第11話 朝沙子
日曜日はよく晴れていた。
ついに、この日がきた……。来てしまったと言うべきか?
結局、今日にいたるまで橘さんが好きじゃないことを言えないまま。
だってしょうがないだろ?
だったら、あの時誰を見てたんだって話になるわけで。
和馬に教えたくないわけじゃないけど、今は少しずつ透さんとの距離が近づいてるわけだから、それを壊したくない。
約束の時刻の三十分前に、俺は和馬との待ち合わせ場所であるコーヒーチェーンに向かった。
奥のテーブル席に、和馬はいた。
「なんでわざわざ事前に集まるんだよ……」
席に着きつつ文句を垂れると、和馬に思いっきりため息をつかれた。
「なんだよ」
「なんだよ、じゃねえよ。今日が何の為に集まってるのか分かってるのか?」
「遊ぶためだろ」
「違うだろ。今日の目的は朝沙子をものにするんだろ? 当然、作戦会議は必要だ」
「……橘さんとなんて今までまともに話したこともないんだからさぁ」
「びびるなよ。お前には俺がついてるぜっ。ばっちり援護してやるから。いいな? 今日一日で朝沙子にお前を意識させてみせるっ!」
本来ならここまでしてくれる親友の存在に喜ぶべきなんだろうけど、正直、俺としてはそれよりも、透さんが静ちゃんに人助けと言っていたことが気になって仕方がなかった。
「で、作戦って?」
「とにかく、ガンガンいこうぜ!ってことで!」
「……全滅するだろ、それ」
「恋愛レベル1のお前ならな。でも、ガンガンいくのは、俺だ!」
「はぁ?」
「お前はとにかく余計なことは何もするな。いいか? 俺が誘導するから、お前はぜーんぶ身を任せろ。間違っても、なんの脈絡もなく手を繋ごうとか、二人きりになろうとか考えるな! 無心でいろ。いいな?」
「無心って……」
「女ってのはさ、自分が見られてるってことに過敏なんだよ」
「! はあ!? マジ!?」
「マジ。だから、お前が思春期男子丸出しの邪な視線を向けたら一発で下心を見抜かれて、恋愛どころか、キモいクラスメートに降格するのは間違いなし」
つまりそれって、透さんも気づいてるってことなのか?
やばい。俺、変な目で透さんのこと見てないよな? み、見てない……とは思う、思うが……。
「はぁ……。時すでに遅しか」
「!? み、見抜くなっ!」
「ま、教室でのことはしょうがない。今日でどうにか挽回するぞっ。んで、無事に恋人ができたあかつきには……Wデートだ! な? 楽しそうだろ? そういうバラ色の未来がお前を待ってる! ……っと、そろそろ行くか。女を待たせるのは最低だからな」
和馬と一緒に十分前に、待ち合わせ場所に到着する。
日曜日だけあってかなり混み合い、そこら中にカップルがいる。
この光景を目の当たりにしてると、世界で俺だけがモテてないんじゃないかという悲しい錯覚に陥りそうになってしまう。
「お、来たぞ」
和馬が指を差したほうが見ると、遠目にも透さんだと分かった。隣には橘さん。
遠目から見ればイケメンと美少女のカップルにしか見えない。そして二人が周囲の視線を二人が独占したことは言うまでもない。
「ちょ、ちょっと朝沙子。そんなにくっつくと、歩きにくいんだけど……」
「ふふ! だって、いい男と一緒にいるって、みんなにアピールしたいからっ!」
「私、女……」
「でもイケメンだし!」
朝沙子さんは、透さんの右腕にしがみついていた。
「二人とも、今日はよろしく」
透さんはキャップ、シャツの上に半袖パーカー、細身の黒いジーンズ。足下はハーフカットのスニーカーというシンプルなコーデ。それでもぜんぜん透さんの魅力が損なわれていないどころか、服装のシンプルさのお陰で、透さんのスタイルの良さが強調されていた。
一方、橘さんはティーシャツにハーフパンツ、パステルカラーのバック、厚底サンダルとゆるふわさがギャルな雰囲気ともあいまって、よく合っていた。
「んじゃ、早速ファミレスに行こうぜ。この混み具合だと早めにいっておかないと、かなり待つことになりそうだしな」
※
ファミレスに到着すると、店員に窓際の席に案内してもらう。日曜日の昼近くということもあって、店内はかなり混雑していた。
「――隆一、飲み物なににする? 持って来てやるよ」
