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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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015 第三教育棟・放課後・魔闘連盟

 魂魄学の授業が終わり、きっちりとした窄衣を着こんだ骸骨が教室から出ていった。メアはそれを凝視し、その動きに合わせて首を動かす。

「今のさ、誰も何も言わなかったけど」

「屍霊だよ。正確には屍霊の獄霊(クンカイ)という種族。今のレトリーでは人族じゃない唯一の教師。メアはそうか、鳥の月の事件の時にはまだ学校に来てなかったんだっけ」

「なるほど。その言い方、なんか揉め事とかあったんだね。それでみんな知ってると」

「そういうこと。授業受けてわかったと思うけど、とても気さくで朗らかな先生だから困ったことがあったら相談するといいらしい」

 他の生物の死骸を体として利用する屍霊はメアとしても苦手だったが、理性があって道徳的なのでれば話は別だ。重要なのは種族ではなく話が通じるか。見た目がからりと乾ききった骸骨なこともあり、初見時の忌避感もそれほどではなかった。

 メアはぐっと背伸びをする。何はともあれ今日の授業は終わり。自由な時間が来た。

「あー、疲れた。レオゥはこれからどうする?」

「それが、なんとも暇なんだよな。家にいたときは家の手伝いがいくらでもあったけどここでは必要ないし。まだ課題とかも出てないんだよな」

「外に出ようにも敷地の外は出ちゃいけないしね」

「そそ」

 他の人は何をしているのか。そう疑問に思ったメアが周囲を見回すと、幾人かが連れだって去っていく。足取りからして行先は明確に決まっているらしい。

 メアは近くに座っていたフッサに声をかける。

「フッサはこれから何する?」

「俺は茶会という自主活動団体に顔を出してみるでござる」

「茶会?  何をする団体なの?」

「何やら茶を飲むだけだとか。それで学校からの評価が上がるのならば素晴らしい活動でござるよ」

 そんなうまい話があるわけない、とメアが思っていると、まるでその脳内を呼んだかのような言葉がレオゥから飛び出た。

「それ、やめといたほうがいいと思うぞ」

「やっぱり嘘? というか詐欺?」

「いや、実際に評価は上がるし役に立つことは身につく。けど楽なんてことは全然なくて……」

「でも、茶を飲むだけでござろう? なら行ってみるでござる。おっと、時間が!」

「あ、待てって」

 レオゥの話を最後まで聞かずに、フッサは教室を飛びだした。

 呼び止めるための片手が虚しく空を切り、レオゥはメアの方を振り返った。表情は相変わらず無表情だが、なぜかそこに呆れが見えた気がしたメアだった。

「茶会は貴族というか、まあそういう礼儀作法に非常にうるさい人々が礼儀作法を周知させるために作った団体なんだ。服装の規定、言葉遣いの規定、所作の規定。まあそんなのが山ほどあって、楽なわけないよな」

「へー」

 よくわからなかったが、恐らく大変なのだろう。メアはそう思い頷いた。

 話しているうちに、他の生徒も次々と姿を消していった。声の大きい集団の会話を盗み聞きすると、自主活動団体に行くようだった。もしかして皆そうなのか、とメアが廊下の向こうの窓を見ると、少なくない数の生徒が第三教育棟の方へ向かっていた。

「どうしよう、完全に」

「乗り遅れたな。何かに」

「俺は来るのが遅くなったからだけど、レオゥはなんでさ。団体の勧誘とか来なかった?」

「多少は来たが、緊張して口数少なくなっていたからか、怒ってると判断されたみたいでな。そそくさと勧誘が終わってしまったんだ。興味がある団体もなかったからまあいいんだが」

「その無表情をなんとかしようよ」

「顔面の筋肉が死んでしまったんだ。諦めてくれ」

 メアとレオゥは揃ってため息を吐いた。

「まあいいや。なら見に行こうよ第三教育棟。まだちゃんと入ったことないんだよね」

「いいぞ」

 メアの提案にレオゥは頷き、二人は第三教育棟へと向かうことにした。

 第三教育棟は運動場の北西にあった。全体が木造のかなり古い建物であり、第二教育棟より小さな三階建て。片側が廊下となっており、均一な感覚で扉が並んでいる。第二教育棟と同じように均一な間取りの部屋が並んでいるだろうことは、一目でわかった。

