67 霊樹の祭壇
霊樹の祭壇に行くことはそんなに難しいことではなかった。
第一に牢屋の中とはいえ、すでに里の内部にいたこと。
第二に話を聞く限り、私たちをその祭壇で霊樹の生贄にするつもりだったのか祭壇までそこまで距離がなかったこと。
第三にカヤの能力で他のエルフたちに見つからずに移動できたことが原因だ。
カヤのおかげで私たちは誰にも発見されずに祭壇までたどり着くことが出来た。
唯一祭壇まで通じる一本道には人がいたけど、強襲して速攻で突破した。
そして祭壇に上がる。
そこには有力氏族の人たちと思われる人たちと族長がいた。
「よく来たな、生贄ども。そして愚かなるヒエラクスの忌み子よ」
族長はまるで私たちがここに来ることが分かっていたみたいだ。
ていうか、ヒエラクスの忌み子ってなんだよ。
カヤの事を言っているなら許せない。
「まるで私たちがここに来ることが分かっていたみたいだね」
「当然だ。私はここにいながらこの聖域のすべてが分かる」
嘘。
そんなこと高々エルフに絶対にできるはずがない。
一部なら知るすべがあるかもしれないけど、それにしたって何かしらの力を借りないと絶対に無理だ。
もし、本当にそんなことが出来るなら。
「自分は神にも等しいとでも言いたいの?」
「そうだ。私はすべての種族の頂点に立つハイエルフの族長。それすなわち神と同等の存在である」
族長は一切のためらいもなくそう言いきった。
なんて傲慢な。
こうして対峙してみるとミヒャエルとは違い、族長になるだけの存在感を感じる。
だけど、彼らの族長なだけあって、その選民思想も傲慢さもかなりのものらしい。
「それ以外の存在はすべて私の元に跪くしかないのだ。こうして私と話していられるだけでも本来ならあり得ないほど光栄なことなのだよ。分かったかね劣等種諸君」
こうして話してはいるが、私たちを見る族長の目は道具を見る目と同じで合った。
ふざけるな。
本当に何様のつもりなんだ。
自分たち以外認めるつもりはないのか。
カヤが今までどんな思いで頑張ったと思っている。
「族長」
「なんだ、ヒエラクスの忌み子よ」
「何がヒエラクスの忌み子ですか!! 彼女にはれっきとしたカヤという名前があるでしょう!!」
族長の態度に耐え切れなくなったミラが怒りをあらわにする。
彼女は貴族として、人の誇りを大切にする。
故にカヤを人と認めず、忌み子として忌み嫌う族長が許せないのだろう。
私もそうだからわかる。
「ミラさん。いいんです。確かにボクはこの里にあって唯一のハーフエルフ。忌み子と呼ばれても仕方ないかもしれません。だからボクはあなたたちに認められるように努力しました。お母さんが忌み子を産んだ魔女と言われなくなるように、何一つ間違っていなかったって言えるように」
「愚かな。だから貴様もそして貴様の母リースも愚かなのだ。いいか最後に教えてやろう。貴様がこの里において認められることはどれだけ努力しようとあり得ないことだ。そして、そんな貴様を生んだリースは未来永劫、忌み子を生んだ母として侮蔑の対象になることであろう」
こいつ。
「では、何故今までボクはこの里から追放もされず、殺されずにいたんです」
「そんなことか。当然、貴様が便利な道具だからに決まっているだろう。貴様がいる限り我が里の守りは万全だったのだ。幸せだっただろう。我らハイエルフの役に立ったのだから」
「さすが族長」
「忌み子とはいえ使って差し上げる、何というやさしさ」
族長の言葉に側にいる有力氏族たちが族長に追随する。
その言葉はカヤを否定し、傷つけるものでしかない。
「お前らぁぁっ! どれだけカヤを侮辱すれば気が済むんだ!! カヤは人だ! お前たちなんかよりも立派な人だ! 決して道具なんかではないっ!!」
怒りで頭が真っ白になりそうになっていたからか、もはやだれが言った言葉なのかわからなかった。
メーティスが私の心の中で言ったのかもしれないし、ミラが言ったのかもしれないし、カイエンさんが言ったのかもしれない。私かもしれない。
「劣等種がどれだけ喚こうが、ここにおいてその忌み子は道具でしかなかったのだ。そしてもはや不要なゴミでしかない!」
族長が、懐から黒い宝玉を取り出すと、地面から霊樹の根が盛り上がり、姿を見せた。
「だが、貴様に最後の栄誉をやろう。私が真なる神となるための礎になるのだ!!」
霊樹の木の根の先端がカヤを貫こうと高速で迫る。
まずい、判断遅れた。
それでも、何とか体を動かしてカヤを守ろうとしたけど、杞憂に終わった。
当然だ、この状況で一番怒っているのは私でも、メーティスでも、ミラでもない。
知らなかったとはいえ、自分の子が侮辱されて怒らない人ではない。
そして、この状況で自分の子を守らない人ではない。
カヤを守るように立ち、霊樹の木の根を一瞬でバラバラにしたカイエンさんの姿がそこにはあった。
