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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
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014 運動場・授業・武器格闘

 メアたちは運動場の端で横一列に並んだいた。花組の生徒に向かい合う筋骨隆々の中年男性は威圧するように生徒を睥睨している。

「私の名はキケだ! 担当する授業は武器格闘! 諸君らに基本的な戦い方を徹底的に叩き込むことになる! 言っておくが俺は区別をしない! 戦士も魔術師も学者も商人も作家も農夫も、いずれかの道を志そうと既に心に決めているとしても、一切の区別をせずに授業を行う! 甘ったれには星はくれてやらん! 留年したくなければ全力を尽くせ!」

 吠えるように叫ぶキケに、花組の生徒の半数が威圧され、唾を飲む。残りの半数の反応はまちまちで、目を輝かせていたり、呆れたようにため息を吐いていたり、興味なさそうだったりだ。

「開始する! まずは体づくりからだ! 全員続けぇ!」

 言うなりキケは走り出した。ついてくるのが当然とばかりに振り返ることすらしない。その態度にメアは唖然とする。

 しかし、数名のすぐにその後を走り出しした。それにつられて走り出す生徒数名。さらにそれにつられる生徒数名。先ほどの脅しの効果もあったのだろうが、やはり集団としての心理が働いたのだろう。最終的には、全員が装備していた武器や防具を投げ捨て、走りだした。

 走る速度自体はそれほど早くない。というより、少し早い早歩きと大して変わらない速度だ。恫喝に委縮していたメアはいくらか気を緩める。

 一人がキケに並走して問いかけた。

「先生、これいつまで走るんすか?」

「俺が良いと言うまでだ!」

「遅くないですか。もう少し速度上げてもいい気がするんですが」

「これは準備運動だ。やみくもに走って怪我をしては意味がない。それに体力的に不安なものもいるだろう。甘ったれに星をやらんとは言ったが、それは決して体を動かすことが苦手な生徒に星をやらないと意味ではない! これは勘違いするな!」

 その言葉に何人かがほっと胸をなでおろした。メアよりも後方を走る、既に走るのが苦しそうな生徒たちだ。

 キケの言葉通りにしばらくの間そのまま走り続けるが、運動場を一周したあたりから細長い列が千切れ始めた。特に厳しそうなのは、図書委員のニョロと、移動椅子を手で走らせるファン。

(大変そうだな。大丈夫だろうか。少しくらい手伝った方が)

「メア。多分だけど、他の人を気にしてる余裕はないと思う」

 横を走っていたレオがメアに呟く。

「どういうこと?」

「まあ、走っていればわかるんじゃないかな。俺も確信はないけど」

 無表情のままのレオに、何を大げさな、とメアは思った。この程度なら授業が終わるまでだって走っていられる、とそう思った。

 それが間違いだったと気づいたのは、一〇息(約一五分)ほど走った後だった

「これいつまで続くんだ?」

 呟いたのは一人だが、全員が同じ思いを抱いていた。

「これ、準備だとか言っていたよな」

「っていうか、流石に疲れたよー。この広い運動場をもう二週以上してるし、心なしか走るの速くなってるし」

「ねー」

「ひゅー……ひゅー……」

 生徒たちの不安そうなざわめきが広がり出した直後、一人倒れた。それに次いで、ファンの腕も限界を迎えたようで、移動椅子の足が止まる。

「おい! そんなところに倒れるな! 運動場の隅に行って休んでいろ! 水は飲め! 死ぬぞ!」

 そんな無茶苦茶な、と思いつつも、よく見ると運動場の端の大樹の脇には机と巨大な水がめが用意してある。日にやられないようにとの気遣いはなされているようだった。

 脱落者が一人出ると、そこからぽつりぽつりと増え始める。

 そして、脱落者が一人出るごとに走る速度が上がっていく。

 メアの額にも汗が流れる。少しずつ息が上がる。まだ体力的に余裕はあるが、いつまで続くかわからないということは、意外に体力を削る。

 不意に、キケが叫んだ。

「そこ! まだ休むな!」

 メアが振り向くと休んでいた生徒が慌てて立ち上がっていたが、怒鳴られた生徒は彼らではないようだった。キケが怒鳴ったのは、今まさに走るのをやめようとしていたフッサ。フッサの息は確かに荒かったが、まだ余裕がありそうに見える。

 叱られたフッサは情けない声をだす。

「も、もう限界でござ、限界ですっ!」

「怠けるな! まだ走れるだろうが」

 キケは逆走してフッサのもとへ行くと、その尻を蹴っ飛ばした。

「痛いっ」

「ほら、まだ足は動くだろうが! まだ走れくだろう!」

「暴力反対! 暴力反対!」

「いいから走れぇ!」

「ひぃ」

 再び足を振り上げたキケを見て脱兎のごとくフッサは走り出した。そして、すぐに先頭集団に追いつく。

「まだ余裕そうじゃないか」

「そ、そんなこと」

 にやにやと笑うアウェアに対し、フッサは力なく否定した。

 そうして走り続け、さらに人数が減っていく。走る速度もどんどん上がる。運動場を十周もする頃には、三分の一以下になり、その速度は全力疾走とさほど変わらないくらいになっていた。

