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ルゼンテーベ・ストルト  作者: 仁崎 真昼
一章 学校の始まり
10/240

010 教室・花組・対話学

 翌日。週の最初の日。昊弧星。

 メアは朝食を食べ、授業の準備をする。メアにとって初めての授業だ。忘れもののないように念入りに手持ちを確認する。

 長さの揃った炭筆、楕円形に切り取られた持ち手用の革、手を拭くための白い布。いずれも機能の内に用意しておいた新品だ。それらを木製の木箱に丁寧に詰め、留め具を落として鞄にしまう。こちらでは安いらしい樹紙の束も木の板に挟んで鞄へ。その他には特に事前に用意しておく必要はなく、先生から指示があった場合にその都度用意すればよいと授業へ向けてのしおりに書いてあった。

 服装も準備はできている。下は膝丈の下袴と頑丈な革靴。上は着慣れた無地の襯衣に配給された外套。腰帯に剣を差し、先ほど用意した鞄を背負う。

 メアはそわそわと服のしわを伸ばしたり剣の位置を調整するが、それを鬱陶しく感じたヘクセとキュッフェに早々に追い出された。

 木立を抜け、第二教育棟へ向かう。まだ少し時間はあるが、メアと同様教室に向かっているらしい人影は多い。少年少女ばかりなこと、皆が似たような恰好をしていること、それでいて全然違う人種であることが一目でわかること。それらがやはり新鮮であり、メアは周囲をせわしなく見回しながら歩いた。

(獣人だ。混ざってるのははなんだろうか。あっちの人は歯尖族かな? あわわ、強そうな人と目が合ってしまった。ん? なんか見られていないか? 気のせいか。別に変な格好してないよな。制服が裏表逆とか。大丈夫。変じゃない変じゃない)

 第二教育棟に入り、一階の教室へ。一昨日は気づかなかったが、教室には立札がかかっており、第一共通語で何やら文字が彫られている。

「花組?」

 メアは首をかしげながらその文字を読み上げ、教室の扉を開けた。

 教室に来ている人数は全体の四分の一ほど。レオゥは既に来ていてエナシはまだ来ていない。既にエナシのことが苦手になっていたメアにとっては少しだけ気分がよくなった。

「おはよう、レオゥ。早いね」

「おはよう。同室の奴の鼾が酷くてな……」

 そう言うレオゥの眼の下には隈ができていた。ずいぶんと寝不足の様だった。

「そんなに? レオゥって意外と繊細なんだ」

「まあ確かに多少繊細なことは否定しない。ここに来てから数日はうまく眠れなかったしな。けどあいつの鼾は本当に半端じゃないから。鞠狸(フェッコルボ)が一晩中唸っているみたいだった。本当」

 レオゥは無表情で淡々と告げる。あまりにも無機質な話し方なのでひょっとしたら冗談なのではないかとも思ったが、眼の下の隈はそれが真実だと訴えかけてくる。

 メアは苦笑いをしながら椅子に座った。

「それは、お疲れ様。さっさと耳栓を買うべきだね」

「他に三人部屋があったら無理言ってでも移してもらうのに、よりによって三人部屋は俺の部屋だけだからなぁ。まあ被害者が二人で住んで喜ぶべきなんだろうか。いや、無理だな。喜べない」

「ははは」

 メアとレオゥが雑談をしていると、メアの背後から声がかかった。

「お、おはよー」

 振り返ると、青みがかった黒髪の少女がメアの隣に座っていた。自己紹介ではシャープと名乗っていた少女だ。

 突然シャープに話しかけられてメアは動揺する。いや、動揺ではなく緊張だ。肌に染みや傷などはなく、艶のある髪も肩に届くか届かないかという長さで綺麗に切りそろえられているシャープは、なんとも女の子らしい容姿であり、そういった少女と交流した経験はメアにはほぼない。下手な対応をしたらどうなるのか、メアには想像もつかなかず、固まってしまった。

