表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
41/240

041 空き地・夏季休暇・鍛錬

 夏季休暇の期間が来た。

 メアはジョンから受け取った剣を一振りしてみる。違和感はない。元々何かしら変わったとて分かるわけないと思っていたが、その予想に間違いはなかった。刀身は修理前よりずいぶんと綺麗になっている。細かな傷が全て消え、滑らかな光沢を放っているのだ。握り部分の皮紐は古いままだが、巻きなおされて緩みが消えている。

 今度何かしらお礼をしなければ、とメアは意思を固めた。第一案としては、何かしら美味しいもの。第二案としては、鍛冶に使えそうな材料。

 メアは敷地端の空き地に立ち、石を見つめる。夏季休暇の間は、メアは石斬りへの挑戦に専念するつもりだった。日課となっている魔術修練は続けるが、それ以外のこと、魔闘連盟での訓練や図書塔通いはしないつもりだった。

 メアは自身の顔を両手で叩き、気合いを入れ直す。

 とりあえず、石を斬る。この話を聞いた誰もが断るための無茶な条件だと判断しているが、直接言われたメアはそうだと諦めきってはいなかった。その一番の理由は、クァトラが不可能な条件を吹っ掛けて遠回しに断るような人物には見えないからだ。そして、その直感が正しいのならば、クァトラはメアが石を斬れると判断したということになる。メアは正直自分が石を斬れるようになるのかわからなかったが、クァトラが斬れると判断したならばそれは信じられると思った。

 しかし、一つ問題がある。また石を斬ろうとすると剣が壊れてしまうことだろうということだ。

 悩むメアは、とりあえず素振りをしつつ考えることにした。

 洗練された動作は闘技へと至る。

 それが事実であるならば、メアの斬るという動作も洗練されれば、石をも斬り裂く闘技となるはずだ。

 洗練、というのが何を指すかは具体的には分からないが、より速く、より強く振ればいいのだとメアは仮定する。というよりは、現状そうする以外はない。動作に可笑しいところがあったとしても指摘してくれる師はいないのだ。

 暫くの間、メアは無心で剣を振り続けた。一刻、二刻と鐘が鳴り、滝のように汗が流れ出る。水筒から浴びるように水を飲んでは剣を振ることを繰り返す。体力には自信があった。幼い頃から近くにある未開拓地で冒険を繰り返していたからだ。だから長く長く振り続けることができる。

 しかし、メアは思い直した。剣の腕が下の下であることはこの数か月で否というほど思い知らされている。剣をどれだけ長く振り続けられても意味はない。その一撃にもっと力を籠め、すべてを斬り裂かないといけないのだ。メアは更に力を込めて剣を振った。

 振り方を変えると、すぐに腕が悲鳴を上げ始めた。無意識に手を抜いていたのかと愕然としつつ、メアは剣を振り続けた。

 無心で八〇〇、振り方を変えて一〇〇ほど剣を振っただろうか。メアが耐えきれずに剣を取り落とした時、背後で草を踏み分ける音がした。

 そこには一本の剣を手にもったクァトラがいた。

「こんにちは。頑張っているみたいね」

 メアは返事をしようとして、息切れから上手く返事ができなかった。そのため、ただ頷きながら息を整える。

「こ、こんにちは。クァトラ先輩」

「座ってていいのよ、別に。先輩って言っても何か教えてるわけでもないんだし」

「は、はい、失礼します」

 メアは地面に座り込んだ。体力の限界が来ていた。

 クァトラは手に持っていた剣を地面に置くと、メアが取り落とした剣を拾い、ひゅっと一振りして言った。

「どう、斬れそう?」

「わかりません」

「そう」

 ひゅっ、とクァトラは再び振る。メアはそれを目に焼き付けるように凝視する。

「石を斬れたら、私に弟子入りしたいの?」

 美しさを感じるほど流麗な剣閃に目を奪われていたメアは、一瞬問いかけへの反応が遅れた。メアは問いを慌てて吟味し、頷いた。

「それは、斬れたら考えます」

「……決めてないの?」

「はい」

 その返事では少し不誠実に聞こえるかと思ったため、急いで言葉を付け足すメア。

「俺は探検するのが好きです。目新しいものを見るのが好きなんです。それで、それと同じくらい新しいことができるようになるのも好きです。それだけなんです。だからクァトラ先輩に弟子にしてくださいって言ってしまったのは、ものの弾みで、困らせてしまったのなら申し訳ないと思ってます」

