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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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019 第二教育棟・災害訓練・遭遇

 組活動の後は昼食の時間となったのだが、今日は珍しく昼食に麺麭が出たため、メアとレオゥはそれを持って教室で食事をとることにした。すると、同じように混雑する食堂を避けた生徒は多いようで、花組の教室には半数ぐらいの生徒が残っていた。大きな窓は春の陽気を取り入れており、喧噪に満ちた食堂とはまた別の暖かさがあった。

 メアが教室を眺めながら食事をしていると、茶髪を短く刈った生徒が話しかけてきた。武器格闘の初回の授業で唯一合格をもらっていた、素手での格闘の得意な生徒、ボワだ。

「なあなあなあ、メアだっけ。ルールスって呼んだ方がいい? まあメアの方が呼びやすいからメアって呼ぶな」

「う、うん。ゲンヂ。何か用?」

「ボワ゠ゲンヂな。ボワでいいぞ。あ、でな、ちょーっとメアに聞きたいことあってさ。メアってさ、例の魔法使いの侵入者ってのに会ったんだろ」

「まあ多分。っていうか他にももう一人侵入者っぽいのいたな。先生に報告しとかなきゃ」

「なんだよ、運がいいな。俺も会いてー」

 妙なことを言いだすボワにメアは動きを止めた。そして、まじまじと顔を見つめるが、ボワはにこやかな笑顔を浮かべている。メアのことを運がいいと評したのは訊き間違いではないようだった。

 よく意味がわからず、メアは少しぶっきらぼうな質問をしてしまう。

「会ってどうするんだよ」

「ぶちのめす。一三、四の女の子を着け狙うおっさんだぜ。殴り飛ばしても誰も文句言わねーだろ。むしろ褒められるはず」

「強そうだったよ? よくわからない魔法? も使ってたし」

「だからいいんじゃねーか。強い奴と戦ってその梳かした顔を殴り飛ばすのが最高なんだよ。キケ先生との実戦形式の授業はめちゃくちゃ楽しみだし、上級生にもやばいのがわらわらいて手合わせしてもらえるらしいし。二年になると魔術師との実戦もあるって、あー早く戦いてー」

「そ、そうだねー?」

 そう話すボワの目はきらきらと輝いていた。まるで新品の玩具を目の前にした子供のようだった。発言が一々物騒なのはさておき、一応殴る相手は選んでいそうなので、メアは顔を引きつらせながらも相槌を打った。

 そこで、黙って聞いていたレオゥが口の中にあるものを飲みこみ、口を開いた。

「ボワは強いな。どうやって鍛えたんだ?」

「そら実戦よ。ひたすら実戦。闘技も戦ってりゃ自然と身につくし、死ぬ気でやってりゃ中々死なねー」

「人と組手ってことか?」

「別になんでも。剣でも魔術でも。野生の生命でもいい。相手を選んでたら意味ねーよ。そう思わね?」

「怪我しそうだな」

「はっ。細かいこと気にすんなよ。レオゥはさてはあれだな? 慎重なやつだな?」

 ボワはからからと笑いながら言うが、冗談を言っているつもりではないようだった。その実力を少し羨ましく思っていたメアだったが、そんな気持ちは一気に引っ込んだ。ボワの目にどこか野生の獣と似た気配を感じたからだ。言うならば、自分の命を賭けることが当たり前だと思っている生命の目つき。そんなものを持っていなければボワのようになれないというならば、メアは遠慮したかった。

 メアが干し肉を飲み込んだ直後、鐘が鳴った。普段ののんびりとしたものとは違う。かなり慌ただしい鐘の音だ。体感だが、時間もいつもと違うとメアは感じた。

 空気を震わせて音声が響き渡る。声量からして、音魔術で拡声されている。

『襲撃、襲撃。正門から大型生命が一体。災害訓練を始めます。災害委員は各自手順に従って避難を誘導してください。避難場所は第一運動場です。繰り返します。正門から大型生命が――』

 襲撃、という穏やかではない単語。花組の教室内が一気に色めき立った。

 メアがどうするか迷っていると、レオゥは素早く立ち上がる。

「避難しよう。とりあえず運動場に行けば人が集まるはず。あ、ゲンヂは災害委員だったか。じゃあ避難誘導を……ゲンヂ?」

 ボワはレオゥの言葉に一切反応せず、は窓から身を乗り出して正門の方を凝視している。間に第一教育棟があるため直接は見えないが、立ち上がる砂ぼこりから異常なことが怒っていることは察せられる。そこで起こっていることを想像しているのか、ボワは一瞬目を閉じ、鼻から息を大きく吸い込んだ。

