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私の声が小さかったのか、まだ距離があったからか二人には聞こえなかったようだ。
「エミリ、こいつがクリス。クリス・アドラー。クリス、ほらエミリ・プラナーだぞ」
珍しい生き物を案内するようにファミルに紹介される。ファミルに突かれて勢いよく立ち上がった拍子にアドラーさんの座っていた椅子がガタンと大きな音を立てた。その音に負けないくらい大きな声で叫ぶ。
「ク、クリス・アドラーです!」
ゴチン!
物凄い勢いで下げた頭を机に激しくぶつけている。
「えっと、エミリ…プラナーです」
ぶつけた勢いそのままに頭を振り上げたアドラーさんに驚いたような顔で凝視され、どうしたら良いかわからない私は曖昧に笑ってみた。
ぽかんと口を開けて固まっているアドラーさんをファミルが再び小突く。
「座ってもらったら」
「あ、そ、そうか。…どうぞ!」
ファミルとアドラーさんが並んで座っているので、私はその正面に腰かけた。
「クリスがさー、エミリちゃんと話してみたいって言うから、じゃあ紹介してやるよって言ったんだよね。悪い奴じゃないからさ。ちょっと話してやってみてよ」
ファミルが口を開く。うん。アドラーさんは私も知っている。普通クラスの有名人だ。社交的な性格というか、愛されキャラというか、いじられキャラともいうか、とにかく顔が広い。いつも大勢の人と一緒にいて、いつも笑っている。そういうイメージだ。そう、あくまでイメージだ。
私は、まったく違うタイプ。友達がいないわけじゃないけど、大勢でわいわいすることはない。もともと貴族や大きな商家の子たちとは違って、学園に一緒に入った友達がいたわけじゃないし、今も特待クラス以外にほとんど友人はいない。仲の良い数人で静かに過ごすことが多いのだ。自分でもそれが性に合っていると思っている。楽しそうな人たちをうらやましく思わないわけではないけれど。
アドラーさんは、下を向いてもじもじとしている。
意外。人見知りとかしないタイプなのかと思っていた。
「アドラーさんは普通クラスですよね。私、ほかのクラスにあまり友人がいなくて。アドラーさんは、ファミル以外に特待クラスに知り合いはいるんですか」
私まで、もじもじしていても仕方ないので、あたりさわりのない質問をしてみる。
が、下を向いていたアドラーさんが再びものすごい勢いで顔を上げたので、思わずわずかにのけぞってしまった。
「俺のこと、知ってる…んですか?」
「え、ええ。アドラーさんは有名人なので。逆に私のことをご存じなのに驚きました」
「いや、知ってるだろ。特待クラスで女子トップって結構な有名人だから。ついでに未来の帝国皇妃の親友だから」
ファミルがすかさず突っ込んでくる。
え? そうなの? 他クラスの人が特待クラスの順位なんかに興味があるなんて。ユナは確かに目立つ存在だけど、その横にくっついている地味なのが自分だと思ってたのに。
「お互い知ってるなら話は早い。じゃあ、俺これで」
「え?」
「え?」
思わずそろった声と同じように、寸分違わぬタイミングで振り仰いだ私たちにひらひらと手を振るとファミルは行ってしまった。
「ファミル?!」
アドラーさんが立ち上がって悲壮な声を上げたが、ファミルはピクリとも反応せず、すたすたと食堂をあとにする。
「……」
「……」
二人して思わず顔を見合わせた。
アドラーさんが力が抜けたように椅子に座る。
「……えっと。何か飲みます?」
「あ! はい! ……あ! 何がいいですか。俺もらってきます」
「じゃあ、アイスティーを」
私が言うと飛び上がるように再び立ち上がってすごい勢いで飲み物を取りに行った。
そして、飲み物を持っているとは思えない速さで戻ってきた。
「どうぞ」
「ありがとうございます。あ、お金……」
「いえ! 俺が頼んで来てもらったんで! 飲み物だけだし! あ! なにか甘いものとか……」
「ぷっ!」
思わず吹き出してしまってから、はっとした。恐る恐る、見上げるとアドラーさんがびっくりしたような顔をしている。
「あ、ごめんなさい。すごい勢いなのでつい。あ、甘いものは大丈夫です。というか、同級生だし。敬語はやめない。私のことはエミリでいいわ」
「あ、すみま……ごめん。いつももっと落ち着けってファミルや友達にも言われるんだ。そうだね。俺のこともクリスでいいよ」
そう言って、やっとゆっくりクリスは椅子に座った。
笑ってしまった私に怒っていないようなのでほっとして、持ってきてくれたアイスティーに口をつける。
「おいしい。お言葉に甘えてごちそうになるね」
そう言うと、嬉しそうに笑う。人懐っこそうな笑顔に思わず引き込まれる。彼がどうしていつも友人に囲まれているのかわかる気がした。