038 食堂・発見・条件
その女生徒は食堂の隅の方でひっそりと食事をとっていた。向かいの席には腕が翼のようになっている獣人の少女がいる。
唾を呑むメアの肩をレオゥが叩いた。
「あの人か?」
「うん」
一方、フッサは蛙が絞殺される時の様なうめき声を出す。
「び、美人! なんと……美しい!」
ぎょっとして振り返るメア。しかし、そんなことは一切気にせず、フッサはうっとりとした目でその女生徒を凝視している。まさに忘我の表情だ。
メアはこのままフッサを連れて行くとなんとなく話がこじれそうな気がした。同様の感想を持ったのか、レオゥはフッサの首に腕を回して行列の方へと連れていく。
「じゃ、俺らは先に飯食ってるから」
「ま、待つでござる、レオゥ! 拙者も……」
「済ませたら話聞かせろよ」
「ぐえぇ」
メアは二人に手で謝りつつ、呼吸を整えた。
二人の方へ近づこうとするメアは、しかし、すぐに相手が自分の存在に気付いていることに気付いた。女性とはメアに背を向けたままで、一度も振りむいていないというのに、なぜかそう感じた。そして、そのうえで明確にメアには視線を向けずに意識から排除している。それが拒絶だと思ったメアは足が止まった。
感じたのは恐怖。しかし、すぐに再び歩き出す。その腰に差された剣を見た瞬間、メアは火に魅せられた虫のようにふらふらと歩きだしていた。
メアが食事をする二人の横に立つと、獣人の少女もメアに気付いたようだった。不思議そうな顔をした後、興味に目を輝かせながら向かいの少女に呼びかけた。
「クァトラ。お客さんじゃないの?」
クァトラと呼ばれた少女は、メアの方へ顔を向けた。わずかに唇を結び、眉を下げている。露骨に嫌そうな顔をしているわけではないが、決して歓迎はしていない表情。
困ってるな、と他人ごとのような感想を抱きつつも、メアの口は勝手に動いていた。
「こんにちは。先日は命を助けていただき、ありがとうございました」
「あ、ああ。そうね。うん。怪我はなかった?」
「はい。これっぽっちもありませんでした」
「そう。よかった。今後は気を付けるようにね」
どこかおどおどとメアに応対するクァトラ。それを見て獣人の少女は白い翼を自身の顎に当てた。
「ははーん。もしかして、この子がクァトラの弟子入り志願者?」
「リーメス。ちょっと静かにしてて」
リーメスと呼ばれた獣人はクァトラの制止を無視してメアに話しかけてくる。
「こんにちは。私は二年のリーメスチッジ。気軽にリームかリーメスって呼んでね? 君の名前は?」
「一年花組、ルールス゠メアと言います」
「よろしく、メア君。ルールス君かな? まあどっちでもいっか。ところでメア君はどうしてクァトラに弟子入り志願を?」
「リーメス!」
クァトラはリーメスの袖を掴むと、耳に顔を寄せて話を始めた。メアには聞かれたくないようだ。というかメアに関することだろう。メアが弟子入りをお願いしたことをクァトラが忘れていたわけではないようだったが、どうにも態度が妙だった。
メアはそのまま待つが、話はまとまらないようだった。段々二人の声量も大きくなってくる。
「いいじゃん。クァトラ暇でしょ? 真面目そうな子だし教えてあげたらいいじゃん」
「だから、私にはそう言うのはできないんだって。正式に教えるとなると色々と手続きとかあるし」
「けどクァトラのし」
「わあああああああああああ! それは口にしないでって言ってるでしょ! 絶交するよ!」
「ほへんほへん。ははひへほほひははひへ」
「ひゃっ。舐めないでよ!」
叫び、立ち上がったクァトラは、自分たちがかなり食堂中の視線を集めていることに気付いた。奇異の視線を浴び、頬にゆっくりと赤みが差していく。
クァトラは流れるような動きで立ち上がると、メアとリーメスの腕を握って食堂を飛び出した。
