表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
二章 杖を作る
22/240

022 工作館・創作実学・杖

二章開始です。

 甲の月、第一週、昊弧星。

 メアが入学してから一月が経過した。大多数の生徒は学校での生活にも慣れて、それを見計らってか少しずつ授業が本格的になってきた。

 それは、午前の授業と昼食を終え、午後の創作実学もそろそろ終わろうかというときのことだった。創作実学を教える大柄な女性、メームドームが宣言した。

「よし、じゃあ皆には杖を作ってもらうから」

 杖、と工作館がざわめいた。

 創作実学は実際に手を動かす授業だったが、内容としては工具の扱いだったり素材の取り扱い方だったりと基礎的なものが多く、大多数の生徒は不満を感じていた。木片にひたすら直線を刻む作業や、金属板に等間隔に穴をあけていく作業は、いくら基本的な動きに慣れるためとはいえ、退屈だったのだ。

 そこに、前触れもなく本格的な創作の指示。花組の生徒たちは顔を明るくさせた。当然、メアも興奮している。

 メームドームは灰髪縮れ毛をかき上げると、手を叩いて生徒たちを黙らせる。

「創作の流れに関しては説明したな。まず要求があり、技術、材料、資金、納期、を考慮したうえで仕様を決定し、計画を立て、製作に移る。今回作ってもらうのは魔術師用の杖。繰り返す、魔術師用の杖だ。それを踏まえた上で一月後に私のところに完成したものを持ってくるように。何か質問は?」

 簡潔でやや情報の足りないように感じる指示。即座に多数の生徒が挙手をする。

「もう少し詳しい指示とかは、無いのでしょうか」

「ない。好きに作ってくれていい。ただし、適当なものを創ったら星を上げることはできない。全力で取り組むように」

「素材などの指定はありますか?」

「ない。好きにしろ。加工できるならば晴獄鉱を使おうが水晶を使おうが、骨剣を作ろうが魔道具を作ろうが、難しいものを作れば寧ろ加点対象だ。工作館の倉庫にあるものは基本的に好きに使ってくれて構わない。他には?」

「見本とかはないのでしょうか……」

「図書塔に行けば資料はいくらでもあるだろう。杖を持っている人を探してもいい。自分で見つけるように」

「協力とかは、あの、いや、人任せってわけじゃないんですけど、協力するのは大丈夫でしょうか」

 じろり、と睨む。手を上げた矮躯族のクインはおびえた表情で身を竦めた。

「多少は良いが、人任せにはしないように。自分で作らない者には星を出さない。つまりは進級させない。一つくらい取れなくてもと思ってる奴もいるだろうが、二つ目三つ目の方が簡単に取れるとは思うなよ? 言っておくが、自分で作ったかどうかは一目で分かる。協力するにしても素材の入手や製造計画の相談程度にしておくこと」

「ひゃ、ひゃい」

 メアは墨筆を握ったまま唸った。工具の基本的な使い方は学んだ。創作に関する一連の流れも授業で聞きはした。だが、それはあくまで知った程度の話であって、完全に理解したとは言い難いし、それを完璧に実行できるとは決して思っていない。

 そもそも、杖とはなんなのか。魔術を使う開拓者が杖を持っているのはよく目にしていた。しかし、改めて考えてみればその理由を知らない。メアの記憶では杖の先から魔術を発していたりはしたが、それが現代魔術において役に立つかと言われるとよくわからず、他の用途としては洗濯物を干す竿にしているか、坂道を登るときに支えにしているか、悪戯をした子供を打っているぐらいしか目にしたことがない。

 鐘が鳴り、授業が終わるとともに、メアは隣に座るレオゥに話しかけた。

「なあ、レオゥ。なんで魔術師って杖持ってるの?」

「俺もわからん」

 予想外の答えにメアは目を瞬かせた。

「わからないの? レオゥの周りには魔術師がいっぱいいたんじゃなかったっけ」

「杖持っている人は居なかった。おふくろも持ってなかったし。 ってか杖って必要ないだろ。現代魔術の特徴は無手・無動作で行える、魂魄操作のみによる魔術ということ。道具が必要だったら同じく道具が必要な系統外魔術の方が利点が多いし、動作が必要なら口を動かすだけでいい古典魔術の方が多機能だ。杖、要るか?」

