大いなる癒しの竜少女～アンデッドの弱点は回復魔法です～ (旧題：過剰回復の竜少女〜回復は最強の攻撃です〜)

第1章 領地編

８ 不機嫌スピカ

「ちっ」

　それを聞いた私が最初にした事は舌打ちだった。

　それも露骨に嫌そうな顔をして。

　いや、はしたないとは思うけどね。

　でもなー、はあ。

「それで、いつ到着する予定なの？」

「明後日の正午前を予定しているようです」

「はあ。今度は何人増えているのかね。賭けでもする？」

「そのような下品な賭けはお止めください」

　冗談を交えて話すがそれでも不機嫌なのは止まらない。

　何せあの男が帰ってくるのだ。

　私が最も嫌いな男が。

　男の名前はファクス・リンカネーシア。

　私の父親で真性のクズだ。

　幾人もの女を侍らせ、遊び惚ける。

　一応、正室としてシリウスの母親が妻としているけど、何十名ものあらゆる種族の妾を囲っていて未だに増やしては減らし続けている。

　私の母親もその一人だ。

　そして、子供を孕めば出産はするが子育ては一切しない。

　父親は子供に興味がないし、母親達も子育てで父親との時間が減るのが嫌なのだ。

　ハッキリ言って理解できないが、クズを理解するだけ無駄だと私は思っている。

　そんな真性のクズだけど、民からの評判はいい。

　何故か英雄扱いなんだよね。

　何やら大きな功績を立てて、貴族位と領地、そしてこの国の姫までもらっているのだ。

　絵に描いたような立身出世。

　王からの信頼も厚いらしい。

　さらに領地では善政を敷いている才色兼備の男。

　それが世間一般での父親の評判だった。

　私にはそれが心底理解できなかった。

　アントンにとっても善政を敷いているのは私であって、あの父親はいたずらに領地をかき回した存在だ。

　それなのに私がした仕事をあの父親が評価されている。

　それが我慢ならないらしい。

　シリウス達にとっても私が嫌っている悪い奴といった評価であった。

　ぶっちゃけ、リンカネーシア邸での評判は最悪であった。

　しかし仮にも相手は英雄でご当主様である。

　それなりに歓迎して、さっさとこんな田舎領地から優雅な王都へと帰って貰おう。

　それが私だけでなく、リンカネーシア邸の者全ての思惑だ。

「どうせ数日しかいないのだし仕事もしないのだから何時も通り酒で酔わせておきましょう。適当によいしょしておけば気分良く帰ってもらえるだろうし」

「かしこまりました」

「私もお父様達には会いたくないし、あの子達にも会わせたくないからしばらく別館にいるよ。あと、念のため若い娘達もお父様に近づけさせないようにね」

「そうですな」

「ゴメンねアントン。あんな奴の相手をさせちゃって」

「ご心配なされるな。あの者の相手は慣れておりますゆえ。お嬢様とあの者を会わせる方が我ら使用人一同気が気ではございません」

本当にアントン達には世話をかける。

「ありがとう。とりあえず、お父様が帰ってくるまでにできるだけ仕事を終わらせよっか」

「かしこまりました」

　それから2日後。

　予定通り父親たちが帰ってきた。

　もちろん、私は出迎えなんてしない。

　出迎えなんてしなくてもあの父親は私達子供に興味はないので何の問題もない。

　今回帰って来たのだって、領主としての世間体とうるさくて邪魔な生まれた赤子をこの屋敷に預けに来たのだ。

　種族的にもデキにくい者もいる。

　実際、私の母親は私しか産んでいないのだが、妾の数は多いのだ。

　いや、側室だっけか。

　全員愛しているとかなんとか。

　その割には前までこの屋敷に連れ込んでいた女が何人か見かけなくなっているけど。

　まあどうでもいいか。

　つまり、一年に何人かの子供が生まれるのだ。

　あの父親にとって子供はうるさくて邪魔な存在なのだろう。

　だから、子供が生まれるとこの領主の屋敷に送ってくる。

　今回はその目的も含まれているのだ。

　相変わらずのクズめ。

　そして、私は別館で待機中だ。

