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体は健康! 心は咆哮!

作者: キリン

お医者様、そう呼ばれていた時期が俺にもあった。

向こうからやって来る患者たちを診察し、治療する。感謝されることがほとんどだが、恨まれることも少なくない仕事だった。やりがいがあった、あったはずなのだ。


「お一人様、ごあんなーい」


そんな「医者」という仕事の概念は大きく変貌した。執刀医である俺が握っているのはメスではなく刀であり、医療道具が詰め込まれていたバッグには、戦争でも使わないような武器がコンパクトに詰め込まれているのだ。


「ったく、いやな仕事だよホント。目の前の患者様と向き合う筈が、こんな化け物と殺し合うだなんて……」

「先生、文句を言わないでください」

「ほいほーい」


こんな風にふざけていないとやってられない。俺は鋼鉄の扉の前に立ち、三つ編みの助手に下がるように命令した。俺は刀を抜き、構え……呪文の如く呟いた。


「午前十時二十八分。執刀医『門倉 勝』、助手『沢村 葵』。担当患者の『病魔』切除を開始する」


鋼鉄の扉は、呼応するように開く。そこにいるのは、ベッドに寝かされた患者……いいや、警戒すべきはそこではない。その患者を蝕むように張り付いている……その『病魔』である。


「――戦闘〈オペ〉、開始――!」


先手必勝。こちらに気付いた『病魔』の攻撃と、俺の太刀筋が交差した。


(この見た目……恐らくは最近流行りの『インフルエンザの病魔』だな)


初見ではなかった。長いこと執刀医をやっていると、これぐらいの敵が何者かの判断はすぐに付く物である。――だから、対処法も手に取るように分かる。


「――『ワクチン』!」

「はい!」


盾を構えていた葵がすぐに反応する。俺が『病魔』から距離を取った瞬間、目の前に小さな瓶のような物が現れる……俺はそれを掴み、刀身にぶちまけた。


「――お大事にっ!」


刃が触れる。その瞬間に『病魔』は泥のように溶けていく、対『インフルエンザ』特攻ワクチンが上手く効いたのだろう。追撃をする必要すら無く、そのままべとべとの飴細工のように溶けていき、蒸発し始めた。――こうなればあとは楽な仕事なのだ。俺はベッドの上の患者さんに近寄り、ゆっくりと声を掛けた。


「薬味さーん、聞こえますか~?」

「……ああ、聞こえるよ。すまないねぇいつもいつも……この前は何だ? 胃腸炎だったかね?」

「俺も覚えてないですけど、そんな気にするようなことじゃないと思います。権利ですし」

「まぁ、おかげで楽になったよ。どんな『病魔』だったのか、教えてもらってもいいかね?」

「ええ、聞きます? ……『インフルエンザの病魔』でしたよ。そこまで強くはありませんでしたけど」

「ありゃま、流行ってるやつじゃないか」


薬味さんはうちの常連である。やれやれ、こんな調子でいつも自分を蝕んでいた『病魔』を聞いてくるものだから、たまに自分で病気にかかっているんじゃないかと思ってしまう。


「それじゃあ、受付の方でお支払いをお願いします。……すみません、チップとか貰えませんかね」

「ここはアメリカじゃないよ?」


そう言って、金欠の俺にいつも千円札一枚を押し付けてくれるこの人は善人だと思う。薬味さんはそのまま出口から出ていってしまったが、俺はずっと頭を下げていた。


「葵! 喜べ、今日は俺が奢ってやる!」

「先生最低です。薬味さんから貰ったお金ではなく、自分のお金で奢ってくださいっ!」


堅物の葵は、怒ってそのまま部屋の外へと出て行ってしまう。それと入れ替わるように処理班がやって来る……殺した「病魔」を回収し、次の治療に生かす。殺された『病魔』を最大限利用しているのだ。


いつもお疲れ様です。そんな挨拶を適当にかわしながら、俺は来た道を戻るように部屋を後にした。……背後からいくつも声が聞こえてくる。


――聞いたか? あいつが噂の『不死身のマサル』だってよ。

――マジかよ、あんなただのおっさんが?

