011 教室・昼休み・事情
「けど、それは危ういのではないでしょうか。仮にも総合学校を謳っているというのに、一つの国家に対する優遇と教育を行うなんて」
「まあ、色々思うところがあるかもしれんがな、学校の運営も金が無くちゃできん。お前らは入学時にそれなりの金を払ったつもりだろうが、あれっぽっちじゃほとんどがお前らの食費と教材費で消えるんだ。教師の給料やら設備の維持費やらには全然足らん。勿論な、卒業後この学校に寄付を入れてくれるような出来た奴らもいることにはいるが、そんなもんを会計に組み込めるわけがない。だから国から金を出してもらうんだ。この学校はウィダッハの領土内にあり、ウィダッハから援助を受けている。代わりにウィダッハから助力を頼まれたら断ることはできんし、働き口の推薦先もウィダッハはちょっぴりだけ多目だ。互いにとって良い関係。それが大事なんだ」
遠くから鐘の音が響いた。
「む、何やら商学みたいな話になっちまったな。まあいいだろ。社会学なんてこんなもんだ。特に全員が最低限文字書けるようになるまで、そうだな……一月くらいか。そんぐらいはこんな感じでだらだらどうでもいいことを喋るだけだ。別にさぼってもいいぞ。暇だろうけどな。はい、授業終わりー」
そう言って薄い頭を掻きながらレージョと名乗った中年の先生は教室を出ていった。
途端に教室の雰囲気が緩む。あちこちで雑談も始まり、教室は雑音で美知留。
メアが筆記用具を片づけていると、隣に座るレオゥが話しかけてきた。
「ふー、午前の授業が終わったな。意外とあれだな、勉学って感じはしない」
「そうだね。なんか空気は堅苦しいけど話は面白い」
肩をほぐしながらメアは返事をする。
「昼飯食べに行こうぜ」
「行こう」
メアとしては是非もなかった。二人は食堂に向けて歩き出した。
校舎から外に出るとかなりの人数が食堂に向かっているのが見えた。授業が終わる時間は同時なのだから、当然の光景ではあるが、まばらとはいえ列のように子供が連なっている様子は、メアにとってはかなり壮観だった。
レオゥと一緒に歩き始め、メアは思い出した。
「そういえばさ、昨日妙なことがあったんだ。いや、妙な人に合ったというべきか」
「ほう」
相も変わらず無表情で先を促すレオゥに、メアはかくかくしかじかと昨日の不審者のことを語った。
レオゥは顎に手を当てて思考する。
「昨日そんなことがあったのか。それは不思議だな。俺も聞いたことがない。他の奴には相談したか?」
「ヴァーウォーカとヘクセには。二人ともさっぱりわからないって。キュッフェ様は寝てたから聞いてない」
「ふーん。話した感じヘクセはかなり物知りな感じだけど、それでもわからないか。他には?」
「まだ。やっぱり先生とかに相談した方がいいかな」
「して悪いことはないと思う。というかこんな時のための担任だろ。次あったらエフェズズ先生に報告しておこう。しかし、急に現れて急に消える男、幻のように壁をすり抜ける男か。まあ最後の女生徒は学校の先輩だろうけど、うーん」
レオゥはぶつぶつとつぶやきながら考え込んだ。
そうこうしていると二人は食堂にたどり着く。しかし、そこで唖然とした。人人人。人の渦。昨日まではあれほど余裕があるように見えた食堂の入り口がぎゅうぎゅう詰めで機能していない。その込み具合はメアの予想の数倍だった。昨日までは肌寒いからかろくに使われていなかった屋外の長机まで満席だ。
メアはそれでも顔を輝かせているが、レオゥは肩を落としている。
「すげー。すげー人。ここ、こんなに生徒居たんだ」
「うへぇ。よくそんなにはしゃげるな。さすがにこれは、嫌だ。席に座るどころか食堂に入るのさえ大変そうだし」
一応売店で軽食を買ってそれを食べるという手もあるが、それは食堂と違って金が必要な上に量もあまり多くない。その分美味だという意見もあるらしいが、食堂の料理も十分に美味だと感じているメアには魅力的には思えなかった。
二人は列に並び、食事をとり、席に座ることを諦めて外に出た。器は後で返してくれればいいとのことなので、教室で食べることにしたのだ。
メアたちが戻ると、教室には数人の生徒が残っていた。
モーウィンと名乗った鎧を着こんだ生徒と、移動椅子に座った藤色の髪の女生徒、そして無口な白髪の女生徒。
二人はちらりと残っている生徒を見やりながら、自分たちの席に座った。
メアは干し肉を千切って粥に放り込み、かき混ぜて口に流し込む。レオゥは料理に向かって一礼をしてから食事を始める。二人は体を動かしたわけでもないのに襲い来る空腹に疑問を感じながらも、黙々と食事を続けた。
不意に、ぐうう、と誰かの腹が鳴った。
二人は後ろを振り向く。レオゥの後ろの席にはモーウィンがいるが、音の方向はそちらじゃない。腹を鳴らしたのはメアの後ろの席に座る白髪の少女だ。
黄金色の眼と眼が合う。あまり気にしていなかったが、少女の顔色は悪い。
「……御飯、食べないの?」
メアの問いかけに少女は首を振った。
「体調悪い、お腹痛いとか?」
またも首を振る少女。その表情にぴんときたメアは、手を叩く。
