第七話
カエルの舌を食べたらツノが大きくなってしかも増えた。
食前に比べ、確かに一歩進んだのかもしれない。
だが、謎の形が変わっただけだ。それだけでなく、謎の数も増えた。さらに混乱の度合いが増した気がした。
気が遠くなっていくのを感じながらも、直樹はなんとか集中力を保って現状の整理に努める。
ツノの変化の原因は明らかだ。食べるたびにツノから全身に駆け巡った得体の知れないエネルギーだ。
エネルギーの影響はおそらくツノだけではない。食べる前と違い、体全体が少し大きくなっている。目線が高くなっている。そう、体感でパッとわかってしまうほどには変化しているのだ。
直樹は自分の体の変化に戸惑いを隠せない。
体が大きくなる、すなわち、質量が増すというのは単純に強くなっていると言い換えられる。
ただただ怯えていることしかできなかった化け物たちに近づけている、対抗できる可能性を手に入れたのだ。ツノの変化も考えればあのとんでもない強さを誇った四本ヅノの鬼に近づいていっているともいえるのではないか。
”進化”しているという事実に、直樹は高揚した。
一瞬で体が大きくなった。得体の知れないエネルギーを貪り、支配され、そして今もまだ、あの暴力的な快楽を求めている。
ただただ怯えていることしかできなかった化け物たちに近づけている、対抗できる、というほどに体を突然変えられてしまっているのだ。
その原因に病的なまでに依存を覚えているのだ。
高揚感は一瞬で冷めていった。
快楽、依存、奪い合い。まるで調教されているような気分だ。
直樹は言いようのない恐怖を感じた。
恐怖は、今はいらない感情だ、と必死に、必死に胸の奥底へと押さえ込んだ。
「ゲェコッ」
突然、後ろ上方から鳴き声がする。まるでカエルの鳴き声のような。
(しまった⁉︎)
不用意に注意散漫になってしまった。あまりの出来事に仕方ない面もある。だが、ここでは致命的だ。
直樹はさっと素早く鳴き声の元へ体を向ける。後ろを振り返り天井を見上げると、そこにはカエルがいた。
直樹とカエルの目線が交差すると、カエルは若干、上体を後ろへ引くように沈め始めた。
(上体を後ろに引きながら沈める……はっ⁉︎)
「この動きっ、まさか!くるっ!」
どこか見覚えのある予備動作…次の瞬間、カエルの口から舌が勢いよく吐き出された。
直樹はソレを思いっきり横っとびすることで避ける。直樹の背後の壁が少しえぐられ、ヒビが入った。
目の前のカエルの舌を使った動きは湖畔で食べられそうになった岩ガエルによく似ていた。岩ガエルと全く同じ予備動作だからか運良く直樹は相手の攻撃を見切り、避けることができた。だが次はどうだろうか。
カエルはゆっくりと舌を口元へ引き戻していく。
直樹は隙を見せないように集中を保ちながらも、内心焦りを隠せずにいた。相手はカエル、ワニの頭をぶち抜くキチガイだ。やばい、殺される。
「ゲェコゲェコッ」
カエルは若干高めの鳴き声で直樹を威嚇する。攻撃に準備が必要なのだろうか。まだ次弾は放ってこない。
なんでもないちょっとした一拍の間。なんとなく岩ガエルならばこんな不自然な間を作ったりはしないのかもなと思った。
一拍おいたからか、奇襲されて動転していた心が少し落ち着く。冷静さを取り戻していくと、ある事実に意識が向いた。
「もしかして…このカエル、子供か?」
ワニを屠り、直樹に糧をもたらした岩ガエル、ヤツはとても大きかった。直樹を余裕で丸呑みできるほどのワニの口と変わらないサイズであった。対して、今対面しているカエルの体高は直樹の身長より若干小さいくらいだ。
そう、岩ガエルではなくチビガエルである。
岩ガエルとの違いはそれだけではない。舌での攻撃だ。おそらくあの岩ガエルの舌での攻撃(舌弾丸とでもよぼう)がなされれば、直樹の背後の壁は綺麗に深くエグれるはずだ。破裂音が、衝撃が岩ガエルの舌の方が段違いに強かったように思われる。もし岩ガエルの舌弾丸このチビガエルのように少しエグれる程度では済むはずがない。まぁ、攻撃を目で追いきれていたわけではないのであまりパワーの差は関係ないのかもしれないが。あと、舌弾丸の予備動作も舌を引き戻すスピードも断然こちらの方が遅い。
そして、チビガエルには岩ガエル、いや、今まであってきた全ての怪物どもと決定的に違う部分がある。
強烈な威圧感が、恐怖が感じられないのだ。
今までの相手にはどうやっても勝てない、そんな生物としての存在そのものが圧倒的上位であるとのイメージを叩きつけられていた。自分はエサでしかなかった。だが、チビガエルからはそんな理不尽さを感じられない。いや、むしろ百歩くらい譲ればなんとか同格に感じなくもない。
まぁ、それでも相手はこの難易度調整ミスった洞窟の住人。何が起こるかわからないが。
「はぁ…」
直樹はため息をひとつ押し出す。
どちらにしろ相手は格上だ。チビだろうが岩だろうがこの洞窟に住まう者、化け物だ。だが、ここまで1日も経ってない直樹の洞窟生活での経験を踏まえてひとつだけ確信していることがある。
これはチャンスだ。
そしてこんなチャンスは二度とない。これを逃したら終わりだ。
おそらくだがここまで勝ち目のある敵と遭遇することは滅多にない。チビガエルは今まで会った怪物の中で一番相性が悪くない。恐らく一番自信のある遠距離攻撃が舌弾丸なのだろうが、その舌がメインウェポンでありながら、これまでの情報で考えると、たぶん弱点だ。
覚悟を決めろ。
戦う覚悟を。
殺す覚悟を。
この世界で生きていく覚悟を。
「はぁぁ…」
直樹はため息をひとつ押し出す。腹の中にうごめく弱音を全て吐き出すかのように力強く吐き出す。
こちらの武器と呼べるものは左腕に刺さったままのワニの牙のみ。特別な戦闘技術もなければ舌弾丸のような特殊能力もない。対するチビガエルは天井という安全地帯からの砲撃だ。圧倒的に不利である。
だが、やるしかない。
チビガエルを睨みつけながら吐き捨てる。
「おい、チビガエル!こいよ!」
あとがき(本編とは一切関係ございません)
直樹「チビガエル、だ、と⁉︎」
チビガエル「ゲェコッ!」
直樹「大人でブラジャーサイズにしかならないのに……チビ、ガエルだ、と⁉︎」
チビガエル「ゲェコッ!」
直樹「この作品は全年齢対象です。お帰りください」
チビガエル「ゲコゲコッ!」
こうして直樹の初戦闘は傷一つない完全試合で幕を閉じた。
★あとがき
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