盆と食器を片付けなくていいのか、とメアは思ったが、その力は強く、抵抗できず。クァトラは二人の手を掴んだままずんずんと進み。メアが普段剣を振っているあたり、寮の裏側の林の中にて、漸く立ち止った。
そこで、クァトラはぱっとメア達の腕を離した。
「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと、人の多いところは苦手で」
「羽毛に手形がくっきり。お嫁に行けなくなっちゃう」
クァトラは少し怯みながらも、リーメスをきっと睨んだ。
「リーメス。少し静かにしててね?」
「はーい」
リーメスが素直に頷くのを見て、クァトラはメアに向き直った。
「改めまして、私はクァトラ゠ハ。二年生です。君は」
「ルールス゠メアです。一年生です」
「メア君。とりあえず、感謝は受け取っておきます。そして、あれくらいは大したことはないのでもう気にしなくてもいいです。誰しも危機に瀕することはありますし、それを先達に助けてもらうのは当たり前のことです」
「素直じゃないなー。嬉しいくせにー」
「そして、私は弟子を取る気はありません。理由は色々とありますが、そう決めています。この学校には他にも沢山の剣士がいます。前言った通り、デューク先生やキケ先生、ナッゼ先生です。自主活動団体、剣士會に入るのもいいでしょう」
「えー、ケチー」
メアは落胆した。がっくりと肩を落とした。先ほどまでの態度から薄々予測はできていたことだが、はっきりと断られてしまった。定型句のようにすらすら言っていたことからも、他にもこうした願い出があり、その都度断っているのかもしれない。
しかし、メアは往生際悪く、質問をする。何か問題があるのならそれを直せば弟子にしてもらえるかもしれない、と思ったからだ。
「やっぱり、下手くそは弟子に取れませんか?」
しかし、クァトラはその質問に目を瞬かせた。思いもよらない質問だったようだ。
「いいえ。剣の腕前は関係ありません。単に流派としての問題が大きく、そうですね、例えばメア君が私に弟子入りしたとしましょう。そしたらまず一足という階位に入ります。これはどんなに高名な剣士であろうと変わりません。一足のやることは主に畑仕事です。剣は握れません。この階位に最低二年。次の位階は水手と呼ばれますが、ここでも最低二年は家事雑事を行ってもらえます。剣は握れますが、ひたすら素振りです。わかりますか?」
「先輩に弟子入りしたとして、剣を教えてもらう前に先輩は卒業してしまう、ということですか」
「その通りです。そういうしきたりです。そして、私の卒業と同時にメア君には学校を辞めてもらい、私と共に帰郷してもらいます。範師の位階に上がるまでは師匠と行動を共にするか、道場に住みこむ義務があるからです。範師に至るまで、平均して十年ほどでしょうか。それまでリテの道場から離れることは許されません」
それは、簡潔に言うならば、剣に身を捧げろということだ。それだけの覚悟があるのか、とメアに問いかけているのだ。
もちろん、そんな覚悟はメアにはなかった。
黙り込むメアを余所に、リーメスとクァトラは会話を始める。
「えぇ、クァトラのとこってそんなに厳格なところなの?」
「まあ曲がりなりにも由緒ある流派だから。正式な弟子入りならそうなるの」
「今まで断ってた時そんなこと一言も言ってなかったじゃーん」
「それでも良いなんて言われたら困るから。そもそも弟子を取る気はないし」
「ほう、ということはこの子は覚悟があるなら弟子として取る気があると?」
「そうじゃないのよ。……わかっててやってるでしょ」
「えー、なんのことかな? 分からないなー」
クァトラは頭痛を抑えるように額に手を当てた。
リーメスはくすくすと笑う。クァトラが困っている様が非常に愉快でたまらないとでも言わんばかりに。そして、メアの方にくるりと振り返ると、じっとメアの目を見つめてくる。
