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ドキドキ!?魔王城大文化祭  作者: グラニュー糖*
1/4

ドキドキ!?魔王城大文化祭1

『魔王軍見習い日記 9月△日


 今日はミゲルに物質のテレポートを教えてもらった。


 ひとつ、テレポートは予定場所に誰もいないことを確認してから実行しましょう。


 ふたつ、テレポート部分の物質を除去しましょう。酸素、魔力も同じ。物の周辺の酸素も一緒にテレポートするので大変危険です。


 みっつ、魔王城の中では物がたくさんあるので勝手にやらないようにしましょう。』


 ここまで書いてペンを置く。引き出しからシールを出して、最後の方のページにあるマス目に丸いシールを貼った。今日は青だ。


 ミゲルの青。水のようで、それでいてまっすぐな青。

 グドーに教えてもらった日は紫。時々見せる慈愛に満ちた顔、それでいて頼れる彼の色は紫色。

 シャレットの日は黄色。たくさんおしゃべりをして、たくさん笑う。……サボりがちだけど天才肌の彼の色は黄色。

 アスターは赤。力強くて、まるで炎のような彼は赤。


 ……そう言い聞かせたけど、これはそれぞれの髪の色。水色が無かったから青で代用している。グドーは黒っぽいけどよく見たら紫だ。紫はなぜあるのからわからないけど、グドーにこの日記を始めるって言った次の日にこのシールをくれた。なんでも、じいや?って人が送ってきてくれたらしい。貰ったんだからお返しをしなきゃって言ったのに、断られてしまった。だから、お返しとしてみんなが教えてくれることを頑張って覚えないと!恩返し?ってのになるのかな。




 オレが魔王軍の見習いになって2ヶ月くらい経った。最初は魔王軍に攻撃されて倒される側だったのだけれど、この『ドラゴンソウル』という力について調べようと魔王城に向かったところ、魔王軍の『カリビア・プルト』という男に見つかって攻撃された。とりあえず抵抗せずに目的を伝えてついて行ったら、グドー、シャレット、ミゲル、アスターの4人がトランプをして遊んでいた。最初は当然お尋ね者のオレを見て敵意むき出しだったけど、事情を知った4人は優しくしてくれた。問題もあったけど、オレはいろいろ考えて魔王軍に入った。強くなって、ドラゴンソウルを制御できるようになって、みんなに迷惑をかけないようにするためだ。ドラゴンソウルは宿主が弱いと人格を乗っ取られるというとんでもなく危険なものだという。なら強くなればいい!そういう考えだ。


「くぁあ……」


 たくさん魔力を使ったから眠たくなっちゃった。今日はもう寝よう。

 さっきの引き出しにペンとシールを入れる。オレはチラッとベッドの方を見た。


 ミゲルが寝てる。


 この部屋は4人で使っている。二段ベッドを部屋の両脇に置いている。部屋に入って右側の下はカリビア副隊長のベッドで、その上はカリビア副隊長のペアの人……じゃなかった。4班の隊長さん。たまにしか帰ってこない。

 左のベッドは、オレが上でミゲルが下だ。

 元々別の人が寝ていたらしいが、随分前に戦闘で命を落としたらしく、そこの穴埋めということでオレが眠ることになった。……事故物件とか言わないの。



 …………とまぁ、こんな感じに楽しませてもらっている。オレはマス目を見てみる。


 先月。

 シールが無い日が続いている。これは軍のみんなが遠征に行って、オレの相手ができなかったからだ。遠征の行き先は一面銀世界である雪山、星が綺麗に見える森、沼地、戦闘民族が住んでいるといわれる荒野、泉の森、人間の町……など、様々。いつも終わったらシャレットが楽しそうに教えてくれる。雪合戦で遊んだとか、星を見て語り合ったとか、沼に足を取られて危うく全滅しそうになったとか、戦闘民族は女の人しかいなかったとか、森の中には大きな屋敷や木造住宅があって小さな子供が遊んでいたとか、町の外れには大きくて立派な木があったとか……。

 オレもここに来る前は魔界を何周もしていたが、戦闘続きで大変だったし、前を向く元気も無かったからずっと足元だけを見ていた。世界を、こうやってシャレットのように楽しく見渡すなんてできなかった。心がつらくなるから。なんでオレだけ、こんな……って。


