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 結局、あたりさわりのない話をして、その日はお開きになった。


「じゃあ、そろそろ帰るね。声をかけてくれてありがとう」


 そう言って立ち上がると、クリスも立ち上がった。また、椅子がガタンと音を立てた。


「あの! また、会って話してくれる?」

「……うん。私でよければ」


 そう答えた私に嬉しそうに笑ったクリス。その笑顔に胸がドキンと音を立てた。人気者のクリスがなぜ私と話したいのか。答えはこわくて聞けなかった。

 それから週に1回、同じ時間にクリスとおしゃべりするようになった。クリスは私を知り合いのカテゴリーに入れてくれたらしく、たまに廊下ですれ違うと控えめにだが手を振ってくれたりする。


「ふーん」


 そういう時は、隣にいるユナが意味ありげに笑ったり、後ろから「え!あれ、特待クラスのトップ女子じゃん!お前、知り合いなの?」という声が聞こえてきたりして少し気恥ずかしい。まあ名前で呼ばれないところが私らしいとも思う。


 ただ、皆様のご期待に添える展開はなかった。定期的に会うようになってもクリスは距離を詰めてくることはなかった。どうして私なのか分からないけれど、クリスは本当に話友達が欲しかっただけらしい。いつもカフェテリアでお茶を飲んでおしゃべりをするだけ。それもたわいもない世間話だ。


 何故かカフェテリアにいる時は友達の多いはずのクリスに誰も話しかけてこないので不思議に思って聞いてみると、いつもじゃれているように見える彼らにはルールがあって、決まった場所では話しかけないように取り決めているらしい。人によって場所は違うがクリスはカフェテリアなのだそうだ。


 でも、そんなクリスとの何気ない話は思いの外楽しかった。違うクラスに友人自体いなかったし、クリスは私が知らないことをたくさん知っていた。いつの間にかクリスとのお茶会を心待ちにしている自分がいた。


 その日もカフェテリアのいつもの席でクリスと向かい合っていた。最初は、あたりさわりのない世間話だけだった私たちだけど、クリスは、最近ぽつぽつと家のこととか、自分のことを話してくれるようになってきた。貴族と言ってもクリスは嫡男ではないので、領主にはならないらしい。体を動かすことが好きなので将来は領地で騎士となってお兄さんを助けたいという。


「だけど俺、勉強ができないんだよな」


 椅子の背にもたれながらクリスが呟く。


 私はその言葉にドキッとした。恐る恐るクリスの顔を見るが、何でもないことのように話している。


「……そうなんだ。あの……」


 私が気まずく思っていると思ったのか、はっとした顔になったクリスはごまかすように笑った。


「なーんてね。まあ、地元に帰れば何とかなるよ。兄貴もさすがに弟が路頭に迷わないようにとは思ってるだろうし。腐っても『領主様の息子』だから」


 おどけて言うクリスに、私は何とか笑って答えた。




「じゃあ、また」


 中庭につながるカフェテリアの入り口でいつも私たちは別れる。普通科と特待生は、校舎も使っているグラウンドも寮も離れている。学園の敷地の真ん中にあるカフェテリアを出ると二人は反対方向に帰っていくのだ。


 その時--。


「あぶない!」


 どこからか声が聞こえた。


「え?」


 その瞬間、目の前が真っ暗になった。何が起きたのか周りを見渡す暇もなかった。


--バン!!


 大きな音がして、足元に何かが落ちた。ボールだった。


 状況が理解できず、ぼんやりボールを見つめていると、急に視界が開けた。顔を上げると焦ったような顔のクリスがいた。


「あ、ごめん! 急に触ったりして! あの、当たらなかった?」


 わたわたとするクリスを見て、なんとなく何があったのか理解した。どうも、中庭で遊んでいた誰かが蹴ったボールがこちらに飛んできたらしい。そして、クリスが私を引き寄せるようにかばってくれたのだ。


「うん。大丈夫。もしかして、私をかばって当たっちゃった?」

「いや。叩き落としたから大丈夫」


 なんと、急に飛んできたボールをとっさに私をかばいながら、手で叩き落としたようだ。騎士になりたいというのは伊達ではないらしい。


「すみません! 大丈夫ですか……ってクリスか」


 慌てて走ってきた男子生徒はクリスの知り合いのようだ。普通科は人数が多いのでこの中庭から南側には普通科の生徒が多い。


「あっぶねえなあ。俺たちがいなかったら、カフェテリアの窓割ってたぞ」


 クリスも気安い口をきいている。だいぶ仲が良いようだ。楽しそうに話していた男子生徒が私に気付いた。


「お、特待クラスの! えっと……」

「あ、プラナーです」

「そうだ! プラナーさん。成績優秀表彰で見たことある。クリスと話していたの? こいつ、馬鹿だから、話合わせるの大変じゃない?」

「なんだよ。お前! 大丈夫だよ。なあ」


 クリスが反論して私を見るので、うなずいた。


「いやあ、プラナーさんは、クリスの授業中の様子見たことないから。こいつの音読なんてひどいもんなんだよ。『この……魔法…論の』って」

「おい! わざわざばらすことないだろ!」


 からかってきた男子生徒に、クリスが笑いながら掴みかかっていく。そのまま、二人は笑いながらじゃれあっている。


 でも、私は見てしまった。


「そんなことない。クリスと話すのは楽しいよ!」


 思わず、大きな声を出した私に、組み合ったまま、二人がきょとんとこちらを見る。


 しまった--。


「いやあ、エミリちゃんは優しいなあ」


 クリスが笑って言う。ほんと、ほんとと男子生徒が同調する。


 私はいたたまれなくなった。


「じゃあ、私こっちだから。助けてくれてありがとう」


 二人におざなりに頭を下げると、踵を返した。

 不自然だったかな。でも、なんだか心が痛い。


 だって見てしまったから。


 友人に、授業中の様子を話された時、笑顔で掴みかかるほんの一瞬前、悔しそうな顔をしてこぶしを握り締めるクリスを。

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