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死神(カレ)と私の4日間

作者: 千園参

 私の名前は幾川桃花いくかわとうか。別の物語でよく聞いたことがあるかもしれないのだけれど、今からよくある自己紹介をします。今からよくあるくだりをします。私はどこにでもいる社会人、25歳。オフィスレディです。所謂OLというやつです。

 彼氏? 恋人? なにそれ美味しいの? ごめんなさい。すいません。すみません。申し訳ございません。生まれてこの方、一度もいたことがないです。いたことがありません。なんでだろうなぁ、なんでかなぁ。嫌だなぁ。怖いなぁ。私のこんな馬鹿なところが災いしているのかもしれない……。

 しかし、この先長く生きていれば、この先とにかく生きていれば、この先とりあえず生きていれば、いつか王子様がシンデレラをガラスの靴で見つけ出したように、見つけ抜いたように、きっと私のことも誰か素敵な王子様が見つけ出してくれるはず! そう思っていた。

 それなのに、私はもうすぐ死ぬのだそうです。死んでしまうのだそうです。なにそれ心折れるますわぁー。何故そんなことがわかるのか。どうしてそんなことがわかるのか。

 それは私の目の前にいるこの男。全身真っ黒のスーツに身を包んだ、全身真っ黒のスーツを身に纏った、死神かれがそう言うのである。そう言い放つのである。そう告げるのである。

「幾川桃花。お前はもうすぐ死ぬ。俺は君が死を受け入れる瞬間を見届けに来た神の使いだ」ということらしい。そういうことらしい。こういうことらしい。どういうことらしい? ああいうことらしい。もう意味がわからない……。

 どこからどの角度で、どう見ようとも、どう覗こうとも、どう窺おうとも、疑わしい話なのだが、怪しい話なのだが、彼の姿は確かに私以外には見えていない。そのため、そういう超常現象的存在を認めざるを得ない。認める他ない。認めるしかない。そしてこの死神の名前がーーー

「俺の名前はルキアだ」

「男にしては可愛い名前なのね」

 ルキアの話によると、死神は基本的に皆等しく名前を持っていないらしい。名前という名前がないらしい。だが、任務遂行上、名前がないと何かと不便なので仮の名前が与えられているらしい。どのような形であれど、それはもう名前なのではないだろうか?

 そして少し腹立たしいことがあるとするならば、それは彼の容姿についてであろうか。超の絶、私好み! しかし、だがしかし、そんな彼の姿が、容姿が、私好みなのにもどうやら、こうやら、意味があるようだ。

「あえてお前好みの姿をしている。死神は見届ける相手に死への恐怖を少しでも和らげられればと考え、みなこうして好みに合わせて姿を変える」

「なにそれ!? 超腹立つけど! 超いい!!」

 それにしてもだ、何故に死神が話しかけてくるのか疑問で仕方がない。仕様がない。どうしようもない。というのも、私の死の未来が確定しているとして、放っておけば勝手に死ぬのでは? と思うわけなのだけれど、思えてならないのだけれど、何か事情があるのだろうか。



「ねぇ、死が確定した人が死を免れたらどうなるの?」

 私は何気なく、何の気なく、セブンに尋ねてみることにした。すると、彼はーーー

「君や、その他死ぬ人、死には大きな意味と役割がある。君が死ぬことで新たに運命と呼ばれるものが動き出すということだ。仮に死を何らかの形で逃れた場合、君やその他の死による影響は消え、確定していた未来はまた別の形となり、歪みを生み始める」

 難しい話に、わけのわからない話に、突拍子もない話に、頭はパンク寸前である。寸前ではない、パンクしている。破裂している。崩壊している。破滅している。

「なんだかよくわかんないっ」

「つまり君の死にはちゃんと意味があるということだ」

「なにそれ? もうすぐ死ぬ私を元気付けようとしてくれてるわけ?」

 死神を少し困らせてみたい、一矢報いてやりたいと考えた私は悪戯に、そんなことを言ってみる。言ってみせる。

「何かを期待しているようだが、残念ながら俺にそんな感情はない。死神とし誕生してからの俺は感情を持っていない。大神が俺たち死神を誕生させる際、感情を奪っている。死にゆく人に情が芽生えないために」

