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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
二章 杖を作る
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024 校外・冒険隊・臥獣

 朝、メアは寮を出た。寮の入り口にはレオゥとフッサとジョンが立っていた。

「遅いよー」

「忘れもんないか?」

「たぶん」

「時間やばい。急ごう」

「あっ」

 レオゥに急かされた瞬間、メアは声を上げて立ち止まる。

「なんか忘れたか?」

「レルが死ぬ」

 メア以外の全員が知らない単語だった。きょとんとした顔で、横からフッサが聞き返してくる。

「レル?」

「水やりするの忘れてた……」

 その言葉に合点がいったレオゥは手を叩いた。

「ひょっとして、七味草? に名前つけてんのか?」

「うん。そうすると愛着が湧いてちゃんと育ててられるかと思って。どうしよう。水やってる時間は……」

「ない。行くぞ」

 幸いなことに、メアは七味草の世話をまめにおこなっていたので、一日くらい水やりを欠かしても枯れることはない。一日くらい大丈夫だと三人がかりでメアを説得し、四人で正門に向かって走り出した。

 校門前には三〇人前後の生徒が集まっていた。学年は様々、男女も半々、髪の色や目の色も様々だが、皆一様に武具を背負っている。メアが見たことがある顔は多いが、名前を知っている生徒はほとんどいない。一年の花組からはメア達四人だけのようだ。先生は二人。一人は見知らぬ男性だが、もう一人はメア達も良く知る教師、キケだ。

 メアたちが集団に混ざり、数息。更に数人生徒が集い、事前に知らされていた時刻になった。喧噪の中、一人の生徒が門の前に進み出る。

「はいはい、時間なので、全員いるか確かめます。点呼は今回含めて合計三回することになるので都度名前呼ばれたら返事してください。私は厚生委員副委員長のクーハイです。四年、ヘサさん」

「はい」

「ミョンベさん」

「はーい」

 程なくして最後にフッサが呼ばれ、代わりにキケが進み出た。

「総勢三八人、確認した。では、これから冒険隊に出発する。全員既に覚悟はあるだろうが、校門を出てしまえばそこは注意域とはいえ未開拓地。引率はするが、安全は保証できない。危険が発生した場合は各自で対応するように。また、郊外に出るということで、一部の校則は適応外となる。武器、魔術に関するものすべてだ。遠慮はするな。迷ったら死ぬぞ。冒険隊の道程としては、ここから南に二目(約八キロメートル)ほど進み、そこで一度自由行動とする。四刻程経過したらこちらから狼煙を上げるので、狼煙の地点に集合するように。その後集団で帰還する。理解したか? 理解したな? では、開門!」

 もう一人の先生が校門の閂を叩くと、ぶるぶると震えながら閂が勝手にずれて行き、やがて校門の片側にぶら下がる。それを確認したキケが木製の巨大な門を押し、門の隙間から外の景色が見えてきた。

 メアにとっては一月振りの光景。豊かな森と舗装されてない道。町は遠く、人造物は全く見えない。たった一月だが、馬車に乗って訪れたのが随分遠くに感じる。

 生徒たちはキケを先頭にぞろぞろと歩き始めた。あまりまとまりは無いが、互いに気軽に声をかけることができる程度の距離で森に分け入っていく。

 背の高い木の多い森はメアの故郷のそれとは異なり、かなり見通しが悪く歩きにくい。当然、朝だというのにほの暗い。下草も背が高く、森の密度がかなり高く感じる。

 獣の鳴き声と鳥の羽ばたきを聞きながら、虫を避け草をかき分け進んでいく。

「こっちって南であってる?」

 ふとしたメアの質問に、レオゥが頷いた。

「ああ。太陽の向きからしてそうだろう。町からは遠ざかる方向だな」

「まあそうだろうねえ。起伏も激しくなるだろうし。冒険っぽくなるからねえ」

「うわっ、ぺっ蜘蛛の巣っ! 口に入ったでござる……」

 四人は周囲に気を配りながらもだらだらと歩いた。警戒はしているが、前後左右に生徒が大勢いることもあり、あまり緊張感はない。

 気を付けるべきは、小さな毒虫、食肉植物。集団からはぐれて迷子にならないこと。それだけを意識しつつ、メアたちは久々の大自然に身を浸しながら歩く。

 木々の隙間から遠くに見える山に、ふとメアは頭に地図を思い浮かべた。地理社会の授業で習ったものだ。

 現在いるのはホルユハ大陸。縦長の楕円の上半分が西側に直角に曲がったような形をしている、五つの大陸の中で二番目に大きい大陸だ。北西部は砂と雪の土地。中央部は森の土地。南部は平原と穀倉地帯。メアはざっくりとその程度にしか覚えていなかったが、概ね人族に住みやすい土地だと認識している。

