039 教室・翡燧鉱・挑発
メアの話を聞いてジョンは苦笑いをした。
「それ、遠回しに断られたんじゃないかなぁ」
「ジョンもそう思う?」
「皆そう思うと思うよぉ」
どこか既視感のある会話だ。メアはそう思いながらも往生際悪くジョンを見つめる。しかしジョンの苦笑いは変わらない。
そんな二人の会話を聞いていたレオゥは片肘をついて呟いた。
「剣士ってのはそんなに意地の悪い奴ばかりなのか? 自信の技術の価値を高めるために後進の教育を蔑ろにする、時代遅れの愚者愚物」
予想以上に強い言葉が飛び出し、メアはぎょっとした。いつも通りの気だるげな無表情かつ平坦な声色というのもそれに拍車をかける。
「……怒ってる?」
「怒ってない。別に」
静かな声だった。だが、言葉遣いがいつもより素っ気なくも感じる。メアは怒っているのだろうと推察した。
ほんの少し張り詰めた空気を緩めようと、ジョンは自身の腰に吊った金槌を手に取った。
「それで、メアの剣を直してほしいんだって?」
「そうなんだ。刃が欠けちゃったからとりあえず見てほしい」
「いいよいいよぉ。前からちゃんと触りたかったんだ」
メアが鞘ごとジョンに手渡すと、ジョンは嬉しそうに顔を綻ばせながら剣を抜く。それはまるで玩具を受け取った幼子のようで、メアも微笑ましく見守った。
しゃりん、と音を立てて深緑色の剣が姿を現す。片刃の直剣。刀身は半歩二指ほどだが、刃は分厚く、重量は通常の剣より重いだろう。ジョンは軽く揺らし、その重みを確かめる。
「見事な翡燧鉱の合金鋼だぁ。型としては重めの長把剣だね。斬るというより断ち切るための武器。分厚くて頑丈だから受け太刀もできるし、人間以外にもかなり有効。それなりに年季が入ってるように見えるけど、貰い物?」
「うん。というか拾い物って言った方が正しいかも。いや、貰い物なのかな? どっちだろ」
「まあ来歴はいいや。刃毀れしたときの破片はある? もしあるんだったら使いたいんだけどぉ」
「ちゃんと全部拾ってきたよ」
メアは巾着から破片を取り出しジョンに渡した。細かな物は拾いきれていないが、組み合わせたらある程度元の形になるくらいには拾い集めてきていた。
ジョンはそれを受け取り、周囲に一言断ると、魔力を練った。
玉属性鐵魔術。ゆっくりと丁寧に魔力を練り上げると、それを槌に籠め、金槌でこんと破片を叩いた。
剣の破片がゆっくりと形状を変え、三つの塊に分かれる。一つは銀色の金属。一つは緑色の金属。そして一つはごく少量の黒い粉末。
「鐵が七、翡燧鉱が三、炭が極わずか、点一くらいかな? 八〇年くらい前に主流だった比率だったかなぁ。三〇年前の大きな転変で翡燧鉱の硬度が極端に落ちた時に大体解体されたと思ってたけど、こいつはそれを乗り越えてきたんだなぁ。偉いなぁ。最近は翡燧鉱の粘りも上がってるし、うん。いい剣だぁ。ちょーっと重いけど、この硬度が出るなら仕方ないなぁ」
ジョンが剣に頬ずりをし始めたのを見て、メアは困った顔をする。剣を褒められるのは悪い気分ではないが、さすがにそこまでべたべたされると愛剣を取られた気分になる。しかし、直してもらうために色々と手を入れられるのは当たり前で。メアは頭を振って気を落ち着かせた。
メアとレオゥに見つめられ、ジョンははっと我に返る。
「ごめんごめん。で、これを直せばいいんだっけ?」
「できる?」
「今翡燧鉱の手持ちはないけど、これくらいの欠けで破片があるなら何とかなると思う。だた、ほんの少しだけ重心が変わっちゃうかも。勿論、普通なら問題ない程度だけど、剣士って凄ぉーく敏感だから、気になるかも」
メアは気にしないと首を横に振った。メアには多少重心が変わったとしても気づかない自信があった。まだ剣士と呼べるほど成熟しているわけではないという証拠ではあるが、純然たる事実であるため気にならない。
それだけ確認すると、そそくさと去ろうとするジョン。メアは慌てて呼び止める。
「待って。それで、お代のことなんだけど……」
ジョンはきょとんとした顔をする。そしてくつくつと笑った。