 道中、メアは授業のときとはまた違う熱気を感じた。運動場で掛け声を掛けながら走る集団。煙を吹く炉を覗き込む集団。弓と矢筒と的を運ぶ集団。謎の大型機械を力を合わせて押す集団。

 金属の甲冑を来て歩いていく集団に思わず見とれ、メアは歓声を上げた。。

「うわお」

「凄いよな。中から見ていくか。あ、靴ははいたままでいいらしいぞ」

 メアはわくわくしながら第三教育棟に入っていった。

 しかし、メアの期待とは異なり、建物の中はひっそりとした静謐さに満ちていた。行きかう生徒もあまり多くない。無機質に並ぶ似たような扉が外の熱気を吸い取って冷やしているようだった。

 メアは扉に掛けられた表札を目で読み上げていく。護身道。先端医療研究会。美術部。レトリー演劇団、錬金の窯。そんな中、メアは一つの表札が目に留まった。興味なさそうに通り過ぎていくレオゥの腕を掴んで止める。

 表札に書かれていたのは、茶会、という文字。二人が透かし窓から中を覗いてみると、背筋を伸ばして物音ひとつ立てずに陶器の杯を扱う集団が円卓を囲んでいた。その中に一人、明らかに居心地の悪そうな生徒が混じっており、その生徒は救いを求めるように忙しなく目を動かしていた。

 その生徒はメアたちに気づくと救いを求めるように口をぱくぱくと動かす。

 た、す、け、て。

 メアとレオゥは顔を見合わせた。

 が、ん、ば、れ。

 二人は話し声どころか食器のこすれあう音さえしない静かな部屋からそっと離れた。

「なんか、怖かったね」

「目がまじだったな」

 二人はそう言って頷き合うと、また廊下を歩きつつ表札を眺める作業に移った。

「これ、どうだ? 組手組合」

「よくわからないけど、これ剣術は関係ないんじゃない?」

「そっか」

「あ、ここは? 古典魔術研究会」

「興味ない。古典魔術の研究って凄い地味なんだぜ。鼎代の代物だからしょうがないとはいえ、そもそも原理がさっぱりだから、音と現象の紐づけだの心と魂の関係性だの胡散臭いのばっかりだ」

「お、おう。なるほど」

 廊下の端まで行くと、三人の生徒が廊下整列していた。その全員が緊張しているようで、一様に表情が固い。雑談しながら歩いてくるメアとレオゥを一斉に見て、苛立たしそうに舌打ちをした。

 二人は何か悪いことをしたのかと動揺しながら足早に通り過ぎ、横目でその部屋を確認してみる。すると、そこには司祭委員と書かれた表札があった。

 二人はそのまま何食わぬ顔で通り抜け、突き当りの階段で二階に上がり、少し歩いたところで息を吐いた。

「……今のは」

「司祭委員に入りたい生徒だろな。面接か、何かか。ぴりついてたな」

「司祭委員ってそんなに人気なの?」

「知らん。そもそも執行委員がなんなのかもよくわかってない」

「レオゥも?」

「俺も新入生だぞ。知らなくて当たり前だろ」

 その割には物知りだが、とメアは思ったが口には出さなかった。

 さらに歩いていると、一つの張り紙がメアの目についた。

「あ、あれはどう? 魔闘連盟」

「……何だろうな、これ」

「あれじゃないかな。魔術での戦闘の訓練をするとか」

「メアは剣術に関係する団体じゃなくてもいいのか? 俺はどっちでもいいが」

「魔術にも興味がある」

 そんなこと離していると、二人の背後から一人の生徒が話しかけてきた。

「おっと、新入生? ひょっとしてうち興味ある? 入ってく? 見て行っちゃう?」

「え? え?」

 声を掛けてきたのは青い髪の少女だった。雰囲気としては上級生だろう。というか二人はその人に見覚えがあった。

 眉一つ動かさずにレオゥが問いかける。

「走り屋、の勧誘をしていた先輩ですよね」

「お、憶えててくれちゃってる? ありがとー。けどごめんね。流石に新入生の顔を全員は覚えてないんだ。私は走り屋の団体所属ディベ゠ロベ。ついでにこの魔闘連盟にも所属してるよん」

