013 空き地・魔術・訓練
夜、メアは自室の寝台で目を閉じ、胡坐をかいていた。天井は低いがぎりぎり背は伸ばせる。そのことに感謝しつつ、魂魄に意識を集中した。
昼間の授業を思い出す。
(魔力の励起。魂魄を震わせ、波動を起こし、魔力を生み出す。現代魔術を扱ううえでの第一歩。これができない人は現代魔術は使えない。……現代魔術と、古典魔術かぁ。なんで誰も教えてくれなかったんだろ)
メアはぐっと全身に力をこめ、魂魄を震わせてみようとするが、上手くできなかった。震わせるどころか動かすこともできない。そもそも魂魄を動かそうと意識したことがないのだから当然のことかもしれないが、メアは困り果ててしまった。
ちらりと下を見るが、キュッフェとヴァーウォーカは既に寝ており、ヘクセは机に向かってせわしなく手を動かしている。どちらに話しかけるのも躊躇われる状況。結局、メアは口を噤む。
メアが再び眼を瞑り、胸の中心に手を当てると、部屋の扉が叩かれた。
出ようと寝台の端の柵に手をかけるが、ヘクセはそれを手で制して扉を開けた。するとそこに立っていたのはレオゥだった。
また君か、という呆れたような顔をして、ヘクセは机に戻る。メアも寝台から降り、廊下に出た。
「よ」
「どうしたの? そろそろ寝ようかと思ってたんだけど」
「嘘つけ。どうせ魔術の訓練について悩んでたんだろ」
どうしてわかったのだろうかと不思議そうな顔をするメア。対するレオゥは相変わらずの無表情。
「だって昼の授業では上手くいかなかったろ。手伝う」
「って言われてもなー」
メアはミの言葉を思い出し、復唱する。
「魂魄の感覚は個人で異なるので、最初は自分の感覚を得ることを目標とするように。他人からこつなどを聞くことは簡単ですが――って先生も言ってたじゃん」
「教えあうようにとも言われただろ」
レオゥは即座に切り返した。
メアはレオゥがどうしてこんなに親切なのか不思議だった。だが、実践の授業では終始唸っていただけだったというのも事実。親切はとりあえずもらっておけ、という母親の教えに従い、メアは頷いた。
「分かった。お願い」
「よしよし。お節介は性分でね」
ならその無表情を何とかしないと、とメアは軽口をたたき、レオゥに軽く小突かれた。痛くはないが釈然としなかったのでとりあえず肩を殴り返す。レオゥが更にやり返してくるかと構えるが、レオゥは気にした様子もなく外へと足を向けた。
メアも露骨に迷惑そうな顔をしているヘクセに手で謝りながら半開きの扉を閉じ、部屋を後にした。
「どこでやろうか」
「少なくとも寮の近くはやめた方がいいな。励起するときの波動が届くから敏感な人には迷惑がられるだろう。魔術の感知をしたら戦闘態勢に入るような人もいるかもしれないし」
「じゃあ、塀の近くの空き地にしよう。あそこはどの寮からもそこそこ離れてるし、剣振ってても怒られてないから多分大丈夫なはず」
「そこ行こう」
二人は頷き合って歩き出した。
既に日は落ち切っている。だが、油灯の光が窓から漏れているため、歩くだけの明かりは十分だった。陰となっている木の根に足を取られないよう気を付けて木々の隙間を抜け、二人はメアが見つけた空き地へと向かう。
「ここ」
「土が均してあるな。誰かが使っているのかもしれない」
「そうなの? 気づかなかった」
メアは地面に目を遣ったが、暗さのせいかよくわからなかった。レオゥは気にせず地面に胡坐を掻いてメアを手招きする。メアもそれに従った。
レオゥは目を閉じて一つ深呼吸をすると、落ち着いた声で話し出す。