「俺の子に散々好き勝手言ってくれたな。だが、この俺がいる限りもうカヤを傷つけさせはせんぞ!!」
「お、お父さん」
カイエンさんの声と共に発せられた怒気が凄まじい。
こっちまでピリピリとした感覚が起きてくる。
おかげで冷静になれた。
「劣等種風情がぁ。私の邪魔をするか」
「何度でも邪魔をしてやるよ」
「ならば、お前から生贄になれっ」
族長が黒い宝玉を掲げると、さらに数本の霊樹の木の根のが槍のように迫る。
だけど、何本に増えようがカイエンさんはそれをバラバラに切り刻む。
「ば、ばかな。何者なんだ貴様は」
「はっ、俺は劣等種だよ。ただし、世界最強のなぁっ!!」
この人本当に化け物だね。
世界最強なんて言っているけど、あながち間違いではないかもしれない。
「くっ、仕方ない。多少不完全だが計画の最終段階に入ろう」
カイエンさんのあまりの強さに焦りが見えた族長だが、次の瞬間には落ち着きを取り戻していた。
「計画だと?」
「すべてはこれを手に入れた時から始まっていた」
そう言って族長は黒い宝玉を高らかに掲げる。
「この宝玉を使えば、私は霊樹を操れることが出来る。生贄をささげれば、さらにより強く霊樹を操れる」
なるほど、この聖域は霊樹によって成り立っているみたいだから、その霊樹を操ることによって、聖域内のことを知覚したり、大規模な転移を可能にしていたのかもしれない。
カヤが言っていた生贄っていうのも、黒い宝玉の力を使って霊樹を操れるようにしていたのもなのかも。
「神にも等しい私だが、この霊樹の力を完璧に我が物としたとき、私は完全なる神となるのだ!!」
次の瞬間、黒い宝玉から大量の瘴気があふれ出す。
族長は黒い宝玉から瘴気を垂れ流しながら、ふわりと浮かぶと霊樹に吸い込まれていった。
族長と霊樹がいびつに融合する。
霊樹の幹から族長の上半身が生えているみたい。
『ふ、ふはは、ふははははは!!』
うっ。
声は族長の上半身から聞こえるが、まるで霊樹全体から発せられるようなプレッシャーを感じる。
これはキツイ。
『素晴らしい! 素晴らしいぞ!! なんてすさまじい力なんだ』
「族長、なんて素晴らしい姿に」
「これで世界は我らのものに」
「族長万歳! フェルナンド様万歳!!」
『だが、足りない。もっとだ。もっと私に力をよこせぇえええ!!』
先ほどとは比較にならない霊樹の根が地面から生えてくる。
「「「ぎゃああああっ!!?」」」
そしてそれは私たちにではなく、最も近い位置にいる有力氏族たちに襲い掛かった。
「ぞ、族長!? いったい何を!??」
『ふはははは、神の一部になれることを光栄に思うがいい!!』
元々そういう性格なのか、黒い宝玉の影響で精神が歪んでしまったのかはわからないけど、族長はもはや同族ですら、自らのために犠牲にするようになっていた。
まあ、カヤを迫害している時点でロクな奴ではなかったと思うけどね。
そして当然ながら霊樹の根は私たちにも襲い掛かってくる。
カヤは、族長たちに言われたことで傷ついてしまっているのか、うつむいたまま。
だけど、カイエンさんが守っているので大丈夫だと思う。
「ミラっ!」
今まさに霊樹の根が襲い掛かってきているにもかかわらず、ミラは顔を青くして、口元を手で押さえて動けずにいた。
間一髪で、私がミラを突き飛ばす。
何とかミラは無事だったけど、代わりに私の腕が吹き飛んでしまった。
くそっ、やっぱり瘴気が。
この程度なら一瞬で回復できるけど、きついね。
「スピ、カ」
「ミラ大丈夫!? どうしたの?」
「霊樹が、酷い。浸食されていて、悲鳴が」
そう言えば、この聖域にたどり着けたのも、ミラが声に導かれたからだ。
その声が霊樹という事は、黒い宝玉の力で浸食されていた霊樹が救いの声を出していたのかもしれない。
そして今、霊樹は本格的に族長と黒い宝玉によって、浸食されて、乗っ取られている。
私も、瘴気が霊樹を侵しているのはわかるが、ミラにはそれ以上に見えているのかもしれない。
再び霊樹の根が迫る。
ミラを抱えて避ける。
私じゃカイエンさんみたいに剣でバラバラにできないからね。
何とか回避することはできているけど、こんな時に動けないのはまずい。
「ミラ、しっかりして!!」
距離を取ってからミラの肩を掴んで揺さぶる。
「スピカ。そうですわよね。すみません、動揺していましたわ。スピカ、霊樹はとても傷ついています。悍ましい力に浸食されて、無理やり操られて。スピカお願いします。わたくしは霊樹を助けたいですわ。力を貸してくださいまし」
「当然! 黒い宝玉にもあんな奴にも思い通りにさせない。いつも通りやっつけるよ!」
剣を抜いて人竜化する。
最初から全力でやる。
カヤは心配だけど、ミラを抱えて回避している時に結構距離が離れてしまった。
こう巨大な敵と戦うとなると今からフォローに入るのは難しい。
彼女の事はカイエンさんに任せるかな。
ひとまずは私たちは私たちで戦うとしよう。




