027 教室・現代魔術・精練
魔術学基礎の授業は血綬星の午後に二時限連続して行われる。週に一時限分しか行われない授業もある中、連続で二時限分確保されているというのは、それだけ学校側が重視している科目ということだ。
そんな魔術学基礎の一時限目がちょうど終わるだろうという時刻に、ミは生徒を集めて話し始めた。
「今日までの授業では魔力の励起を行ってきました。魂魄の振動により波動を発生させ、その波動により己の魔力を励起させる。そして、励起させた魔力を自身の元へ収集する。ここまでが励起です。これは現代魔術を使うための段階を踏むというだけではなく、魂魄の運動に慣れるという目的もありました。意識して魂魄を動かしたり、念質への感覚を研ぎ澄まさせるということは、日常では少ないでしょうから。しかし。皆さん、程度の差はあれど、ここまではできるようになったでしょう。魔力の励起はある程度できるようになりました」
一拍置き、ミは真剣な顔をして生徒を睨む。
「次です。これから次の段階へと移ります。魔力の精練です。収集した魔力を凝縮し、魔力の属性を選別し、転写・染色し、求める魔力へと精練します。次の時限の授業からです。休憩は必要ですか?」
すかさずシヌタが手を上げた。ミは身振りで発言を許可する。
「えっと、つまり、これができるようになれば現代魔術が扱えるということですか?」
「いいえ、違います。現代魔術は、励起、精錬、操作の三つを経て初めて現代魔術と呼ばれます。……とはいえ、そうですね、魔力の練成により火の魔力を集めることができたならば、あなたは魔力によって火を生むことかできるでしょう。それの操作が多少利かなくとも、きっとそれはあなたにとって新たなる体験となります」
そう言ってミは人差し指を胸の前で天井に向けた。すると、指の上でぽっと火が灯る。中指を立てると、その上には小さな竜巻が。薬指には水の塊、小指の上には土塊が。ふわりと浮いて、手を握ると掻き消えた。
「想像してみてください。自身が雷雲を呼び、大嵐を起こす様を。地を揺るがし、海を凍らせる様を。その未来への第一歩、いえ、二歩目です。はい、他に質問は?」
といったところで、鐘が鳴った。五限目の終了の鐘だ。
ミは手にした杖で地面を軽くたたきながら、思案顔になった。
「この授業は毎年人気あるの授業で、休憩は取らずに進みたいという意見が多いです。自主的に居残り修練する生徒もいます。ですので、休憩が必要かどうかを訊ねたのですが、丁度良いので休憩にしましょうか」
メアはすぐさま続けて授業を行う提案をしようとした。しかし、それより早くレティが手を上げた。
「はいはい! 続けてやりたいでーす! ね、ね! 皆やる気出てきたっしょ!」
この一月でメアは同じ組の生徒のことが少しずつ理解できて来た。メアからレティへの評価は、能天気で考え無しで、そのせいか思考から行動までが早い、というもの。その評価に違わない瞬発力に、メアは上げかけていた手を下ろした。
魔術への興味と言う点では大多数の生徒が同じ意見だったようで、そのまま次の時間の授業が始まった。
ミは頷く。
「まずは、練成について詳しい説明して行きましょう。通常、励起された魔力はあらゆる属性を含んでいます。そのため、求める属性の量は相対的に少なく、実用には向きません」
カッカッと白墨が音を立て、教板に図を書いていく。魔力、属性、火、電、力、気、水、木、金、その他、その他。
「現代魔術が制定されたばかりの頃は、この雑多な属性を持つ魔力を利用して基礎魔術の修練をしていました。身の周りのものは複数の属性を持つ物ばかりですから、精練という工程が必要なかったわけです。今でもそういう修練方法を推奨している魔術師はいます。そうした方が数多くの属性を習得できる。魔力量が多く必要であるのならば魂力を鍛えればいい。そういう考えからです。しかし、そうした晩成型の修業は多くの器用貧乏な魔術師を生み出し、魔術師の質の低下を招きました。奴らの魔術は家事をするには便利だが、戦になっては霊の金玉、なんて言われたりしていたのがおよそ二〇〇年前の話です」