 レトリー総合学校はホルユハ大陸の北東、ウィダッハという国の領土内にある。メアの認識が正しければ、このまま南に進めば広大な樹海に突っ込む。

「こっちってさ、ヘスベヘカがある方向だよね。密入国とかになっちゃわない?」

 メアの疑問に、フッサはこれみよがしにため息を吐いて見せた。

「流石に距離感を考えるでござるよ。たしかに方向はあってまするが、それはこの海を泳いでいったらスセヨ大陸についちゃうよな、なんて言っているのと同じでござる。確かに隣は隣でござるが、間には広大な樹海と開拓域。徒歩で歩いたらどれほどの日数がかかることか」

 余りにも小ばかにした態度にむっとしたメアは拾った木の枝で後ろからフッサの首筋を擦った。

 フッサは悲鳴を上げて飛び上がり、振り返って警戒する。メアは素知らぬ顔で何かあったのか問い、フッサは何かがいると喚き、全てを見ていたジョンは苦笑する。

 そんなことを何度か繰り返していると、さすがに気づいたフッサにメアは怒られたが、昼食のおかずを一つ分けることを約束するとすぐにフッサの機嫌は直った。

 その後もひたすらに歩き続け、全員の額に汗が浮かび始めたころ、キケが大声で合図をした。どうやら、ようやく目的地に到着したようだった。

 点呼が終わると最初の宣言どおり自由行動となり、各自好き勝手に動き始める。

 メアたちの今日の目的は四人それぞれで異なっている。メアとレオゥは杖のための木材入手。ジョンは製作した武器の性能試験。そして、フッサは暇潰し兼気晴らし。そのため、校門にこそ集まって行ったものの、現地についてからは共に行動する理由はあまりない。

 ないのだが、四人はなんとなく一緒に行動することにした。

「どうしようか」

「まあ、まずは迷子にならないように拠点の場所を覚えておかないとな」

「大事大事。ここでいいかな」

「あの背の高い木を目印にするでござる。某の手拭でも天辺に巻いておきますかな」

「いいね。お願い」

 頷くと、フッサはするすると木を登り、その天辺近くに赤い手拭いを巻き、枝を蹴りながら降りてきた。そして、その一部始終を凝視していたメアに気付いて首を傾げる。

「ん? どうしたでござるか?」

「いや、フッサって実は身体能力高いよなあって思って」

「ふっふ、蛙の毒は水の色。戦人たるもの、実力は可能な限り隠すものでござるよ」

 手を抜いたりしてると武器格闘の授業で怒られそう、と思い、メアは気づいた。だからフッサはいつもキケに怒られているのだと。同時に疑問に思う。ではあの泣き言は本音なのか見せかけなのか。思い、メアは前者が九割だと推測した。演技だとすると迫真過ぎる、と。

 色々と納得が言ったことに満足そうなメアの背後ではジョンが荷物の選別を進め、不要な荷物を集合場所に固める。フッサとレオゥもそこに重い荷物を纏め、それが済むと四人は出発した。

 生木の加工は大変。しかし朽ちた木では強度が足りない。程よく水気が抜けていてかつ虫に食われたり風雨にさらされて朽ちたりしていない木材。メアとレオゥはそう呟きながら探すが、中々見つからない。もう少し乾燥した季節であれば別だったが、最近雨が降ったばかりなのか、落ちている木材はどれも水を吸っているのだ。程よい大きさの、という点も難しく、小枝や倒木は数あれど、少し削ったら杖にできそうな大きさのものはあまりなかった。

 うなるメアとレオゥについてフッサはただ歩き、ジョンはたまに銃を構えて撃つ。フッサは退屈そうで、ジョンはあれこれ思考を巡らせている。

 あまり集合場所から離れすぎるのも危険だということで、集合場所を中心に円を描くようにぐるりと回り。

 一刻が経過したが、成果は何もなかった。

 メアたちは空腹に押され、集合場所に戻って少し早めの昼食を取った。内容は携帯食料として配られた乾麺麭。味はお世辞にも美味しいものではないが、普段のべちゃっとしたお粥と違うというだけでどこか美味だった。