「古典魔術について師匠の話を聞いたことがあった。だからもしかしたら役に立つんじゃないかと思って、その話を思い出してみた。メアが使えるのはどんな魔術?」
「【霰玉】、【焔火】、【打水】の三つをよく使うよ。他に使えるのは、【掛砂】、【光】、【声飛ばし】、【涼やか】、【洗顔】、【滑り】……」
「ああ、わかったわかった。これが現代魔術だったらすげーことなんだけどな。んまあ、とにかく、そんだけ使えるなら魔力の励起くらいなら問題ないはず。ってことは単純に感覚の問題で……揺らしてみるか」
「揺らす?」
疑問を浮かべるが、言葉に詰まる。にっこりとレオが不器用に笑っていたからだ。
瞬間、強烈な波動が飛んできて、メアは息が詰まった。魔力を励起させるために起こす波動を何十倍にも強烈にしたような波動に、ぐわんぐわんと体の芯が揺れる感覚がする。血が足りなくて立ち眩みしたかのように視界がくらくらとする。
レオゥが何かを言っているが、メアはそれは聞き取れなかった。耳に入った情報が脳に入る前に揺れに合わせて外に漏れてしまっているかのようだった。
荒い呼吸を繰り返していると、その揺れは次第に収まっていく。ある程度メアの目の焦点が定まってきたところで、レオゥは顔を覗き込んで問いかけた。
「どうだ?」
「今の、何?」
「魂魄を外的な力で強制的に揺らして、あ、これは霊撃って言うんだけど、まあとにかく無理矢理波動を起こさせる。一切の魔術を使ったことのないひよっこに魂魄の振動を体感してもらう用だけど、試しにね」
「試しに、で、なら、前もって、注意とか」
「メアは古典魔術を使えるから、言ったら魂魄が構えちゃう可能性があった。構えられちゃったら効果半減だから、不意打ちの方が良いかなと思って。悪い悪い、そんなに怒るなって」
そう言うレオゥの声は平坦で、表情は無。悪いと思ってるならもっと済まなそうな顔をしてほしいと思うメアだった。
メアは深呼吸を師ながら跳ねる魂魄を手で抑える。
「で、どうだ? 感覚は掴めそうか?」
「よく、わからないー、あ、駄目だ、気分悪い」
「やっぱりか。なんか思ったより揺れなかったから、反射的に上手く守ったっぽいね」
「そんなことは、うっ」
げー、と胃の中身を巻き散らしたメアに、流石に悪いと思ったのか、レオゥは肩に手を当て、背中をさする。
「……ぇっ、げほっ、いや、無理無理。この状態で魂魄気にしろとか、太腿の骨折っているときに膝の具合確かめるようなもんだから」
「そうか。実際に開拓者とかの間でやられている方法だから効果があるのだと思ってたけど、上手くいかないか。うーん、そうかそうか」
レオゥは自身の顎に手を当てる。
「やっぱあれかな、完全な魔術未修得者じゃなくて、古典魔術を使えるから、既に自分なりの振動を持っていて、他の人からの影響を受けにくいのかもしれない。そうすると、俺の波動を押し付けるこのやり方は良くない。ああ、そういうことで先生は自分の感覚だとか言っていたのか。この方法はやめておこう」
「そうしよ。もう止めて」
メアは深く同意した。水中で逆さにされて頭を無理やりかき回されるような不快感は、もう二度と味わいたくなかった。
「それじゃ、ちょっと寄せ方を変えてみよう。古典魔術あるだろ、あれ使ってみよう」
「ああ、古典魔術も現代魔術も魔力の生成は変わらない、のかな。だからとりあえず意識しながら使ってみて、魔力の生成の感覚を掴もうって魂胆?」
「そうそう」
レオゥは頷いた。メアは思惑を言い当てられたことに少しばかり得意になった。
メアは片手を目の前に掲げ、詠唱する。
「眩ゆさをこの手に――【光】」
メアの掌がぼんやりと光、二人の顔を映し出す。いつも通りの成功。というか、メアは一度習得した古典魔術を失敗したことはなかった。
