メアは白黒させた。

「それ、実際にあるの? 決闘になること」

「稀にあるらしい。二年に一度くらいな」

「ほぼないんだ。そっか」

「一度なってしまえば決闘を拒否することはできないからな、超低委員側も慎重になるのではないか? まあ、実際に決闘に至ったとしても、相手の命を奪うことだけは許されないらしいが」

 メアは疑問に思った。クァトラは本当にこんな七面倒なことを経て決闘を受けたのだろうかと。

 そんなメアの疑問に答えるように。

「正式な決闘はこのように色々と制限が多すぎる。そのため略式の決闘というものは頻繁に行われている。安全のため調停委員を立て、本気で戦うために勝敗時の罰を定め、真剣での模擬戦を行う、という建前でだ。メアも決闘を申し込まれたんだとしたら、こちらの略式の方の事なのではないか?」

 メアはこくこくと頷き、慌てて首を振った。別にメアが決闘を持ち掛けられたわけではない。妙な誤解をされても困る。

「それってどうせ校則違反なんでしょ」

「よくわかったな。その通りだ。調停委員はこの決闘擬きを見つけた場合は即座に止めさせることになっている。表向きはな」

「実体は違うのか」

 黙ったまま耳を傾けていたレオゥが口を開いた。

「調停委員が、ってことか」

「流石」

 アウェアはにやりと笑った。

 メアは話について行けずに二人の間で視線を泳がせる。

「例えばの話だ、今、調停委員には剣士会の生徒が五人いる。調停委員には武力が求められるからな、ある程度武闘系の団体の生徒が固まるのは仕方ないことだろう。しかし、調停副委員長も剣士会の生徒だ。さて、この状況で剣士会の生徒が内々に話を済ませた上で決闘状を提出した場合どうなると思う?」

 メアは息を呑んだ。思わぬ方向から話の焦点がメアに合ってしまった。アウェアの方を見ると、アウェアも状況を把握しているらしく、メアの方を真面目な顔をして見つめている。

「……決闘が許可される。止められるのは顧問教員だけ」

「おいおい、洒落にならないぞ」

「まあ、流石にそこまで露骨なことはしないだろう。先生も許さないしな。けど、問題はそういうことが可能な状況であるということだ。正式な決闘に持ち込むぞ、と脅しをかけられる状態。そうやって相手を追い詰めて、略式の決闘に持ち込ませる。調停委員が見て見ぬふりをするだけでいい。簡単なことだ。だから決闘擬きはこの学校にかなり蔓延っている」

 メアの想像の何倍もクァトラの状況は悪かった。寧ろ、なぜ決闘を避けられているのか不思議なほどだ。剣士會が本気になれば、正式な決闘だって始められる。

「調停委員長ってどんな人?」

 メアの質問にアウェアはふむと顎に手を当て、じっくり吟味するように間を空けた後答えた。

「調停委員の鑑のような人だな。尊敬できる人だ。だが、実務の大部分は副委員長がやっている」

「強くないの?」

 その質問には、アウェアは強い口調で答えた。

「強い。だが、手加減があまり得意ではないのと、突発的な事態に割って入れるような系統ではないんだ。というか見てないのか、今日の祭の優勝者だぞ」

 答えようとしたメアの頭に暖かくて柔らかくて重いものが乗った。メアはそれに潰されて机に突っ伏す。何が起きたのかと混乱するが、顔を上げることができない。

「悪い後輩だよもー。なーんで見に来ないかなー」

 メアの頭に、というか背中にのしかかったのはディベだった。メアが鼻を打って涙目になっているのを知ってか知らずか、メアの後頭部を拳でぐりぐりと押さえつけている。

「我々の団長様が三位取ったんだぞー。お姉さん悲しいぞー。メアがこんなに悪い子に育っちゃってー。なんで応援こないかなー」

「ディ、ディベ先輩、ちょっと重いです」

「あー! そんなこと言っちゃうんだー! もう怒った。怒ったぞ! そんなメアには今日一日私の枕の刑に処す!」

 大声でわめきながら背中を叩き始めたのが流石にディベを止めようとするレオゥ。しかし、それは悪手だった。手を伸ばそうとしたレオゥを見て目を丸くしたディベは、更に憤慨したような声を出す。