「第三三第ウィドドンミョーザ皇帝の言葉でしたっけ」
「その通りです。ユンジュ君、よく知っていましたね。ウィドドンミョーザではこの皇帝の言葉に端を発し、魔術師の厳しい徒弟制度の廃止と魔術の知識の公開が成されました。所謂「魔術開放令」です。オルシン暦八九五年。史学の授業ではないので試験はしませんが、頭の片隅に置いておいてください」
ふふん、と得意げな顔をするユンジュ。普段は他の生徒に茶々を入れたり場をひっかきまわす発言ばかりしており、あまりそうした事柄に興味を持つようには見えないので、ウィドドンミョーザ出身なのかもしれない、とメアは推測した。
「話を魔力の精練に戻しましょう。さて、そういうことで魔術の実用性を高めるために魔力の純化、精練が必要だと考えられました。そこで、様々な手法が開発されます。代表的なのは三種類。想起法、火傷法、波動交差法の三種です。いずれも長所短所があり、場合によって使い分けられます。既に魔力の精練を行える魔術師は、どれかをやったことがあるはずです」
教板が文字で埋まっていく。半数程度の生徒が樹紙を取り出して記していく。
「今回行うのは火傷法です。長所は本人の適する属性が最も出やすいとされていること。非常に短時間で終わること。短所は怪我の可能性が高いこと。暴走の危険があることです。やり方は単純、火のついた蝋燭に、魔力を練りながら手を近づけます。火に手が触れるまで近づけます。当然火傷をするでしょう。しないためには、どうにかしなければなりません。魔術でどうにかしなければなりません。水で消すのも良し、風で吹き飛ばすのも良し、電で蝋燭を燃やし尽くすのも良し。火傷という危険を避けるために使用する魔術は、自分の身を守るために使用する魔術は当人にとって最も向いている魔術だろう、という考え方ですね」
なるほど、とメアは納得した。それは。それに、暴走という言葉もある程度見当がついた。力の加減などできない魔術初心者が恐慌状態になって魂魄を暴れさせることなど、容易に想像がつく。
矮躯族のクィンが小さな手を上げた。
「あのー、それって、本当に火傷するくらい手を近づけたりはしないですよね? そんなことしたら熱いですよね?」
ミはにっこりとある種嗜虐的な笑みを浮かべた。
「当然、火傷するくらい近づけます。場合によっては触れてもらいます。押し付けてもらいます。火傷してもらいます。安全では意味がないですから」
女子生徒から非難の声が上がった。一部気の弱い男子生徒からも。しかし、ミは全く気にすることなく、説明を続ける。
「既に魔力の練成ができる生徒には、想起法を行ってもらいます。これは最も初期に開発された手法で、練成した属性を念じながら魔力を凝縮するという非常に単純なものです。火を前にして火と念じつつ魔力を練り、その魔力によって火に干渉できたならば火の属性に適性がある。そんな手法ですね。是非ともこれで新たな適性を見つけてください」
レオゥは頷く。メアはレオゥが冷魔術を使っているところを何度も見ているため、レオゥがそちら側であることを理解していた。
ゼオが挙手する。
「はーい、教師。残りの一つはどういった手法です課?」
「波動交差法は魔術の熟練者が一対一で行う必要があります。各種魔力を込めた波動を打ち出し、相手の魂魄を揺らし、その反射して来た波動を分析することによって適正属性を割り出す手法です。非常に高度な手法で、そもそもこの手法を実行できる熟練した魔術師が少ないです。が、代わりに非常に精度が高い手法とされています。この手法の改法は様々な物が研究されていますが、現状協会に正式に認められているものは波動交差法だけです。私は行うことができますが、この人数に対して行っていては時間が足りないので、今回は無しです」