「…………ううう。こういうのは忘れて、寝ちゃおう」


 オレはミゲルを起こさないように二段ベッドの上に向かう。一度ギシッ……という音が鳴って冷や汗をかいたが、起きた気配は無いようなので安心した。


 ……相変わらずカリビアのベッドには主がいない。また起きて何かをしているのだろうか。

 これで3日目。

 カリビアは何日起き続けるのだろう。あのマジックアイテムがある限り起き続けられるのだが、体に悪いことはみんなわかってるのに……。


 眠いなか、そんなことを考える。

 オレはそのまま深い眠りについてしまった。


 __________


 _____


「………………ふぅ」


 大きく息を吐いて魔法を解除する。

 分身を作り、さらには眠っているように見せるのは大変だったろう。


「ミゲル、お疲れ様。バルディは寝た?」


 アスターが糊を取りながらミゲルに聞いた。


「うん。ちゃんと日記も書いてたよ」

「それはよかった。三日坊主になってないみたいだな」


 グドーも笑う。そういえばグドーがバルディにシールを渡したんだっけ。



「でもさ、本当に内緒でいいのか?こういうことこそ手伝いたいって言ってくると思うんだけど」


 オレは手元にある段ボールに目を落とす。

 今、何をやっているのかというと『文化祭の準備』だ。


 ……いや、ふざけているんじゃない。これは魔王軍は怖くないということを示すためにやっていることで、年に一回行っているイベントだ。班ごとに分かれて出し物を用意する。班はいつものままだ。……ミゲルと副隊長を除いて、だけど。なぜかこっちに来て手伝いをしてくれている。用意だけならまだしも、隊長クラスになるとなぜか『コスプレカフェ』をやることになっており、副隊長はメイド服を着させられるということが確定している。バルディに見せてみたい気もするけど見せたらどうなるかはわからない。


「あくまでバルディは『お客さん』だ。働かせるわけにはいかないだろ」

「それもそっか。よぅし、バルディにも楽しんでもらえるように、張り切って準備するぞー!」


 オレは段ボールに勢いよくペンキを塗りつけた。


「あっ!そこ色違う!」

「ええっ!?」

「……ダメだこりゃ」


 __________


 翌日。

 今日は2班が幽霊の討伐に出向いているが、3、4班のオレたちには関係ない。今日も今日とてトレーニングだ。城の周りを2周するらしい。


「そこ!足が止まっているぞ!」


 カリビアの鞭のような叫びが響く。


「うぅ……遅くまで準備してたからねみぃよぉ……」

「聞こえているぞ、シャレット!準備は自己責任と言っただろ!」

「ぐぬぬぬ……!このぉー!!」


 ポニーテールになっているシャレットは本気を出したのか、何人もの軍人をごぼう抜きしていった。


「おっ、やるじゃねぇか。俺も本気出すか〜」

「グドーが本気出したら大変なことになると思うんだけど……」


 さらに前の方で走っているグドーとアスターが会話をしている。ミゲルはというと……。


「はぁ……はぁ……」

「ミゲルー!大丈夫かー!?お前はどちらかというと後衛だからあまり無理しなくてもいいんだぞー!」

「だいっ、じょうぶ、ですっ」


 今にも倒れそうだ。

 ミゲルは魔法使いなのでそこまで体力作りをしなくてもいいのだが、グドーやシャレット、アスターなど前線で戦う人たちと一緒に任務をこなしたいから自分を鍛えると言って厳しい訓練をこなしている。すごい。見習いたい精神だ。


 そして……。


「………………ここまで!20分の休憩を入れる」

「つ、疲れたぁ……」


 シャレットは大の字になって目を閉じた。シャレットは周りと違って人間なのに、よく追いつくものだ。勇者になるには、こういうところも秀でていないといけないのだろう。


「ミゲル、大丈夫だったか?」

「うん。ありがとう」


 結局グドーは後ろの方を走っていたミゲルの元まで戻り、手を差し伸べて一緒に走っていた。このメンバーの中で、グドーの初めての友達はミゲルだと言っていた。なのでミゲルにはかなり気を遣っているようだ。


「副隊長、いつも10分なのに今日は20分なんですね」


 アスターがカリビアに話しかける。確かに、いつもはまだ体力が回復しきっていないまま次のメニューに入るのに……。


「あぁ。ちょっと用事があってな。今からここを離れるから、時間を見ていてくれ。20分を超えて戻ってこなかったら、まだ休憩をしていても構わない。もちろん自主訓練をしてもいいんだぞ」

「わかりました。みんなに伝えておきます」

「ありがとう」


 アスターは他の人たちの方へと向かっていった。


 ……ん?オレ?オレはずっと城の窓から外を見ていたんだ。キツいメニューはしてもしなくてもいい。というか、基礎体力を強化してしまうとドラゴンソウルが暴走したときに倒しにくくなるからむしろやめてくれ……だそうだ。むぅ、別のところを強化して、もし体が追いつかなかったら意味がないというのに……。


「バルディ」

「え!?え!?」


 カリビアに話しかけられ、オレは驚いて後ろと窓の外を交互に見る。

 どうやってこの距離をこの速さで来たんだ!?