「もっと悪い後輩発見! レオー! なんで団体に来ない! 君はもう立派な魔闘連盟の一員なんだぞ! レオーめ! この!」

 中身が零れるのも気にせず、ディベは手に持ったコップでレオゥを叩く。レオゥはそれを真顔でよけながら、冷静に反論しようとした。

 しかし、その反論は更なる闖入者によって遮られる。魔闘連盟の三年生、ウォベマだ。

「おい、馬鹿。いい加減飲むのを止めろ」

「おべまー、私は飲んでませんよ? 私は食べているのです。もぐもぐ。ほら、食べてるでしょ。もぐもぐ」

「うるせぇ酒くせぇ近寄んな」

「げはー。女の子に臭いなって言ってちゃもてないよー。やーい、童貞」

 ウォベマは無言でディベの後頭部の髪を掴むと、そのまま机に叩きつけた。ディベはわけのわからない言葉をわめきながら手を振り回すが、ウォベマの手を引きはがすことはできない。

 メアは解放されたことに安堵しつつ身を起こし、レオゥは溜息を吐いた。アウェアは愉快そうに笑っている。

 レオゥに指摘されて垂れてきた鼻血を拭いていると、メアの斜向かいにハナが座った。

「お疲れ」

「あ、お疲れ様です。え、と、三位おめでとうございます!」

 普段あれだけ稽古に付き合ってもらっているというのに、肝心な場面でメアは余所をふらふらしていたのだ。今更ながら申し訳なさでいっぱいなった。

 しかし、そんなメアに苦笑しつつ、ハナは頭を掻いた。

「結局優勝はとれなかったからね、こっちとしても申し訳ないんだ。そもそも優勝どころか決勝まで上がれなかったんだけど。いやー、恥ずかしいね」

「そんな」

 上手く言葉が見つからないメアの代わりに、アウェアがすくっと立ち上がる。

「ハナ゠ラウィ゠カエ殿。素晴らしい戦いでした。先輩の実力は紛れもなく本物です。過ぎた謙遜は無駄に価値を下げるだけです」

 ハナはびっくりした顔をして、メアに目で問いかける。メアは同じ組の生徒、と身振りで示したが、伝わるわけがなかった。

 アウェアは赤い髪を揺らしながら一礼する。

「失礼、一年花組、アウェアと申します。二回戦で負けてしまったためハナ先輩と戦うことはできませんでしたが……」

「メアの同窓かい? こんな可愛らしいお嬢さんに褒められると悪い気分じゃないね」

「はは、勿体ない言葉です。こんな若輩に世辞はいりませんよ」

「いやいや、一年生で一回戦を勝ち抜けるだなんて立派だよ。僕も一年生の時は一回戦負けだったからね」

 なんかすごく礼儀正しい。なんて感想を抱きつつ、メアは二人をぼんやりと眺めた。メアは一回戦負け。強者の称え合いに口を挟む気にはなれなかった。

 メアは横で気配を消しているレオゥに話しかける。

「レオゥ、俺、どうやったら強くなれると思う?」

「鍛錬」

「そうだけどぉ」

「魔術を鍛えよう。メアが今日負けたのも現代魔術師だろ。やはり魔術だな」

「優勝者は剣士でーす。正確には槍だけど、闘技系でーす」

 ばちっと火花が散った気がした。しかし、争いにはならず、レオゥが視線を逸らしただけだった。

 メアは拍子抜けし、レオゥを肘で突く。

「レオゥって冷静だよね」

「熱くなってもほとんど良いことはない」

「ほとんどなんだ。じゃあその例外は?」

「勿論、魔術を使用する時だ」

 意外な言葉にメアは呆気にとられた。魔術を使用するときこそ、冷静に、慎重に、丁寧に行わなければいけないと思っていたのに、その正反対の言葉。

 首を傾げるメアに、すかさず訂正が入る。

「感情のままに魔術を振るえというわけじゃない。剣士だって、怒っているときの方が力が入ったりするだろ。悲しんでいるときの方が、相手を良く見えたりするだろ」

「でもそれだと剣筋が乱れたり、余計な力も入ったりする」

「魔術だって同じだ。感情の動きは魂魄に影響を与える。だから、感情を燃え上がらせるときは、よく考えないといけない。それだけの話」

 そう言って、レオゥはぽつりと呟いた。

「感情は消耗するんだから」

 メアは再び首を傾げるが、それ以上補足は入らなかった。質問しても答えはないだろうことは、レオゥの目を見れば分かった。

 立ち上がり、背伸びをする。

「来年は、個人戦闘祭、勝ちたいな!」

「だったらするべきことは」

「鍛錬」

「わかってるならいい」

 メアはレオゥと顔を見合わせてにやりと笑った。レオゥは相変わらずの無表情だった。

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