 メアはシャープに対してどういう対応をすべきか記憶を掘り返し、とにかく紳士的に対応すべきと教えられていたことを思い出した。

「おはよう」

 ぎこちなく笑顔を作り、挨拶を返すメア。しかしそれ以上の言葉は出てこない。アウェアのように戦士然とした少女であればもう少しまともな対応はできただろうが、シャープは真逆。物静かで落ち着いた雰囲気にメアは呑まれていた。

 固まっているメアの姿を呆れたように見ながら、レオゥも挨拶を返す。

「おはよう。シャープも早いな。まだ授業開始時まで時間あるだろ」

「え、そうかな。もうそろそろ始まると思うけど。ほら、あと一息もない」

 シャープはそう言って金属製の円盤を懐から取り出した。

「時計か。また高価なもの持ってるな。ぜんまい式か?」

「ユキセメ製自動魔吸ぜんまい。少しだけ魔力を吸われるけど手で巻く必要がないの。おじいちゃんが餞別にってくれたんだ」

「良い品だ。けどこれオルシン時刻表じゃなくないな。どこのだこれ」

「あーユキセメの地元で使われてる時刻盤を使ってるみたいなの。変換は……もう慣れたから大丈夫。一日っていう単位はどこでも変わりないからね」

「はーいいな。やっぱテテエスゴの方だと交易品が多く手に入るんだろうなぁ。ホトポはやっぱ駄目だ。色々しきたりが多いから面倒くさがって商人が素通りする」

「え、私出身の国って言ったっけ。まだ誰にも言ってなかったと思うんだけど。知り合いもいないし」

「まあ髪が青味ががってるし発音も特徴あるしわかると思うよ。パタタに住んでいる人なら」

「そっかー。そうなのかぁ。けど他の国のこととかを知ってなきゃわからないと思うよ。レオゥ君がホトポ出身だって私は分からなかったもん」

 和気藹々と話すレオゥにメアは尊敬の眼差しを送った。

 無表情ながら口数の多いレオと、ころころと表情を変えながら楽しそうに話すシャープを、メアは交互に見る。しかし自分を挟んでおしゃべりを続けられるのも居心地が悪いので、自分もなんとか会話に混ざろうと勇気を出した。

「お、俺の出身とかは分かる? レオゥ」

「メアか。難しいな。なんとなく発音は西の方な気もするんだけど、眼の色とか肌の色は東の方の特徴出てるし」

「金髪なんだから西なんじゃないかな? 比較的交通の便がいいエセアカとか」

「ってもこんくらいのくすんだ金髪は北の方にもいるはずだからわからん」

「あー、難しいね。灰色の眼の人は確かに東の人に多いもんね」

 適当に言っただけなのに予想以上にしっかりとした考察をされ、メアはたじろいだ。そして気づくが、レオゥは自分を田舎者だと言っていたにも関わらず、メアよりはるかに知識量が多い。メアのような本物の田舎者とはどこか違う匂いがする。

 メアは疑問を口にした。

「あのさ、レオゥはあんまり国の外に出たことないんじゃなかったっけ。なんでそんなに知識多いの」

「そうなの? ホトポからあんまり出たことないんだ」

「あー」

 レオゥは視線を泳がせた。

「まあうちは来客が多いんだ。っとそんなことよりそろそろ授業始まるんじゃないか? 一時限目は対話学基礎か」

 話題を逸らされたことはメアにもシャープにもはっきりと分かった。しかし、メアには逸らすために振られた話題の方に興味が写ってしまった。

「対話学基礎? 時限?」

「時限は授業の単位な。対話学基礎ってのは、まあ語学の授業だったと思う。教板の横に授業予定表が張ってあっただろ」

「へー。知らなかった」

 メアは感心して頷いた。シャープも同様だ。それを見て自分だけが知らなかったわけではないことにメアは安堵した。

 遠くから鐘の音が響いてきた。どうやら授業開始の時間が来たようだ、とメアはおしゃべりをやめて正面を向いた。ついにメアの人生初の授業が始まるのだ。メアは胸を高ならせた。