「メア君メア君。君、なんでクァトラの弟子になりたいの? やっぱり雷流剣術に憧れて? それともクァトラに憧れて?」
その質問の意図がメアにはよくわからなかった。雷流剣術というのは有名な流派なのだろうか。そして、クァトラは有名人なのだろうか。恐らくそうなのだろう、とは口ぶりが推測できたが、どちらに憧れているのかが重要なのかはわからなかった。
なので、メアは正直に答えることにした。
「クァトラ先輩に助けてもらったときの剣閃が目から離れなくて。夢に出てくるんです。間に潜り込む動作と、剣を抜く動作と、斬りつける動作。その全部が連動した動作が、剣の軌跡として現れて、それを斬り裂くんです。妨げるものなど何もないかのような一筋の曲線が、すうっと宙に浮かびあがって……ふふ」
眼を閉じるとそれが思い浮かぶ。思わずメアの口角が上がってしまう。
再び目を見開くと、リーメスが少し身を引いている。クァトラも苦笑いだ。
「わぉ……クァトラの熱狂的な支持者? それとも変態?」
「訊いといて失礼なこと言うんじゃないの。まあちょっと独特な答えでびっくりはしたけど」
メアははっと口元を抑えた。本人を前にしてなんてことを言っているんだと正気に返った。
ごほん、とクァトラが咳払いをした。その顔は少し赤くなっているようにも見える。そして、メアの顔は何倍も真っ赤だ。そんな二人を見てリーメスはゆったりと翼を震わせる。
「そういうことなら剣士會に入った方がいいと思うわ。先生たちは忙しいし、改めて考えてみると融通利きそうな人もいないし。時間も実力もある四年生がたくさんいるはずだから」
それがクァトラの最終的な結論なのだろう。そう理解したメアは溜息を吐きそうになった。たらい回しとはこのことだろうかと落胆した。
「剣士會は入団を断られました」
「え? 本当に?」
「はい。実力のある剣士を集めているとかで、断られてしまいました」
「……それは変ね。なんでだろう。前はそんなんじゃなかったのに」
項垂れるメアと、腕を組むクァトラ。
何かにぴんと来たらしいリーメスが言った。
「それ、クァトラのせいじゃない?」
「え、何を」
「だって」
クァトラの耳元でリーメスが何かを囁く。すると見る見るうちにクァトラの顔が青ざめていく。
「おやおやー? これはクァトラ、責任取らなきゃいけないのではー?」
「いや、でも、そうと決まったわけじゃないし」
「本当にそう思う?」
ぐぬぬ、とクァトラはリーメスを睨み付けた。しかし、やはり心当たりはあるようで、その目に力はない。
長い長い間の後、クァトラは大きなため息を吐き、こぶし大の石を拾い上げた。
「剣を教えてほしいと言うならば、最低限のやる気は見せてもらいます」
そう言うと、すっと表情を消してメアに石を突き付けた。
「これを斬りなさい。そうしたら剣を教えましょう」
クァトラは慌てて口を挟もうとするリーメスを一睨みで黙らせる。余計な口を挟むなと、先ほどまでとは全く異なる眼つきでそう告げていた。リーメスもその本気を感じてか、口を尖らせるだけで挟むことはなかった。
メアが思わずその石を受け取ると、クァトラは踵を返して立ち去った。リーメスもメアに申し訳なさそうな顔をすると、その後を追いかける。
取り残されたメアは、二人の姿が全く見えなくなってからようやく我に返った。
手には石がある。これを斬れと言う。メアは今まで石斬り又は岩斬りを試したことはなかった。なので、その難易度がいかほどかは分からない。だが、石どころか、木や狼の皮さえまともに斬れないメアには、それを斬るのはやや無謀に思えた。
メアはとりあえず石を地面に置き、斬りつけてみる。
がきんと硬質な音がして、手には嫌な感覚が伝わって来た。
「ああ!」
メアが手元を見ると、深緑色の刃が少し欠けてしまっていた。




