オシャレは首元から
黒革のソファーに浅く腰掛け、トバリは乾いた喉を己の唾で潤す。そのまま舌先で下唇を舐め、微かに震える息を口端から漏らした。両膝の上で固く握られた拳の内側が滑る不愉快な汗で満ちていく。
目の前に座る人物はトバリと対照的に異常なほど落ち着いていた。
目深に被ぶられた帽子から覗く、虚ろな目を持つ女をおずおずと観察する。
艶やかな黒髪が短く切り揃えられ、服装は神経質さが目立つほどに僅かなシワもない。桜の花弁に近い血色の唇が、質素な部屋の中で華やかさを持たせていた。
「そんなに固くならないで下さい。折角の晴れ舞台です。お力添えになれるようにこちらも善処致します。神様も貴方の姿を見届けられると思いますよ」
「……はぁ」
晴れ舞台などと言われても微塵も嬉しくはない。トバリは女と自分の間に置かれた、神棚へゆるりと眼を動かした。
祀られた神はこんな人間など見届けたくないだろう。逃げ出したに違いない神へ、形だけ縋るように手を合わせた。
そしてローテーブルに並べられた品々にやっとトバリは視線を落とした。数分後に登る舞台で必要な道具が規則正しく並べられている。
年季の入った藁の縄。羊毛で織られたネクタイ。プレゼント付属されるサテン生地のリボン。どれも見覚えがあり、トバリの身体を嫌というほど震わせた。
「五百五番の最後の儀式ですから、こちらで馴染み深い品をご用意致しました。こちらは貴方が同僚を絞め殺した時に使用した縄。こちらは実父を絞め殺した時に使用したネクタイ。こちらは恋人を絞め殺した時に使用したリボンです。……お間違いないですね」
言葉にならないうめき声で返事をするトバリを他所に、女は淡々と説明していく。無表情には合わない、明るく穏やかな声が教誨室に響き渡った。
「どうぞお選び下さい。最後の旅立ちに首元を華やかにする装飾品です。償いきれない罪を私が結んであげましょう。そして晴れやかに奈落へ繋がる底に逝ってらっしゃいませ」