044 運動場・個人戦闘祭・挑発
千々に乱れ飛ぶ大小さまざまな礫。数にして三桁は優に超える。人間をすり潰す嵐。巨大な怪物の口の中。そう形容した方が良い上質な魔術がメアを襲う。
躱し、致命的なものは弾き、なんとか相手との距離を詰めようとするも、逆にじりじりと押し離される。圧倒的な物量。メアの剣一本で対応しきれるものではない。
(が、無理! 死ぬ! があああああ! あうあうあー!)
メアは最後に人の頭ほどの大きさの岩石を腹に食らって壁に叩きつけられると、そこで意識を失った。
個人戦闘祭当日。
メアは一回戦であっさりと負けた。
下手をすると死ぬとか、簡単に負けたら恥ずかしいとか、ハナやディベからの圧力とか、そう言った諸々の不安は一瞬で吹っ飛んだ。緊張していたことは事実たが、そんなものは何も関係なく完膚なきまでに負けた。実力差がありすぎてほとんど怪我もなかった。
校庭の隅で膝を抱えているメアの肩を、ディベがぽんと叩いた。
「仕方ない。気にしないで行こう。相手が悪かった。四年生には流石に勝てないって」
メアの相手は去年の魔術宴で銀賞を取った人物だったらしい。最近は南の方にある魔術大学に出向いているとかで学校にはあまりいないが、実力は高く評価されていて、二年生以上で名を知らない人は居ないという魔術師。だからと言ってメアが負けた事実には変わりないが、仕方ないという気持ちは多少出てくる。
しかし、ウォベマは持ち直しかけたメアの心をへし折ろうとしてくる。
「情けない。魔闘連盟の団員として恥ずかしくないのか」
「ウォベマ先輩だって三回戦負けじゃないですかっ!」
さっと視線を逸らすディベは二回戦負けだ。
「この大会が何人規模が分かっていて言っているのか? 一回戦負けと三回戦負けと聞くと大した差がないように見えるが、勝ち抜き戦方式は二の累乗で人数が減っていくんだ。お前は一二八位、一方俺は三二位だ。実力差でいえば何倍になる? ん? 言ってみろ」
「く、算学でけむに巻こうとするとは……」
メアは算学はできないわけではないが得意でもなかった。四則演算までは完璧だがその先はまだ授業でもやっておらず理解できていない。
とはいえ、ここにいるのは三人の負け犬。それを理解しているのか、ウォベマは早々に話題を変える。
「それよりいつまでも落ち込んでないで団長の応援行くぞ。今年は優勝狙える可能性があるんだ」
「そうなんですか?」
「何人か優勝候補が出場してないってのもあるが、今年の大会規則があまりにあいつと相性が良い。正確には、あいつの大鐵楔盾が」
いくつか。
「毎年規則が違うんですか?」
ウォベマは面倒くさそうにメアに視線を向けた。そして、ディベに向かって顎をしゃくる。ディベは不服そうな顔をしながら。
「変わるよー。医術の先生次第。ほら、やっぱり万が一にも生徒が死んじゃったら困るでしょ? だから武器や魔術の制限は医術の先生がかけるんだ。腕が凄い先生がいてくれる時は制限が緩くて、あんまり自信がないときは強めの制限がかかる」
「今回のはどれくらいなんですか?」
「かなり緩い方。で、魔術師が少し有利かな。刃物は刃に少し覆いを付けるだけ。魔術師は魂魄に本当に緩い枷をかけるだけ。正直この状況は、団長にとってすごくやりやすい」
魂魄への枷はメアもかけられたが、ほんの少し魔力を起こしにくくなる程度のものだった。刃に覆いを付けるのと同等とは思えない。ディベの説明通り、魔術師が有利なのかもしれない。
「なるほど。じゃあ、大鐵楔盾っていうのは?」
「団長の武器。三年生組対抗戦の方は制限がきつくてまともに使えなかったけど、今回は万全に使用できる」
ディベはにやりと笑った。
「あれ使ってる時の団長は、強いぞ」
三年生組対抗戦でも十分強かったが、あれでも万全ではないらしい。メアはごくりと唾をのんだ。
次は五回戦。勝てば準決勝に進めることができる。既に二年生以下は一人も残っておらず、三年生と四年生が半々という状況だ。大規模な祭り、人は多く集まり、既に場の空気はどこまでも過熱している。
即席の土魔術で作られた二階席は既に満員。立見席も厚い人だかりでまともに進むことができない。我が物顔で他の生徒を押しのけて進むウォベマやまるで水か何かのように人ごみの隙間に入り込んでいくディベとは違い、メアは全く進むことができなかった。
押し合いへし合いを繰り返し、まったく進めないメアの視界の隅に妙なものが映った。
これからが最高に盛り上がるところだというのに、去って行く生徒たちがいる。それも剣を持った生徒たち。敗退して不貞腐れるというならまだ話は分かるが、その目は闘志に燃えている。
そのうちの一人はメアの見知った生徒だった。剣士会の一年生、ルバスだ。
なんとなく嫌な予感がしたメアは、自分でもよくわからない衝動に駆られてその後を追った。