 ほどなくして教室前方の扉が開き、一人の男性が入ってきた。

 ひょろりと背の高い黒髪の男性だった。頭には編み込みの帽子を被り、目には黒硝子の丸眼鏡。手には特に何も持っておらず、ひょこひょこと長い足を動かして教壇に立つ。

では(むーむむ)、授業を始めるんですよ」

 妙な発音で男はそう言った。

 メアは背筋を伸ばして姿勢を正す。手は膝だ。それが正しい姿勢だと教わったことがある。教えてくれたのはメアの村を通りがかった旅人だったが、それから数年間違いを指摘されたことはないのでおそらく正しいと判断している。

「まず自己紹介をば。私の名前はナハ。皆さんに教える授業は対話学基礎となります。一年間顔を合わせる(かっちり)ことになるのでよろしくお願いします。趣味は旅行ですかね。最近は授業ばかりでろくにできていないのが寂しい(しくしく)ところです」

 まあ私に関してはそんなところです、とナハは言った。声は聞きやすく、よく通る。

「授業の内容についてもざっくりと話しておきますです。対話学基礎で学ぶことになるのは、第一共通語での正しい発音と読み書きです。学問の分類としては商学ですね。将来的に商人になりたい人は積極的に学びましょう」

 ナハはそう言って笑顔で周囲を見回した。しかし、どうやらナハの望みの反応をした生徒はいなかったらしく、下唇を突き出して不満そうな顔をしている 。

「おやおやおやおや、誰かいないんですか。言語を学ぶことは政治の場にもって最も重要だ! とか、言葉は詩や文学のためにある! とかぎゃあぎゃあ騒ぐ(がらがらどん)元気な子は。いない? 本当に?」

 異論が出ないのは良いことじゃないのか、とメアは思ったが、ナハはどう見ても満足していない。メアはそれについて質問しようかとも思ったが、大勢の前で発言する気にはなれず、結局黙って見ることにした。

 しょぼんとした様子でナハは肩を落とした。

「うーん、毎年各組に一人はいて議論が楽しくなるんですがね。そういった妙なこだわりを持っている(しとしとしと)子がいないのは少し寂しく感じますよおじさんは。まあいいでしょう。そんな年もありますです」

 ナハ納得したようにうんうん、と頷いた。

 しかし、そこで何かに耐えられなかったかのように一人の生徒が手を挙げた。ナハが発言を許可するという素振りをすると、その生徒は立ち上がって言った。

「なんで第一共通語なんですか?」

 金髪の女生徒が堂々と、どこか怒ったかのような口調でそう問う。

 ナハは残念そうな顔から一転して、ぱあっと顔を輝かせた。

「お名前を聞かせてもらっていいです?」

「ウンサル゠ニョロ、と言います」

「ニョロさんです。了解。あ、では続きどうぞ」

 ニョロは挑むような口調で話し始めた。

「言語なんていっぱいあるじゃないですか。確かに第一共通語は広く使われていますけど、南方言語だってそれなりの人口はいるでしょうし、真言語はさらに多いです。古い書物なら鼎代語で書かれたものが多い。第一共通語を学ぶ理由を知りたいです」

 ナハは体をぶるぶると震わせると、待ってましたとばかりに手を広げる。

「ほう! なるほど。一理ありますですね。よしよし、ならば返答しましょう。第一共通語を学ぶ理由です。ずばり、使う人が多いからですね。それだけです。他に理由はないです。南方言語なんてパタタ大陸でしか使われてない言語は学ぶ必要がないですよ。真言語なんてのもウィドドンミョーザの識字率が高いだけで使用地域は極狭。鼎代語なんて話にならないですね。言語なんて使えりゃいいんですよ。わかればいいんです。だから第一共通語!」

 その言葉にカチンときたのか、ニョロは再び手を挙げた。

「それは暴論です。たしかに言語は伝えることが重要ですが、伝えたいだけならどんな言葉をしゃべろうと神為が伝えてくれます。そんな中で言語ができたのは何故でしょうか。それはきっとただ伝えるためではなくより多くの意味を含ませ、より正しく、より美しい言葉で伝えるためです」