 メアは首を振った。正直な話レオゥが言っていることの半分は理解できていなかったが、言いたいことはなんとなく分かる。要するに、レオゥも必要だと思っていないということだ。

「じゃあどうしよう。用途が分からなきゃどうにもできなくない?」

「それな。まあ適当に杖っぽいの作ればいいんじゃないか? 素材は木で」

「うーん」

 一月の授業でわかったことだが、メアはあまり創作学には興味がわかなかった。なので、実際にそうしてしまいたい気もする。フッサやレティといったお気楽な面々は確実にそうするだろう。

 だが、メアはメームドームの脅しが気になった。万に一つでも進級ができないということになったら笑えない。

「もう少し調べてからにしよう」

「まあ、そうだな。進級できなかったら困るし」

 二人は頷きあって、杖について調べることにした。

 まずは工作館を出て自室へと戻ろうとしているメームドームに質問をした。

「メームドーム先生」

「お、ルールスにタ。どうした。何か質問か」

「はい。杖の用途についてなんですけど」

「ただの杖じゃないぞ。魔術師用の杖だ」

「それです。 なにか違うんですか? 普通の杖と」

 メームドームはにやりと笑った。

「用途なら決まってるだろう。悪いことをした餓鬼をこつんとやるために持ってるのさ」

「え。それ、魔術師用なんですか」

「まあまあ、ルールス。一月あるんだ。色々な人から意見を聞いてみなさい。工作方法については答えるから、設計は自分でするんだ」

 そう言ってメームドームは去っていった。あまり解決の助けになるようなことを教える気は無いようだった。

「だってさ」

「ぬう。次だ次」

 メアとレオゥは教室に戻り、一人の青髪の少年に近づいた。

 その少年はジョン゠ウォウと言い、花組では最も創作学に熱心な生徒だった。既に製作系の自主活動団体にも入団しており、自分で様々な武器を作っているという。メアも腰に下げている剣を見せて欲しいと頼まれたことがあり、何度か会話をしている。

 うんうんと唸っているジョンは自分の席に向かってきているメアとレオゥを見ると手を上げた。

「やあ」

「ジョン。あれどう思う?」

「あれねえ。僕、レオゥに聞きたいことがあったんだ。メアにも」

 キョトンとする二人にジョンは落ち着いた口調で語る。

「僕さあ、杖ってよくわからないんだよねえ。剣士の剣は切るためのもの。漁師の銛は突くためのもの。狩人の弓は射るためのもの。けど、魔術師って武器いらないよねえ。なんで杖なんて持つんだろう」

 心の底から困ったように、しかしあくまでのんびりとした口調のジョンは、恋する乙女のように長々とため息を吐いた。それを見てメアも眉を顰める。

「俺らも分からないんだ。ジョンは杖を作ったことはないのか?」

「あるけど、なんかねえ、とにかく頑丈にしてくれ、程度の要望しかなかったんだよねえ。素材も指定してあったし。でさ、レオゥは魔術師だよねえ。メアも冒険者をたくさん見てたみたいだし、魔術師の杖について、何か知らない?」

 二人はそろって首を振った。

「うーん。宝石を付ければ多少の魔力は蓄えておけるけど、高価だしねえ。ここじゃ入手手段もほぼないし。うーん」

 そう言ってジョンはまた唸り始めた。

「どうしよか」

「片っ端から当たってみよう。とりあえず、杖持ってた先生って誰が居たっけ」

 二人はこうなればとことんやるぞと息巻いて教室を飛び出した。

 最初に訪れたのは生きる骸骨、デュークの居室だ。

 デュークの居室は意外と明るく開放的だった。窓は大きく、透明な硝子が嵌められ、太陽の光は存分に注がれている。また、壁や天井には燭台が多くあり、暗くなってからも明るいであろうことは容易に想像できる。家具や敷物も暖色系であり、屍霊という言葉から想像できる部屋とはずいぶん印象が異なる。