「理解! だそうです」
「フォンナ君。そうした誘導は有難いことは有難いのですが、知っていることであるならば知らないふりをする必要はありません。素直に提案、質問、解説をしてもらって結構です」
「あ、肯定。ごめんなさい」
どこまでも飄々と、にやにやと軽い声で答えるゼオ。なんとも。
「火傷法の手順は三つ。魔力を励起し、それをかき混ぜながら、火傷を回避するように強く念じてください。それだけです。では、魔術の練成が行えない人は三人一組で蝋燭を取りに来てください。既に行える人は私のところに集合してください。想起法を一斉に行います」
三人組、と言われ、レオゥを見るが、レオゥは既に精練が行える。近くに座っているジョンもだ。フッサの方を確認すると、フッサは怪しく笑っていた。
「フッサは? 確か最初の授業の時は使えなかったよね?」
「ふふ、某、実は四種類ほどの属性を扱えるでござるよ」
「え、凄いじゃん。なんで隠してたの?」
「赤い木の実には毒がある。自身の手札をそうべらべらと表に出すものではござらん。ということで済まぬが、別の組を探してほしいでござる」
メアは驚きと称賛を込めた視線を向け、フッサはそれを鼻高々に受けた。
しかし、そのフッサの余裕の表情は直ぐに消え去った。
「ルールス君、タ君はもう冷魔術を使えるよね? 三人組どうするの?」
「あー、そうだね。どうにかしなきゃ」
「じゃあ一緒にやらない?」
「え、いいけど……」
シャープに話しかけられ、不思議そうな顔をするメア。そのお誘いを聞いてフッサは目を剥き、歯を噛み締める。
「そ、某も、実は魔術の」
「はいはい、フッサは俺と先生の所に行こうな」
そして、シャープに話しかけようとしたがレオゥに襟首を掴まれて引きずられていった。その表情には異性に話しかけられたことに対する嫉妬と羨望がありありと浮かんでいた。
メアとシャープの間になんとも言えない空気が漂う。
「あー……、三人だっけ。もう一人は」
「どうしよっか」
メアの脇を誰かがつついた。振り返るとテュヒカがメアの目をじっと見ていた。
「ど、どうしたのテュヒカちゃん」
「ファンはー、そっか、水魔術が使えるもんね。ひょっとして三人組にあぶれた?」
テュヒカは首肯する。相変わらず一言もしゃべらない。
常に無言であるというとこは相手に威圧感を与える。常に無表情であるレオゥの方がまだましだ。メアは慣れてきたが、シャープはまだそうではないようで、恐る恐る尋ねる。
「じゃあ、一緒にやる?」
テュヒカは首肯した。金色の瞳が二人を交互に見つめた。
他の生徒も特に問題なくすんなりと三人組を組めたようで、。各々が蝋燭に火を灯して修練を開始している。既にある程度仲良い組が構成されている証拠だ
メアたちも教室の隅の机に蝋燭を置くと、ひとりでに火が付いた。何か仕掛けがあるのかと蝋燭を見てみたが、どうにも普通の蝋燭に見える。メアが他の組の蝋燭を注意深く観察していると、やはり自動でついたのだが、点火の直前に魔術の波動を感じた。
ミがやったのだとメアは直感する。しかし、だとすると、ミは何種類の属性を扱うことができるのだうか。
「あれ、いつの間にか火がついてるね。ルールス君、つけた?」
「いや。多分先生がやった」
「そっか。まあ始めようか。誰からやる?」
メアは躊躇った。火傷をする可能性があるというのもあるが、上手くいかなかったらどうするか、という羞恥心がためらわせた。なにせ目の前には同年代の女の子が二人。いの一番に名乗り出て失敗したらと考えると、少しばかり及び腰になってしまった。
しかし、火傷を怖がっていると思われるのも嫌だ。女子に先に危険なことをやらせるというのもあまりにも情けない。
「俺からでいい?」
「いいよ。テュヒカちゃんは?」
