7 スピカの日常 その3
なぜ、私がわざわざ村に向かうのか。
この村から嘆願書が送られて来たのだ。
夜、何度も盗賊が現れるので何とかして欲しいと。
普通なら冒険者ギルドに依頼として回すのだが、この村にのみ、何度盗賊が現れて、さらに物品は奪われるが人が無事という点でおかしいので私達が直接来たのだ。
その前に人を送ったけど解決しなかったっていいうのもある。
さらにその人は帰ってこなかった。
件の盗賊に殺されたのかも。
仇はとってあげる。
『そもそもここまで領都の近くに盗賊が現れるのもおかしいものね』
『だね、それに粗方排除したもんね……私が』
メーティスが言う通り、領内、特に私たちが住む領都から近目にいる盗賊達は私によって壊滅させられている。
治安の為もあるが、師匠に修行として倒してこいと放り込まれたのだ。
だいたいは数だけだったので何とかなったけど、をたまーに強いのがいて苦戦した。
女の子を野盗の巣窟に放り込むとか、師匠はどうかしていると思う。
「とりあえず、被害を受けた場所を見せてもらってもいいかな?」
「ええ」
とりあえずの歓迎を受け、村長によって現場に案内される。
『むー、やっぱりおかしいよね』
現場を見ながら村長の話を聞く限りやはりおかしい。
盗賊に襲われたにしては被害が小さ過ぎる。
盗賊が村を壊滅させないのは分かる。
そうすれば自分達の稼ぎ場を失ってしまう上に悪名を高めてしまうのでそれはしない。
悪名が高まれば早々に討伐隊が結成される。
それは防ぎたいはずだ。
それでも、村に大きな傷が残るくらいには略奪するだろう。
なのに、盗賊達は何度も略奪できるくらいに最小限しか略奪していない。
この村のみに略奪しにきている点も合わせて不自然だ。
この村は町からも近く、兵も派遣しやすい。
現に派遣したし。
ハイリスクノーリターンだ。
にもかかわらずそれを実行している。
相手がただのバカならいくつもの村を何も考えずに全滅させているはずだ。
『となると、他に目的がある?』
『そうね。その目的が重要なのだけど……いくつか考えられるけれど、あくまで可能性ね。とりあえずもっと現場検証をしましょう』
メーティスと心の中で会話しながら検証を続ける。
「シリウスは何かわかった事がある?」
念のため、第三者の意見を聞きたかったのでシリウスに聞いてみる。
「えーと、いろいろ不自然だという事しかわかりません。申し訳ありません姉上」
すると、シリウスはションボリしながら答える。
あー、私の役に立ちたくてついて来たが、大して役に役に立たなかった為気を凹ましているって感じ。
「ううん。私もそれくらいしかわからないし、それだけわかれば十分だよ。他にも何かわかったら遠慮なく言ってね」
「はい! わかりました姉上!!」
なので慰める、とシリウスは途端に元気になった。
うん、まあ、元気になってよかったんだけど。
『……私、時々この子の将来が不安になるわ』
『私も』
なんて言うか、シリウスってシスコンなんだよね。
いや、嫌われるよりはいいんだけどなんて言うか度が過ぎている気がする。
私の言葉にいちいちと反応し、常にキラキラと尊敬した目で私を見ている。
私もメーティスも育て方間違えたかも? と思ってしまうほど。
せめてこれ以上シスコンが進まないで欲しい。
そうなったら私は泣く。
きっと泣く。
何て事を考えながら現場検証のみならず、村長に連れられて、村人達からも話を聞いた。
その途中で村人が何度も村に出入りするのが見えた。
なるほどね。
「ふむ。今日はここまでだね。もう直ぐ日も暮れるし」
「スピカ様、盗賊達は何とかなりませんか? 我らももう限界なのです。これ以上奪われると我らは生きていけません」
と村長は悲痛そうな顔をして私に訴える。
……。