「はい」
「はいじゃなくてな。メア、今凄く自然に魔力起こしてたぞ。というか、魔力の精練も励起とほぼ同時だったし、操作も無駄がなくて自然。これか古典魔術の効果なのかね。面白い」
「意識してたつもりなんだけど、わからなかった」
ふくれっ面でぶちぶちと地面の草を抜くメアに対し、レオゥは人差し指を立てる。
「じゃあ、言葉を変えてみようか。魔力の励起、精練、操作ってのが今の一般的な呼び方だけど、拍渦操と呼ばれていたこともある。こっちの方が創造しやすいかもしれない」
「拍、渦、操。拍ってのは、叩くって意味で大丈夫?」
「そうそう。拍子を意識して、凹まして、膨らまして」
「うむむ」
メアが唸りながら魂魄を意識してみると、先ほどとは違いのんびりと凹んでいった。そうすると、膨らませる、という感覚もなんとなくわかってくる。拍子を意識、メアは魂魄を凹ませ、膨らませ、繰り返す。
レオゥの手拍子を聞きながらやっていると、メアはなんとなくできる気がしてきた。
「なんか、こつは分かってきたんだけど、魂魄の周辺が、重くなってきてる……?」
「それ、多分だけど魔力の感覚だと思う。さっきから、少しずつ魔力が励起されて行ってるから。それにしても、重い、か。俺はひりひりとした刺激を感じる。ふーん。やっぱり個人差があるのか、面白いな」
「あれ、なんか、慣れてくると楽かも。ってか、これいつもやっているような」
「古典魔術を使用する時も魔力は起こしているからな。意識していなかったのを意識するようになっただけだろう。もう一回なんか古典魔術使ってみたら?」
メアは頷いた。そして、人差し指をレオゥの顔に向ける。
「お前の面は見たくねぇ――【洗顔】」
直後、レオゥの顔からべりべりと何かが剥がれた。レオゥは慌てて顔に触れるが、剥がれ落ちたものをよく見ると垢や土埃のようだった。
「さっきのお礼だよ」
「洗顔、か。どうだ? 何かつかめたか?」
メアはもう一度魂魄を動かす。そして、その動きを次第に早くし、振動させる。そうすると、今度ははっきりと感じ取ることができた。メアの周囲に次第に魔力が励起されて行っているのを。
それはまるで、水中で目を開けたかのような、新しい感覚。
「分かった。分かったよレオ!」
「おめでとう。まあまだ初めの一歩だが、授業が進めば自然とできることも増えるだろ。とりあえず、今日の感覚は忘れないようにな」
「うん! あ、レオゥの魔術も見せてよ。授業中は手を抜いてたでしょ?」
メアの無邪気な笑顔にレオゥは頭を掻いた。
「いや、手抜きとかじゃなくて、あれが実力……なんだけど」
「本当? でもここ外だから周囲への迷惑気にしなくていいよ? 思いっきりやってみてよ」
「うーん、まあ、いいけど。がっかりするなよ」
そう言ってレオゥは思い切り魔力を起こした。そして、即座に精錬し、メアの剣に冷気を纏わせる。
メアはわくわくしながら剣に触れ、少しひんやりする程度だと気づいて露骨にがっかりした顔になった。触れた手が凍傷で動かなくなるくらいを期待していたのだ。
「え? これだけ?」
「やめろ。そういうの本人は傷つくんだよ」
「ごめん」
「黙れ謝るな逆にきつい。属性の精錬もできない初心者に気を使われるのは本当にきついから」
「……一緒に魔術上手くなろうぜ!」
メアはそう言って目配せする。だが、レオゥは目を閉じて無反応。そのまま声も掛けずに立ち上がると、すたすたと寮の方に歩き出した。
メアは心の底から謝りながら、何度も感謝の気持ちを伝えて機嫌を直してもらえるよう努力するのであった。