「ん?あぁ、移動のことか?たまにテレポートを使っているからな。ところで、勉強は進んだか?」

「うん。勉強するって言ったら、グドーがじいやさんに頼んで教材をたくさん渡してくれたんだ。日記のシールから教材まで、借りがたくさんできちゃったよ」

「グドーのじいやさんか。グドーが魔王って知ったあとに紹介されたけど、あの人はかなりのやり手のようだな」


 例えば、軍お抱えの鍛冶屋であるマリフさん。あの人はよく他の世界を見ているらしいのだが、大抵は『覗くだけ』でマリフさんも向こうの人も干渉ができないのだが、グドーの世界だけは違っていた。なぜなら、じいやさんが『覗いていたマリフさんに干渉した』からだ。

 彼女はビックリして思わずカットしようとしたのだが、じいやさんが無理矢理こじ開けて繋ぎ続けた……らしい。恐ろしい。


 以降、マリフさんとは情報交換をすることになり、グドーたちのことを教える代わりに技術を教えるという取引をしているのだという。見てないところでそんなことを……と、グドーはじいやさんに怒ったようだが、秘密裏に行われているらしい。オレが知っている時点で秘密ではないのだが、あまりの執念にグドーも折れたのだという。


 それから周りの軍人からはグドーが『魔王』だということと『おぼっちゃま』ということ、そして『おじいちゃんっ子』というでいじられるようになった。オレが魔王軍に入ろうとしたあの日にグドーとシャレットがお互いの立場や想いを吐露したことで肩の荷が下り、2人を包んでいた重苦しい雰囲気が無くなったので他の人もとっつきやすくなったのだろう。良い傾向だとカリビアも満足げにしていた。


「いつもお世話になってるから、『人間界の風習』って本に書いてあった『敬老の日』に何か手伝ったりプレゼントしたいなって思ったんだけど、よく考えたらこっちからは何もできないらしいから困ってるんだ」

「ふむ……。繋げられるのはグドーだけだからな。シャレットは自分では無理だと言っているし……。どうしたものか」

「「うーーーん……」」

「おふたりとも!」


 2人で唸っていると、後ろから元気な声が聞こえた。


「ん?……ライル?」

「ライル嬢!?」


 えへへ、と手を後ろに回してニコニコしているのは魔王の娘ライル。意外にもこの城の中で一番博識だ。


「いつもおせわになっているかたへのプレゼントでなやんでるのですか?」

「うん。ライルはいつも魔王に何渡してるの?」


 オレは膝を曲げ、目線を合わせた。


「うーん……おはなとか、おてがみとか……」

「手紙!それにしよう!」

「手紙?」

「そうだ!こうしちゃいられない、準備しに行こう!」

「ああっ、バルディ!?……行っちゃった……」

「いいんじゃないですか?」


 ライルがカリビアの方を見る。


「で、ですが、書き方なんて教えたことないですし……」

「おてがみは、おもったままかくものなんです。おてがみに、きまったぶんしょうはひつようないんです」

「そ……そっか。なら大丈夫……なんですかね?」




『拝啓 じいやさんへ


 いつもグドーさんにお世話になっている、バルディといいます。私は魔王軍見習いとして先日教材やシールをいただき、毎日奮闘しています。

 初めて友達になった人の中にグドーさんがいて、もし話しかけてくれなかったら今頃力が暴走していたり、みんなに危害を加えていたかもしれません。


 でも、今はみんなに手をかけようだなんて思いません。みんな、大事な友達だからです。時に厳しく指導されたりしますが、それはみんな私のため。だから、恩返しとして精一杯学んでいます。』


 …………………………。


「だめだぁ!!」


 オレはポーン!と鉛筆を上に投げ飛ばす。

 何度も消しゴムで消して書き直したが、オレは……オレは!文章作りを学んだことがない!読み書きしかできない!これは偏見なのだが、おそらく文章力はシャレットやアスターとどっこいどっこいなのでは?


「……いでっ!!」


 上に投げ飛ばした鉛筆は、当然のごとくオレの頭に直撃した。


「…………何やってるんだか」

「へ!?」


 今、この時間誰もいないはずなのにと振り返ると、そこにはグドーたちと同じ部屋の人……アイザーが立っていた。彼?はとてもナチュラルにカリビアのベッドに座る。あぁ……魚の半身のような尻尾でベッドが濡れる……。


「ん……ふぅん、手紙か」

「な、何だよ……」


 オレは手紙を遠ざけるように左へスライドする。


「お前、もしかして文章が作れないんだろ」

「ゔっ」


 こいつ、隊長クラスだからかすごく鋭い。


「ウチが教えてやる」

「いい」

「なんで!?」

「……聞いたよ、アイザーの話。怖い人なんだって」

「…………。そうか。でもそれとこれとは別だ。ほら、見せてみろ」

「んにゅにゅにゅ〜〜〜!!!フン!!」


 アイザーは立ち上がり、後ろに回った。扉を背にして壁と見つめ合っていたオレは逃げ場を失い、結局アイザーに教えてもらうことになった…………。


 __________


 _____


「すぅ……すぅ……」

「………………ーい」


 誰かの声が聞こえる……?