「そう‥…なんだ……」

 私は何故だかわからないのだが、彼の言葉に少しだけガッカリしてしまっていた。何をガッカリしているのよ私。別にコイツは彼氏でもなんでもない、ただの死神なんだから、なんてことはないじゃない。




「私ってあとどれくらいで死ぬの?」

「お前はあと4日というところだな」

 間髪入れずに答えてくれる。

「4日後にどんな死に方をするかも、アンタにはわかってるわけ?」

「当然だ」

「私はどんな死に方をするの??」

 自分の死因を、死の真相を、死の要因を、死の原因を、恐る恐る尋ねてみる。

 どうしてなのか、自分の死に方に物凄く興味があった。好奇心があった。すると死神は、淡々と私の死因を話し始めた。

「今から4日後、街に通り魔が現れる。お前は通り魔に襲われそうになった子供を助けて死ぬ。以上だ」

「そ、そうなんだ……」

 私は体験したこともない、聞いたこともない、信じられない、信用できない、信じ難い、あり得ない、そんな話なのにも関わらず、何故か、どうしてだか、説得力を感じ、奇妙な力を感じ、声が震え上がってしまう。

「で、でもさ! 子供を助けて死ぬなんてヒーローみたいでかっこいいね! よっ! さすが私!」

 急に現れ始めた死への恐怖を誤魔化すように、明るく振る舞った。しかし、だがしかし、そこはさすが死神と言うべきなのか、伊達に死を見送っている訳じゃないということなのか、私に恐怖が芽生えたことに気付いているようだった。

「無理に明るく振る舞う必要はない。皆平等に死は怖いものだ」

「そっか……。私の死が未来に影響を与えるってさ、今私が取る行動も未来に影響を与えるの?」

「死が確保できれば、その過程は反映されないと聞いている」

「そうなんだ! じゃあ、明日からやりたいことをやろうかな! どうせ死ぬなら悔いのないようにしたいしさ!」

「お前がそれで満足して死を受け入れるのであれば、それで構わない」

 彼は無表情のまま言う。表情筋を少しも動かすことなく言う。

「アンタも付き合いなさいよね!」

「ぐぬぬぬ、仕方ない」

 いま先程まで、今さっきまで、ついさっきまで、つい先程まで、感情がなかった彼が、少し嫌そうにしているように見えたのは気のせいだろうか?



 次の日、1日目ーーー

 私はまず、今まで勤めてきた、今まで勤め上げてきた、勤め抜いてきた、否、私を縛り付けていた会社に電話をかけることにした。話す言葉はもう決まっている。そう、簡単なまでに簡単な一言だ。

「今日限りで辞めます! お世話になりました! それでは失礼します!!」

 そう言って電話を切った。誰でも言える簡単な一言だった。元々、今の会社はいつか辞めようとは思っていた。上司のセクハラとパワハラのダブルパンチで死にそうだったからだ。死因がそれじゃなくて本当によかったと思う。それで死んだらつまらないにも程があるというものだ。

「ほう、仕事を辞めたのか。それでこれからどうするつもりだ?」

 死神が私に尋ねる。

「決まってるでしょ! 遊びに行くのよ!」

 そして私は死神と共に、念願のデステニーランドにやってきた。

 デステニーランドとは《若者から家族連れまで誰でも楽しめる!!》を掲げた言わずと知れた遊園地である。

 彼氏ができたことがない私は、このデステニーランドに来る予定が立っていなかったのだ。いや、予定は立っていた。予定は立っていたものの、彼氏が私の横に立っていなかった。そのため一度は行ってみたかったのである。

「さーて! 今日は遊んで遊んで、遊び倒すわよ!」



 まず私はデステニーランドが一番推しているジェットコースターに乗ることにした。隣には死神が平然と座っている。

「アンタが座ってるこの席って、今どうなってんの?」

「あぁ、映画やアトラクションなどで、たまに不自然に一席だけ空いていたりするだろ? あれは大体死神が座っている」

「うわぁ、そうだったんだ……」

 聞きたくない事実を知ってしまった。まぁもう時期死ぬ私には関係のない話ではあるのだが。

 そんな、こんな、あんな、どんな話をしているうちに、ゆっくりと動き出すジェットコースター。私は初の絶叫にテンションがフルマックスになっていた。

「きゃー! サイコー!!!」

 ふと隣に目をやると、飾り気のない真顔で死神がジェットコースターに揺られていた。なんと言うべきか、なんと表現するべきか、なんと言い表すべきか、シュールというのはこのことだと思った。

