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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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021 寮・騎士・訪問

 気絶した男はどこかへと連れていかれた。男の足の骨を折ったが、瞬時に直す魔法がある可能性もないわけではなく、完全に無力化したとは言えないため、学校の特別房に隔離するらしい。生徒たちにはまだ事態の推移が語られず、完全に終息したとの宣言が出るまでは警戒を怠られないようにとの指示もあった。とはいえ、メアはこれ以上危険があるとは考えてはいなかった。一瞬だ。一瞬だったのだ。あの男が無力化されるまでにかかった時間は。音もなく飛来し、片腕を吹き飛ばすほどの威力の矢。瞬時に発動し、逃げる間もなく包み込む雷撃。流れるように二打をほぼ同時に打ち込む槍捌き。メアは確かに男と自分とでは競う種目が違うと感じてしまったが、今はそれは自信の未熟さゆえったと感じている。彼我の実力差があり過ぎて、戦闘にならなかった。ただそれだけだと。あの見事な鎮圧を見てそう気付かないほどメアは愚かではなかった。

 男の処遇はある程度決まっている。これから簡易裁判を行い、処刑。刑が完全に確定しているわけではないが、この学校の敷地内に無許可で立ち入っただけでもそれなりの重罪を科すことができるため、生徒を傷付けたことや魔法使いであることを鑑みると、死刑となる可能性が高いそうだった。

 因みに、今回の事件で最も大きい怪我を負ったのはメアだった。手足の擦り傷と軽い火傷、鼻血。髪の毛が数本焦げた。正門から侵入した巨大な竜の系譜、堕蛇との戦闘を含めてだ。つまりメアたち以外にとっては今日の災害訓練は平和そのもので、話題も堕蛇と校長の派手な戦いが主で、メアの評価は小汚い侵入者のおっさんにぼこぼこにされた一年生、というぱっとしないもの。事実ではあるが、直前の緊張感との温度差にメアは脱力するばかりだった。

 治療を終えたメアが鼻に布の切れ端を詰めたまま寮に帰ると、いつも通りキュッフェは寝台で寝ており、ヘクセは自分の机で本を呼んでいた。

 ヴァーウォーカがにこやかに手を挙げる。

「よっ、お疲れー、騎士様」

「騎士?」

 怪訝そうな顔をするメアにヴァーウォーカは片目を閉じて見せる。

「なーに言ってんの。同じ組の女の子を助けるために頑張ったんだろ? いやー、騎士さ。立派な騎士」

「確かに頑張ったけどさ、それが何で騎士になるの?」

「えっ……ほら。そう言えばなんでだ?」

「ヴァーウォーカが言ったんだけど」

 本気で話が掴めないいメアと、問われて答えの出てこないヴァーウォーカ。そんな二人を見かねてヘクセが口を挟む。

「おとぎ話なんかだと、お姫様を救うのは騎士が多いからじゃない? ……そう言えば、なんで多いんだろう。単純に使い魔がいる方が物語に映えるからか、お姫様を救って帰還する時におんぶやだっこじゃかっこがつかないからか。後者の比重の方が多そうだな」

「えっ、なんだよそれー。まるでおとぎ話が作り話みたいじゃーん」

「大抵は作り話に決まってるだろ。作り話じゃなくても多大な脚色が混ざってるさ」

「そんなことねーよー。夢のないこと言うなよー」

「……というか、おとぎ話に騎士ってそんなに出てくるの? 俺が知ってるおとぎ話で騎士が出てくるのなんて一つしかないんだけど」

 メアの疑問に、ヘクセとヴァーウォーカは顔を見合わせた。

「メアって西の方から来たんだっけ。西の方は少ないのかね」

「俺んとこは多かったぞ。パッと出てくるだけで三つか四つはある」

「うーん、まあ単純に読書量の差かもね。ほら、君たちは本読まないからね」

 馬鹿にするようにヘクセは鼻で笑った。何か言い返そうとしたメアだったが、完全に事実のため諦めて両手を上げる。

 と、そこで半身で会話をしていたヘクセがメアの方に向き直った。

「そうだ、丁度いい機会だし、君たちの地方のおとぎ話を聞かせてくれよ」

「いいけど、なんで?」

「おいおい、ヘクセ。もしかしてまだそういうのが好きなのかよ。餓鬼じゃないんだからさー」

 揶揄うヴァーウォーカに対してヘクセは顔を真っ赤にして反論する。

「違う。おとぎ話ってのは事実に基づいたものも多くあるんだ。そうした話を聞くのは歴史や文化を知るうえで重要な話だ。たとえそれが脚色されていようともまったくの作り話だろうともそこには書き手の思想や習慣が現れる。いいかい、文化や風習を知るうえでそうしたものが纏まった風土記を見るのも手ではあるが一方向だけから物事を知ろうとするのはまったくもって素人の考え方であってちょっとした文化の違いや――」

「わかった! 悪かったって。そんな怒るなよヘクセ! キュッフェ様が起きる!」

「っ、兎に角、こうした話を知るのも学術的に重要なんだ。あらゆる物事を知ってこその学者だからね」

 そう言ってヘクセは恐る恐るキュッフェの様子を確認した。幸いなことキュッフェは起きてきていない。ヴァーウォーカは口の前に指を当て、メアは何度も頷いた。

 メアはヘクセのことが立派だと思った。言い訳めいてはいたが嘘は感じない。そこには様々な知見を得たいという信念があるように感じた。だから、メアはヘクセを宥めるという意図も込めて口を開いた。