「これですか? これは仕込み刀です。杖じゃないんですよ。魔術は使いますけどね。あ、知ってますか? 私がどうやって声を出してるか。声帯も何もあったもんじゃないですからね、この体は。実は音魔術で再現しているんですよ。まあ適当に喉の骨をこすった音でも意思疎通はできますが、やはりそれじゃ味気ないですからね」

 デュークはそう言って円柱型の杖の根元を捻って引っ張った。すると、中から鋭い銀色の輝きを持つ刃物が現れた。

 二人は肩を落として礼を言うと、次の部屋に行くことにした。

 次に訪れたのは算術を担当する教師、ピキピトの居室だった。

 こちらの部屋は雑然とした部屋だった。あちこちに樹紙皮紙問わず紙片が散らばり、壁に並んだ書棚には様々な言語で書かれた書物が並んでいた。目につく家具は立派な事務机と簡素な寝台のみ。どこか疲れた顔をした若い青年は、引っ張り出した折り畳み式の椅子に二人を座らせた。

「やあやあ。珍しいね、今年の一年生は熱心なのかな。え? 算術の質問をしに来たわけじゃない? あ、そうなの。え、これかい? これは教鞭だよ。短い鞭の一種さ。戦闘用じゃないけどね。僕は魔術とか闘技とかがさっぱりなんだ。はっはっは」

 ピキピトが教鞭を振るうと、空気を切る鋭い音がした。二人が杖だと思っていたものは良くしなっていて、はた目からも杖ではなく鞭であることが分かる。

 二人は算術の講義を始めようとするピキピトから逃げるようにして部屋を出た。

 最後に向かったのはミの部屋だった。何故そこが最後になったかというと、夕飯の時間が近くなっていたからというのもあるが、そこであっさりと答えを教えてもらえたからだった。

「杖ですか? まあ、魔術師が杖を持つ理由は主に二つですね」

「え」

「あるんですか」

 半ばあきらめかけていた二人は驚きの声を上げた。そんな二人を見てミは不思議そうな顔をしたが、すぐに先生としての顔に戻すと、いつも通りの丁寧な口調で話し始めた。

「ありますよ。大抵の物事には合理的な理由があります。まず、一つ目の理由ですが、間合を伸ばすことです」

「間合?」

「そう。現代魔術の基本は自己の拡張。魔力によって他を己とし、意のままに操ることです。では、自己の認識の範囲はどこまででしょうか。体は自己でしょう。では、身に着けている衣服は? 自己を想像するときは裸の自分を想像するでしょうか。耳飾りのような装飾品は? 刺青のように彫り込んだものは自己に入りますか? 答えは、全て入る、です。ええ、入ります。その気になれば自分が普段から身に着けている衣服ならば魔術で操作可能です。また、普段から身に着けている装飾品も同様。私たちは、私たちを可能な限り拡張して解釈します」

「普段から身に着けている武器も、自分だということですか?」

 メアは思わず口を挟んでいた。しかし、ミは柔らかく微笑むと、その通りだと頷いた。

「そうです。魔術師にとって杖も自己の一部なわけです。では、杖が自己の一部だとすると、どんな利点があると思いますか?」

「……常在魔力が杖に満ちます」

 答えたのはレオゥだ。ミは何度も頷いている。

「そうです。常に自身の肉体を覆っている魔力、常在魔力が杖にも満ちます。さて、ここで少し別の話をしましょう。魔術師の能力を示す指標は様々なものがありますが、その中に操作可能距離というものがあります。自分の体からどの程度まで離して魔術を制御できるかですね。自分の体から遠いところで制御できるほど良いとされます。一般的に遠いほど難しいからですね」

 レオゥが激しくうなずいている。メアはその様子を見て、レオゥが魔術の制御が苦手だと常々言っていることを思い出した。一月前の事件の様子からしても、レオゥは操作可能距離が短いのかもしれない、とメアは納得した。