「そうだね。……と言ってもこれ以上私に出来ることは無さそう。とりあえず、明日には兵を前より多めに派遣するので後は彼らに頼って」
「そんな……ならば私どもは今日、どの様に過ごせばいいのですか!? 村人達は限界です。日夜盗賊に襲われて、不安で仕方ありません。どうか、どうか我らを守ってください」
村長は私に頭を下げる。
本当に限界だといった感じに必死に。
確かに私はそれなりの名声があると思うけど、兵たちよりも小娘でしかない私を頼るか。
今日、という点では仕方ないかもしれないけど。
「仕方ないね。私の護衛を何人か置いていくので今日はそれで」
「それは危険です姉上!!」
自らの護衛を村の防衛に当てるなんて!! 自身を危険に晒す気ですか!? とシリウスは反論する。
「全員置いていく訳じゃないから大丈夫だよ。それに、後は町に帰るだけだしね」
そう言ってシリウスの反論を否定する。
まあ、帰るだけになればいいんだけど。
「それじゃあ、本当に暗くなっちゃうから帰ろうか」
そして、私達は数名を村に置いて馬に乗る。
馬を走らせる事数分。
はあ、やっぱりか。
「みんな止まって」
私達は馬を止める。
町まで後十数分の距離だ。
「どうしたのです姉上?」
シリウスが聞いた瞬間、側の森の中から大量の盗賊達が私達を遮る形で現れた。
あら、意外と多い。
「へへへ、嬢ちゃん良く気がついたな」
「まあね。それで、コレは何の真似かな? 私はともかく、この子はリンカネーシア家の次期当主だよ? 無礼にもほどがあると思うのだけど?」
私としては目当てはシリウスじゃない方がいいけど。
「はっはっは。この領地の次期当主が誰であろうと俺たち荒くれ者には関係ねぇ。むしろ、俺たちの目的はそこの坊ちゃんではなくて嬢ちゃんの方だ」
「私?」
「ああ。嬢ちゃんほど上玉で高く売れそうな奴は他にいねぇ。だから危険を冒してまでこんな所にやって来たってわけだ」
珍しい、かわいい、綺麗。
そして何よりも儚い。
メーティスに言わせると私を体現する言葉らしい。
まあ、私はアルビノ体質だし、「艶やかに流れる髪は雪の様に白く、その肌は白磁のように滑らかでシミひとつなく、その瞳はルビーの如く紅い」って画家が言ってたっけ。
で、全体的に受ける印象は儚げであると。
触れるだけで壊れてしまいそうな、その存在を保っているだけで奇跡のような。
それらが絶妙にマッチしてまるで神が丹精込めて作り出したかの様な造形をしている。
欲しいと思う者は沢山いるらしい。
特に金持ち連中には。
ってメーティスが言っていた。
まあ実際何度も狙われたことあるしね。
ある程度は自覚しているよ。
実際私かわいいしね。
「貴様っ!!」
そして、私を捕まえて売ろうとしている事にシリウスは怒る。
しかし、それとは反対に私は至って冷静だ。
「なるほど、それで村長さんを脅して、或いは金で買収して私を村に誘き寄せたってわけか。村に何度も襲撃して、嘆願書を書かせる名目を作り上げて。良く視察に行く私なら近隣の村なら直接行く可能性も大きいしね。そして、私が村にいる間にここで待ち伏せしておくと。私に護衛がいてもこれだけの人数がいれば何とかなりそうだしね」
だって全て読んでいたもん。
盗賊の目的が自分である事も。
幼い頃から度々狙われる私にとってある意味この様な事は日常茶飯事なのだ。
もっとも、これほど手の込んだのはなかなかないけど。
「だけど、いくつか減点だね。私を監視するために仲間を村の中に入れておくのはいいけど、その方向に何度も村の外に出るのは不自然。私が来る前に送った人を始末したのもだめだね。私が危機感をもってもっと人を送ることを考えなかった? あと、いくらなんでもここから町まで近すぎる。他にも不確実性が多いとかあるんだけど、一応成功しているからいいかな」
うんうんと余裕を持って頷く。
「へ、へへっ、随分と余裕そうじゃねぇか」