「すぅ……すぅ……」

「おーいってば!」


 トントンと肩を叩かれる。


「すぅ……すぅ……」

「…………んふふふ」


 プニプニと頬を突かれたところで、オレの目が覚めた。


「んえ!?」

「あ、起きた」


 勢いよく起き上がると、横でニヤニヤしている男の姿が目に映った。くすんだ金髪を左肩でまとめている、『人間』……じゃなかった、『人類』で『勇者』であるシャレットだ。


「シャレット……?練習は?」

「もうお昼だぞ。一緒に食堂に行こうぜ」


 シャレットに椅子を後ろに引いてもらい、立ち上がる。そっか、アイザーに手紙の書き方を教わって、一人で書いて、完成して安心したら頭の使いすぎで眠っちゃったのか。

 手紙は……と。


「…………」

「ん?どうかしたのか?」

「ううん。なんでもない」

「その紙……」


 目ざといシャレットが手紙に気づく。すると、納得したかのように微笑んだ。


「へぇ、手紙か!」

「知ってるの?」

「そりゃな。こっちの世界では現役だぞ」


『こっちの世界』とは、グドーが支配している世界……『もう一つの魔界』のことだ。正しくはパラレルワールドなのだが、そっちではグドーが魔王で、シャレットが勇者をやっている。どう考えても敵同士なのだが、グドーが優しすぎるためシャレットが根負けし、今は仲の良い友人となっている。


「書いたことある?」

「書いたことはないな。めんどくさいし。話した方が早いだろ」

「た、確かにそうだね」


 シャレットの持ち前の体力で、直接話しに行くのを想像したら笑いそうになった。


「さぁ、行くぞ。みんな待ってる」

「うん」


 シャレットと一緒に食堂に向かう。初日は逆にシャレットだけが先に向かってて、オレとグドーとアスターと迎えに来たミゲルの4人で向かったから少し珍しさを感じる。


「………………たっだいま〜!」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 アスターとミゲルが出迎える。


「あれ?グドーは?」

「副隊長に呼ばれてたよ。でももうすぐ戻ってくると思うから先に食べよう」

「おっけ〜」


 シャレットはミゲルの横に並んで歩く。彼は前を見ながら小さく口を開いた。


「準備のことで呼ばれてるんだろ」

「うん。衣装についてだって」


 何か話しているが、全く聞こえない。そうこうしているうちに席に到着した。


「♪」

「コロッケ本当に好きだな」

「うん!」


 オレはソースを手に取りながら返事をする。アスターはもうすでに食べ始めている。いつも大量に食べるので、待っていては間に合わないからだろう。


「…………………………」

「アスターっていつも食事のときは静かだよね」

「…………。当たり前だろ」

「あはは……」


 ソースをかけて手を合わせていると、グドーがやってきた。一番最初に気づいたのは、きつねうどんを食べているシャレットだった。


「おっ。先に食べてるぞ」

「あぁ、いい」


 グドーはどこか上の空のようだ。


「何かあったの?」

「バルディも先に食べててくれ。俺はちょっと用事を済ませてくる」

「そ、そう?わかった……。先に済ませてきたら良かったのに」

「言ったほうが分かると思ってな。あとで副隊長も来るから席を空けててくれ」

「はーい」


 そう言ってグドーは食堂を出ていった。

 倒すものの作戦会議とかはグドーの仕事じゃないのにどうして話し合いをしてるんだろう?また遠征なのかな?でもいつもはやっぱり話し合いに参加しないのに……。うーん……。