――ああ、武装もしないで……刀一本で『病魔』を仕留めるらしい。

――うぇっ、どっちが『病魔』だか分かんねぇな。


別に褒められたものではない。むず痒いし、いっそのこと不愉快だった。もしも俺の執刀医という立場が、自分の努力による者であれば、今頃俺は聞き耳を立てている頃だろう……だが。


「……出てきていいぞ」

『いえーい』


気味が悪い、目に入れたくない。しかしながら、病弱である俺が執刀医をできているのはこいつのおかげなのである。目の前にいる『病魔』は、刀からスライムのような見た目に変貌し始めた。


『勝ゥ……そんなに俺を嫌わないでくれよぅ。そりゃあな? お前のばーちゃんを殺したのは俺だよ。反省してるんだよォ……だからさ、なーかーよーく、しようぜぇ?』

「……」


破綻、人の心を軽んじるような発言。はらわたが煮えくり返るような気持ちさえ沸くが、当然と思えば当然である。こいつは、俺の育ての親である祖母を殺し、俺の『刀』……いいや『病気』として体に入り込んだのである。

無論、『病魔』とこうやって関わる事で力を得ることはご法度である。もしもバレれば、俺は『病魔』として処理されること間違いなし……それだけは、避けなければ。


(殺そうにもこいつは、とっくに俺の体の隅々まで根を張っている。こいつを殺すってことは、俺の体をスクラップにするってことなんだよなぁ)


「……ああ、仲よくしよう」

『やったぜ! あんまり濃い味の食いもんばっか食うなよ? せっかく俺の力で、お前の『病魔』を全員ぶっ殺してやったんだからさぁ……!』


こいつが、俺に何をしたのかは分からない。どんな病気の『病魔』なのかも分からない。だが、俺がこいつに何をしたいのかはわかる……俺はすり寄って来る『病魔』を撫でた。


(この野郎。お前みたいながん細胞、いつか完璧に切除してやる……!)


――いつか、ぶっ殺してやるからな。そんな思いを、憎いこいつに治してもらった心臓に刻み込むように……俺は、自分のたるんだ胸を握った。










翌日、また薬味さんの『病魔』に対する治療が入って来た。

まったく、何度俺に刀を振らせれば……。そう思う自分がいるものの、千円札というチップは大変ありがたかったため、他の執刀医を押し退けてまで、俺はこのオペを引き受けた。


何やら今回は葵が休みらしい。サポート無しで『病魔』を倒さなければいけないということではあるが、まぁこの忌々しい刀さえあればどうとでもなるだろう。


「午前九時十三分。執刀医『門倉 勝』。担当患者の『病魔』切除を開始する」


鋼鉄の扉が開き、俺は刀を構える。……だがそこには、予想外の光景が広がっていた。


(あれ、薬味さん?)


『病魔』がいない。それどころか、急患だと聞いていた薬味さんが立っている。こちらに手招きをしている……? もしや、遊びで俺を呼んだ? けしからんっ! いつもチップをはずんでもらっている俺が言える事ではないが、このクソ忙しい時期にこんなことを……!


「薬味さん、オオカミ少年って知ってますよね? 次やったらもう、俺はあんたを」

「『不死身のマサル』。君自身は、どう思う?」


声色が、違う。持っていた刀を思わず強く握ってしまう。何だこの異様な、圧は。声色にある深い意味合いが、読み取れない。誰だこの人は? 本当に、あの病弱な『薬味』さんか?