「うん余裕だよ。だって……後ろを見てみなよ」
「後ろ?」
盗賊達は後ろを振り向く。
……がそこには何もない。
「何もねぇじゃねーか!!」
「あれ? 聞こえない? ドドドドドって」
私がそう言った瞬間、盗賊達の耳に音が聞こえ始めただろう。
大量の蹄の音が。
慌ててもう一度振り向く盗賊達。
そこには何人もの騎士達が馬に乗って全速力でこちらに駆けつけている姿だった。
「は……ははっ。何だあれ?」
「私たちを守ってくれる騎士さん達だよ。こうなる事は読んでいたのだから手配させてもらった」
私は村の中での不自然さを結びつけて様々な可能性を考えた。
中でも明らかに自分達を狙っている事が分かったので帰る前にこっそりと護衛の一人を遠回りさせて町に戻らせたんだよ。
「だから、大人しく捕まりなさい」
「っざけんじゃねぇーぞガギがぁ!!」
盗賊は私に手を伸ばす。
まあ、攫って逃げれば勝ちだしね。
私を捕まえて、騎士達から逃げれば勝ち。
人質にもできるし。
残念ながら騎士達から逃げるよりも私を捕まえる事の方が遥かに難しいと思うよ。
盗賊の伸ばされた手が体から離れて地面に落ちる。
「は?」
そして、盗賊の意識はそこで終わった。
反応なかったし何をされたのかも分からずじまいだったんじゃないかな。
「全員、シリウスを護って。私は大丈夫だから」
「承知いたしましたお嬢様」
護衛達はシリウスを護るように陣形をとる。
「姉上……僕も戦います!!」
「ダメだよ。あなたじゃまだ危ない。数も多いし」
「しかし、姉上一人に任せるなんて」
「役に立ちたいのは分かるけどあなたはまだ子供なんだから護られていて。もう少し大人になってからね」
言いながら馬から降りる。
「さて、盗賊さん達。覚悟はいいね」
そして、私と騎士達による蹂躙が始まった。
戦力も機動力も違う盗賊達は全て私達の手によって捕らえられたのだ。
「まったく、さっさと逃げれば逃げられたかもしれないのにね。そうまでして私が欲しいのかしら。私って罪な女」
『何言ってんのこの子は。そんなこと言って恥ずかしくないの?』
「うるさいな。この前見た劇で言っていたセリフを真似てみただけだよ!」
メーティスが言うからなんか恥ずかしくなったじゃん!
ー▽ー
「て事があったんですよ」
そして翌朝、師匠と剣を交えながら昨日の出来事を話す。
町に盗賊達を連れて帰って盗賊達を尋問した。
結果、村長を含めて村の上役数名が金で買収されている事が判明。
そのまま約束通り兵達を村に派遣したのだ。
もっとも村を守る為ではなく村長達を捕らえる為にだけど。
今頃捕まっている頃だろう。
「ふむ。それで盗賊どもは一人も逃しておらぬだろうな」
「もちろんです。何人か馬に乗っていましたがうちの騎士達の方が速いですし」
「お主もちゃんと戦ったのだな?」
「ええ。まあ、シリウスの側をあまり離れたくなかったので粗方は騎士達に任せましたが」
「ならばよし。強くなる為には実戦が一番じゃ。相手が弱くても己が糧となる。スピカよその調子で強くなるのじゃ」
「了解です、ししょあいたっ!!」
話は終わったと言わんばかりに剣を叩きつけられる。
刃引きはしてあるので大した怪我はないけど、それでも打撲などはできるほどの強さだ。
普通に痛い。
「まだまだじゃの」
「むー。もう少しだと思うんだけどなぁ」
私と師匠の技量の差は確実に縮んでいるはずなんだけどな。
でもまだ、確たる差として存在するってことか。
「はっはっはっ。そう易々と通せはせんよ。だが、お主はまだまだこれからじゃ。これからも修行は厳しく行くぞい」
「わかりました師匠!!」
こうして私の日常は続く。
師匠に剣を鍛えてもらい、アントン達と仕事をし、シリウス達兄弟と過ごす。
多少イレギュラーがあれど、それは確かに私の日常であった。