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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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016 樹園・酪農実学・侵入者

 授業開始から四日目、羽光星の一時限目、酪農実学。担当するのは花組の担任であるエフェズズだ。

 メアたちは学校の北側にある樹園に集まっている。

「では、みなさん。酪農実学の授業を始めようと思います」

 生徒たちのざわめきはすぐに収まることはなかった。早くも舐められているのかとメアは恐る恐る様子を窺うが、エフェズズは特に気にした様子もなく静かに待つ。そうして一息ほどたつと、エフェズズの静かな声でも声が届く程度の静けさが広がった。それを見てエフェズズは再び口を開く。

「この授業は大分類としての生命学に対応する授業です。生命学基礎と同じ区分ですね。実際どういったことをやるこというと、これです」

 エフェズズはずらりと並べられた陶器の鉢植えを指し示す。

「これがなにか分かる人はいますか?」

 メアにはさっぱりわからない。何らかの植物が植えられていることは分かるが、枝は三本で葉は二枚、それ以外の特徴はない。それだけの情報でわかる人などいない、と考えているメアを余所に、一人の生徒が挙手した。

 エフェズズはにこにこと先を促すと、挙手した生徒は静かに答える。

「甘辛苦。別名、七味果。その苗でしょう」

「正解です。素晴らしいですね。他にわかっていた人はいますか?」

 二人ほど手を挙げる。そのことにメアはぎょっとするが、大多数が知っていたわけでもないのだからと気を取り直す。

「はい。これは甘辛苦といいます。分類としては木の系譜、茨木族果種種甘辛苦。まあ特にしゃべったり歩いたりはしない果実のなる一年草です。育てるのが簡単で雑に扱っていてもそう簡単には枯れはしません。名前の由来は、まあ果実を食べたらわかるので、楽しみにしましょう。皮の月ごろには実ります」

 一人の生徒が質問をする。

「それを育てるということですか?」

「そうです。一人一つ、授業の一環としてこの苗木をしっかりと育ててもらいます。とは言っても先ほど言ったように育てること自体は凄く簡単なので、そこまで負担にはならないでしょう。分からないことがあったら質問してください。図書塔で調べるのもいいでしょう。この授業では三つの試験を行いますが、その内の一つがこれです。育てて、食べる。これをしてもらいます」

 軽く簡単とは言うが、どの程度だろうか、とメアは首を捻る。メアの家にも小さな菜園があったので、植物を育てる大変さは知っているからだ。しかし、エフェズズはそれ以上を説明する気はなさそうだった。

 エフェズズの説明が終わっても、生徒たちは静まり返っていた。しかし、それは清聴によるものとは違う。何かもの申したいが、言ってもいいのか迷っている。そんな不穏な空気だ。露骨に不服そうな顔をしている生徒もいる。

 エフェズズは飄々と笑った。

「うーん、気に入らないという気持ちはわかりますよ。さしずめ、農夫みたいなことやってられるか、と言ったところでしょうか」

 途端にざわついた。それは自身を卑下するような台詞であるし、農家を馬鹿にする言葉でもある。

 実際、目つきを鋭くしている生徒が数名。それを嘲笑うような顔をしている生徒が数名。荒事の空気を感じ取り、既に冷汗をかいている生徒もいる。

 この場をどう治めるのか。メアはエフェズズの方を見た。

 エフェズズはやはり飄々と笑う。

「まあ、しかし、ここは総合学校です。そういう学校です。やりたくなくてもやりましょう。二年、三年と学年が上がるごとに、授業の選択の自由度は上がります。こうしたことを学びたい生徒は生命学を積極的に取りましょう。それ以外の人は諦めましょう。今年はこれが必修です。星を取ることができないと留年です」

 そして、自身を睨みつけている生徒を見回した。

「精神鍛錬ですよ。ほっほっほ」

 メアは脱力した。エフェズズがしたのは生徒を納得させる説得ではなく我慢の提示だ。先生と言う立場を活用しているともいえるが、メアとしてはあまり尊敬できないやり方だった。

 同時に、仕方のないことか、とメアすぐには思い直す。生徒たちは年齢こそ同じだが、それ以外はばらばらだ。好みも皆違う。それらを一々考えてすり合わせることなど労力がかかりすぎる。

「これを配ります。なくさないように自身の名前を書いておいてください。はい、今日の授業はこれで終わりです。時間内ならどんな質問でも受け付けるので、育成の準備を整えましょう。樹園内の探索も自由です。あ、育舎はまた今度です」

 そう言って、エフェズズは一人一人に甘辛苦を配布していった。

 授業が終わり、と言われても、大多数の生徒はそのまま樹園に残った。理由の大部分は戸惑いからだ。なにせ、まだ授業は始まったばかり。本来ならば終わるまで一刻以上ある。行くところがないというのが次いでの理由で、その次が皆が残っているから。