 相槌を打つかのようにクァトラは剣をひゅっと振った。

「あ、でもクァトラ先輩の弟子になりたいって思ったのは本当です。あの剣閃が目から離れなくて、忘れられなくて。俺もああなりたいって。まあ無理かもしれないんですけど」

「そう」

 ひゅっと剣を切り上げ、斜めに切り下ろす。真横に薙ぎ払い、鋭く突きを放つ。

 見蕩れてしまったメアは頭を振った。目的は今一わからないが、折角クァトラが来てくれているのだから、この機を逃すべきではないと思った。なので、訊いておきたいことを訊いておくことにした。

「クァトラ先輩って剣士會と何かあったんですか?」

 その言葉にクァトラはぴたりと動きを止めた。

 そして、ため息を一つ吐くと、暗い声で肯定した。

「ちょっと揉めててね。君にも迷惑かけてるかも」

「迷惑かどうかはわかりませんが、この前妙なこと言われて。クァトラ先輩に逃げるなって伝えろとかなんとか」

「ああ、そういう。噂のせいかな。ごめんね。嫌がらせはされなかった?」

「全然問題ないです。ただ、クァトラ先輩が逃げるってのが不思議で、逃げてるんですか?」

 失礼な質問だとメアは慌てて口を閉じるが、もう遅かった。メアは自身の迂闊さを呪う。

 しかし、クァトラは怒るでもなく、自嘲するような笑みを浮かべて頷いた。

「逃げてるの。手合わせしろって言ってくるんだけど、あんまり気乗りしなくて」

「そうですか。人気者は大変ですね」

 メアとは無縁の悩みだが、きっとクァトラにとっては重大な悩み事。しかし、そんなメアの感想は的外れだったのか、クァトラは愉快そうに笑った。

「人気者、人気者かぁ」

「違うんですか?」

「前向きに考えるとそうかも。ただ、人気者は晒し者と紙一重だよ」

 言われても見るとそうかもしれない、とメアは思った。そしてそれは、やはりメアにはわからない悩み。メアは神妙な顔をして頷いた。

 クァトラが剣を振る。その様が雷のようだと思ったメアは、ふと思い出したことを口にした。

「そう言えば、クァトラ先輩って、【殲雷】っていう二つ名があるんですね」

 ざ、と異音がする。見ると、クァトラが剣を振りぬいた体勢のまま固まっていた。

 どうしたのか、とメアが声をかけようとすると、直後にクァトラの正面にあった木が半ばから斜めにずり落ちた。メアの胴より遥かに太い木がすっぱりと斬り裂かれていた。

 クァトラが小さく悲鳴を上げる。

「ああっ! どうしよう、また景観委員に怒られちゃう……」

 クァトラは両手をばたばたと彷徨わせると、きっとメアを睨み付けた。

「君が突然妙なことを言うから」

「え、違うんですか? 皆そう言ってましたけど」

「違わないけど、その呼び名はちょっと、やめてほしい」

「やめてほしいんですか。格好いいと思うんですが」

 不思議そうに首を傾げるメア。クァトラは顔を両手で覆う。手で隠しきれていない耳まで赤く染まっている。どうやらクァトラはその二つ名を気に入っておらず、恥ずかしい様だった。

 クァトラは怒ったように涙目でメアに剣を返すと、自身が持ってきた剣もメアに押し付ける。

「はい、これ。石を斬る練習をするときはこの剣を使うこと。自分の剣は使わないこと。いい?」

「え? でも」

 メアは剣を抜いてみる。刃の形は違うが、メアの剣と同様の片刃の直剣。重さも長さもほぼ同じだ。刃の色は銀色。純度の高い鋼鐵の剣かもしれない。少なくともメアの剣と同等の価値はあるだろう。

「貸すだけ。頑丈な剣だから壊れはしないし、壊れても別に問題ないから好きに使って」

「いいんですか? 俺だと刃を欠けさせちゃうかも」

「斬れたか諦めたかすれば返してくれればいいから」

 とても親切な申し出。メアとしては願ってもない。メアは断ろうかとも考えたが、とくに金銭を要求されたりといった気配もなかったため、とりあえず受け取っておいた。

 クァトラはメアが受け取ったのを確認すると、石を拾い上げた。そして、ひょいと自身の胸の前に投げると、自身の白い剣を抜き、一息に振り下ろした。

 それはまさに稲光。白い閃光。一拍にて音もなく石は断たれ、二つになって地面に落ちた。

「想像しなさい。自分が石を斬るさまを。それを実現させなさい」

 そう言ってクァトラは立ち去っていった。

 メアは地面に落ちた石をまじまじと見ながら、その美技に体を震わせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