出向いた先には、案の定というべきか、困ったような顔をしたクァトラがいた。
「なぜ出なかったっ! 個人戦闘祭に!」
剣士会であろう生徒の一人が叫ぶ。
「だんまりか。そんなに怖いか? 鍍金が剥がれるのが」
「団長がどれほどお前との手合わせを望んでいるかも知ってるだろうに!」
「卑怯者。臆病者!」
クァトラは何も答えなかった。ただ自身の肘に片腕を当てて俯いていた。
一瞬の逡巡があった。これはどう見てもクァトラと剣士会の間での揉め事であり、メアには一切関係がない。首を突っ込もうにも何も言い訳は思いつかないし、首を突っ込んでしまったらクァトラはまた困ったような顔をするだろう。
そう、それが重要だ。クァトラはメアが少し耳を切っただけで自分のせいだと気に病んでいた。唾を付けておけば治ると笑い飛ばせる程度の傷だというのに、座り込んで自分を責め立てていたように見えた。あれはクァトラの勘違いだからこそ笑い話で済んだが、本当にメアと剣士会で揉め事になり、メアが洒落にならない怪我をしてしまったらクァトラはどう思うだろうか。きっと。
しかし、だからと言って見てしまった以上見ないふりすることはできない。だからメアは一声かけてみることにした。
場の空気というものは非常に重要で、緊張に満ちた場も、怒りに満ちた場も、笑いに満ちた場も、無粋な一言によって崩れてしまうことはよくある。部外者がふらりと現れることによってどうしようもなくなることもある。空気の読めない一言というのは、部外者だからこそ効果がある。
さりげなく、さりげなく。暢気な通りすがりを装って。メアはそう思い口を開いた。
「そこの先輩方、きゃんきゃん喚くな腰抜けども。群れないと女も口説けないのか?」
場の空気が凍り付いた。
唖然とした表情を向けてくる生徒たちに対し、メアは思わず自分の口を手で押さえた。どうでもいことをしゃべって場を壊してしまおうと思っていたはずが、油断して思いっきり神為を載せてしまっている。結果として行ったのは全力の挑発。これでは火に油を注いだだけだ。
しかし、メアはすぐに開き直った。思わず口にしてしまったとはいえ、これは紛れもなくメアの本心から出た言葉。そう思える程度には腹を立てていたことに気付いたからだ。
「あ、つい神為が。失敬失敬」
そう言ってメアは不敵に笑った。
一瞬で顔を茹であがらせ剣を抜く生徒が二人。メアを睨みつけながらそれを止める生徒が二人。意外そうな顔をしてメアの方を見つめる生徒が一人。そして、びっくりした顔をしているクァトラ。
ほかの生徒に押さえつけられながら、一人の生徒がメアを指さした。
「おい、一年坊主、あんまり調子に乗るなよ? ここにいるのが誰なのか分かってて言ってるんだろうな」
「知ってるわけないでしょう。一年生なんだから。暴漢か何かですか? あ、色情魔か」
「てめえ、口の利き方を教えてもらいてぇらしいな」
「いえいえ、結構です。対話基礎の授業で教えてもらってるので第一共通言語の敬語は完璧だという自信があります。ところで先輩、先輩の発音おかしくないですか? ところどころ母音が間延びしてますが。正しい発音教えてあげましょうか?」
額に青筋を立てる大柄な生徒は、今にもメアに斬りかかりそうだ。
一方、メアは自身の剣に手をかけることはない。こんな些細なことから命の取り合いに発展することはないと思っているが、そうなる可能性は極力減らすべきだとは思っている。喧嘩を売りはしたが、喧嘩以上のことをする気はないのだ。素手相手に斬りかかるほど血迷ってないとの判断だ。
とはいえ、その内心を表に出すことはない。喧嘩は口で一勝拳で一勝。拳の段となると勝てる気はしないのだから、口でくらいは勝っておきたい。そのためには余裕をよそおうことが大事だと、メアはよく知っている。
ルバスが進み出る。
「ルールス゠メア。なぜここに?」
「そこの先輩に用があって。そっちも用事が終わったなら消えてくれよ」
「口調が随分違うな」
「同級生だろ。敬語使ってほしいか?」
「いいや、別に。用事はまだ終わってない。関係ない奴は黙ってそこで見てろ」
ルバスはそう言って睨み付けた。憎々し気な視線はメアを明確に敵としてみている。
だが、まだ殺気が載るほどじゃない。そう判断したメアは涼しげな顔をしてクァトラの方へと近づいた。
「クァトラ先輩、さっきリーメス先輩が探してましたよ。行きましょう」
「待て」
剣士会に背を向けてクァトラへ手を伸ばしたメアの背に、剣が突き付けられた。
「黙って見ていろと言ったはずだが?」
「誰お前? お前と話したことはないけど」
鼻で笑ったメアに、剣を突き付けた生徒はその腕を無造作に振るった。
メアの制服から頭巾の部分が切り離されて落ちる。振りぬかれた筈の剣はいつの間にか構えなおされ、メアの眼の前に突き付けられていた。
