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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
三章 雷の如く
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034 教室・闘技・議論

 イドハが追加で取り出した蝋蛮の腕を数人ずつに配り、数組に分けて円を作らせる。

 中央の机にどんと置かれた蝋蛮の周りに円になり、メア達は手を動かす。イドハが特に注意しないからか、雑談は多目だ。教室にはすっかりいつものざわめきともいえる騒音が戻ってきていた。

 メアの右隣に座っていたレティが不意にメアの肩を小突いた。

「メア君、よくやった」

 驚いて手を止めたメアに、レティは長い髪をいじり回しながら付け加えた。

「闘技に関してよくぞ聞いてくれた」

「ああ。俺が気になってたから」

 すると、それを口火に同じ円に入っていた面々が次々と賛同を示す。

「だよね。私も気になってた。所々で聞くけど詳しく聞こうとするとごまかそうとする人ばっかでさ」

「僕の師匠は、いずれお前にも分かる時が来る、とかっていつも口幅ったい言い方してたよ。分かんないうちは半人前だ、みたいな感じで」

「あの謎の空気はああいった理由でできてたんだねー。色々納得いった感じだわ」

「というかさ」

 レオゥが無表情のまま言った。

「イドハ先生の話の勢いに押されたけど、正直、なんていうか、面倒くさいと思った」

 全員が一斉に頷いた。メアも頷いた。

「わかる。なんだろうね。なんか、言い方悪いかもだけど、駄々をこねてる子供というか……女々しい?」

「そこまでは言わないけど、うじうじしてるとは思った。夢を追いかけてるのは良いけど、それに名前つけてるのもいいけど、それで自尊心との板挟みになっちゃうのはね」

「魔術師の視点から見るとありえないな。というか定義がおかしい。誰もが再現不可能な技に名称を付けるのに意味がないわけじゃないが、その名称を普段使いしてるってどうなんだ」

「ありえない。言うならば極限魔術や根源魔術を自称するぐらいありえない。いや、この場合は他称させるか。適当にごまかして自称はしないんだもんな」

 メアはほっと胸を撫でおろす。メアが質問をした瞬間の教室の空気は、決して良いものと言えなかった。だからひょっとするとこれから弾劾が始まるのではないかと緊張していたのだ。

 しかし、メアが口を開こうとした瞬間、背後から少し冷たい声が響いた。

「とまあそう思われるでしょうから、誰も説明しないわけですね」

 穏やかな笑みを浮かべるイドハが立っていた。その場の全員がびしりと固まる。

「まあ傍から見ると滑稽に思えるのは否定できません。しかし、そこにはモブシとカウフがあります。闘技に関して教えてくれなかった師匠さんたちは、それを重要視したのでしょう」

 それらは聞き覚えのない言葉だった。少なくともメアは一度も聞いたことがない。それに、イドハが神為を乗せていないため、意味がわからなかった。

 他の人もそうだったのか、不思議そうな顔をしている。そして、一斉にメアに期待の視線を向けてくる。

 メアは苦笑いしながら、イドハに質問した。

「先生、モブシとカウフってなんですか?」

「それは口では説明しません。どうせ馬鹿にされるので」

 そしてイドハはそっぽを向いて去って行った。

 唖然とするメア。今までメアはイドハにこんなに素っ気ない態度を取られたことはなかった。

 そして、遅ればせながら気づいた。これはイドハは不貞腐れているのではないか、と。自分の渾身の説明がこき下ろされ、理念を理解されずに馬鹿にされ、へそを曲げているのではないか、と。

 そして更に唖然とした。すらりとした長身に芸術のように引き締まった体と中世的で整った顔立ちを持つイドハ先生。齢三六ながらまだまだ二十代に見えるほど若々しく、七つ年下の美人の奥さんを持つイドハ先生。冷静で穏やかで生徒思いで頼りになる。そんなイドハ先生がむくれている。

