番外編 友のデートと俺の弱み 最終話
地元を出て、学園に入った。十三の時だ。
キャスはまだ五歳になる前だった。俺だって、年頃になって、新しい環境で、色々と希望に燃えていた。友達だってたくさんできた。だけど、丸三年間、女子と恋愛する気にはどうしてもならない。かわいいなとか綺麗だなと思う女子はたくさんいる。でも気づいてしまった。
俺の中でキャスだけが特別なんだ。生まれた時からずっと。
でもーー。
「無理強いはしたくないんだ。キャスが年頃になって好きな人ができたら、手を離そうとは思ってる。兄のような存在でいいんだ」
「ふーん」
クリスが下から俺を見上げてにやりと笑った。
「なんだよ」
「いや。まあ、そう結論急がなくていいんじゃないの? エミリが言ってた。お前があげた髪飾り。キャサリンちゃん、エミリとお揃いだねって言ってたってさ。好きな人の色だねって。女子は大人だからなあ。お前なんか九歳差くらいがちょうどいいんじゃねえの」
「は? 何それ?」
「ほい」
クリスが俺の手にその髪飾りを置いた。
「川の中で外れかかってたから取っといた。目が覚めたら、改めて渡してやれよ」
「……」
無言で髪飾りを見つめる。
コンコンと言うノックの音がする。
「簡易ベッド運んでもらったから、お前も休め。横になるだけで違うから。キャサリンちゃんの親父さんには言っとく」
じゃあな、とクリスは立ち上がった。
「クリス」
「ん?」
「ありがとな」
春先の冷たい川に躊躇なく飛び込んでくれた。いつも一緒にふざけておちゃらけているクリスの優しさと強さを思い知った。
「ああ。キャサリンちゃんが、川から助けたヒーローに惚れちゃってたらごめんな。俺にはエミリがいるからな」
「ばーか」
ははっと笑ってクリスは帰っていった。
代わりに入ってきた医務室のスタッフがセットしてくれた簡易ベッドに横になる。
キャスの方に体を向けて横になると寝顔を眺めた。
ふっと、キャスが目を開けた。
俺を見る。その目にみるみる涙が溜まってこぼれた。
「どうした? キャス。痛むのか」
俺は体を起こしてキャスの手を握る。
キャスは、ふるふると首と横にふった。
「ごめんなさい」
キャスは、声を上げて泣くこともなく、ただポロポロと涙をこぼす。驚いた。こんな風に泣くキャスを見たことがなかった。
「いいんだよ。キャスが無事だったんだから」
「でも、ガイがないてるよ」
「え?」
驚いて、頬を触る。濡れてる。俺、あれからずっと泣いていたのか。
「ガイがないちゃった。ごめんなさい」
今度こそ、声を上げて泣き出したキャスを俺はそっと抱きしめた。
「違うよ。キャスが無事で安心したんだよ。人は嬉しくても泣くんだ。知らなかった?」
「ほんとに?」
「ああ。だから、今日はゆっくり寝ろ。元気になったら、一緒に帰ろう」
「ほんとに? ガイといっしょにかえれるの?」
「ああ。早くよくなれ」
「うん」
しばらく、抱きしめたまま頭を撫でていたら、すやすやと寝息が聞こえて来た。
そっとベッドに横たえて、そのまま手を繋いだ。静かな病室に、キャスの寝息だけが聞こえる。あんなことがあった後なのに、俺は安らかな気持ちで眠りについた。
「じゃあ、修了式が終わったら、クリスはなんとか一人で帰ってこいよ。俺がいなくても」
「当たり前だ」
車寄せの前で、ファミルとクリスがじゃれている。
キャスは、結局、その後三日間、学園に留まって経過を見たが、背中に水面に落ちたときの青痣ができた以外は、特に症状も出ることなく、無事回復した。
俺は、その間に荷物をまとめ、約束通りキャスと一緒に帰ることにした。
キャスの体を気遣って、ちょうど同じタイミングで帰るファミルが港まで侯爵家の馬車を出してくれることになった。
豪華な馬車の中に、ファミルとアンナと俺の席、そして、キャスが横になれるようにクッションなどが積み込まれた。大人たちは別の馬車で、キャスの父親であるファデスはそちらに乗せられた。おそらく、侯爵家と男爵家相手に幾つか商談をまとめてくるだろう。
キャスは、初めて乗る豪華な馬車に大興奮だ。
「……また、私も乗っちゃっていいのかな」
「アンナちゃん。これ、医務室の先生から。途中でキャサリンちゃんの背中に薬を塗って欲しいの。塗り方は、この紙を読んでね。服を脱がせる時は、男子二人は降ろしてね」
「アンナ、ファミルとガイだけでは行き届かないところもあると思うわ。よろしくね」
相変わらず、遠慮深く、侯爵家の馬車に乗ることに戸惑っていたアンナだが、エミリとユナにそう言われて、使命感に燃えた顔で頷いていた。その様子を見て、
「いや。人助けもできて一石二鳥だな」
としたり顔で言うファミルに利用されている気もしなくもないけど、キャスを気遣う気持ちには嘘がないので、ありがたく好意に甘えておく。
「じゃあ、クリス、エミリ。いろいろありがとうな」
「エミリちゃん、ユナちゃん、バイバイ!」
学園に残る三人に手を振るキャスを抱え上げると、俺は馬車に乗った。
キャスは、自分のクッションいっぱいの席に大喜びだ。
「あれ? なんかある」
キャスがクッションの間から、箱を取り出した。よく見るとクッションとクッションの間にいろいろな大きさの箱が詰められている。
「ああ。それは、キャサリンちゃんのお土産だよ。今回、ガイは買い物に行く暇がなかったから、みんなでいくつか買ったんだ。帰ったら開けてみるといい」
「どうもありがとう!」
「お前ら……」
「ガイ君からの新学期のお土産期待してるね」
アンナが笑って言う。
「いいな」
キャスがポツリと言った。
「わたしもおおきくなったらがくえんにかよいたい」
「え?」
「わたしもガイみたいにおともだちいっぱいほしい」
「そうか。そう言ってもらえてうれしいよ。その時は、侯爵家が推薦状を書こう」
「ファミル、大袈裟にしないでくれ! キャス、行きたいんだったら勉強頑張って自分で入るんだぞ」
「うん!」
いきなり侯爵家の権力を振りかざそうとするファミルを慌てて止めて、キャスにそう伝えると、キャスは大きく頷いた。
「でも……」
キャスが、俺の袖を引っ張る。そして、俺の耳元に口を近づけた。内緒話の小さな声で俺だけに聞こえるように言う。
「がくえんにいっても、ずっとガイがいちばんだよ」
正面に座るファミルとアンナが生暖かい目で俺たちを見ている。
ーークリス、お前が正しかった。
俺には、九歳差がちょうどいいのかもしれない。
馬車は、俺たちの楽しそうな笑い声を乗せて、港に向けて走っていた。
これにて番外編も終了です。お読みいただきありがとうございました。