「そういやバルディってば、手紙を書いてたんだぜ」


 油揚げを食べながらシャレットが話す。


「も、もう!恥ずかしいって……」

「へぇ!誰に書いたの?」


 ミゲルは興味津々のようだ。アスターも耳がピコピコと動いている。


「グドーのじいやさんにだよ。いつも支援してくれるからたまにはお返しにって」

「じいやさんかぁ。あの人、すごいよね。言った次の日には全部用意しているもん。グドーの家にはどのくらい物があるんだろう……」

「オレ、ちょっとグドーの家……というか城、見たことあるんだけどさ」

「同じ世界だもんね」

「めちゃくちゃデカいぞ。魔法で大きく見せてるのか、単にデカいのかはわからないけど、マジでどこからでも見える」

「ホント?ちょっと気になるかも……」


 意外そうな声を出すミゲル。

 どこからでも見える大きな家かぁ。きっと、このお城よりも大きいんだろうなぁ。グドーが速いのって、子供の時からそのお城で走り回っていたからかもしれない。


「そうだ!」

「な、何?急に大きな声を出して……」

「オレたちも、じいやさんに手紙を出そうぜ!」


 何を言い出すのかと思えばそうきたか。


「え、ええっ!?でも、お仕事の邪魔にならないかな……?」

「手紙を出すことに意味があるんだよ!読むか読まないかは個人の自由だろ?」

「それは……そうだけど……」

「…………………………いいんじゃねぇの」

「アスター?」


 いつの間にか半分くらいの皿から料理が無くなっているアスターが顔を上げた。


「手紙なんて滅多に書かないから、字を書くことについても勉強になるし。シャレットも苦手を克服できるだろ」

「言ったな!?人類のオレの方が、悪魔より何倍も字を書けるはずだ!」

「なら決まりだな!ミゲルはどうする?」

「えっ!?……僕もやらないとダメ?」


 オレに聞かれても。


「グドーと一番最初に友達になったんだろ?じいやさん、グドーがこっちで元気にやってるか心配だろうからそれも込みで書いたらいいじゃねぇか」

「まぁそうだね。うん。僕もやろっかな」

「よっし!そうと決まれば、早く食べ終わって書きに行こうぜ!」


 勢いよくうどんを食べていくシャレット。オレは書き終わったからゆっくりでもいいかな。


「ちゃんと噛まないと繋がったまま口から出てくるぞー」

「消化にいいんだよ、これは」

「ふぅ……ごちそうさま。バルディはどうするの?」

「ゆっくり食べるよ」

「そっか。慌てないでね。時間はいっぱいあるから」

「あはは、それは2人に言ってよ」

「ふふふ、そうだね」


 ただでさえアスターの前にはたくさんの空になった皿があるんだから。これが野生の力……?

 それに比べ、ミゲルは相変わらず汁物中心の少なめご飯だ。魔法はそこまでお腹空かないのだろうか?


「さて……ごちそうさま」

「みんな貸して」

「あぁ。いつもありがとうな」


 ミゲルが魔法でお皿を浮かせる。

 オレもミゲルのおかげで1枚なら浮かせられるようになったが、ここまでたくさんのお皿はまだ持ち上げることすらできない。


 ミゲルを待っている間、オレはアスターの尻尾を見つめているシャレットの方を見ていた。アスターはあまり嬉しくないようだが……。


「アスターの尻尾って不思議だよなぁ。よくもまぁこんな毛の塊を自由自在に動かせるぜ」

「シャレットってアスターの尻尾、好きだよね」

「当然だろ!モフモフしてて、最高だろぉ!アスターの尻尾をモフるだけで、一日の疲れが吹き飛ぶんだからなぁ〜」


 シャレットは幸せそうな顔をして尻尾が目の前に来るようにしゃがみ込む。


「俺の尻尾をペットみたいに扱うんじゃねえよっ」

「はぶっ!?」


 アスターは尻尾を勢いよく左右にブンブンと振り回す。おかげで顔に尻尾がわさわさと当たる。……どことなく嬉しそうなのだが。


「耳……ぱたぱたしてる」

「バルディは耳が気になるのか?」

「アスターはモフモフだね」


 オレはニコッと笑い、お皿を持って立ち上がった。


「お、行ってらっしゃい」


 シャレットの言葉を背に、オレは空になったお皿を持っていく。その時、ミゲルとすれ違った。


「ミゲル!」

「なに?」

「またモフモフしてるよ」

「ふふ、アスターの尻尾はいつもグドーがトリミングしてるからね、見た目も触り心地も抜群なんだよ。アスターがいるから、みんなの精神状態も保たれているって言っても過言じゃないからね」

「へぇ……。グドー、動物でも飼ってたのかな」


 首を傾げるミゲルを尻目にオレは置きに戻る。その後、みんなが手紙を書きに行くと言ったのでオレはまた一人になった。




 そして、夜がやってきた。

 この日、朝以外グドーの姿を見ることはなかった。

 シャレットが倒れたあの日、魔王だとわかったあと。グドーは魔王やカリビアに「軍人ではなく司令官として軍にいてくれないか」と誘われたのだが、「皆と一緒じゃないと嫌だ」と断ったそうだ。これには魔王も驚いたそうだが、あまり笑顔を見せなかった頃のグドーを知っていたらしく、魔王は快諾したのだという。

 ミゲルがいたからこそ、グドーがこの選択をした。ミゲルの妹に対する想いを知っているからだ。ただ「勉強してこい」と放り出されただけでは『目標たる目標』が無かったため、ちょうどよかったのだろう。


「『今日はシャレットが寝不足で──』………………」


 なんで寝不足だったんだろう?


 ふと、そんなことが頭をよぎる。

 部屋に戻ってミゲル抜きでトランプをやるわけないし、そうだったとしても騒ぐからアイザーに追い出される。


 ……何か、隠し事をしてるのかな?


