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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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040 図書塔・獣人・読書

 放課後、メアは図書塔に訪れていた。

 図書塔は敷地の北東部にある五階建ての塔だ。外壁は石造りだが内部の床には木材が敷き詰められており、壁は漆喰、天井は裸。窓は多くとられ内部は最低限の明るさを保っている。一階から四階までは中央が方形の吹き抜けになっており、入室に制限はない。しかし、五階のみ階段でしか登れず、空間的にもつながっておらず、入室には先生の同行が必要とされている。メアはいつか入ってみたいと思いつつも、一から四階までの蔵書だけでも在学中に読み切れないだけの量があるため、後でいいやと深堀はしていなかった。

 メアはいつものように入り口の仕切り台にいる図書委員に挨拶をして入室しようとすると、そこに座っている人が知り合いであることに気付いた。

「あれ、メア君じゃん」

「リーメス先輩」

「いやん。呼び捨てで良いのに。けど先輩っていい響き」

「はは」

 メアは改めてリーメスを観察する。藍色のふわふわとした長髪、女性らしい凹凸のある体形、普通の腕のように自由に動く翼。獣人ではあるが、人間としての日常生活に問題が出ない方の獣人らしい。白いふわふわの羽毛が器用に本の頁をめくる様はどこか空想じみている。

 リーメスはじろじろと見つめてくるメアに気を悪くした様子もなく、気さくに話しかけた。

「図書塔にはよく来るのかな?」

「はい。休日に来ることが多いです。リーメス先輩は図書委員だったんですね」

「そうだよ。私の担当は羽光星の放課後だからかち合わなかったんたね」

「担当とかあるんですか?」

「あるよ。なになに? いつも同じ人がいるのは図書委員が少なすぎるせいだと思ってた?」

「いえ……はい。あまり人気ないのかなと」

 リーメスはころころと笑った。怒られるかと思ったメアは、正直に言ってよかった、とほっとした。

「メア君、花組だよね? 花組はニョロちゃんだったかな? ニョロちゃんの担当は蒼斗星の昼休憩だから、会いたかったらそこを狙い撃ちしようね」

「はあ」

 メアはニョロが苦手なため気のない返事をしてしまった。ニョロはあまり活動的ではなく、メアたちのような戦闘技術を学ぼうとする生徒を毛嫌いしている。苦手意識の原因はそれだ。

 リーメスが両の翼を叩き合わせた。ふわりと風が押し寄せる。手を叩いただけのつもりのようだが、メアは思わず目を細めた。

「本日はどんな本をお探しで? 先輩が探すのを手伝ってあげよう」

 それは有難い申し出だった。蔵書の並びは非常に複雑。種別、年代、作者、出版、諸々の要素が絡み合い、メアでは到底理解できない配置となっているからだ。

「えーっとですね、魔法に関する資料、特に魔法使いや魔法の行使に関する書籍とかがあるとありがたいです。それに亜神とか人神に関する書籍に、結晶や宝石とかの図鑑、ウレ教の宗教に関する布教用の本とかもありますか? 騎士に関する各地の童話とかが載っている本もあれば。あ、この学校の略歴とかが載っている書籍とか、先生たちの名簿とかあります? で、あとは未開拓領域に関する資料、冒険書があれば。あとリテの歴史書も読みたいです」

 指を折りながら答えるメア。リーメスは予想外の勢いに目をぱちくりさせた。

「えっと、凄い種類だけど誰かに頼まれたとか?」

「いえ? ただ気になったので。探すのを手伝ってもらえるならついでに調べておこうかなと」

「へー、意外。てっきり剣術しか頭にない剣術狂いかと思ってた」

 予想外な言葉に今度はメアの言葉が詰まった。

「クァトラにあんなに熱狂的に迫ってるんだからそう思うって」

 ぐうの音も出なかった。メアとしてもあそこまで魅入られたのは初めての経験だった。クァトラと直接会ってからはある程度収まったが、今でも時折剣を振りたい衝動が沸き上がる。リーメスはメアのそんな姿しか知らないのだから、はそう思われていても仕方がない。メアは深く納得した。

 しかし、迫っていたなどと言われるのはメアとしても少々恥ずかしかった。メアは純粋に剣を教えてもらいたかったのだ。その表現では少しばかり誤解を招く。

 リーメスはうむむと唸りながら手元の紙片に何やら書き込んでいく。そして、メアが何をしているのかと問いかけようとするとその紙片を差し出した。

「大体こんな感じだと思う。抜けがあったらまた聞きに来て」

「これ、全部?」

 メアの手元の紙片には本の題名らしき文字列と、それに対応する蔵書場所が示されていた。メアが思いつきで挙げた種類の本まで、きっちりと複数冊挙げられている。

 どこら辺にどういった類の本がある、ということを知ることができれば良いと考えていたメアは、その具体的な題名まで挙げたリーメスに対して驚きを隠せなかった。

「ありがとうございます」

「よいよい。のんびりしていってね」

 メアは一礼すると、紙片を見つつ書棚へと向かった。

 リーメスの紙片は非常に正確だった。指定された箇所の棚を探せば指定の本はすぐに見つかった。誰かに借りられているのか見つからない本もあったが、一つの事柄に対して複数の本が指定されていたため、全ての本が見つからないということはなかった。メアは十数冊の本を手に取ると、一階の読書用の机について読み始めた。

 図書塔は非常に静かな場だ。隣には育舎があり、少し離れた場所では運動場で掛け声が上がっているというのに、図書塔の内部には一切の声が届いてこない。窓は空いているのだから、何か特殊な魔術が掛けられているのかもしれなかった。