 メアは全部の理由で残り、レオゥやフッサと一緒にお喋りを始めた。

「どうする?」

 メアの問いかけにレオゥが答える。

「とりあえず、水やりの頻度、肥料、日光の具合、注意すべき虫や病気。これらを先生に確認しておくべきだろうな」

「そういえば何も教えてもらってないでござるな。んん? 案外抜けているところもあるんですかな。エフェズズ先生も」

 そうなのだろうか。言われてメアは考える。

「敢えて教えなかったのかも。思い出してみれば、なんとなく意地悪く笑っていたような気もする。ほら、自主的に動かないやつには星をやらないってことなのかも」

 ちら、と見てみる。すると、エフェズズは楽しそうに生徒や植物を眺めている。

「……そうかもな」

 頷くレオゥ。唾を呑みこむフッサ。少し楽しくなってきたメア。三人はそれぞれ思案に耽りながら、貰った鉢をしげしげと眺めた。

 そっちの枝は少し細い、こっちの葉は少し元気が良い、などと品評会を始めたレオゥとフッサを尻目に、メアは樹園を眺める。すると、樹園内の隅にいる一つの集団が目に入る。

 その集団は機嫌が悪そうで、邪魔なものを扱うかのように鉢を輪の外に置いている。この授業に最も乗り気でない数名。

 メアの視線に気づいたレオゥが呟く。

「エナシ、ユンジュ、ギョウラか。後、ザイカも。やる気なさそうだな」

「気にしていても仕方ないでござ、すよ。先生に任せればよいで、すな」

 メアもとくに話しかける気はなかった。エナシのことは嫌いだし、そんなやつとつるんでいる人間と仲良くなれる気がしない。だから、メアはそれっきりその四人を意識から消し、また雑談に戻った。

 すると、不意にシャープが話しかけてきた。。

「タ君、ルールス君。……と、ア君? 今から先生たちに色々聞きに行くんだけど、一緒に聞かない?」

「ああ、俺たちもそうしようと考えていたから、行くよ。な」

 メアが先生の方に目を向けると、アウェアやレティなどが既に集まっている。もう質疑が始まりそうな雰囲気だ。

「うん」

「丁度いいでござる。あ、俺はフッサ゠アでござる。間違ってないでござる」

「ご、ごめんね。まだ名前覚えきれてなくて」

 若干申し訳なさそうなシャープを見て、メアは気にし過ぎだと思った。メアはまだ花組の生徒の半分も名前を憶えていない。それに比べれば怪しくても名前の出てくるシャープは、メアから見れば十分立派だからだ。

 メアたちがエフェズズの方に寄っていくと、既に始まっていた。

「ほう、つまりエフェズズ先生の本来の専攻は薬学ということかな」

「そうなんです。本来なら私が新入生の重要な科目を教えるはずではなかったのですが、新任の先生が色々と問題がありまして。まあいつでも万全の人員が揃うというわけではないんですよ。校長も苦労していらっしゃいます」

「大変っすねー。あ、来た来た」

 レティがメアたちを見て輪を崩し、メアたちを含めて輪を作り直す。そして、どこか楽しそうなエフェズズを中心に、質疑が始まった。

「じゃあ、先生いくつか質問しますね」

「どうぞ。なんでも答えますよ」

「水やりはどの程度の頻度でやればいいですか?」

「週に一回、最低でも月に一回で十分です」

「え、そんなんで十分なんですか? 流石に冗談では?」

「本当です。ついでに言うなら肥料も必要ありません。日光は必要ですが、虫はこの草を好みませんし、病気にもなりません。他に何かありますか?」

 メアは自分の鉢植えをしげしげと眺める。そんなに丈夫そうには見えないが、嘘を言っているようにも感じなかった。メアはとりあえず週一で水をやることにした。

「もしも枯らしてしまったら、いえ、何らかの理由で駄目にしてしまった場合はどうしたらよいのでしょうか。例えば、鉢植えを落として割ってしまうとか」

 レオゥの質問に、エフェズズは困ったように髭をいじった。

「これを言うと楽観的に考えてしまう生徒もいるかもしれないので、大きな声では言えないのですが、まあよっぽどひどい理由じゃなければ新しいものを用意します。どうしようもない事故というものはありますからね。それで一年留年というのは、まあ」

 何とも言いにくそうなのは、この思いやりをいくらでも悪用できるからだろう。メアには適当に世話をして代りをねだる生徒の姿が簡単に想像できた。

 その場の全員が次の質問に関して考えていると、唐突に何か固いものが割れる音がした。

 座り込んでいた数名が走って行く。メア達もそちらを向いた。

「なんだ?」

「わからん?」

 先生が輪をひょいと抜けて音の方へ向かっていく。メア達も歩いてついていく。音の元には割れた鉢植えと地面に尻餅をついているテュヒカ、そしてそれを何があったのかと眺めている生徒が数名。