「……お、俺はかっこいいから気に入ってますよ?」

「君の身体能力は凄まじいよね。屈強な兵士でも敵わないような『病魔』を、刀一本で仕留めてしまうのは君ぐらいだと僕は思うよ」

「……そりゃどうも」


嫌な予感がする。なんだこれは、なんだこれは? まるで、まるで狩られる寸前の獣のような……そんな、気持ちだ。


そんな俺が目を離した瞬間。薬味さんは俺の視界から消えた。


「何が言いたいかというとですね。――勝さん、あんた『病魔』でしょ」

「かはっ」


何が起こった? 貫かれた。どこを? 心臓だ……いいやそれ以前に右腕を切られている! まずい、あの『病魔』から切り離された! 攻撃はまだ続く、なす統べなく俺の四肢は両断された。――気持ちのいい、金具の音が響く。


「死ぬ前に教えてあげますよ。私は薬味ではなく、日暮。――日暮宗徳と言います」


覚えなくても構いませんよ? そう言われて、俺は瞬時にこの男を理解した。こいつはたぶん、俺の事を調べていたのだろう。俺が『病魔』さえ凌ぐ身体能力を有している事から、きっと……。


(……死にたくない)

『死にたくないのか?』


声が聞こえる。遠のいていく意識の中でさえ、はっきりと認識できる声。――『病魔』だ。


(ああ、死にたくない! 助けてくれ、何でもする!)

『――じゃあ、俺にその体をくれよ』


何という事だ、クソッタレ! うすうす気づいてはいたが、こいつは狙っていたんだ……俺が自己決定権を、免疫力が急激に下がるこの時を!


『安心しろよマサル! 俺はお前がだーい好きなんだぁ……だからお前にチャンスをやるよ。もしも俺をお前が打ち負かす事ができたら、俺の力だけをお前にやる。俺の意識は存在するが、お前の行動や思考を邪魔することはできない……』


クソみたいな条件を突き付けてきやがった。つまりそれは、『根性で『病魔』を弾き返せ』という事である。無論そんな事無理だ、無理に決まってる。――でも。俺はここで死にたくない。絶対にこいつに打ち勝って、人間として生き延びてやる……例え、体の殆どを『病魔』で補う事になったとしても!


(……いいぜ、受けて立つ!)

『――いい返事だ』


その瞬間、まるで座っていた席から突き飛ばされるように意識が遠のいた。












目が覚めると、血まみれの薬味さんがいた。

俺の手は、血まみれだった。

薬味さんだけではない。スタッフや他の執刀医……抉れた壁の向こう側には、他の患者さんらしき人も叫び声をあげている。


「……あ」

『マサルぅ、俺はお前のそういうとこ好きだぜぇ』


ニッコリと笑う。いいや、笑えないのに、笑ってしまう……お前か、お前なのか? お前が俺の体と心の中に入ってきているのか⁉


「で、ていけ」

『俺が出て行ったら、お前死んじまうぜ? ……そうそうその顔、ああ……いいなぁ、現役だった頃よりもいいもん見れるぜ、最高だ!』


嘲笑われ、また自分も嘲笑う。俺は、人を殺した? 殺させられた? いいやその決断に至らせたのは、俺の「生き延びたい」という願いである。だから俺が間接的に殺してしまったのだ、薬味さんを、葵を、罪のない患者やスタッフたちを。


「あ、ああ」


自害しようにも『病魔』が止める。生き延びようにも自分は人殺し。目的も、何もかも……元から無かった状態から、俺はゼロへと叩き落とされた。


「ああああァァァァァァァァぁぁあああぁああぁああああどぉおおちくしょうがぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!!」


感情と共に、何か、人間では繰り出せない何かが溢れ出し、内側から部屋を圧し弾く。――どうでもいい、考える事さえやめた俺は、俺自身を『人間』では無くなったことを認めた。


『――聞こえてないかもしれねぇけど、俺の名前教えてやるよ』


破壊、破壊。殺戮、殺戮。残骸に混じる血液や肉片の中に、その言葉は深く、俺の脳内に沁み込んでいく……。


『俺は『鬱の病魔』。心を病ませて、希望を殺して……そうそう、丁度お前みたいなヤケクソ人間を愉しむのが趣味なんだよなぁ』


そして、拭えない程深くまでしみ込んだ痛みは、俺を完全な化け物として変貌させた。


二回目ですね、こんにちは。

少し長めに描いてみましたが、まぁ難しい……。

以前の「いたちごっこ」ではランキング5位を頂きましたが、今回はどれぐらい行きますかね?

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