「いらないよ。僕もこの剣に触りたかったんだぁ。それに僕は修業中の身だから、きちんと正規の料金を取るためにもいかないし。今回は素材も要らないし、かかるのは手間だけ。だからお代は要らないよ」
「ほ、本当に? でも対価は払うべきだって思うんだ」
「律儀だなぁ。まあ今回は友達料金として安くしとくよ。今度さ、また冒険隊に一緒に行こうよ。材料集めに行こぉ。それでいいよぉ」
「それぐらいなら全然。喜んで受けるけど」
いいの? と目で問いかけるメアの肩をレオゥが叩いた。好意には甘えておけと目で語っていた。
破片を大事そうに腰の鞄にしまったジョンは、思い出したようにメアに問いかけた。
「そう言えば、これ急ぎかなぁ」
「え? まあ早ければ早いほどいいけど、どのくらいかかりそう?」
「今回は小規模な修理だから削剣でいくとして、馴染ますのに二日、削りに一日、整えるの一日で四日かな? あ、けどもう休みに入っちゃうか。なら急いで二日半」
ジョンが口にした修理の日数は、メアの予想の数倍は早かった。しかし、一つ気になる単語が出た。
「休み?」
首を傾げるメアに、もしかして、とレオゥが教えてくれる。
「夏季休暇、というか短期集中講義受講期間。忘れてたか?」
「あああああ! 完っ全に忘れてた!」
夏、最も暑さが厳しい二週間、学校の授業が一時的に休みになる。同時に、その休暇を利用して、集中的で専門的な講義がいくつか開かれるのだ。それを短期集中講義受講期間、またの名を、夏季休暇と呼ぶ。
その存在をメアはすっかり忘れていた。クァトラを見つけてからにしようと頭の隅に押し込み、後回しにしていたのだ。
「あれ、申請まだ間に合う? 俺いくつか受けたい講義あったんだけど」
「もう申請期間は終わってるんじゃないか? 一応先生に確認してみても良いと思うが」
「あー、行きたかった……奥森探索訓練……」
「まあまあ、剣の特訓に丁度いい機会だと思えばいいよぉ。この夏で石を斬れるようになっちゃおう」
前向きなジョンの言葉に、メアは力なく頷いた。
レオゥがぽんと手を叩く。
「家に帰るという手もある。両親に顔見せに」
「二週間だと、家に帰ってる途中で休みが終わっちゃうよ」
「だよねぇ」
三人は頷いた。言い出したレオゥでさえあまり本気ではなかったようで、それについて深堀はしなかった。
笑いあう三人の横にぬうっとフッサが立つ。そして、顔を上げたメアを血走った眼で見降ろした。
「メア」
「ど、どうしたの、フッサ」
苦笑いするメアに対して、フッサはかっと食って掛かる。
「どうしたのではござらん! 昼の御仁、あの麗しの君は、どうなったでござるか!」
レオゥが溜息を吐きながら答える。
「弟子入りは断られたってさ」
「まだ断られてない」
「いやいや、意外と諦め悪いな」
「だってまだ石斬れないと決まったわけじゃないし」
フッサは二人の肩を掴んで揺さぶる。
「そう言うことではござらん! 名前は? 趣味は? 好きな食べ物は? 地元、家族構成、将来の夢、好みの男性像! ちゃんと聞いてきたでござろうな!」
レオゥはメアに目で問いかけた。メアは首を振って見せる。メアはそんなことを聞きに行ったわけではないのだ。その中で分かるのは名前くらいだ。
「名前はクァトラ゠ハ。二年生。趣味は知らない。好きな食べ物も知らない。地元も家族構成も将来の夢も好みの男性像も聞いてない。気になるなら自分で聞いてきなよ、フッサ」
メアは一息に答え、そこでレオゥとフッサが固まっていることに気付いた。
「クァトラ……ハ? ハ家の剣士? それって……」
「ティ、【殲雷】……!」
フッサが呻くように言った言葉に、教室中がざわめいた。特に強く反応したのは、シャープなどの南出身の生徒と、アウェアやボワと言った武を志す生徒。それらが顔を勢いよく上げ、椅子を倒しながら立ちあがり、メアの方に近寄ってくる。
戸惑うメアに向かってレオゥが言う。
「南ではかなり知られた名だ。【殲雷】のクァトラ。って言っても剣の天才ということしか知らんが……この学校に入学していたのか」
「有名も有名、西都鎮武取締賜令、リテの名門ハ家の才女でござる。強く気高く美しく、というリテの女を体現する女性だと聞いたことはあるでござるが、まさかあれほどとは」
