45. ツノジカ(9)
「なづけ?どういうこと?」
ツノジカの発言に反応してヒロユキがつぶやくと、兄妹はハッとして
「そうか……名づけか」
「たしかに、それなら……」
ふたりと一頭はわかりあってるみたいだけど、ヒロユキにはなんのことだか。
少年にツノジカが説明した。
≪いいかい。ボクたち博物館精霊は、かむのの神気が像に集まって自然に生まれた存在だから、とくに名前はもたない≫
「えっ?でも、きみには立派な『カムノオオツノジカ』って名前があるじゃないか」
≪それは、あくまで種属名だよ。きみのことをニンゲンと呼ぶのと変わらない。第一、そのカムノオオツノジカってのは、ボクのことじゃなく、あくまでボクのモデルとなった古代の鹿のことだからね。そんないいかげんなあだ名みたいなものじゃなく、個体そのものを指ししめす真名を手に入れたとき、ボクら精霊は名無しのときにくらべて格段に強い力を手に入れることができる。
たぶんネズミはツノジカ団に追いつめられてしかたなく、だれかに名前をつけてもらったんだと思うよ。その真名の力によって、ほかの展示物さえ動かすことができるようになったんだ≫
「なんで『しかたなく』なの?そんなすごい力を手にすることができるのなら、ネズミはもっと早くにだれかに名前をつけてもらったらよかったじゃない?」
≪精霊にとって、真名をつけてくれる名付け親はすごくだいじになる。その名付け親とのつながりが強ければ強いほど、精霊も強い力を得ることができるんだよ。そのためには、ボクたち精霊と自由にやり取りができるほど親和性が高い、たとえばきみのような人間に名付け親になってもらうのが一番いいんだ。コミュニケーションも満足にとれないものに名付け親になってもらっても、それなりの力しか得ることができないからね。
本当はネズミも、きみに真名をつけてもらいたかったんだと思うな≫
そうか。それで――
『おまえが協力すれば、オレの力はもっと増すだろう』
『あのネズミはいまごろ、あんたを逃したことを後悔してるだろう』
――なんて言ってたのか。
≪でも、ほかの展示物も動かしてるぐらいだから、どうやらネズミはきみほどじゃなくとも、少しは精霊とコミュニケートできる人間に真名をつけてもらったみたいだね。
そうなると、いくらツノジカ団でも苦戦するだろうね。負けちゃうかもしれない≫
「そんな!?いったいどうすればいいの?」
ヒロユキの問いかけに
≪……そりゃあ、きみ。こうなったら、とるべき手段は一つしかないんじゃないかなぁ≫
動かないはずのツノジカの口が、ニヤッと動いた気がした。