　父親達に会いたくないし、何より新しい家族を出迎えなければならない。

「お嬢様、お連れしましたよ」

「あぎゃぁ、あぎゃぁ、あぎゃぁ！！」

　予定通りに、少し歳のとった一人の侍女が赤ん坊を抱いて私達のいる別館にやって来た。

「今回は一人みたいだね。この子の名前は？」

　侍女に名前を聞くが、侍女は顔を強張らせるのであった。

　どうしたもだろう。

「それが……その……名前を考えるのはもう面倒なのでこちらで勝手に付けろと」

「は？」

　その言葉に流石の私も呆然とした。

　どこの世界に面倒だからと名前を考えない親がいるのか。

『は、ははは。何なのよあの男は。もう死んじゃった方が世の中のためじゃない？　みんな協力するわよきっと』

　メーティスも死ねばいいのにと盛大に愚痴る。

　全くもってその通りだよ。

　まあ、あの男のことで怒ってもどうしようもない。

　今はこの子の事だね。

「はあ。本当にあの男は。それなら私が名前を付けてもいいかな？」

「ええ。お嬢様なら誰も文句はいいませんよ」

「そっか。男の子？　女の子？」

「女の子でございます」

『うーん。どうしよう。何かいい案はあるメーティス？』

『そうね。……』

　しばらくメーティスと共に赤ん坊の名前を考える。

　あーだこーだと相談して、

「ミアプラなんてどうかな？」

「大変よろしいかと」

「ふふふ。そうかな？　私に抱っこさせてもらって良い？」

「ええ、もちろん」

　侍女からミアプラをゆっくりと受け取る。

「私はあなたのお姉ちゃんのスピカだよ。今日からよろしくねミアプラ」

『聞こえないだろうけど、私はメーティスよ。よろしくね』

「あぎゃぁ、あぎゃあ、うー？　きゃっきゃっ！！」

　私に抱っこされたミアプラは泣くのを止めて笑い出す。

　ミアプラは無邪気に笑う姿を見て、心が満たされる。

「それじゃあ、他のお兄ちゃん達とお姉ちゃん達に会いに行こうね。今日からみんな一緒だよ」

「うー！！」

　ミアプラはまるで返事をするかの様に元気よく声を上げるのであった。

　ー▽ー

「て事でミアプラを歓迎してみんなでお昼を食べました。ミアプラもすぐに他の兄弟に馴染んだみたいに嬉しそうにしているので良かったです。今はみんなでお昼寝中ですね」

　小さな子が多い子供達はもちろんお昼寝をする。

　その間に眠くない子供は起こさない様に静かに遊んだり勉強をしたりするのだ。

　シリウスなんかも頑張って勉強中だ。

　みんな自主的にやっていて本当に偉い。

　そして、私はその間に師匠の元にきて修行を積んでいる。

　朝じゃなくても空いた時間にはこうして師匠の道場に来ている。

　もっとも、最近は師匠とは剣を交えていない。

　半年前ほどから師匠はあまり剣を握れなくなった。

　病気や怪我などではない。

　それならば、私が治す事ができる。

　単純に老いがそこまで来てしまったのだ。

　剣を振るうことは出来る。

　だけどもはや打ち合うこともままならないのだ。

　だから、私は師匠の前で教えられた型を披露する形になっている。

「ところでスピカよ」

「はい」

「明日、この時間に道場に来られるか？」

「？　ええ大丈夫ですよ。どうしたんです？」

「いや、何もない。来てくれたらそれで良いのだ。ほら、そろそろ子供達が目を覚ます時間であろう。今日はもう帰るが良い」

「はあ、わかりました」

　私は師匠に促されるままに帰路に着く。

　んー、何か違和感あるな。

「何か今日の師匠変じゃなかった？　口数も少なかったし。帰らせるのも早いし」

　何か焦っているような切望しているような。

　そう、真竜メラクの声と似たような感じがしたのだ。

　あの時の声は今でも覚えている。

『そうね。確かに何か変だったわね』

　メーティスも違和感を感じていたみたいね。

『ま、明日になればわかるわよ』

「そうだね」

　釈然としない気持ちのまま兄弟たちのもとに帰ることにした。