 いやいや、そんなことない。ないはずだ。だって、あんな良い人たちがそんなことするはずない。


 今日はミゲルが妹のところに行く日だから予定が変わっているだけかもしれない。


「……ふぁあ……」


 今日はもう寝よう。頭使ったから眠くなっちゃった。じいやさん、あの手紙を読んでくれるかな。喜んでくれたらいいなぁ…………。


 __________


 _____


 翌日。


「バルディ」


 オレを呼び止めたのはカリビアだった。


「どうかしたのか?」


 オレがここに来る前からカリビアとは敵同士で、ずっと仲が悪かったので今更シャレットたちと話すような言葉遣いにしてもなぁ、ということでこんなぶっきらぼうな話し方になっている。


「手伝ってほしいことがあってな」

「いいけど……」


 そう言うとおもむろにたくさんの紙を取り出した。


「なにこれ?」

「今度魔王城でお祭りがあるんだが、そのチラシ配りを手伝ってほしいんだ」

「お祭り……お祭り!?」

「ちょ、近い近い!」


 お祭り。無法地帯であるコルマーでよくやっている催し物だ。コルマーのお祭りは、毎回街が破壊されそうになるレベルでみんなが暴走するので、お祭りの翌日は必ずと言っていいほど復興日和となっている。よく怪我人も出るので魔王軍が人命救助をしているところを見かけていたのだ。


 魔界といえばと言うと、一番ここが合いそうなのだが、住民の性格も考えて見てみると合わないみたいだ。要するに『人による』、だ。


「こ、壊れたりしない?」

「しないしない。コルマーのこと考えてるんだろ?このお祭り……『魔王城大文化祭』は、魔王軍が中心となって出すお祭りで、ちゃんと住民の幸せと、軍の士気向上のためにやるものだ。みんなに『魔王軍は怖くない!戦闘以外もやるんだ!』って知ってもらうためにね。ハロウィンの時期も近いし、まとめてやってしまおう!ってことで開催してるんだ」

「カリビア、コルマーに行ったことあるのか?」


 お祭りの理由よりも、そっちの方が気になってしまった。


「あぁ、もちろんあるぞ。ちょっとした買い物にな」

「コルマー、怖くなかったのか?」

「…………。フフ、どうだろうな?」


 わざとらしい笑みを浮かべるカリビア。

 復興と言っても、今まで開催されてきた『お祭り』は大したことないものばかりで、トマト投げ祭りやあわあわ祭りなど『イタズラ』で片付けることのできるものばかりだ。だから復興=お掃除だ。軍が救助していたのも、トマトが口に突っ込まれた状態で発見された人や、泡に足を取られて滑りまくってまともに動けないから助けてほしいというものとかだった。


 だが、危ないのは本当で、あの地域には酒場が多く、ガラの悪い悪魔が多いので気をつけなければならない。……シャレットたちが行っている酒場もコルマーだと聞くが、軍きっての最強集団なので襲われても問題が無いのだろう。


「あ!」

「何だ?」

「そうだ、どうしてシャレットが寝不足だったんだ?」

「……。それを聞いてどうする?」


 スッ、とカリビアの目が細くなる。一瞬怯んだが、オレは効いていないフリをした。


「何か仕事が増えたのなら、手伝いたいんだ」

「……。ったく……」


 カリビアは頭を抱えた。

 オレはカリビアを見続ける。こんな顔をするのだったら、本当にみんなの仕事が増えたということだろう。だったらなおさらだ。


「……この文化祭の準備だよ。バルディは初めてだろう?それに、魔王軍といえどまだ『見習い』だ。そんな『お客様』に仕事を押し付けるわけにはいかないってことを話していたんだ」

「グドーたちが?」

「そうだ」


 そんなこと言ってたんだ……。


「……そんな顔をするな。どうせ手伝いたいと言うと思って、このチラシ配りを頼みに来たんだ」

「もちろん引き受けるよ」

「よかった。落とすなよ」


 カリビアは紙を麻袋に入れて渡してくれた。……これじゃあ擦れて破れるかもしれないからあとで入れ替えておこう。


「あ、その袋な、マジックアイテムだ」

「そうなんだ」


 どう見ても普通の麻袋だけど……。


「思った枚数を取り出すことができる。通気性、頑丈さ共に抜群だ。失くすんじゃないぞ」

「はーい」


 そう言われたら逆に使わずに置いておきたいのだけど……。まぁいいか。


 __________


 _____


 とりあえず大都市であるエメスに到着した。ここなら人が多いからだ。


「本当についてきてよかったの?」


 オレは振り返って話しかける。そこには……。


「はい!わたしもおてつだいしたいので!」


 魔王の娘であるライルが笑顔で立っていた。け、怪我させたら魔王に殺される……!!しかも勝手についてきたのならなおさらだ。ライルまで怒られる!!


「気合い入れないと!」

「おー!」


 建物の角に向かい、5枚取り出す。この5枚がどのくらいのペースで減っていくのかが今後の標準枚数となるだろう。


「魔王軍からのお知らせでーす!!」

「でーす!」


 チラシを持って道行く人に渡そうとする。が、苦笑いされて断られることが多かった。


 チラシには、当日出す予定だとされているお店の情報が載っており、食べ物屋さんや劇、模擬戦見学など様々なことが書いてある。模擬戦が魔王軍らしいっちゃあらしいが、それ以外にも劇のような文化的なものもやるということを知ってほしいのか、枠が大きかった。


 劇の内容は『魔法の花』。あまり聞かない話だ。誰かの創作なのだろうか?魔王軍にそんなものを作ることができる人なんていたっけ?グドーが王の振る舞いの一つとして習わされていたのかな?