 昼食を終えると、メアたちは二手に分かれることにした。ジョンは本格的な性能試験を集合場所でやることにし、フッサは歩き疲れて休むことにしたからだ。メアとレオゥは二人を集合場所に置いて、材料探しに再び森に踏み込んだ。

 二人になったことで周囲への警戒を高めつつ、二人は木材を探して歩き回る。ただし、同じ場所を回っても効果は薄いと考え、先ほどよりは少しだけ大き目の円を描く。

 濃密な木の匂い。風で擦れる葉の音。

 遠くの方にある川のせせらぎ。靴が踏んだ泥が跳ねる感触。

 メアは五感で存分に自然を感じながら、意気揚々と森を歩いた。

 しかし、材料を探して地面をばかり歩いていたメアが顔を上げると、レオゥとはぐれていることに気付いた。慌てて周囲を見回すが、人影はない。先ほどとは少し森の雰囲気も違う気がする。

 メアは少し焦りつつ木に登り、周囲を見回す。すると、遠目に集合場所の目印が見えた。

 メアは胸を撫でおろしつつ、集合場所に戻ることにした。はぐれたレオゥを探して歩くより、戻った方が確実に合流できると考えたのだ。

 しかし、メアが地上に降り立った直後、ばきばきと木が折れる音が響いてきた。草木をかき分ける音などという生易しいものではなく、何かがへし折りつつ進んでくる音。それはメアの方へ一直線に向かってきている。

 迷いは一瞬。それがなにか分からないのなら、距離を取ることが重要。そして、見極める。その為にメアは音のする方向へ視線だけは向けたまま音とは反対方向へと走った。

 音との距離はあっという間に縮まり、直後にそれは正体を現した。でっぷりとした丸みを帯びた毛むくじゃらの胴体、やや頼りなくも見える六つ足。額から首元には鎧のように硬質化した皮膚が覆っている。鼻息は荒く、牙は鋭く、目は爛爛とメアを睨んでいる。体高だけでメアの背よりも高く、体重に至ってはメアの何倍あるかわからない。そんな獣がまっすぐにメアに突進してきているのだ。

 メアはすぐさま大きな木の陰に隠れる。その木が自分の身を守ってくれればという狙いが一つ。そして、相手の視線を着ることができればという狙いが一つ。

 一つ目の狙いは外れた。すさまじい勢いで突進してきた重量物に木は粉々に粉砕され、吹き飛んでいく。しかし、二つ目の狙いは達成された。木の陰に隠れるとともに素早く反転していたメアはなんとかその突進を避けることができた。

 木を一本へし折っただけでは勢い止まらず、更に二本の木をへし折って漸く止まり、素早く振り返る獣。足の本数から見ておそらくは臥獣。ただ、種族は分からない。

 ただ、この突進は明確な敵対行動である。そう判断したメアの動きは速かった。振り向きに合わせて剣を首元に薙ぎ払う。

「……っ!」

 剣は毛に食い込んで止まる。その剛毛が原因か、皮膚の下の弾力ある脂肪のせいか。さらにその下の硬質な筋肉のせいか。鎧のような部分を避けて剣を振ったというのに、メアの斬撃は全く効いていないようだった。

 獣が首を振る。鋭い牙がメアの剣を弾き、メアはそれに巻き込まれないように慌てて腕を引く。

 再びの獣の突進。メアは回り込むようにして避けたが、全力の回避行動だったため地面を転がる。

 立ち上がり剣を構えるメアに、後方から声がかかる。レオゥとフッサだ。

「メア!」

「うわ、やばそうなのがいるでござるな」

 獲物が三人に増えたのを警戒しているのか、獣は立ち止まって首を振った。

「すっごい硬い。いきなり襲われた。どうしたらいいと思う?」

「逃げれそうにはないな」

「三方に逃げれば二人は助かるでござるよ」

「ジョンは?」

「向こうで木に登ってた。狙撃するっぽい」

「ここはメアに頑張ってもらって某たちは逃げるというのは?」

 青い顔をしているフッサを無視して、メアは獣へと踏み込んだ。それに合わせて槍を構えるレオゥは回り込んで脇を突こうとする。そんな二人にフッサも素早く木に登った。一応逃げるのではなく上からの奇襲を試みるようだ。