 その後、ティーカップやメリーゴーランドなどなど、本当に一生分の遊びを満喫してみせた。


「ふぅー! 遊んだ遊んだ〜! 遊び疲れちゃった! ちょっと休憩っ」

 私はベンチに座り込んだ。

「死神って疲れたりしないの?」

「基本的に死ぬと分かった人間はどういう形であれ、残された時間を精一杯生きるものだ。それについていくため死神は無尽蔵のバッテリーが搭載されている」

「バッテリー!? 死神って電池なの!?」

「冗談だ」

「死神も冗談とか言うんだ。ふふっ、変なのっ」

 それから2人でパレードを見ることにした。

「綺麗……。こんなことならもっと早く来とけばよかったなぁ……なんか損した感じ……」

「後悔は先に立たない。人間とはそういうものだ」

「そうかもね……」

 こうして1日目が終了した。



 2日目ーーー

「今日は買い物しまくって、夜は高級ホテルでディナーよ!」

 そんなわけで、私はルキアを引き連れてデパートへとやってきていた。

「あぁ! このブランドの新作、超可愛いじゃーん!」

 最近、仕事が忙しかったせいか、せっかくの休日であっても、好きだったお買い物から遠のいていた。だから、今日は思いっきり欲しいものを買って、着て、楽しむのだ。私は片っ端から、そんなに持ってどうするのかと思うほどに、気に入った服を何着も持って、試着室に入った。

 そしてどれがいいのか、死神を相手にプチファッションショーを開催する。本当は彼氏とこういうことをしたかったのだけれど、仕方ないからルキアで我慢してあげる。

「どうよ! どれがいい?」

「うむ。うむ。うむ。」

 ルキアは頷くばかりで何も言わない。

「なんか言ってよ!」

「すまない。よくわからない」

「アンタそんなんじゃモテないわよ?」

「モテる必要はない」

 ルキアが少しムキになったように感じた。ちょっと可愛いかもしれないと思えた。彼氏との買い物デートってすごい美化していたのだがーーー

「案外、こんな感じなのかもね」

「何か言ったか?」

「なんでもないわよっ!」

 そしてお気に入りの服を購入したのなら、残すはディナーだ。夜景がよく見える高級ホテルで死神と晩餐。

「死神ってご飯とかどうしてんの?」

「死神は人間のように食事から栄養を摂取しなければ死んでしまうような脆弱な構造にはできていない」

「なんか勿体ないね。こんな美味しい料理を食べられないなんて」

 私はシャトーブリアンを食べ、シャンパンを嗜みながら死神を哀れむ。

「余計なお世話だ」

 私たちが本物のカップルだったとしたなら、ここでプロポーズをして幸せを夢見たりするのだろうか? それはテレビの見過ぎなのかな? けれど、女の子はいくつになったって夢見る少女なんだから、仕方ないよね?

 こんな感じで2日目も、あっという間に終わってしまった。


 続く3日目ーーー

 この日はレンタルショップで少女漫画と恋愛映画を、惜しみなく借り、家で楽しむことにした。

「いや〜この漫画めっちゃ泣ける〜! アンタも読む?」

 私は涙を流しながらルキアに本を渡す。

「参考までに読んでみよう」

 いや、読むのかよ。死神の予想の斜め上を行き過ぎる、意外な返答に思わず涙が吹き飛んでしまったではないか。それに一体、何の参考にするつもりなんだか……。

「なるほど」

 何を納得しているのか謎である。遊園地デートに買い物デート、最後はお家デート。

「はぁ〜あ、これでやりたいことは一通りできたかなぁ」

「それはよかったな」

「うん! ……ねぇ、私明日本当に死ぬの?」

「あぁ、お前は死ぬ」

「そっかぁ……今はこんなにピンピンしてるのに、私死んじゃうんだぁ。人って本当に脆いのね……」

「全くその通りだな、脆く儚い」

「あれ? おかしいなぁ……悔いのないようにしたのに……前がよく見えないや……」

 私は大粒の涙を流していた。止めようにも全然止まらない。止めようとすればするほど、ドンドンと、次々と、溢れてくるからどうしようもない。涙を流す私をルキアは息を殺して、まるでそこにいないかのように、静かに私を見守ってくれていた。