「この操作可能距離ですが、測定の起点はどこにするべきでしょうか。頭、心臓、魂魄の中心。様々な意見が出ましたが、研究の結果、常在魔力の末端から離れるほど難易度が上がることが示されました。わかりますか?」

 問いかけに、メアは頭を捻る。しかし、レオゥはすぐに得心したように手を叩き、口を開いた。

「つまり、杖を普段から持っていると杖に常在魔力が満ちて、自身の常在魔力から遠くなるほど魔術の制御が難しくなるから、杖を持てば杖の先から、杖の長さだけ遠くからでも魔術を制御できる、ってことですか?」

「その通りです」

 ミが杖を軽く振ると、空中に紙片が人の手のような形に立体的に組みあがる。そして、みはそれに木製の杖を突きつけた。

「このことは二つの利点を生みます。単純に魔術の射程が伸びること。そして、安全に魔術を行使できること」

 ぱん、と破裂音がして手の形をした紙片がばらばらに飛び散った。レオゥは思わず身をすくませた。メアも驚いたが、何かしそうだという気配はしていたため、そこまで驚きはしなかった。

「今のは気属性裂魔術です。制御に失敗しました。結果として、自己のすぐ傍で暴走し、近くにあった手形の紙を切り裂きました。さて、今回は杖の先で発動させたため、杖が少し傷ついただけですみましたが、杖を使わずにやっていたらどうなっていたでしょうか。この手形の紙を見ればわかりますね?」

 二人はばらばらになって床に落ちている紙を見て、同じ想像をした。紙と手は強度は違うとはいえ、手が無事でいられるとは思えない。火魔術で手が燃える。冷魔術で指が凍る。電魔術で感電する。どれも考えるだけでぞっとする。

 メアはおずおずと手を上げた。

「一つ目の理由、よくわかりました。間合が伸びることと、その利点。では、二つ目の理由はなんですか?」

 ミは真面目な顔をして言った。

「殴るためです」

「はい?」

「殴るために持ちます」

 二人は耳を疑った。一つ目の理由に比べ、あまりにもらしくない理由だと感じたからだった。

 ミはそんな二人を諭すようにじっと見た。

「魔術師と言えど、いつでも魔術を使えるとは限りません。魂魄が疲弊しきっているとき、魔力の支配権を奪えないとき、場の魔力が枯渇しているとき。これらの詳しい説明は授業でしますが、とにかく、魔術を使えない場合というのは存在します。そして、そんなときに、目の前に自分の命を狙う敵が居たらどうするか。諦めるわけにはいきませんよね。殴るしかないでしょう。その為の杖です」

 いち早く衝撃から立ち直ったレオゥが慎重に言葉を選ぶ。

「それ、別の武器じゃ駄目なんですか?」

「駄目ってことはないけど、刃物は扱いが難しいのよ。うっかり自分を切ったりしたら大変でしょう。短剣を持つ魔術師は多いけど、それだとあまり間合は伸びないし。ということで、とりあえず振るえばいい鈍器を持つ魔術師が多いのが現状です。大体そんな理由です」

 へー、と感心していたメアだが、慌てていつも使っている紙片の束に教わったことを書き留め始めた。忘れてしまったら大変だ。何しろ学校では始めて学ぶことが多い。小まめに記録を付けることは大事だとこの一月で身に染みている。

 ミとレオゥはそんなメアを気にすることなく会話を続ける。

「ところで、突然どうしましたか? 杖について聞きたいなんて」

「創作実学で魔術師の杖を作れって言われたんですが、よくわからなかったので。録に指示もなかったですし、とりあえず質問をしてみようかと」

「ああ、まあそうね。実学の先生はとりえあずやってみろ派が多いのよね。気持ちは分からなくもないけど」

「そうなんですよ。少し手抜きを感じます」

「自主的に動いてほしい、という気持ちは私も分からなくはないんだけどね。まあ他の先生のやり方に口を出すのは止めておきます。二人とも、用件は以上ですか?」

 メアとレオゥは頷き、礼を言ってミの部屋を後にした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