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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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035 第三教育棟・魔闘連盟・遭遇

 魔術学基礎の授業が終わり、メアは大きく背伸びをした。レオゥも隣の席で肩を回している。

「終わったー。いやはや、一日が長く感じる。疲れた」

「もう授業も本格化してきたからな。知識が次から次へと流し込まれて、うん、疲れた」

「魔術学基礎もしばらくはひたすら反復だし、休む間もないや。魔力の形状操作も地味だし」

「そんなもんだ。剣だって素振りから始まるだろ。爪、角、蹄、針、鱗、袋。基礎形状を形作れてこそ応用が利くんだ」

 レオゥが魔力を伸ばし、丸め、ぐにぐにと操作をする。メアの目から見ても、レオゥの形状操作はあまりうまくない。

「メアはこれからどうする?」

 メアは少し悩み、答えた。

「今日は魔闘連盟行ってくる。レオゥも行く?」

「俺はいい。もう少し色々な団体を見て回ろうと思う」

「もう木の月になっちゃうよ? いくら新入生って言っても、段々と入りづらくなってくるんじゃ」

「もう遅い感じは既にしている。というか一月経った時点で半分諦めてる。諦めたら魔闘連盟にお邪魔するかもしれない」

「もう三月だよ。手遅れ手遅れ」

 レオゥは無表情のまま、あきらめ気味にため息を吐いた。

 メアはレオゥと別れ、第三教育棟に向かう。道中様々な生徒とすれ違うが、皆生き生きとした表情をしている。本来の目的である授業より楽しそうに見えるのは、やはり自身の好きなことだけを行うということが理由か。

 メアは魔闘連盟の選挙している部屋の扉を開け、あからさまにがっかりした顔をした。

「おう、メア。どうした。腹でも壊したか?」

「いえ、体調は良い方です」

「そうか。ところでどうだ、お前もこれ読んでみるか? 文芸部の部室から取って来た新作だが、中々に傑作だ。非常につまらない」

「いえ、結構です」

 部屋にいたのはウォベマだけだった。できればハナ、最悪ディベだけでもいればと思ったが、今日は二人ともいないらしい。ハナたちがいる日は大抵メアより早く来ており、途中から来るということはあまりないため、今日は来ないと考えた方が良いだろう。

 紙束をめくりながらにやにやと薄ら笑いを浮かべるウォベマは、メアの気を知ってか知らずか、やたら上機嫌そうだ。

「団長と阿呆は今日は来ないぞ。週末の魔術宴(クツヨマス)に向けて秘密特訓中だ」

「クツヨマス?」

「知らんのか。現代魔術の大会だ。ミ先生とテブチ先生主催の大会。団体としてはある程度結果を残しとかんと補助金が出ないからな、張り切ってるぞ」

 ウォベマは当然のことのように語るが、どれもメアにとっては初耳だった。

「俺は何も聞いてないですけど」

「そりゃあ、新入団員に期待はしてないさ。お前が稀代の天才というなら団長命令でもなんでも使って出させただろうが、お前現代魔術はほとんど使えないだろ? 下手に魔闘連盟の名前を出して出られて名を落とされても困る」

「うっ」

 魔術の授業で多少慣れてはきたが、まだまだ見習いを抜けられた気はしない。現代魔術を戦闘に使えるようになるのはまだまだ先だという実感がある。力不足という指摘に反論できる要素はなかった。

「勿論、自主的に出たいというなら構わんが、もう登録は終わってるしな。来年頑張れ」

 そう言ってウォベマは再び紙をめくる作業に戻った。やはりというか、メアの相手をする気はあまりないらしい。

 メアとしてもウォベマと訓練をしたいとはあまり思わない。だが、言われっぱなしは癪であり、多少はやり返したいとも思ってしまった。

「ウォベマ先輩は出ないんですか?」

 無論、それは単純に質問しているわけではない。お前も戦力外か? と言外におちょくっているのだ。

 しかし、そうと気づいているのかいないのか、ウォベマは机に脚を投げ出したまま、紙束から視線を逸らすこともなく答える。

「俺はどちらかというと闘技よりだし、魔術も純粋な戦闘寄りの魔術だ。見世物になる気はない。大会の規定自体が風魔術に不利である以上、得意な奴等に任せるのが吉。やる気もあるみたいだしな」