 目を開いたボワの目つきが獲物を見定める獣のようになっているのを見て、メアは思わず確認する。

「避難の誘導、だよな。災害委員の役目は。ボワ?」

 しかし、ボワは否定した。

「いやいや、違うんだなそれが。災害委員は近い人から順に役割が分かれるんだよ。一番近い奴は足止めと撃退。していいってさ、言われたんだよ。そうそうそう! 撃退! 撃退撃退撃退! 戦っていいって!」

 話しているうちに段々と声が大きくなる。気が昂っているようだ。花組の生徒の視線が集まるが気にしない。。

「それ、一年次の生徒は含まないとか、そういう注意は受けなかったか?」

「言ってたような気もするけど、忘れた! 知らん! 我慢できない! ってわけでお前らは避難な。俺は皆をまもるために足止めに行ってくる、ぜ――……」

 レオゥの静止を振り切り、窓から飛び出そうとしたゲンヂは、後ろから腕を掴まれて振り返り、次第にその勢いを失っていく。腕を掴んでいたのはファンだった。近くの机を片手で掴んだまま、ゲンヂの手首を鷲掴みにして微笑んでいる。

「どちらに向かわれるのですか?」

「え、いや、ほら。皆をまもるためにな、撃退に」

「ここに守るべき女性がいますよ。足の不自由な女性が」

 ボワは返す言葉を探し、口を噤んだ。見る間に逆立っていた髪が寝ていく。

 沈黙。

 不穏さを感じ取ったのか、他の生徒たちはそそくさと教室から出ていった。

 みしみしとファンに捕まれた机が悲鳴を上げる。ファンは微笑んだままだ。ゲンヂはそれなりの力で引っ張っているようだが、ファンの体は微動だにしない。

 段だと手首を掴む力も強くなってくるのを感じたボワは上ずった声を出す。

「そ、そうだな。ファンだっけ。は避難しててくれていいぞ。俺は戦闘の応援に」

「は?」

「俺は、み、皆をまもるために、足止めに」

「は?」

 腹から声が出ている威圧。今まで同年代の少女にそうしたことをされた経験がないのか、ボワは見るからに動揺していた。

 黙り込んだゲンヂに対し、ファンは机を掴んでいた手を離し、その拳を机の天板に叩きつける。がん、と鈍く大きい音が響き、教室内にいた全員が驚きに体を震わせた。ファンの顔には変わらず神が張り付いている。そこでメアは初めてファンの眼が笑っていないことに気付いた。

「……戦いたいだけです」

「知ってます。委員としての仕事を全うしてください」

「はい」

 肩を落とすボワの肩をレオゥが叩き、ボワは苦笑いを返す。メアもそれに首肯した。ファンには不思議な威圧感があり、三人とも同年代の少女を怖いと思ったのは初めてだった。

 ファンの移動椅子はテュヒカが押し、最後まできょうしつにの凝っていた五人は第一運動場へと向かうために廊下へ出た。ファンとボが揉めている間に他の教室の生徒は既に避難したらしく、廊下にはもう人の姿がなかった。窓を飛び越えていったのか、あちこちの窓が開いている。メアも一瞬そうしようかと考えたが、ファンがいることを思い出して考え直した。

 入口は二か所だが、両方とも中央近くにあるため、メア達のいる教室からは遠回りになる。メア達の足は自然と速足になった。

「……緊張するか?」

「多少は」

 レオゥの淡々とした質問に、メアは正直に答えた。静まり返った廊下が非常事態であることを伝えてくる。大型とは言っていいたが、どの程度か。こちらに向かってはいないか。微かに聞こえてくる地響きが、その驚異の大きさを伝えてくる。

「全然」

「怖いですね」

 ゲンヂはからからと、ファンはどこか嘘っぽく答える。テュヒカは何も答えないが、緊張しいるのは一目でわかった。まるで手負いの獣のように、周囲に対してせわしなく視線を巡らしていくる。

 メアは何か声を掛けようか迷うが、結局何も言えず、前を見て走る。

 五人が廊下を走っていると、正面から人が走ってきているのが分かった。

 どうやら成人した男性のようだ。先生か、と目を凝らすメアの肌が泡立つ。同時にテュヒカは走るのを止めた。つんのめるファンをレオゥが支え、四人の足は止まるが、ゲンヂだけは足を止めずそのまま走って行く。

 メアが叫ぶ。

「待て、ボワ! そいつは……敵だ!」

 その男性、明るい金髪の頬のこけた男は、以前壁をすり抜けてきた男だった。テュヒカが足を止めていることが、メアに確信を与える。その男はメアの声に反応したかのようににやりと笑い、片手を振り上げた。