 そう言ってディベと名乗った少女はメアの肩に手をかけたまま扉を開けた。

 中は質素な部屋だった。長机が二つ、椅子が六つ、棚が二つ。向かいにある窓は大きく明るいが、両側の壁は無機質な漆喰。

「ハナ先輩、新入団員ですよ!」

「……本当か?」

 ディベが叫ぶと、中にいた眼帯をつけた黒髪の少年が立ち上がり、詰め寄ってくる。

「無理矢理引っ張って来てないか? 団体の活動内容を騙ってはいないか? もので吊ってないか? 頭大丈夫か?」

「してませんー。この子たちが部屋の前でうろうろしてたんですー。ね」

 メアとレオゥの肩を叩くディベ。メアはおずおずと口を開く。

「あのー、ここって何をしている団体なんですか? 少し気になって見ていたんですが」

 黒髪の少年はほら見ろと言わんばかりにディベを睨みつけ、ディベは興味は持ってくれてると睨み返す。二人の間に満ちる戦意にメアとレオゥは気圧され、引き返すかどうか悩んだ。たとえどんなに面白いことをやっているとしても、不和で軋む集団にはいたくなかったからだ

 だが、そんな気配を敏感に感じ取ったのか、部屋にいたもう人の少年が二人をたしなめた。

「落ち着こう、二人とも。せっかく来てくれた新入生も困っている。そこの君たち、遠慮せずにどうぞ座ってくれ」

 メアとレオゥは差し出された椅子に座った。それを見てにらみ合っていた少年少女も椅子に座る。どうやら、最後に発言した少年が団体のまとめ役らしいことは、メアたちにはすぐに分かった。

 まとめ役らしき少年が穏やかな笑みを浮かべる。

「ようこそ、魔闘連盟の団体の拠点へ。本来であれば第三教育棟の各部屋は貸し出し制であって、こうして部屋を占有するのはよくないことなんだが、まあほとんどの団体がしていることだ。目くじらは立てないでほしい。僕たちの活動内容としては、普段は――」

「卓上遊戯とかしてぶへっ!」

 ディベの正面に座った眼帯の少年魔力を起こし、放った。気属性風魔術【風蹄】。諸に食らったディベは椅子ごと後ろにひっくり返った。

「普段は魔術と闘技の鍛錬をしているよ」

 立ち上がったディベが眼帯の少年に飛び掛かるのを無視し、まとめ役の少年は話し続ける。

「戦闘技術の向上を目的とした団体は多数あるが、どうも闘技を主とした団体は魔術を、魔術を主とした団体は闘技を敵対視していてね。戦闘技術として両方を持っていても困らないはずなのに、どちらか片方を排斥したがるんだ。まあ中途半端になる、という主張は理解できないこともないんだが、狭く深くだけがすべてじゃない。ということで去年卒業した先輩が作ったのがこの魔闘連盟。団員は現在この三人。部長のハナだ。そっちの眼帯がウォベマ。騒がしいのがディベ。何か質問があればなんでも聞いてくれていい。別にこの団体に関することじゃなくても、僕に答えられることなら答えるよ」