 なんだいるんじゃないですか、とナハは呟いた。そして、片手で口元を覆い隠すと、真剣な表情をして答える。

「違いますですよ。言語ができたのは神為は文字には乗らないからです。どんな音を(ととと)発しようと(たたた)自分が(るーるる)伝えようとしたことを(るーるるるーるー)相手に伝えてくれる(あはー)神為(ルタイ)】は、音には宿ろうと(あーだるい)光には宿らない(じょうだんです)もしくは()耳を通ることは()できても()目を通ることは()できない()だから人々は()声以外で相手に()意思を伝えるために()統一的な言語を()生成した()これはその内()社会学で習う()でしょうがね()れっきとした()事実なのですよ(うんうん)

 音声と意図がずれて感じ取れる。まさに神為の引き起こす現象だが、通常ここまで適当な音に神為を載せることはないため、メアには非常に気持ち悪く感じる。

 ナハのふざけているような発生を聞いたうえで、ニョロは内容を理解し、悔しそうに言う。

「……だとしても、使用するなら真言語にするべきです。真言語は最も神為を乗せやすい音をそのまま表音文字として使用しています。つまり最も根本的な言語なんです」

「それが本音ですかね。まあわかりますよ。自分の地元の言葉を使いたいってのは当たり前のことです。ですが、真言語はほぼその生成過程(ふわっ)にほぼ人の意思が介入していないため、規則性が乏しいという最大の欠点がありますです。一方、統一共通言語にはその名称の通り統一のことを考え、憶えやすさ(ふぃー)使いやすさ(するり)を考えられて作られた言語ですです。その証拠に統一共通言語は既に世界中で用いられています。論より証拠、装飾より実利。皆さんの貴重な時間を使って全員に強制的にこの授業を受けさせる以上、無駄なことはできないです。できうる限り全員に有益な授業をしたいんです。だから最も一般的で最も扱いやすい第一共通語を用いる。そういう方針なのです(ですです)よ」

 ニョロはそれには反論せずに座った。納得はしてないが理解はした、と言わんばかりの不服そうな表情だ。

 ナハはまた笑顔に戻ると、しんと静まり返った教室に向かって大きく両手を広げる。

「皆さん、どんなことを考えていてもしゃべらなければ伝わらないです。ですが、しゃべれば(ぴーちく)神為が確実に伝えてくるんです。そうすれば会話が成り立ちます。会話ができれば議論ができます。議論ができれば自身の主張を人々に伝えられますし、議論をしていれば人の考えを聞くことができます。それは間違っているかもしれません。正しいかもしれません。ただどちらにしてもそれを知ることでまた新たな考えが浮かぶのです。それを繰り返しましょうです。そうして自分なりの考えを蓄えましょうですよ。それらは必ず自分の宝となるはずですです」

 教室内からの反応は薄い。やり過ぎたと思ったのか、ナハは後頭部を掻きながら、ニョロに向かって一礼する。

「ニョロさん。真言語が最も美しいという意見は私もなるほどと思いました。実際、それは個人差はあれど事実であると思います。みなさん、私とみなさんに新たな考えをくれたウンサル゠ニョロさんに拍手をお願いします」

 ぱらぱらとまばらな拍手が湧く。その中でも一番大きな拍手をしたのはメアだったが、なぜかニョロはそんなメアに向かって睨みつけた。メアは慌てて両手を机の下に隠す。

 ナハは教卓に腕を着いて飄々と言った。

「ちなみに、私がしゃべっているのは羅語ですね。昔々に滅びたパタタにあった国の言語ですです」

「何か理由はあるんですか?」

「ないです。趣味です」

「あ、そうですか」

 意味があるのかないのか。適当なことばかり言ってるのではないか。生徒のそんな疑念の視線を受け止めつつ、ナハはその眼鏡の奥の目を細めた。

「はい、では、雷言神に感謝しつつ、まずは発音の練習から始めましょうか」

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