注文を終えると、和馬は立ち上がった。
「いや、自分で取りにいくから……」
「遠慮すんなって。お前は荷物を見ててくれ」
「……じゃ、じゃあ、コーラ」
「オッケー」
「朝沙子はどうする?」
続いて、透さんが立った。
「私は、アイスのレモンティー」
「分かった。荷物をお願いね」
そうしてあっという間に、二人きりに。
橘さんは頬杖をつきながら、駅前の雑踏を眺めている。
うーん。気まずい……。
橘さんとは席が離れていることもあって、雑談の一つもしたことがなかった。
黙っていてもいいんだろうけど、さすがにそれはそれで問題だよな……。
「た、橘さんは……」
「ん?」
緊張のあまり第一声から裏返ってしまった。
俺は軽く咳払いする。
「……透さんとはよく遊ぶの?」
「透と? ううん。透ってば誘っても、家のこととか妹さんのことで忙しいって言ってさ。ま、両親が共働きだからしょうがないんだろうけど」
「それじゃあ、今回は珍しいんだ」
「そーそー。透のほうから週末空いてるか、空いてたら遊ぼうって誘ってきたから、びっくりしちゃった。えーっと……」
「?」
「ごめん。名前なんだっけ?」
「こ、近藤隆一」
「あはは、そうだった。近藤君ねっ。ごめんごめん。私たち、普段ぜんぜん話ししないじゃん?」
「別に大丈夫……」
でもまさか名前すら覚えてもらっていなかったなんて。
本当に橘さんのことを好きだったら、これだけで一勝癒えない傷を負ってもおかしくない。
「偶然会った近藤君たちをいきなり誘うし。なんかすごく社交性を発揮しちゃってびっくりしちゃった」
「社交性って言っても、透さんはいっつも誰かと一緒にいない?」
「いるよ。でもさ、私が言うのもなんだけど、あれって一緒にいるっていうより、周りが勝手に透にまとわりついてるだけだし。透本人は誰かを誘ったりするようなタイプじゃないから」
たしかに静ちゃんも、友だちを家に連れてきたことがないって言ってたっけ。
「そうなんだ……。あ、橘さんはボウリングは得意?」
「ね、無理して話そうとしなくてもいいんだけど?」
心が挫けるような一言を、橘さんは平然と言い放つ。
しかしここでうなだれて黙ったら、今日一日気まずくなるのは目に見えてる。橘さんはぜんぜん気にしなさそうだけど。
「無理はしてないって。いや……多少はしてなくもないんだけど……」
「ほら、やっぱり」
「でもせっかくこうして休日に会ってるんだし、普段話さない分、橘さんと話したいなって……駄目、かな?」
「駄目じゃないけど」
橘さんは少し頬を緩める。
「てかさ、近藤君ってなんで和馬とつるんでるわけ?」
「え?」
「だって、近藤君ってちょー地味じゃん」
橘さんって見た目のゆるふわな雰囲気とは違って、めちゃくちゃ強烈なストレートでぶん殴るような会話をする人だったのか。人って見かけによらないんだな……。
「……まあ」
「和馬は女を取っ替え引っ替えしてるし」
「本人は純愛だって言い張ってるけどね」
「そーそー。でもさすがに一ヶ月も経たないうちに別れるのを連発されたりするとさぁ、顔がイケてるだけあって余計残念ってカンジ」
「たしかに」
思わず笑ってしまうと、橘さんも微笑む。
「で、どうして仲いいの?」
「特別な理由はないよ。一年の頃にたまたま席が近くで、んで、話すようになって。休みの日も遊ぶようになっていったんだ」
「そんなんでつるむようになるんだ」
「意外、かな?」
「だって和馬ってあんま男友だちと一緒にいるって印象ないし。気付けば、いっつも、近藤君と一緒にいるし」
たしかに言われて見ればそうかもしれない。一年の時も他の男子と話してるのあんまり見たことなかったよな。男子連中はよく話しかけてみたけど、かなり塩対応だったし。
「――お。盛り上がってるみたいだな」
和馬と透さんがそれぞれ飲み物を持って戻って来た。
「朝沙子、なにを話してたの?」
「透のこと」
「私……?」
透子さんがちらっと俺を見る。
「そう。突然社交性を発揮して遊びに誘ってくるなんて珍しいって」
「あぁ、今日はたまたま時間が空いたから」
「じゃあ、近藤君たちを誘ったのはなんで? 他の女子でも良かったのに」