「私も聞いたことがある。曰く、竜を従え雷を斬る剣士だとか。北の果てにまで名が轟くほどだ。会ってみたいとは常々おもっていたが、そうか。この学校に……」
「俺剣王との立ち合いを見たことあるぜー。あれが同年代とかなんて冗談だと思ったことがある。化けもんだよ化けもん」
皆目を輝かせている。まるでおとぎ話の存在に出会ったかのようだ。
そんな興奮に囲まれ、メアはいくつかの出来事が腑に落ちた。あれほどの剣を振ることができるなら有名なのだろうし、有名ならばメアの様な輩も多くいるはずで、であれば断ることも多いだろう。弟子入りを断っている理由も、一人認めてしまったら際限がないからかもしれない。
ボワは上機嫌な様子で言った。
「単純に剣での一対一ならこの学校で一番強いんじゃないか? 少なくとも、生徒の中では」
花組で一番強いボワからのお墨付きに、おお、と沸き立つ面々。しかし、その空気に水を差すかのように教室の扉が乱暴に開かれた。
次の授業が始まるのかとメアたちは身構えるが、入り口に立っていたのは先生ではなかった。花組の生徒でもない。見知らぬ生徒だ。
その生徒は教室内を見渡すと、メアに目を止めて眉を顰める。
「金髪、灰目、浅黒い肌、か」
メアは近寄ってくる生徒とばっちりと目が合ってしまった。その視線にほんの少しだけ嫌なものを感じた。そして、その感覚は生徒から発せられた問いにより、さらに強くなる。
「君が【殲雷】に弟子入りしたという生徒か?」
「……してないですけど」
「断られたということか?」
「まだ断られたわけじゃないです。……というか、あなたは?」
その生徒は驚いたように目を見開くと、短く笑って答えた。
「すまない、一年夢組ルバス゠ブライーフィ、だ」
「一年花組、ルールス゠メア、よろしく」
同級生だった。メアは即座に敬語で取り繕うのを止める。
そんなメアの態度を気にした様子もなく、ルバスと名乗った生徒は首を傾げる。
「ほお。ルールス。君は弟子入りを断られたわけではないと?」
「条件付きの保留というか、そんな感じ。ってかどうしたの? 先輩に弟子入りしたいなら自分で直接言いなよ。俺は取次とかはできないよ」
メアはルバスの眼つきが気に入らなかった。まるでメアを値踏みするかのような視線を投げかけてきているのだ。だからか自然と口振りが固くなる。勿論、相手もそれに気づく。
ルバスはメアの言葉をふっと鼻で笑った。
「僕は剣士會に所属しているから、殲雷に師事する気はない。そう言うルールスは剣士會には入ろうと思わなかったのか?」
「剣士會には断られた。話はそれだけ? ならそろそろ授業始まるから帰れば?」
メアにはルバスの目的が分からなかった。しかし、ルバスの言葉にクァトラに対する毒が含まれているのは感じ取れる。だからこそ腹が立つ。
そんなメアの気持ちを逆なでするかのように、ルバスは高らかに笑った。
「断られた? その程度の剣士を弟子にしようというのか、あの女は」
楽しそうだな、という感想がメアに浮かんだ。そして、その言葉の意味をメアの脳が理解した時には、既にレオゥが立ち上がっていた。
「喧嘩売りに来たのか?」
「いやいや、まさか。これ相手にそんなこと、俺の格が下がる。そんな無駄なことはしないよ」
「ならさっさと帰るが良い。同窓を馬鹿にされて何もしないような穏やかな人間ばかりではないぞ」
「なあ、こいつ殴っていい? こんな物言いするってことは強いってことだよな? 喧嘩しようぜ。喧嘩。剣使ってもいいからさあ!」
アウェアが睨み付けながら立ちあがり、ボワも楽しそうに指を鳴らす。
ルバスはその威圧を受けながらも、鼻歌を歌いだしそうなほど上機嫌な表情をしている。そして、その表情のまま両手をひらひらと上げると、メアを鼻で笑いながら去って行った。
「多勢に無勢。やめとくよ。ああ、ルールス、君が本当に弟子になるというなら、あの女に伝えてくれ。いい加減こそこそ逃げ回るのは止めろと」
それだけを言うと、ルバスは教室をさっさと出て行った。
ルバスの言葉に対し、メアは何も言えなかった。