 飄々とした姿。メアの小手調べなど毛ほども効いていないように見える。

 しかし、メアはその返答の内容が気になってしまい、追撃の時期を逃してしまった。

「ウォベマ先輩って闘技得意なんですか?」

「まああの阿呆よりはな。団長とはどっこいどっこいくらいか」

「なんか見せてもらえます?」

「死にたいならいいぞ」

「なんでそうなるんですか!」

 ウォベマは紙束を宙に放り投げた。音を立てて紙が舞い散る。

「決まってる。俺の闘技は純粋な戦闘技術だ。人を殺すための技だ。団長みたいに便利なことはできないし、阿呆みたいにわかりやすい見た目があるわけでもない」

 便利なこと、というのは、メアやレオゥに使った催眠術の様なものを指すのだろう。そして、わかりやすさとは足の速さだということも理解できた。そのうえでメアは、ウォベマの闘技を見てみたくなった。

 メアは床に散らばった紙を拾い集めながら、どう仕掛けるか思考する。

 剣を抜くのは不味い気がした。下手をしなくても怪我をしそうだという実感がある。ウォベマがメアより遥かに強いことは、何度か付き合ってもらった特訓時に実感しているし、その時ウォベマが主に使っていたのは魔術だった。本人の言葉が真実ならば、闘技はそれよりも上なのだ。剣を抜いてしまったら本当に殺されてしまうかもしれない。

 ちらりとウォベマ様子を確認するメア。ウォベマは床の紙を拾い集めるメアには目もくれず、窓の外の方へ眼を向けぶつぶつと呟いている。椅子に座っているが、足を机に投げ出していた先程よりは姿勢が安定している。仕掛けても十分に対応できるだろう。腰には一丁の銃。銃身は短いが、重厚な造りだ。あれで殴ってくるのだろうか、と想像したメアはぞっとした。恐らく本気でやれらたら骨は粉砕される。左目は眼帯で塞がれているが、死角なのだろうか。

「これ借り物ですよね。今なんで投げたんですか? こんなに乱暴に扱ったら――」

 メアが紙束を机に置き、殴りかかろうとした瞬間。

 ウォベマの肘がメアの左肩に当てられていた。

 そして、次の瞬間にはメアは天井を見上げた状態で寝かされており、その目には銃が突き付けられている。

「先輩を闇討ちしようとはいい度胸してるな」

「え? え?」

 やや遅れて紙束がひらひらと舞い落ちてくる。メアが拾い集めた紙束だ。数脈の後、メアはようやく自分が投げ飛ばされたということを理解した。

 ウォベマは鼻を鳴らしながら銃を腰に差し直すと、大きく背伸びをした。

「まあ、剣を抜かなかったから許してやる」

「あ、ありがとうございます?」

 メアは投げられたことは初めての経験ではない。いや、寧ろ受け身をそれなりに習熟している程度には投げられ慣れていると言ってもいい。しかし、これほど鮮やかに投げられたのは初めてだった。受け身を取る猶予など与えられず、気付いた時には組み伏せられている。初めての体験だった。