「先輩への口の利き方は知っているんじゃなかったのか?」
「先輩とは知らなかったもので。敬語使ってほしいなら自己紹介でもしたらどうですか、先輩」
「三年魚組、ギャシーレだ。敬え、一年」
メアはぷっと笑うと、目の前の剣先を指で弾いた。
「脅迫ですか? 立派な先輩ですね。憧れてしまいます」
瞬間、再び剣が閃く。その剣はメアの体は一切傷付けず、しかし、メアの腰帯が斬られ、メアの剣が鞘ごと地面に落ちた。
「剣をとれ、糞餓鬼」
「わー、弁償してくれるんですか?」
「剣をとれ」
「してくれないんですか。意外と貧乏なんですね」
メアは地面に落とされた鞘を掴むと、クァトラの手を掴んでその場を立ち去ろうとした。
しかし、そんなメアを見てギャシーレはにやりと笑った。
「剣をとったな? 剣をとれと言われて剣をとったということは、決闘に承諾したということだな?」
他の生徒も一斉に頷く。
しかし、メアは鼻で笑った。あまりにも幼稚なやり方だ。
「いえ。僕が手に持ってるのは僕の杖ですよ」
「何を言う。どう見ても剣だろう」
「違います。これは創作実学の授業で僕が作った杖です。なんならメームドーム先生を呼び出して聞いてみましょうか? 面倒ですけど」
万が一にもこういうことがあるかもしれないと思って、メアは鞘にしか手を触れていなかった。だからこそ、メアは一切を嘘を吐いていない。
その自信を読み取ったのか、先生を呼ぶのは不味いと判断したのか、苦々し気に歯ぎしりする剣士會の生徒たち。なんとかなったかとメアは更に歩を進める。
しかし、一人、その場を静観していた生徒、恐らくこの場の剣士會の生徒で一番強い生徒がメアを呼び止めた。
「君は、【殲雷】の弟子か?」
メアは肩を竦めた。答える気はなかった。どうせどう答えてもいいように解釈されることが見えているのだ。真面目に答える意味はない。
ルバスが何やら耳打ちしているのが見えるが、メアは無視してその横をすり抜ける。
メアたちの背に向かって捨て台詞が飛ぶ。
「師弟揃って臆病者か」
「剣士たるものが口だけとはな」
メアは振り返ることもせず、ただ舌を出した。
それから暫く歩き、剣士會の生徒との視線が斬れ、個人戦闘祭の歓声が響いてくる程度まで歩くと、メアはその場にへたりこんだ。
「し、し……」
死ぬかと思った。
そんな短い言葉すらメアは言い切ることができなかった。肺が引き攣るように痙攣していた。今更ながらぶわりと汗が吹き出る。立ち上がろうにも膝が笑っている。
そんなメアにクァトラは慌てて声をかけた。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫、です。安心したら、腰が、抜けて」
鈍いメアでもわかった。斬りかかられていたら抵抗する間もなく死んでいた。恐らく剣を構えていても同様。ルバス以外は圧倒的に格上。相手に理性があって運がよかった。
メアは地面に手を突いたまま深呼吸を繰り返す。クァトラはその後ろで困惑した表情で立ち尽くす。
どれだけそうしていただろうか。メアの息が漸く整ってきたころ、メアはクァトラがまだ突っ立っていることに気付いた。無理矢理引っ張ってきてしまったままだ。
「リーメス先輩が呼んでたってのは嘘ですけど、西側の二階席の三段目に座ってたんで、行けば一応会えると思います。あそこなら絡まれることはないと思いますし」
どうですか、と聞こうとしたメアは凍り付いた。
「なんであんなことしたの?」
低い声でそう言うクァトラは、少し怒っているように見えた。
「いや、ちょっとむかついて、多勢に無勢が好きじゃないというか、余計なことをしたのかもしれないですけど」
「死んでたのよ。少し違えば」
メアは自身の感想を即座に修正する。クァトラは完全に怒っている。
「お、大げさな。だって学校ですよ? そんな」
「君は面子というものを甘く見すぎてる。誇りと言い換えてもいい。人種も風習も信条も戒律も基準となるものが何もかも違う人が集まるここで、自分の感覚を通そうとするのは駄目。何かあった場合の第一報告は調停委員に委ねられているってことがわかってるの?」
メアはそれは十分に分かっているつもりだった。メアも自身が田舎者だということは知っているが、判断の基準は開拓者としてのものであると自負しているし、最後の一線を越えるような罵倒はしていないつもりだった。
だが。
「でも、クァトラ先輩が――」
「私が?」
メアがそう口にした瞬間、先ほどの剣士会たちと同等、いや、それ以上の威圧感がメアの全身を包んだ。呼吸すらできないほどの気。メアは強張った肺をなんとか動かし、呼吸だけは行おうと必死にあがく。
メアを睨むクァトラの目が、舐めるなと言っていた気がした。
「もう二度とあんなことはしないで」
それだけを告げると、クァトラは再び林の中に去って行った。