「ひょっとして、お金がない? から食べれないと思っている?」
少女はややためらいがちに頷いた。
「これ、食堂に行けばもらえるよ。生徒はお金いらない。ひょっとして、ここ数日何も食べてない?」
少女は目を見開いた。メアの言葉を信じられないらしい。
「嘘じゃないよな、レオゥ」
「ああ。入学金に含まれている。ただでさえ人さらい組織だの若人誘拐集団だの呼ばれているのに、生徒を飢えさせでもしたら何言われるかわからないからな。そこらへんは気を使っているらしいぞ」
レオゥはそのまま社会学の授業で聞いた内容を思い返しながら説明したが、少女は納得していないようだった。
もし少女が何も食べていないとしたらもう丸三日は何も食べていないことになる。それは非常に危険だ。メアがどうやって説得しようと悩んでいると、横から藤色の髪の少女が話しかけてきた。
「黄色い眼のお嬢さん。私、これから食堂に行こうと思っているんです。ご一緒しませんか? 私、このように上手く歩けませんので、段差の上り下りを手伝ってくれる方がいるととても助かるのです」
そして、白髪の少女の眼を見てにっこりと笑った。
メアは話しかけられたのが自分ではないと知り胸をなでおろす。そんなメアを相変わらず無表情で見るレオゥだが、どこか呆れているようにも見えた。
「そろそろ人も捌け始める時間です。さあ、行きましょう」
手をとられ、白髪の少女も決心したようだった。二人は一緒に教室を出ていった。教室を出る直前に、藤色の髪の少女はメアとレオに軽く礼をした。
レオゥはふーっとため息を吐く。
「人混みが嫌だったのかね。開学の日みたいに騒ぎになるかもって考えたのかも」
メアも感心したように頷いた。
「そうなのか。全然わからなかった」
「メアさ、もう少し、そこまで緊張しなくてもいいんじゃないか。別に女だからって大して変わらないぞ」
「そ、その内慣れるって」
メアはレオゥの鋭い指摘にそう言ってごまかした。
レオゥは食事を終えると日課らしい瞑想を始めたので、メアは午前中の授業で聞いたことの走り書きをきちんとした文章にまとめる。上手く書きとれなかった。先生もまだ書き取らせる気がないからだろう。雑談だったが、聞いてて面白かった。
やがてぱらぱらと生徒が教室に戻り、次第に席が埋まる。二人の少女も始業ぎりぎりに戻ってきたが、戻ってきたときは白髪の少女が藤色の髪の少女の椅子を押していた。どうやら二人は仲良くなったらしい。
白髪の少女はどこかに去り、藤色の髪の少女がメアの方に近づいてくる。メアがどぎまぎしていると、少女は真剣な表情で二人に囁いた。
「あの子、しゃべれないそうです。字もかけないと。ですが、多分ですが、悪い子じゃないです。親切ですし、私のようなのを見下す感じもありませんでした。お二人にもお礼を言いたがってます」
「へー」
「俺にもか? メアと違って俺は何もしてないぞ」
藤色の髪の少女は首を横に振った。その仕草が示す意味はよくわからなかったが、メアも真似をして首を横に振ってみる。
その仕草に少女は口元を抑えて笑い、はっとしたように手を叩いた。
「ああ、そういえば。私、ファン゠フービーと申します。流石に一度では名前を覚えられませんよね。申し訳ありません。気軽にファンと読んでいただければ幸いです」
「いやいや、ごめん、こっちこそ。ファン、ね。よろしく」
「俺はレオゥ゠タ。こっちがルールス゠メア」
「よろしくお願いいたします」
ファンは椅子に座ったまま一礼した。
それを見て、メアは少し違和感を感じた。体重移動があまりに自然に見えたのだ。少なくとも、腰が動かない感じの動きではない。であれば、足先、少なくとも膝から下に障害がある。そう思い、メアは視線を下ろしたが、長い褶に隠されて足は見えなかった。
「ルールスさん?」
ファンに呼びかけられ、メアははっと顔を上げた。
「あ、なに? あ、俺はメアでいいよ。ルールスが姓」
「では、メアさん。一つご質問良いですか?」
「はい、なんでしょう」
「メアさんは魔族が怖くないのですか?」
メアはレオゥと顔を見合わせた。
「俺、魔族って存在を知らなかったんだよね。この前まで」
「あ、それで。なるほど」
「それにあの子は魔族じゃないだろ? そこ気にする必要あるか?」
レオゥに問われ、ファンは静かに首を振った。今度のは単純な否定の仕草であることはメアにもわかった。
「そこは大いに気にする必要がある、と私は思います。直接あの子に聞いたわけではないですけどね」
「根拠は?」
「女の勘です」
「おんなのかん」
「メア、馬鹿にすると殺されるぞ。この単語が出てきたときは黙って頷いておけ」
「あ、はい。了解です」
肩に手を置かれ、諭され、メアは頷いた。よくわからないけど頷いておいた方が良いと感じたからだ。
(女の勘……ね)
メアはなんとなく思った。このファンという少女はあまり怒らせない方が良い気がする、と。なんとなくだが、必要以上に丁寧な態度は、その内心を隠すための衣装に思えたのだ。
直後、鐘がなり、次の授業の先生が入ってきた。
ファンはぺこりとまた頭を下げると、自身の席へと戻っていった。