 最期の日。特にやり残したことがあるわけでもない。ただ最期の日はいつも通り暮らそうと思った。そして私は買い物をするために家を出た。きっとこの行為が死に直結するのだろう。しかし、この行動は無意識なものだった。これがルキアの言っていた、未来の強制力ということなのだろうか。不意にルキアの言葉を思い出す。

「確かに死を免れることは稀にあるが、死は基本的にある程度、強制力がある。お前が自らが刺されて死ぬと理解して家から出なければ助かると考えたとしても、無意識のうちにお前は死の現場へと足を運ぶことになる」

 私は無意識のうちに買い出しという名目で、死に向かっていたのだ。そしてルキアは何も言わずに私の後ろをついてくる。あと信号を2つ越えれば、行きつけのスーパーにたどり着く。

「なんだ、何にもないじゃん」

 そう思ったのも束の間、どこからともなく悲鳴が鳴り響いた。そして私の目の前に、ルキアの予言通り、通り魔がその姿を現した。

 私と通り魔との間にはまだ小さい少女が親とはぐれ、泣き叫んでいた。通り魔は少女の泣き声が耳障りになったようで、ナイフを取り出し、少女を黙らせようとしていた。この子を見捨てれば、私の命は助かるかもしれない……。



 でも、そんなこと……。

「できるわけないじゃない!!」



 私が少女を抱きしめ、背を向けて盾となった。背を向けてしまったため、通り魔の正確な位置関係が掴めない。しかし、さっきまでの距離感からしてもう刺されるのだろう。私は覚悟を決め、歯を食いしばり、両の目をギユウと閉じた。



 しばらく経つが、痛みがない。死んだら、痛みも何もないものなのかとそう思っていると、私はまだ少女を抱きしめている感覚が残っているではないか。

「あれ? まだ生きてる?」

 状況を確認するため、通り魔が来るであろう方向に目を向ける。すると、驚きの光景が目に入った。なんと、ルキアが通り魔を回し蹴りで撃破してしまったのだ。

「あ、アンタ何やってんのぉおおおおおお!!?」

「少女漫画に書いてあった。ピンチのところを助けると女は惚れるものなのだと。少しは惚れたか?」

「ったく、アンタってやつは……」

 もう惚れまくりですよ!!そんな言葉を胸にしまった。

 なんとなんと、死神の横槍で私は死を免れたのだった。そして通り魔は駆けつけてくれた人たちによって取り押さえられ、ことなきを得た。

 ホッと一息付いたと思った矢先、ルキアの携帯電話が鳴った。ルキアは淡々と誰かと話している。そして電話が切れたようだ。

「誰からの電話?」

「大神からだ。死神は死にゆく人を助けてはならない。俺に厳罰を下すようだ。俺はあの世に帰らなくてはならなくなった。俺は多くの人の死を見守ってきた。その中でも君は誰よりも普通でつまらなかったよ」

「何よ! こんな時まで嫌味!?」

「だからなのか、俺は君にもっと普通に生きて欲しいと思ってしまった……。死神の俺がこう言うのも変だが、君は生きろ! 生きて幸せになるんだ!」

「な、何言ってんのよ!」

 最初はこんな鬱陶しい奴とは早くおさらばしたいと思っていたのだが、今じゃ涙を流して別れを惜しんでいる自分がいる。

「死を免れたなら、もう君に会うこともあるまい、次に会うことがあるとしたら、君がまた死に向かうトラブルに巻き込まれる時か、重い病を背負った時ぐらいだろう。そのどちらもないことを祈ろう」

 そう言って、ルキアは消えていった。

「勝手に消えんなバカ……」




 それから数日、本当に私にはいつもと変わらない日常が戻ってきた。ルキアが繋いでくれた私の命。私は精一杯生きていこうと決めた。

 朝、目が覚め、朝食を作るためにキッチンに向かうと全身黒ずくめのイケメンが立っていた。

「ルキア!? アンタなんでいんのよ!!?」

「大神からのお達しだ。幾川桃花。君をどうにかして殺すための措置を取ると。だから、その死を見届けよと」

「何よそれ! 死んでたまるかっつうの!」

「だから、また厄介になる」


 こうして私と死神の不思議な物語が幕を開ける。

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