 穏やかな話し口だった。うっかりすると脇で少女の関節を決めている少年がいることも忘れてしまいそうなほどに。

 メアはどうしようかと迷い、言葉を吟味しながらゆっくりと言う。

「あのー、ここって」

「本当に鍛錬をしているんですか?」

 メアの言葉を遮ったレオゥの視線は、隣で高々と拳を振り上げているウォベマの方に向いている。その疑わしそうな視線を受け、ハナは苦笑した。

「新入生が来て二人とも興奮してしまっているようだ。勿論、毎日死ぬほどの鍛錬を、とまではいかないが、それでも週の半分は汗を流しているよ」

 週の半分も、とメアは驚き、少しして冷静にハナの言葉を反芻する。残りの半分は何をしているのだろうか、と。

「後の半分は個人の活動に任せているよ」

「具体的には?」

「僕は授業の復習や他の団体への出向をしているよ」

「そちらの二人は?」

 レオゥの厳しい追及に、ハナはにっこりと笑った。

 喧嘩を終えたらしい二人が席につき、部屋に静かさが戻ってきた。鼻血を拭うウォベマと、肩をさするディベは、ほぼ同時に答えた。

「俺は文芸部に行って駄文をこき下ろしている」

「卓上遊戯してる。楽しいよん」

 メアとレオゥは顔を見合わせた。

 レオゥは既にかなり帰りたくなっていたが、メアはハナの腰にある幅広の剣が気になっていたので、レオゥに目で謝りながら質問をする。

「質問いいですか?」

「どうぞ」

「ハナさんは剣士なんでしょうか。僕は剣士會という団体に入団を断られてしまったんですけど、ここに入団したらハナさんに剣術を教えてもらえたりするんでしょうか」

「僕は人に教えられるほどのものじゃないから、教えることはできないかな。ただ、入団してくれるなら相手をするくらいなら喜んでするよ。後輩のためだしね」

 それを聞いたレオゥも口を挟む。

「魔術は、現代魔術ですよね。皆さんはどの程度の腕前なんですか?」

「僕はぎりぎり星を取れるくらいだけど、そっちの二人はとても優秀だ。ウォベマは気属性、ディベは空属性を扱える。腕前、と言われると難しいが、そうだね。二人とも魔術だけで突猪(テア)を狩れるくらいかな」

 メアにはそれがどれくらいなのかわからなかった。だが、魔術だけで狩りをできる、というだけでも十分だとも感じた。

 ハナは二人を交互に見ながら、ぱんと手を叩く。

「まま、入団のための条件はなし。活動の義務もなし。どうかな、少しでも気になったら名前だけ入れといて、暇なときに来るくらいでもいいよ」

 レオゥがどうするかと迷っていると、メアの様子がおかしいことに気付いた。

「……メア?」

「入ります」

 メアの目がどことなく虚ろだ。まるで酒に酔っているかのように。薬を飲まされたかのように。何かに魅了されているかのように。

 レオゥがハナの方を振り返ると、ハナはレオゥの目を見つめていた。その視線にはただならぬ意思を感じる。

 ばちばちと明滅するような瞬き。小刻みに紋様を描くような視線移動。それらには規則性を感じるようで、しかしどこかかみ合わず、いつの間にかそれらをレオゥも目で追ってしまっていて。

(……ッ、闘技! それも催眠系)

「メア!」

 レオゥは机をひっくり返しながら立ちあがった。呆然とうわごとのように同じ言葉を繰り返しているメアを片手で引っ張り、入口へと退く。

 一対三。それも相手の拠点だ。レオゥは油断せずに全力で魔力を練ろうとし、そこでとどまった。

 戦闘態勢に移っているレオゥを気にもせず、三人は暢気におしゃべりをしている。ひっくり返されたときに机の上にあった杯や皿を手で避難させる余裕っぷりだ。

「これは驚いた。ここまで通じないのも珍しいよ」

「団長、また新入生に【忘睨】したんですか」

「えー、いけないんだー。それしてもすぐ逃げられちゃうからしないって言ってたじゃないですか」

「最初は【誉語】で気分良くなってもらうだけのつもりだったんだけどね。黒髪の彼があまりにも平然としているからちょっと向きになっちゃったよ。ああ、ごめんごめん。もうしないから二人とも座りなよ」

 レオゥはじっと目を見つめ、嘘を言っていないだろうことを判断して席に着いた。ただし、距離は先ほどより二歩分遠い。

 ハナが音を立てて手を叩くと、メアは我に返ったようだった。目をぱちくりとさせて周囲を見回している。

「ごめんよ。謝罪の証として、二人を名誉団員にしよう。名誉団員はなんと入団してなくても退団した後も現役団員扱いの待遇を受けられる上に、依頼も無理にならない範囲ならなんと無料。そういえば君たちの名前を聞いていなかったね。組と名前を教えてもらえるかな」

 メアはまだ話の流れがつかめていないようだったが、レオゥは無性に疲労感を感じていたので、とくに抵抗はしなかった。メアは首を傾げながらもとりあえず名乗ることにした。

「ルールス゠メア。花組です」

「レオゥ゠タ。同じく」

 それを聞いた瞬間、ディベが素早く何かを手元の紙に記入する。そして、それを目で追おうとしたレオゥの前にはウォベマが立ちはだかり、二人に向かってハナが揉み手をした。

「まあまあ、何か困ったことがあったら気軽に相談してくれていいよ。ようこそ、魔闘連盟へ!」

「……あれ? なにこれ。いつの間にか入る流れになってる?」

「メアは好きにしていいぞ。俺は多分は要らないけど」

 そう言ってレオゥは疲れた顔をして部屋を出た。メアも慌てて追い、にこやかな笑顔の三人に一礼をして部屋を出るのだった。


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