「俺の地元のはね、鐵の騎士、っていう話なんだ」

 ヘクセはまだ目を吊り上げていたが、話は気になるようで遮ることはしなかった。ヴァーウォーカも興味深そうに続きを待つ。

「あるところに臆病な騎士がいた。ある日その騎士は怪我してしまって、それ以来騎士は戦に行くのが怖くなった。しかし、戦は望まなくても起こる。だから臆病な騎士は頑丈な鎧と大きな盾を用意した。それでも戦では怪我をする。騎士はさらに頑丈な鎧を用意する。大きな盾を用意する。装備はどんどん重くなり、そうしていつしか騎士は騎獣に乗れなくなった。騎士は騎士ではなくなった。そんな話」

 聞き終えたヴァーウォーカは不思議そうな顔をする。概略の話だとしても掴みどころのない話だったからだ。

 ヘクセも同様に感じたのか、顎に手を当てて考え込む。

「へーんな話だな」

「そう? まああんまり詳しくは覚えてないから、なんかすっ飛ばしてるかも」

「うん、変な話だ。こういった童話は何らかの教訓を含んでいる場合が多いが、どうにもそれが見えない。嘘つきは損をするだけとか、怠けものは身を滅ぼすとか。まあ強いて言うなら過ぎた臆病は自分を見失わせる、といったところかな。けど、落ちがない。救いがあるわけでもないのに、はっきりとした悪行とそれに対応した罰があるわけでもない。変な話だな」

 ヘクセは手元の雑記帳に何かを書き始める。ぶつぶつと呟く内容を聞く限り、先ほどの話を書きなぐっているようだった。。

 ヴァーウォーカはごろんと寝台に横になる。

「うん、まあなんにせよ、メアが騎士と言われて微妙な顔した理由はよーくわかった。確かにそんなのがメアの中の騎士代表なら騎士って言葉を誉め言葉には感じないわなー」

「うん。でも褒めてくれたなら素直に受け取っておくよ」

「いやいや、駄目だな。メアは騎士じゃない。鎧も着てないし、盾も持ってない。鐵の騎士じゃなくて、剣を持った鐵の騎士だ! そして物語はこう続く――しかし、騎士は戦うことは辞めていなかった。騎獣に乗らなくなった騎士は小回りが利くようになり数多の戦場で活躍し、やがて綺麗な姫様を娶るのでした。ちゃんちゃん!」

 どうだ、格好いいだろう、と満足そうな顔をするヴァーウォーカ。本気なのか馬鹿にしているのか、正直なことろメアには判断ができなかった。ただ、少しも格好いいとは思わない、という言葉だけは飲み込んでおいた。

 そんな話をしていると、扉を誰かが叩く。メアが扉を開けるとそこに立っていたのはレオゥだった。レオゥは不機嫌そうに文句を言おうとしたヘクセを牽制するように、さっと甘い匂いの籠を見せつける。

「よっ。食堂のおばさんからなんか菓子もらえたんだが、食べるか?」

「食べる」

「ようこそ心の友よ。もちろん俺たちの分もあるよな?」

 メアとヴァーウォーカは大喜びで招き入れた。ヘクセも少し欲しそうな顔をしていた。

 直後にメアは気づいた。レオゥの背後に隠れるようにしてテュヒカが立っていることに。

「あー、えっと?」

「寮の前でうろうろしてたから連れてきた。なんかメアに用事があるっぽいぞ」

 にやにやと笑みを浮かべるヴァーウォーカ。興味なさそうな素振りを見せつつもどこか悔しそうなヘクセ。相変わらず無表情のレオゥ。そして、両手を後ろに回して伏し目がちに立つテュヒカ。そんな四人の真ん中で、メアは少し緊張しつつテュヒカを見る。

 昼間、メアははっきりとテュヒカの声を聞いた。だから喋ること自体はできるはず。そう考え、メアはテュヒカの言葉を待つ。だが、テュヒカは口を開かず、代わりに一枚の紙片をメアに差し出した。

 メアがその樹紙を見ると、汚い第一共通語で。

『このかりはかならずかえす』

 そう書かれていた。

 メアがなんとも言えない表情をしているのを見て、レオゥが横から覗き込んだ。そして、困惑したような声を出す。

「恩じゃないのか」

 それを聞いてテュヒカは自身の間違いに気づいたのか、顔をぼっと茹で上がらせると、錆びた関節を無理矢理動かすような動きで横を向く。そして、呼び止める間もなく風のように走り、そのまま寮を飛び出していった。

 腹を抱えて笑っているヴァーウォーカを尻目に、メアはレオゥと顔を合わせ、そして笑った。レオゥは笑わなかったが、それでも全然構わなかった。

「レオゥ。今日はありがとな」

「何が?」

「助けてもらったから」

「……あー、まあ礼はボワとファンに。俺は正直何もしてないというか、魔法使いにもすぐに逃げられたし」

「それでもだよ。今度ともよろしく」

「あんまりああいったことは起きてほしくないがな。まあ、その、これからよろしくな」

 そう言って握手をする二人にヴァーウォーカは飛び掛かり、菓子の入った籠を強奪しようとする。取っ組み合いになって零れた菓子をこっそりとヘクセが食べ、それを見たメアが大声を上げ、キュッフェが起きてきて怒る。喉元に短剣を突き付けられたヴァーウォーカとヘクセが謝罪の言葉を詠唱し、メアは地面に頭を擦りつけ、レオゥは目を白黒させる。

 そうやって、メアの慌ただしい一週間は終わり。

 長くて短い、学校生活が、本格的に始まったのだった。

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