 また、空気も一定である。春も夏も過ごしやすい温度であり、雨の日も晴れの日も湿気が変わらない。夜は油灯が使われているというのに紙の匂いしかしない。埃の匂いもしないのは、図書委員が掃除をしているからだろうか、とメアはふと疑問に思った。

 暫くして、夕食の時刻を示す鐘が鳴ったが、メアはすぐには向かわなかった。折角多くの書籍を集めたのだし、返却も少しばかり手間がかかる。夕食ぎりぎりの時間まで読んでいく気だった。借りることも考えたが、借りることができるのは一人一冊まで。取捨選択は面倒だった。

 しかし、目的の部分だけを抜き出して読み進めても、メアが読み切ることができたのは三冊だけだった。これは決してメアの読書の速度が遅いわけではなく、単純に量が多かったのと、手書きであるということが原因である。たまたま最初に手に取った本の字が汚かったのだ。

「【複写(マヨク)】で写したとしても、元々の字が汚いとどうしようもないしなー……」

「メア君」

 突然耳元で声がしてメアは跳びあがった。その様子を見てメーリスは楽しそうに笑っている。

「そろそろ図書塔閉めるから、本片づけちゃって」

「す、すみません。急いで片づけます」

 それは夕食の時間の終わりが近いということだ。メアのせいでメーリスまで夕食を食べそびれては申し訳ないなどという次元の話ではない。

 メアがばたばたと階段を駆け上がると、一階からのんびりとした声が響いた。

「慌てなくて大丈夫。これから掃除もするから」

「て、手伝います!」

 メアが来たときには複数の生徒が読書をしていたのだが、既に誰もいなくなっていた。それはつまるところ、リーメスがメアのために図書塔を開けておいてくれたということ。本探しを手伝ってくれた礼もあるのだし、掃除を手伝うくらいはしなければ。メアはそう考え、焦燥に駆られた。

 はたきをかけるリーメスに倣い、メアも本棚にはたきをかけていくが、数が数だ。丁寧にやっていては間に合わないかもしれないとメアは判断した。しかし、リーメスが丁寧にやっているのだから自分だけさぼるわけにはいかない。

 そんなメアの脳裏で一つの閃きが走った。

「お前の面は見たくねえ――【洗顔】」

 メアは【洗顔】を本棚にかける。すると、降り積もっていたろう埃がまとまって地面に落ちた。メアの目論見通り、【洗顔】は人間以外にも効くようだった。

 リーメスが本棚に目を向けたまま声を上げる。

「古典魔術? 珍しいもの使えるんだね」

「家事向けのものばっかりですが、丁度いいです。というか洗顔って本棚にも使えるのか」

「知らなかったの? 確信ないまま校則違反たぁ、大胆だね」

 その言葉で校内での古典魔術の使用が制限されていることを思い出したメアだが、リーメスはメアを糾弾したりする気は無さそうだった。メアは気にせずどんどん魔術をかけた。

 最後に地面に落ちた埃を箒で集めると、リーメスはふぅとため息を吐いた。

「いやー、メア君のおかげで大分早く掃除できたよ。ありがと!」

「本を探してくれたお礼です。これくらい全然」

 リーメスはメアの背をばしばしと叩いたが、柔らかい羽毛に衝撃は吸収されまったく痛くなかった。

「あ、一冊だけ借りて行っていいですか?」

「いいよー、何々?」

「これです」

 メアが差し出したのは、グリヌア冒険記、と題された書物だった。メアが読んだことのない冒険記だ。これは情報を詰め込むための読書ではなく、物語を楽しむための読書。であれば寝る前に楽しむのが一番で、借りるべき書物。そんなメアの思いを読み取ったのか、リーメスは笑顔で貸出申請を済ませた。

 各階の明かりを消して回り、最後に入り口の明かりを消すと、リーメスが図書塔の玄関の鍵を閉めた。

 その重厚な錠前を見て、メアはふと思ったことを口にしてしまった。

「随分と簡素な錠前なんですね」

「まあね。って言っても魔術的ななんかがかかってるらしいから、勝手に開けようとしても無駄だよー?」

 ぎくり、とメアは固まってしまった。別に勝手に侵入する気はなかったが、侵入しようと思えばできるのではないかと思ってしまったのは事実だったからだ。

 そんなメアをにやにやと見つめるメーリス。メアは心を無にしてその視線を受け流した。

「ほうほう。中々悪戯っ子のようだ。……まあいいや。それよりメア君。こんなことしてて良かったの?」

 リーメスその質問の意図がメアにはよくわからなかった。

「こんなこと、とは?」

「だってクァトラから石斬れって無理難題出されてたでしょ? もう諦めちゃった?」

「諦めたわけじゃないです。ないんですけど」

 メアは無意識に腰の剣に当てようとして、ないことを思い出した。というか今日メアが図書塔に来たのはそれが原因だ。

「剣が欠けちゃって、修理してもらってるところなんです」

「あらまあ」

 考えてみれば当然だ、とメーリスは納得した。普通の人間は剣で石を斬ることはできない。木を切る事すら難しいだろう。メアは一見普通の少年に見える。そして、その一見は見当違いというわけではなかったのだ。

「代わりの剣はないの?」

「ありません。別に剣士の家系とかそんなんじゃないですし、そんなに裕福なわけでもありませんし、あれも貰い物ですから」

「あちゃー」

 リーメスは額に手を当てた。ふわりと白い羽が一枚舞う。

「まあうん。頑張れ。私は応援してるよ」

「ありがとうございます」

 なぜこんなに応援してくれるのだろうか、とメアは疑問に思いつつも、応援は素直に受け取っておいた。

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