 他の面々も衝撃を受けたのか、少しの間固まっていた。だが、一足ほどして我に返ったレティが呟く。

「も、模写しようか」

「うん……」

 だらんと垂れて来ていた腕の皮をめくり直し、炭筆を手に取った。他の生徒もそれに続く。

 しかし、空気を読まずにフッサが再び口を開いた。

「ところで、メアは闘技は使えないでござるか?」

 まるで今までの話を全く聞いていなかったのかのような問い。その場にいる大多数が阿呆を見る目でフッサのことを見る。

 フッサは慌てて手を振る。

「いやいや、イドハ先生のあれは建前でござるよ? 皆、自身のそれが闘技かどうかなんてわかっているはずでござる」

 その言葉にメアは半信半疑の視線を向けた。しかし、アウェアがそれに同意する。

「まあ、そうだな。フッサの言うことは正しいと思う。技を磨いていくと、ある時ふっと壁を越えた感覚を感じることがある。そして、自身の技が以前の物とは明確に違うと感じるようになるんだ。あれが技が闘技となった瞬間だと私は確信している」

「でござるな」

 頷きあう二人に、メア達は感心したように何度も頷いた。フッサが言っているだけだったらメア以外は信じなかったかもしれないが、アウェアも同意しているのだから疑いの余地は少ない。

 レティがほうとため息を吐いた。

「アウェアが言うならそうなんだね、きっと」

「それどういう意味でござるか」

「そのまんまだよ」

「どういう意味でござるか……?」

「だからそのまんまだって」

「フッサは闘技使えるんだねえ。意外だなあ」

「ジョンまで? 某、以前ジョンの前で使ってたでござるが」

「本当に?」

 そんな会話を前にして、メアは地味に衝撃を受けていた。なんとなく、自分と同じくあまりできない方の人間だと勝手に判断していたフッサは、メアよりずっとできる方の人間だったのだ。その事実にメアは頬を張られたような気持になった。しかし思い返してみれば、普段の言動こそよくからかわれているが、運動するときのフッサはメアよりずっと動けている。

 唐突に、随分と置いていかれた気分になってしまったメアだった。

 と、追い打ちをかけるように背中から声を掛けられる。別の円に入っているエナシだった。

「は。そんな立派な剣ぶら下げといて闘技一つつかえねーのか。糞雑魚」

 メアが振り返ると心底呆れたようにエナシが見下ろしていた。それに追従するように、テツとギョウラも笑みを浮かべている。

 何故こんなによく絡んでくるのか、と思い、メアは頭を振った。いや、絡まれる理由は分かっている。単純に馬が合わないのだろう。なんとなくメアが気に入らない。それだけなのだと、メアは理解している。なぜなら、メアもなんとなくエナシが気に入らないからだ。

「お前は使えんの?」

 挑発に乗ってしまい、それを口にしてしまうメア。それは明らかな誘導で、口にしてしまえば恐らく負けだとわかっていても、つい言ってしまった。

 案の定、ディーはメアのことを鼻で笑った。

「当たり前だばーか。使えない奴が剣を持ち歩くかよ」

 メアは顔が熱くなるのを感じた。それもそうなのかもしれない、と思ってしまったのだ。

 短剣を腰に差しているフッサも、大斧を常に担いでいるアウェアも、闘技を使えるという。少なくともこの円の中で武器を装備しているくせに闘技を使えないのはメアだけだ。そう実感した途端、恥ずかしさに顔が赤くなっていくのを自覚した。

 言い返せなくなったメアとは違い、アウェアは即座に立ち上がる。

「随分偉そうな口をきくな、エナシ。帯剣に資格は要らないが」

「そう言う話じゃねーんだよ石頭。理解できねーなら引っ込んでろ」

「ではなんの話だ? お前はメアと話をしたいのか? そうは聞えんな。独り言なら部屋でやれ」

「おいおい、勝手に決めつけるなよ。それともあれか、愛しのメア君とお話していいのは私だけなのってか?」

「ふ、すぐに恋だなんだと言い出すのは春の乙女と初心な少年と相場は決まっているが、成程、成程」

「てめぇ、相変わらずむかつくなぁ……!」

 剣に手をかけ、エナシは立ち上がった。それに対し、アウェアは自身の胸元に付けた硬貨を示す。

「調停委員になったのでな、これからは全部全部割って入らせてもらう。何も遠慮はいらん。かかってこい」

 顎を上げて不敵に笑うアウェアに、ディーは鼻を鳴らして背を向けた。

 メア達の円で小さく拍手が沸いた。口が悪く難癖をつけることの多いディーより、実直で頼りになるアウェアの方が人気があるのは当然の結果だった。

 ぱん、とやや大きめの破裂音がなる。全員がびくりと体を震わせ、ゆっくりと音の下方を振り返る。そこには笑顔で手を合わせたイドハがいた。

「授業中ですので」

 全員口を閉じて書き始めた。

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