 どうすればいいのか、と戸惑っている中、ファンが移動椅子を押して進み出る。

「テュヒカさん、どうしましたか? お怪我はありませんか?」

 ファンが手を差し伸べるが、テュヒカは全く反応しない。よく見ると、小刻みに肩を震わせている。顔も血の気が引いて真っ白だ。

「テュヒカさん……?」

 テュヒカは立ち上がろうとし、かくんと地面に倒れる。そして、そのまま地面に血を吐いた。

「テュヒカさん!」

「皆さん、落ち着いてください。医療委員」

「はい!」

「医療室に連れて行きます。付き添いも一人ほど、ファンさん、お願いできますか?」

「もちろんです。あ、けど」

 先生の呼びかけに応じてシャープが進み出た。しかし、二人がテュヒカを抱えようと近づくと、テュヒカは必死に頭を振る。

「大丈夫ですよ。すぐに治してくれます。……そうじゃない? 大したことない? あ、唇? 唇を噛んだだけ?」

 テュヒカは一言もしゃべっていないのにファンは的確に意思を読み取る。それを聞いていくらか落ち着く生徒。ファンは長い褶の裾を引きずって地面に降り、テュヒカの隣に座ると、その体を支えつつ背を撫でる。

「大丈夫ですか? そうですか。ならよかったです。はい? ああ、大丈夫ですよ。気にしませんよそんなの」

 大事ではなさそうだ。メアも胸をなでおろした。

 と、後方でエナシが呟いた。

「面倒なことしてんじゃねーよ。なんだ? 気を惹きたかったのか?」

 ファンがきっとエナシを睨み付けた。が、何も言わずにテュヒカの方に向き直る。

「テュヒカさん、何があったんですか?」

 テュヒカは目を伏せ、目の前の壁を指さす。そして、何かを指で地面に何かを書いた。

「これは、剣でしょうか。……敵? なにかに襲われた?」

 テュヒカはおずおずと頷いた。その物騒な単語に生徒たちは目の色を変える。恐怖に怯える生徒もいるが、大多数は警戒と興奮に目をぎらぎらとさせている。

 エフェズズが前に出る。

「皆さん、何か見た人はいませんか? 出入口の扉は開かなかったと思うのですが、誰か見知らぬ人物が入って来ていたりしましたか?」

「見てないっすよ。というか、ここ入り口一つしかないじゃないっすか。誰か入ってきたらすぐ気づくし」

「テュヒカさん、それは何でしたか? 人? ふむ、この学校で見たことがある人ですか? 違うと。部外者ですかね。一応簡単には入れないようになっているはずですが」

 指さされた壁をしげしげ眺めているエフェズズを見て、ある男を思い出したメアはテュヒカの横にしゃがみ込んだ。

「なあ、それって男だった?」

 テュヒカは首肯する。

「なんか、目つき悪い浮浪者というか、骸骨みたいな、金髪の?」

 テュヒカは目を見開いた。

「先生、先日、というか五日前のことなんですが」

 確信したメアはかくかくしかじかと壁をすり抜けてきた男のことを話す。荒唐無稽な話ではあったが、すべて聞いたエフェズズは眉間にしわを寄せた。

「ふむ。それは少し困りましたね。この学校は色々と狙われやすい場所です。守りにくく、価値の高い宝があり、ある種孤立した環境でありながら、敵は多い。ですが、だからこそ防備は十全にしているはずなのです。それを容易く破るとは。ふむ」

 エフェズズはテュヒカに小声で何かを尋ねる。テュヒカはそれに頷いた。

 エフェズズは立ち上がって、ぱんぱんと手を叩いた。その音に生徒たちは再び注目する。

「皆さん、自分の鉢植えを持ってください。授業は終わりだと言いましたが、一度教室に戻ろうと思います」

「え、俺これから自活に行こうと思っていたんですけど」

「全員です。さあ、準備してください。すぐにここを閉めます」

 指示に従い、生徒たちはのろのろと動き始めた。文句を言う生徒も多いが、逆老ことはしないようだった。

 テュヒカに寄り添うファンに、メアは尋ねる。

「先生がなんて聞いてたか、聞こえた?」

「……狙われているのは、君か、と」

 それに大してテュヒカは頷いていた。つまりはそういうこと。メアは知らず知らずのうちに自身の剣の鞘を握りしめていた。

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>甘苦辛。別名、七味果。 >はい。これは甘辛苦といいます。 えどどっち?
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