「それは……食堂でたまたま隆一君たちを見かけたから」
「ふうん。ま、いいけどさ」
橘さんは受け取ったレモンティーを美味しそうに飲んだ。
「それだけ?」
「他にはー、どうして和馬みたいな派手な奴と、地味な近藤君の仲がいいのか、とか」
「ん? 隆一はいい奴だからな。俺が女と付き合ってても、俺にも女を紹介しろってウザったいこと言ってこないし」
「そんな理由だったのかよ」
初耳だったから驚いた。
「そうだよ。中学生の頃とか先輩とか同級生とか、女を紹介しろってウザかったからな。で、あんまりにしつこかったんで、いざ紹介したらしたで、美人じゃない、可愛くない、俺と付き合ってる女みたいに美人や可愛い子じゃなきゃ駄目だ、別のやつを紹介しろとかぐちぐち言いやがって。高校じゃ死んでも男のダチを作るかよって思ってたし」
「それは、ひどいね」
レモンサイダーを飲みながら、透さんが相槌を打った。
「……え、待って。近藤君って、女に興味ある?」
「あ、あるよっ!」
橘さんの疑いに、俺は必要以上に反応してしまう。
すると、数秒前のマジなトーンを忘れたみたいに、和馬が笑みを大きくする。
「俺も実は疑ってたんだ。こいつ、もしかして女じゃなくって、俺に興味があるんじゃないかって。中学時代、男にコクられたこともあったからさ」
「そう思われてたなんて初耳だ……」
「でもこいつは女好きだから、朝沙子、安心してくれ」
「語弊がある言い方するなって」
「ふふ。そっか。隆一君は女好きだったんだぁ」
透さんが笑った。
「そんなことないって……!」
俺が慌てると、透さんは「ごめん」と笑うのだった。
「で、朝沙子、お前の好きなタイプは?」
和馬が話を振る。
「私? んー……理想は、透かな」
「わ、私?」
「透が男だったら、もう絶対完璧にコクってる!」
「……あ、ありがとうって言ったほうがいいのかな……?」
透さんは苦笑いを浮かべる。
「感謝してくれてもいいよ?」
「じゃなくって、男で、だよ」
「なんだろ。包容力?ある人。わがままを笑って許してくれる人がいいかな!」
「包容力と言えば、隆一だよなっ!」
「そうなの?」
橘さんが反応するけど、俺も「そうなの?」と聞きたい。
「ああ、こいつは器がでかいんだぜ。こーいう奴がモテないとか、女は見る目がないよなっ!」
「あはは……」
俺にできることはただ笑うことだけ。
「へえ、知らなかったぁ」
「だろ。隆一はいい奴だぜ。知れば知るほど味わいが出るんだよ。昆布みたいに」
それはもはや褒めてるんじゃなくって、馬鹿にしてるだろ。
「ふふ、そうかもね」
透さんが笑ってくれるのは嬉しいけども!
「好きなタイプって言えばさー、透ってどんな男の人が好きなの?」
俺は橘さんに賞賛の声を送りたかった。それは、興味がある。
予想外の質問だったのか、透さんは「え?」とちょっと抜けた声を漏らした。
「だって、恋バナとかぜんぜん参加しないじゃん。透が好きになる人ってどんな奴なのかなーって」
「私……恋愛とか、よく分からないから」
「分からないことはないでしょ。今まで好きになった人くらいいるでしょ? 私の好きなタイプだって言ったんだから教えてよー」
「……や、優しい人、かな」
透さんは観念したように呟く。
「えー、つまんなーいっ」
「つまんないって言われても……。好きなタイプとか今まで真面目に考えたこともないから……」
照れているのか、透さんはほんのりと頬を染め、ばつが悪そうに膝においたキャップをいじる。
「和馬の好きなタイプは?」
俺は困っている透さんから話を逸らすために、和馬に話を振った。
「は? 俺? 俺は、運命の相手がタイプに決まってるだろ」
「決まってるだろって……。相変わらず、わけのわかんない答えだな」
「ほっとけ。そーいう、お前は? あ、お前は朝沙子がタイプなんだっけか」
「私? 本当?」
「え、あ、いや……その……!?」
橘さんに見つめられ、慌ててしまう。
返答に困っているところに、店員さんが注文した食事を運んで来てくれて、どうにかこうにかこの話はうやむやに終わってくれた。助かった……。
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