テュヒカも頷いた。異論は無いようだった。
メアは制服の袖をまくり、左手を突き出す。利き手は怪我をすると困るので左手。蝋燭は親指ほどの太さで、火もあまり大きくはない。しかし、熱い。まだ触れていないのに熱を感じる。赤と黄の光がメアを威嚇してきている。
魔力を励起する。そして、収束。ずっしりとした感覚がメアの頭の奥に淀む。
手を近づける。熱。火傷の記憶がよみがえる。つい最近も火傷をしたばかりだった。メアは魔法使いのことを思い出す。そう言えば、テュヒカは火が怖くないのだろうか、と見るが、表情は平静そのもの。酷い目にあったことは想像に難くないのに、とメアは感心した。
思考が逸れていることに気付き、メアは集中し直す。魔力をかき混ぜつつ、思い込む。目の前には火。これをなんとかしなければ自分の手が焼ける。そう強く思い込む。
手が近づく。熱が手のひらを焦がす。汗が湧き、すぐに蒸発する。火が揺らめき形を変える。舐められる。一瞬の熱。人の距離は半指以下。熱が迫る。
(どうする。どうすればいい? 何も変化がない)
メアは更に掌を近づける。
しかし、変化はない。
(熱い)
思わず引きそうになる左手を右手で抑える。
(熱い、痛い、火傷しそう、痛そう、痛いよな、火傷は痛い)
どうにかしなければ。
メアの脳裏をぐるぐると言葉が巡る。
(まだ駄目なのか。なら、さらに近づけないといけない? もう掌が痛いのに、たぶんもう火傷してるのに)
掌を焦がす感触がする。激痛が走る。
(熱い熱い熱い!)
――熱い!
メアの魂魄の周りをぐるぐると回る魔力がぎゅいんと別の色に染まる感触がした。
次の瞬間、ことん、と音を立てて蝋燭が倒れた。
「わっ、倒れた。今のは……」
「わからない。よく見てなかった」
「風かな? けど風が吹いたんだったら先に火は消えるか。じゃあ、力?」
「力属性力魔術?」
「かも」
テュヒカも頷いている。
「力……」
メアは上手く想像ができなかった。力というのは目に見えない。衝撃のようなものは良く食らうし、それこそ日常的なものだが、それが自分の適性なのだと言わされても実感は湧かなかった。
考え込むメアに、シャープが心配そうに声を掛ける。
「怪我しちゃってるから医務室に行こ」
「いや、大丈夫。そこまで酷くないから。それより、シャープとテュヒカもやってみなよ」
「ほんと? じゃあ、私が……」
とシャープが進み出たが、それより早くテュヒカが蝋燭を立て直す。そして、そのまま蝋燭の前に立って手を近づけ始めた。
テュヒカの魔力がうねり、手元に集中するのを感じる。
「……っ」
テュヒカが手を押し付けるのと同時に、じゅっと音を立てて蝋燭の火が消える。しかし、テュヒカの表情は覚悟と怯えから変ことはなく、少しして不思議そうな顔をして自分の手の平を見た。
メアとシャープも覗き込む。そこには砂粒のようなものがこびりついていた。どうやらそれがテュヒカの手を火傷から守ったようだった。
「玉属性かな?」
「多分そうだと思う。土か、岩か、砂か。分からないけど。玉属性は便利だよ。多分」
テュヒカは満足げに掌の砂粒をいじっている。
そして、シャープの番になる。
シャープはおっかなびっくりとメアの三倍ほどの時間をかけて手を近づけた。
「あっ!」
「大丈夫?」
悲鳴のような声を上げたシャープに、メアは心配そうに声を掛け、テュヒカはて首を掴んでひっくり返した。しかし、その掌に火傷はなく、蠟燭の火は消えている。
「大丈夫、火傷したかと思ったけど、なんともないみたい。それに、火が消えてる?」
「なんだろ、気属性? 水、かな? 湿ってる?」
「うーん、もう一度やってみていい?」
「それはいいけど……」
その後シャープは何度か繰り返したが、掌を触れるほど近づければ蝋燭の火が不思議と消えるということしかわからず、けっきょくよくわからなかった。




