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あなたのことは推せません  作者: 土谷ナァリ
5/5

05 分岐点

あらすじ:とっさに弟を守ろうと声を上げたミリカだが、怪しい男は彼女に目をつけた。

 男の笑みを受けてミリカは一歩後ずさった。何か、見つかってはいけないものに見つかってしまったようなそんな気がする。


 おびえるミリカに男はスタスタと近づくと左腕を掴みあげた。力が強く、握られた箇所に痛みが走る。


「顔をよく見せて見ろ」


 そのまま反対の手で顎を捕まれて上を向かされる。男とミリカの目が合う。男は綺麗だが、鋭いナイフのような顔立ちとアイスブルーの冷たい目をしていた。しかしその瞳がミリカを見た瞬間驚きに見開いて視線が揺れる。腕を掴んでいた力も弱まった。


「お前の名前は」

「・・・ミリカ」


 男は動揺を隠せないようだったが、すぐに立て直してゆっくりと膝をつく。片膝を立てて、ミリカに視線を合わせ、その顔をまじまじと見つめた。


 彼は一つ息をつくとしばらく目を閉じた後で、ミリカに真摯に話しかけた。


「ミリカ、私はエディアル伯爵家の当主で、フェリクスという。君の瞳の色も、顔つきも、兄にそっくりだ。兄の唯一の子供である君を、養子としてうちに迎え入れたい」


 思いがけない身分ある方であったことと、その内容に驚きミリカは固まる。悪い人なのかそうじゃないのか判断がつかないし、伯爵家に養子として迎えるというのも考えがおいつかない。頭が真っ白になり助けを求めて両親に目をやる。両親と目が合う。しかしすぐに、すっと視線を逸らされた。


 息が止まる。胸が痛い。・・・そっか、私はもう彼らには要らない存在なんだ。


「ミリカ、どうか伯爵家に来てくれないか?」


 視線を伯爵に戻すと、彼は強い意志のこもった瞳でミリカを見つめていた。ミリカの中で張り詰めていたものがプツンと切れた。


 ミリカはふわり、と花のように笑う。その場にいた誰もが目を瞠り、誰かがほぅと、息を漏らした。


「はい、謹んでお受けします」


 それから伯爵はミリカと手を繋いで、両親共々客間へ移動した。


 伯爵の隣に座り、両親とは向かい合う。


 家の一番いいお茶とお菓子が一番いい茶器で素早く用意されていく。ぼんやりそれを見つめていたミリカは自分の前に置かれたティーカップを両手で持った。冷えた指先がじんわりと温かい。お茶の表面は緊張からか、わずかに揺れていた。


 自分の決定に考えを巡らせる。先ほどは何も考えずに承諾してしまったが、よくよく考えてみると最善の選択であったかのように思えた。


 もともと両親たちとは距離を置くつもりであったが、これならばより完璧に3人の邪魔にならずにいられる。伯爵さまも歓迎してくださっているようだし、問題もないように思えた。


 紅茶にふぅと息を吹きかけてちらりと両親の方を見る。


 大人たちの間では私を養子に取るに当たって、商店への優遇措置や、私の待遇の確認が行われていた。難しいことはよくわからないが、父の顔色を見る上では悪くない条件であるみたいだ。


 伯爵さまが事前に持ってきた契約書に追加でいくつか書かれた後、両親と伯爵さまがサインをし、私の前にも一枚契約書が置かれた。


 紅茶をそっと下ろして、契約書を手に取る。要約すると両親の籍を抜け、伯爵さまと縁を結ぶものであった。ただ、それだけ。私が望んだことが書かれている。


 けれどいざサインをしようとすると、手が震えて狙いが定まらない。カタカタと震える右手を左手で押さえるが、いくら経っても震えたままで、書ける気がしない。


 落ち着こうと顔を上げると両親と目が合い、慌てて、逸らされる前にと目を逸らす。目を逸らした先で、伯爵さまと目が合った。気まずくて、へらりと笑ってみる。


 伯爵さまは真顔のままで私の頭にそっと手をやると、「焦らなくとも、よい」と言った。


「別に急いで名前を変えることもない、しばらくうちで暮らしてみて慣れてからでも十分間に合う」


 伯爵さまの優しい言葉にこくりと俯く。頭では割り切れたつもりだったけど、どうしても心がついてこなかった。



 契約書が片付けられて、再び伯爵さまに手を取られ玄関へと向かう。玄関から外に出ると豪華な馬車が横づけられていた。伯爵さまが先に乗って手を差し出す。ステップに足をかけ、両親を振り向いた。


 両親は目を合わそうともしなかった。私はそんな両親をまぶたに焼き付けるようにじっと見つめる。大好きだった。明るくおおらかな父も。くるくるよく働く、いつだって微笑んでいた母も。


 振り切るように前を見て、伯爵さまの手をとる。それからは決して後ろは振り向かなかったし、馬車に乗ったあとも窓から見ようとは思わなかった。


 手をしっかり組んで、両親の幸せを祈る。


 顔を上げると伯爵さまと目が合った。


「これからよろしくお願いします」

「ああ」


 ちょっとだけ笑んで言うと、伯爵さまは困ったような顔で笑って短く返した。その顔におじさまを思い出す。


 おじさま。私が来なくなったら、おじさまは寂しがってくれるかしら。



 とうとう馬車が動き出し、二人を乗せてエディアル伯爵領へと走り出した。




読んでくださりありがとうございます。

ミリカの話は一旦ここまで。

次からベルリーナ本編に入ります。

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