 警戒を終え、突進してくる獣にあわせ、メアは跳ぶ。幸いなことに体高は低く、首は短く、突進中にその牙を振るってくるようなことはない。そのため、呼吸を合わせさえすれば踏み台にすることができると踏んだのだ。もちろん、失敗すれば突進をまともに受ける、曲芸。

 まず、踏むことは成功。額を蹴って突進から逃れることも成功。ただし、勢いを殺し切ることはできず、メアの体は縦に回転する。

 メアは慌てつつも冷静に判断し、背中から落ちることを予期すると、空中で逆さになったまま剣を獣へ向ける。

「ゆらゆらと蝶がその羽を焦がす――【焔火】」

 冷汗をかきながら、その背中に向けて魔術を放つメア。効果のありそうな魔術はこれだけだ。効いてくれと願いつつ、背中から着地する。

 同時にレオゥも毛のに向かって槍を突き出した。獣が停止した隙を狙いすました一撃。狙っているのは無防備な脇腹。

 しかし、穂先は毛皮に弾かれ、炎は一瞬だけ燃え上がってすぐに消えた。どちらも無傷。悠然と振り向く獣の視線が二人へと向く。

 どうやって逃げるかを考え始めたメアをよそに、今度は空からフッサが攻撃を仕掛けた。

「雷閃!」

 逆手に持った短剣が黄色い軌跡を残して獣の背中に突き刺さった。そこはメアの魔術が焦がした場所。フッサは明確にそこを狙ったわけではなかったが、短剣はその背中に深々と突き立った。

 空気が罅割れるような音と共に、一瞬だけ光がほとばしる。獣もくぐもった咆哮を上げ、微かな時間痙攣した。

「決まった……!」

 軽やかに画面に着地したフッサをメアが称賛しようとした直後、僅かな硬直から解放された獣の尾にフッサは吹き飛ばされた。

 鼻血を出しながら茂みの奥へと姿を消すフッサ。獣はそのままフッサに追撃を掛けようとする。背中への短剣の一撃など動作になんの支障もない。そう言わんばかりの、必死の突進だ。何の抵抗もなく受ければ確実に死ぬ。

(まずっ!)

 しかし、直後、獣の片目がはじけた。血が噴き出て獣の野太い悲鳴が上がる。

 ジョンの狙撃。理解したメアは剣を獣の尻穴に突き立てる。フッサから獣の意識を誘引するための牽制だ。しかし、それは予想外に効果的な攻撃だったようで、メアの剣は深々と肛門に突き刺さり、獣は激しく咆哮を上げた。

 剣を奪われる前にとメアは慌てて剣を引き抜き、暴れる尻尾を避けて下がる。獣は残された片目を怒りに染め、メアの方へゆっくりと振り返った。

 状況としてはほぼ振り出しだが、状況は悪化している。戦力は減り、狙撃はばれ、獣はより怒っている。

 メアは槍を構えて隙を伺っているレオゥに向かって叫ぶ。

「フッサを連れて逃げてレオゥ!」

「お前は!?」

「先生呼んできて! 粘る!」

 直後、獣の突進が来る。メアはそれを躱し、もう一度叫ぶ。

「行って!」

 しかし、迷うレオゥが走り出そうとした直後、腹の底に響くような怒声が響いた。

「馬鹿どもがあっ!」

 そう言って現れたキケは獣を蹴り飛ばす。獣が木にぶつかるより重い音が響き、獣の体が十数歩分吹き飛んだ。

 飛球のように吹き飛ぶ獣を見て、メアとレオゥは言葉を失った。馬鹿力とかいう段階の話ではない。闘技というにはあまりに荒々しく、しかし、そうとしか思えない一撃。まるで夢でも見ているかのようだ。

 続いての光景にメアはさらに呆気にとられる。地面を転がった獣がすぐに起き上がり、逃げていったのだ。あれだけの攻撃なのだから、仕留めたか、最低でも重傷だろうという予想は掠りもしなかった。互いに攻撃力防御力の規模が違い過ぎる。

 キケは腕を組んで鼻息荒く叫ぶ。

「まずは先生を呼べ! なんのために引率がついてると思ってる! まったく! 自分たちで対処しようという心意気は悪くないがな! 次からはちゃんと先生を呼べ! わかったな!」

「は、はい」

 メアは少しの間呆然とし、我に返ると、フッサを思い出してそちらに駆け寄った。フッサは鼻血を出していたが、骨などに異常はないようで、メアを見て親指を立てた。


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