 途端に感じる強烈な波動。魔力の励起。熟練した魔術師のそれが男から放たれ、ほぼ同時にレオゥとファンからも発せられる。

 男の掲げた右手にどこからか生まれた炎が集まり、握りこぶしほどの球体を作り、それは見る間に大きくなる。自然系統力属性火魔術。メアの脳裏にその言葉が浮かんだ時には、その球体は五人に向かって放たれていた。

 圧縮されていた空気が膨らむように、火球は廊下を埋め尽くすように広がり、嘗め回す。メアは咄嗟に教室に飛び込もうとも、運が悪いことに入り口は遠く、逃げ場はない。

 メアが剣を抜きながら気休め程度に古典魔術を使おうとすると、それより早く横の二人から魔術が放たれた。

「【水盾】」

 ファンの足元、移動椅子から水が溢れ出る。それはただ溢れて滴り落ちるだけではなく、自然の法則を無視して宙に浮かぶ。そして、瞬時に空中に集まり、五人の前に水の膜を作った。詠唱はない。現代魔術だ。

 しかし、炎の勢いに対して水の膜は薄い。五人を守るれる様に拡げた弊害だ。それを見て取ったレオゥは一歩前に出る。そして、今まさに炎と接触しようとしていた水塊に手を当てると、そこに冷気を送り込んだ。

「凍れッ!」

 水が瞬時に凍り付き、氷の盾となる。速度、規模ともに、メアの古典魔術とは全然違う。お遊びのような魔術もどきとは違う、本物の魔術だ。メアは驚きとともにそう感じた。

 火球が着弾した。火炎が溢れ、廊下があっという間に熱気に包まれた。レオゥは全力で氷の盾を維持しようとするが、相手の火力が思った以上に高く、じりじりと溶かされてゆく。その上、氷の盾は廊下を封鎖できるほどの大きさではなく、漏れてきた火がレオの体を舐める。

「っ、ぐっ、つうっ……!」

 苦悶の声を上げるレオゥにメアも何かしようとするが、メアには対処する術がない。剣を振っても形のない火相手には無駄だ。焦るメアは周囲を見回し、そして、ボワがいないことに気付いて愕然とした。

(盾に入らなかったのか? だったら、どこに?)

 不意に火の勢いが弱まった。メアは剣を構え、氷の隙間から前方に視線を飛ばすと、そこには男を殴り飛ばしているポワがいた。ボワは迫る炎に一切臆することなく逆に踏み込み、接敵し、殴り飛ばして魔術を妨害した。正気ではできない胆力。メアはそれに驚嘆する。

 男は数歩よろめき、忌々しそうにゲンヂを睨み付ける。それに対してゲンヂは楽しそうに笑った。

「分かってるって!」

 男が防御する間もなく、ゲンヂは肘撃ちを叩きこむ。男はそれを両手で受け止めるが、それによってさらに体勢を崩す。

 しかし、さらなるゲンヂの追撃は空を切った。いや、正確には、まるでそれが幻であるかのように男の体をすり抜けた。

 振り向いたゲンヂの視界を火炎が埋めつくす。ボワは舌打ちをしながら、しかし楽しそうに飛び退く。そして、すぐさま接敵し、拳を繰り出す。再びの空振り。男はもう受ける動作を一切しなかった。

 ゲンヂは笑いながら拳を振る。

 空振り。

 空振り。

 空振り。

「うっわ、本当にあたんねー。なにこれ。面白っ」

「糞餓鬼が」

 男が羽虫を払うように腕を振る。すると、その軌跡を追うようにして炎が暴れる。ボワそその炎を上半身をよじるという最小限の動きで躱すと、メアたちの方へ大きく下がった

 あれだけの激しい動きにも、ゲンヂは息一つ切らしてはいない。流石に炎による火傷はしているようだが軽傷。にじみ出る汗の方が目立つくらいだ。どこまでも楽しそうな表情を崩さないボワは頼もしく、メアの気持ちは少しだけ軽くなった。

「ねえねえ、あれなんだと思う? 幻かな? いやけど気配自体はあそこにあるんだよね」

「魔法だろ。原理は分からないが、透かせない時もあるらしいな。狙えるか?」

「微妙。全っ然わからん。まあ適当にやってみるわ。俺前衛、レオゥとファン後衛ってことでよろしく」

「気を抜くなよ」

 一瞬の膠着。

 何が最良か。各々が思考を巡らせる中、最も早くそれに行きついたのはメアだった。しかし、その思考を行動に移すことをメアは躊躇する。それはあまりにも情けない判断だったからだ。

 だが、ほぼ同時にその思考に行きついたファンは躊躇せずに叫ぶ。

「ルールスさん! テュヒカさんを連れて先生のところへ! 私たちが足止めします!」

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