 闘技の方が得意というのは決して嘘ではないようだ。メアはそう確信した。

「先輩って風の魔術師だと勝手に思ってました」

「事実だろう」

「近接戦闘も絶対強いじゃないですか」

「近づかれたら何もできないなど二流だ二流。ところで、メア。お前そろそろ避難した方が良いぞ」

「避難?」

 メアが疑問の表情を浮かべると同時に金が鳴り響いた。災害訓練だ。

 なぜわかったのかと目で問いかけるメアに対し、ウォベマは窓の外を顎で示す。

「さっき育舎の方が騒がしくなっていてな、またなんか逃げ出すんだろうと思ってたら色々飛び出してきたのが見えた。ほれ、さっさと避難しろ」

「あ、はい」

 メアが再び紙束を拾い集め、部屋を出ようと扉に手を掛けるが、ウォベマは椅子に座ったまま動く気配がない。

「ウォベマ先輩はいかないんですか?」

「面倒」

 紙束から目を離すこともなく言い放つ。一年後には自分もこのくらいふてぶてしくなるのだろうか、と思い、すぐにメアはその考えを打ち消した。

 少しの間説得するかどうか逡巡するが、明らかに話を聞いてくれない側の人間であるウォベマである。説得はできないだろうとメアは諦めた。

 しかし、再び扉に手をかけようとするメアの背後で、ウォベマが大声を出した。

「あっ!」

「どうしたんですか、ウォベマ先輩」

「一枚落とした」

 そう言って手元の紙束をひらひらと振って見せる。そして、その目が強くメアに何かを訴えかけてきているのに、メアはとても不穏な気配を感じ取った。

 無視して部屋を出ようとするメアに、ウォベマは言った。

「拾ってきてくれ」

「嫌ですけど」

「窓から下に落ちた」

「自分で行ってください」

「さっき命を救ってやったろ」

「殺さなかったってだけじゃないですか」

 目が語りかけてくる。やれと。メアはそれに必死に対抗するが、ウォベマの眼力は強い。ひょっとしたらなんらかの闘技を使っているんじゃないかと思うくらいには強い。

 しかし、睨めっこに勝ったのはメアだった。ウォベマは諦めたようにため息を吐いた。

「わかった。今度お前に投げと組み技を教えてやる。それでどうだ」

「え、それは」

 それはメアにとっては願ってもない条件だった。寧ろこちらからお願いしたいほどだった。それだけに少しだけ疑念が浮かぶ。こんなにうまい話はあるのか、と。

 しかし、迷っている時間はもったいない。やっぱりやめたと言われる前に拾ってくるのが先だ。メアは慌てて部屋を飛び出し、一階の庭側へ飛び出した。

 青い草の上に薄茶の紙がぽつんと落ちているのだから当たり前のことだが、紙はすぐに見つかった。

 だが、メアが拾おうとした紙は一陣の風に吹かれて舞い上がり、二階の窓から伸びた手の中に納まる。ウォベマの手だ。つまり今の風はウォベマの魔術だ。

 メアに対する嫌がらせか。それともメアを下にやった後に魔術で拾えばいいと思い至ったのか。どちらにせよ、メアのウォベマに対する評価と好感度ががくんと落ちた。

 同時にメアは思い出した。今はこんなことをしている状況ではなかったことを。

 地面に膝をついたメアの目の前には、巨大な甲虫がいた。赤黒くつるりとした甲殻から幾本もの足が伸び、頭部には鋭い槍の様な角を持つ甲虫。その複眼はメアの頭部ほどもあり、体全体の重量はメアの五倍はありそうである。

退けえっ(ぎぃぃぃぃぃぇぇぇ)!」

 ぎりぎりと耳障りな鳴き声で叫びつつ、その虫が砲弾のように突進してきた。メアはそれを避けようとして冷静に判断した。

 避けられるか? 避けられない。勢いを逸らせるか? 不可能。防御できるか? 無意味。

 死ぬ、と。メアは判断した。

 剣に手をかけ抜こうとするが、間に合わないのは明白。こんなにもあっさり、とメアは絶望する。上にいるウォベマが何とかしてくれるかとも頭に浮かんだが、風魔術で防御するにはあまりにも重すぎる一撃だ。どうにもならない。

 せめて角が胴に刺さらなければ何とかなるかもしれない。その一心でメアは体を必死に動かす。

 極限の状態で引き延ばされた世界で、しかし、メアの眼に異常なものが映った。

 それは一人の女生徒だった。その女生徒は艶やかな黒髪をなびかせ、メアと甲虫の間に割って入る。そして、腰に佩いた剣を抜くと共に一閃し、甲虫を縦に真っ二つに切り捨てる。そして、切り返した一撃で突進してくる甲虫を左右に選り分けた。

 それを、メアが腰に手を伸ばして剣を握るまでの一瞬でやってのけた。

 引き延ばされた一瞬が通常の速度に戻り、轟音と共に二つになった甲虫がメアと女生徒の左右をすり抜けていく。青い体液がメアの服に飛び散り、メアは一瞬目を閉じる。

 再び目を開いたメアの目の前には、心配そうな顔をしてメアを見る女生徒の顔があった。

「大丈夫?」

「へ……は、ひ、ほ」

 怪我は無さそうだと判断した女生徒は剣を振るって甲虫の血を払い飛ばす。その姿は凛としており、メアの胸の内に猛烈な羨望を掻き立てた。

「なんでこんなところにいるの。逃げる方向が逆でしょう。一年生? ん……ってあれ、君」

 女生徒は目の前の少年に見覚えがあることに気付いた。一度剣の握り方を注意したこともある。まあ狭い学校でもあるし、そう特別なことではないと気を取り直し、女生徒は立たせるために手を差し出す。

 一方、目の前の女生徒が何度か言葉を交わしたことのある相手であることも気づかず、メアはその場で地面に頭を押し付けていた。

 そして、今までで生きて来て一番の想いを込めて叫んだ。

「弟子にしてくださいっ!」

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