 レオゥは既に脱落している。メアも限界に近い。しかし、メアはまだ足を止める気はなかった。情けなく弱音を吐いていたフッサがまだ走っていることに勇気づけられていたし、アウェアのような女子がまだ涼しい顔をしていることに負けん気を刺激されていたし、何よりエナシがまだ走っている。なんとなく負けたくはなかった。

 しかし、肺は狭まっているように感じる。足は重い。手も振りにくくなってきた。

 そんなメアの視界に運動場の隅の木陰が目に入った。汗みずくのレオゥが水の入った杯を見せつけてくる。

(負けるかー!)

 メアは気合を入れなおした。

 が、結局メアはその中から一番最初に脱落した。

「頑張ったな、メア」

「……ほっ、げほっ」

 レオが声をかけてくるが、メアに返事をする元気はない。渡された杯を頭にかけ、流れてくる水を口に含むので精一杯だ。

 運動場を見ると、既にメアの全力疾走よりも速く走っている数人が見える。あれだけ走った後にまだその速度で走れるのか、とメアが尊敬の視線を向けていると、フッサは地面に頭から倒れこんだ。

「休むなら端に行け!」

 咆哮が運動場に響く。

 容赦がない、とメアが苦笑いしていると、背後からメアの頭に水がぶっかけられる。

 驚いて後ろを振り向くと白髪の少女が杯を構えた姿勢で固まっていた。その背後では慌てた様子でファンが白髪の少女を止めている。

「テュヒカさん、違いますよ。水を差し上げるっていうのはそういう意味ではなくてですね。え、ああ、さっき水を被っていた? ああ、確かに。そうですけど、いきなりかけるというのは失礼ですよ。びっくりもしてしまいますし」

 メアは水を滴らせながらファンに質問する。

「ファンはその子としゃべれるの? 話せる?」

「いえいえ、身振り手振りです。人間、やればできるものです」

「テュヒカってのは?」

「名前を聞いたんですよ。発音を一つずつ確かめて、つなげて。テュ、ヒ、カだそうです。ああ、皆さんに知らせておかないといけませんね。名前呼ぶとき困りますもの」

 その手があったか、と手を叩くメア。しかし、そもそもそれなりに仲良くしてくれないとそういった対話自体ができないと気づき、自分ではどうしようもないと諦めた。

「水を差し上げようとしていたんです。ね」

 ファンの笑顔に白髪の少女、テュヒカはどこか満足気に頷いた。

「あ、ありがとう」

 メアは一応礼を言っておいた。

 再び咆哮が響く。

「全員集合!」

 運動場の中心部で、座り込んでいる生徒と、仁王立ちするキケ。メアとレオゥは顔を見合わせるが、すぐに叱咤され、走ってゆく。

 全員が来たのを確認すると、キケは言った。

「では、続いて筋肉鍛錬だ。棒伏せ用意!」

 そうしてキケが値に腕をついて伏せたのを見て、従う生徒半分、困惑する生徒半分。メアも困惑する側だ。なぜなら棒伏せがなにか分からない。

 そうしていると、一人の生徒が手を挙げた。先ほど最期まで走っていた生徒のうちの一人である、ボワだ。

「なんだ?」

「こういうの別に嫌いじゃないんすけど、そこに色々器械を用意してありますよね。それ、今日の授業で使います?」

「いや、使わん。今日はひたすら筋肉鍛錬だ」

 えー、という文句とも悲鳴とも付かない声が上がる。メアもだ。

「じゃあ、何のために用意しているんですか?」

「血気盛んな馬鹿どもを黙らせるためだ」

 それはつまり、とメアがそれを理解した時には、既にエナシが一歩進み出ていた。そして、樽に突き刺してある木製の武器を物色し、自分の腕位の長さの木剣を引き抜く。

「試験ってことならさっさとやらせろよ、おっさん。てめーを叩きのめせば授業とやらを受ける必要はないってことだろ」

「そうだ。毎年こうなるからな、あらかじめ用意してあるというわけだ」

 キケもエナシと同程度の大きさの木剣を取り出し、構えた。

 すっと周囲が後ろに下がり、円を作る。

「好きにかかってこい。魔術は、まあ使いたいなら使っても構わんが、補助程度にしておけ。武器格闘の授業だからな」

 エナシは舌打ちをすると、即座に打ち込んだ。

 硬質な音を立てて二つの木剣がぶつかり合う。メアの目から見て一般的な開拓者に遜色ないと思えたエナシの剣撃は、キケに軽く捌かれる。

 二合、三合と打ち合うが、キケの余裕は崩れない。

「気を抜くな!」

 キケの反撃をエナシは辛うじて捌いた。すぐさま反撃しようとするエナシだが、そのまま続く苛烈な連撃に防戦一方。一度防御に回ってしまうと手を出せない。

 メアは謎の少女に剣の名手として挙げられた名前の中に、キケの名前があったことを思い出した。

(うわー、凄い。エナシが普通の冒険者と同じくらいだとすると、キケ先生は頭一つ抜けてる。ってことは、これからそんな先生に剣を教えてもらえるのか)