「…………ふぅ。減った?」

「いちまいうけとってもらえました!」


 キラキラの笑顔。眩しいし、元気づけられるのだが……その言葉の内容は、さらにオレに罪悪感をもたらしていた。きっと慰めてくれているのだろう。でも、なんでこんなに受け取ってもらえないんだ?お祭りなんて楽しいこと、みんな大好きだろうに。


「ちょっと君たち」


 前から誰かがやってきた。表情からして、愉快な話ではなさそうだ。


「何ですか?」

「場所を変えてくれないか?」

「わ、わかりました……」


 大きな体にこの威圧感で、すごすごと引き下がってしまう。


「それに、こんなところで『魔王軍』だなんて叫ばないでくれ。迷惑だ」

「え……?でも魔王軍はみんなのために頑張って……」

「頑張ってる?ハッ、冗談もほどほどにしてくれ。魔王軍は幽霊や妖怪を減らすために戦っていると聞いたのに、なんだ?減るどころか増えてるじゃねぇか。そんな役にも立たない奴らに下げる頭はねぇよ!」

「…………………………」


 オレは黙ってしまった。

 カリビアたちが頑張って民が平和に暮らせるように戦っているのは、オレが一番わかっている。カリビアたちだけではなくグドーやシャレットのように優しい人たちがいることを知る前は、殺し合いと言えるほどの戦いを繰り広げていた。彼らの強さはよくわかっているし、オレが近づいたら撃退することも、そのスピードもわかってる。だからこそ、そんなことを言われる筋合いはこの人には無い。


 オレは強い憤りを感じた。

 奥歯に力が入るのを感じる。


「わかったら、さっさと場所を変えな!」

「………………うるさい……」

「あ?」


 オレは背が高い悪魔を見上げる。


「お前は!何もわかって────」

「すいませんでした」

「「……え?」」


 前に出たのはライルだった。


「ばしょをかえます。いきましょう」


 そう言って手を繋がれる。小さな手だ。ドラゴンソウルの方じゃなくて良かった。そうじゃないと傷つけてしまう。


「でも……」

「その小娘はよくわかっているようだな」

「わたしもおとうさまのために、たくさんがんばらないといけないのです。いつかまおうになるひがくるまでに、たくさんおべんきょうしないといけないのです」

「魔王……?それにお父様って……まさか!?」


 大きな悪魔が一歩下がる。


「そうです。わたしは『ライル・メラク』。まおうのむすめです」

「ひっ、ひぃい!?す、すいませんでしたァッ!!!」

「あっ、ちょっ!?」


 手を伸ばそうとしたが、ドラゴンソウルの方で紙を持ってて両手が塞がっているため伸ばすことができなかった。それに、逃げ足が早いので手を伸ばすことができたとしても逃げられることに変わりはなかっただろう。


「いいのです。……ここはさきほどのようなひとがくるかもしれません。ばしょをかえましょう」

「う、うん……」


 ……変えたあとは、もう少し入り組んだ場所だ。ここならいちゃもんをつけてくる人はいないだろう。


「お祭りのお知らせです!」

「ですー!」


 ライルが少し背伸びをしながら声を上げる。無理しなくてもいいと言ったのだが、やめてくれなかった。


「あまり人いないね」

「ですがそのかわり、うけとってくれるひとがたくさんです!」


 嬉しそうにはしゃぐライル。その姿を見てオレは安心した。


 ……が。


「おっ、バルディじゃねぇか」

「!!」


 聞き覚えのある声がした。

 オレの心臓の鼓動が早くなる。


 なんで、こんな時に…………。


「……何かご質問がありますか」

「そんな警戒心マックスな声出さないでくれよ?俺とお前の仲じゃねぇか。な?」


 見るからに凶暴そうな悪魔はオレの方に手を回してきた。

 息が浅くなって、体が震える。


「なんだ?震えてるじゃねぇか。……ん?その服……」

「!」

「おいおいおいおいおいおいおいおい!!!お前、それ、魔王軍の服じゃねぇか!」

「そ、それが何だって言うんですか」


 彼に服を引っ張られた。


「お前、いつも魔王軍とヤり合ってたよな?なのに軍服なんか着て、まさか今までのことは全部『ヤラセ』だったんじゃねぇのか?!」

「ち、ちがっ……」

「だったら何だって言うんだ!?ああ!?お前と戦う以外、俺らは魔王軍のやってることを知らねぇんだぞ?なのに魔王軍の祭りだと?よくそんなことをやってる暇があるなァ!?」