 メアが心を躍らせていると、エナシの剣が叩き落され、みぞおちに一撃入った。腹を抑えてえづくエナシを無視し、キケは周囲を見回す。

「次!」

「はいはい、俺やる!」

 ボワが無邪気に手を挙げた。見ている限り、体力は人一倍ありそうだが、格闘に関してはどうなのだろうか。メアは心躍らせながら見守る。

 挙手しながらも武器を選ぶ気配のないボワにキケが問いかける。

「どうした、武器は取らんのか?」

「男は拳で」

「そうか、ならこれをつけろ」

 キケが投げ渡したのは布の手甲だった。特に手の甲の部分は厚い布で覆われている。指は自由になっているが、打撃の際に拳を保護できそうな防具だ。

「防具は要らないっすよ」

「訓練で怪我をすること馬鹿らしいことはない。着けろ」

「はーい」

 ボワが素直に手甲をつけると、キケも木剣を置いて手甲をつける。意外そうな顔をするボワに対し、キケは言い放った。

「教えるのは武器格闘、だ」

「ふーん、本職じゃないっていう、言い訳は聞きませんよっと」

 ボワが突きを放つ。それは先ほどのエナシよりはるかに速い踏み込み。相対するキケには消えたように映っただろう。

 しかし、それも受け止めるキケ。その目は確実にボワの動きを見切っていた。

「わお」

「俺の専門はこっちでな」

 肘を顔面に受け、ボワが吹き飛ぶ。辛うじて受け身を取ったボワは痛みを無視して顔を上げ、目の前に迫るキケに引きつった笑みを浮かべる。

 キケの突進。肩からの体当たり、一回り以上の体格差があるボワは再び吹き飛ぶ。

 ごろごろと地面を転がり、口の端から血を吐きながらも素早く立ち上がるボワに、キケは声をかけた。

「まあ、合格だな。その歳でそれくらいできるなら十分だ。試験さえ受ければ星をやる。その調子で鍛錬を続けろ。飯は食え。夜も早く寝ろ。流石に軽すぎる。筋肉をつけろとは言わんが、そのまま素手での格闘を続けていくつもりなら縦にも横にも伸びたほうが絶対に良い」

「……はーい。あざーす」

 一方的にやられただけなのにな、とボワは悔しそうな顔をする。しかし、キケに多少なりとも認められたことは嬉しそうだった。

 すると、合格判定を一人貰ったのが発破になったのか、数人が手を挙げる。

「はい、某! 次某が行くでござる!」

「あたしも! なんかいける気がしてきた!」

「私も受けさせてもらう」

 その様子に、キケは苦笑いした。

「これは俺の実力を見せるためのものなんだが、まあいい。全員見てやる! 順番にかかってこい! 全員同時でもいいぞ!」

 その言葉に、二人の生徒が目を輝かせた。妙な話し方をするフッサと、学校初日に大声でメア達を笑ったレティだ。二人は顔を見合わせ頷き、先ほど挙手していたアウェアにも期待の目を向け、首を振るアウェアにがっくりと肩を落とす。しかし、すぐさま顔を上げると、二人は樽から武器を抜き取った。

 フッサは短い木剣、レティは槍ほどの長さの棒だ。

「いくでござる!」

「同時ね。同時! せーのっ」

 二人は同時にキケに切りかかり、キケの木剣に手の甲を叩かれ、武器を落とした。

「次!」

「えー……」

「い、痛いよぅ。全然駄目じゃん」

 打たれた箇所を抑えながら涙目になる二人に、生徒たちからどっと笑いが湧いた。

「次は私に行かせてもらう」

 なんとなく威圧感を感じる女子、アウェアだ。背中に背負っている大斧を置いて、手甲を着ける。

「その大斧は飾りか?」

「いやいや、そうではない。そうではないが、これを振る相手は選ぶつもりだ。本気で頼む」

 そう言ってアウェアはキケに殴りかかった。アウェアの掌打、下段蹴り、手刀。それらはいずれも鋭いものだが、先ほどのボワのものに比べると見劣りする。

 数打自由に打たせたのち、キケはアウェアの顔面に拳を入れ、吹き飛ばした。

「うわぁ……」

「だ、男女平等」

「次ぃ!」

 困惑する生徒の声を押しつぶすように、キケは吠える。

(これは中々大変かもしれない)

 メアはそう思いながらも、恐る恐る手を挙げた。

「次お願いします」

 そして、メアは数合打ち合って剣を叩き落された。追撃こそなんとか避けたものの、当然不合格だった。

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