「う、うぅ……」


 耳が痛い。

 あまりの大きな声に、鼓膜が破れそうだ。


 この人は『悪友』。魔王軍に入る前、この辺りで生活していたときに、この人たちといろんな人を困らせては魔王軍に目をつけられていた。


 互いに依存していたわけでもなく、ただ『強力な協力者』ということで力を貸し借りしていた。誰が死んでも知らんぷり。それが、オレたちだった。


 だからそんな獣のような生活をしていたオレにはグドーたちの優しさ()は強く、温かすぎたのだ。


軍服(そんなモン)なんか脱いじまえよ。魔王軍がちゃんと仕事をしていることをアピールしたいんだろ?なら、あいつらに迷惑をかけて、戦った方が納得されるだろう?」


 悪魔らしく『甘い声』で誘惑してくる。


 嫌だ。嫌だ。嫌だ……!

 ドラゴンソウルを乗り越えるまで、オレは魔王軍に居続けるんだ!


「い、いやだ……」

「物分りの悪いやつだ!」


 拳を握り、振り上げる!


「!!」


 オレは目を瞑って、体に力を入れた!


 ドラゴンソウルは一度痛い目を見ないと発動しない。だから『一撃が重い』場合は喰らい損になるのだ。


 痛いことは、我慢しないと…………。


「………………っぐああっ!?」

「……へ?」

「バルディさんっ!」


 グイッ!と引っ張られる。

 もっと街の奥へ奥へと引っ張られた。


「ライルっ」

「あのひとにはわるいですけど、ビリビリさせました!バルディさんをいじめるひとは、ゆるせません!」


 オレは情けなくなってしまった。

 こんな小さな子に、ましてや女の子に守られるなんて。魔王の娘だから強いとかいう言い訳は通用しない。これは『男』としてのプライドがそう言っているんだ。


 これが魔王に知られたらどうなるんだろうか。女の子1人守れないようでは、軍人失格だ。いや、まだ一人前の軍人ではないが、この先のことである。


「…………ごめん」


 走りながら思ったことが思わず口から出てしまった。


「どうしてあやまるのですか?」

「あいつに良いようにされそうになったことも……あいつが言ってたことも。全部……」

「ほんとうなのはわかります。ですが、いま、ここにいるのがほんしんのバルディさんなんでしょう?なら、わたしたちはおこりません」


 視界が滲む。

 鼻がツンとし、口元が震える。


 もう前は見えなくて、走れているのはライルが手を引っ張ってくれているからだ。ほとんど頼りきりだ。


 何もかも、頼りきりなんだ。


「……ぐすっ……ぐすっ……」

「………………。よしよし」


 ある程度走ったあと、立ち止まったかと思いきや頭を撫でられた。

 彼女は背伸びをしており、うなだれたオレの頭はギリギリ背が届くくらいだった。オレはオレで成長しているが、心はまだまだだったようだ。


「……っぐ……ご、め……」

「あやまるのはナシです!じぶんのせんたくをほこってください!」

「う、ん……」


 オレは袖で涙を拭き、麻袋に戻した紙をもう一度取り出す。


 そうだ、何の為にここに来たんだ。魔王軍の役に立ちたいから来たんだろう?だったら最後まで配りきらないと、役に立ったとは言えない。たとえまた心が揺さぶられたとしても、まっすぐ前を向かなきゃ……!


「さぁ、つづきをくばりましょう!もちろん、あのひとにはちゅういをしないといけませんね!」



 …………と言いつつも、結局襲撃は無かった。

 オレたちは貰ってくれる人が少ないため、何時間もかけて紙を配り終わり、城に戻ってきた。空はもうオレンジ色だった。


「お疲れ様」


 一階でカリビアが待っていてくれた。

 ライルはというと……どこかに姿を隠していた。ついて行ったことは、オレとライルの2人の秘密だと言いたいのだろう。オレだってあんな泣き顔、ライル以外には見せられない。お互い様、といったところだ。


「………………」


 でも、顔に浮かんだ悲しみは隠しきれていなかった。


「何かあったんだな」

「………………っ」

「おやおや……」


 オレは無言で抱きついた。

 責任感と罪悪感で、胸が破裂しそうだった。


 誰かの味方につくということは、誰かの敵になること。


 そんなこと、とっくの昔に覚悟していたことなのに。オレなんかあいつの名前すらも忘れたというのに、あっちは覚えてくれていた。オレはあいつをもしもの時の肉壁にでもしようかと思っていたほどなのに。


 きっと、いつかグドーたちの名前も忘れるのだろうか。そんなの、嫌なのに。でも、前例があるから否定はできないのが悔しかった。


「とりあえず部屋に戻ろうか。今日は歩き回って疲れただろう」

「…………うん」


 カリビアに麻袋を渡し、後ろをついていく。振り返ると、ライルが「よかった」とでも言いたそうな顔で笑っていた。

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