65 また牢屋
以前、盗賊に捕まった時にも牢屋に入れられていたけど、まさかその数か月後にまた牢屋に入れられるとは思いもしなかった。
私たち何も悪いことしていないのに。
あ、あっちからしたらハイエルフがこの聖域に入った時点で処罰の対象なのか。
つまり、私たちが悪。
善悪って難しいね。
とまあ、捕まって半分現実逃避をしているけど、見ようによってはこの状況は悪くはないかもしれない。
捕まったとはいえ、こうして里の中に入り込めたのだから。
何とかここから情報を集めて、最終的には脱出かな。
とはいえ、
「三日も飲まず食わずはキツイ」
そう、私たちは捕まってから三日も何も食べていないし飲んでいない。
何か接触があるかなって思っていたけど、何もないから本当に参る。
いや、たぶんそろそろ何かしら誰かが接触してくると思うんだけどね。
たぶん三日も私たちを放置していたのは私たちを弱らせるため。
人間、飲まず食わずで3日も放置されていれば弱り果てるもんね。
そうなったら暴れられることもない。
私も領地で凶悪犯を捕まえた時によくやる手だったから。
びっくりするくらいなんの気力もわかなくなるんだよ。
まあ、私たちは大丈夫なんだけど。
なんせ、そんな食べたり飲んだりしなかったくらいで、弱ったりは絶対にしないよ。
私の回復魔法がある限り。
栄養不足や脱水症状を回復させるのはもちろん、空腹やのどの渇きを回復させることだってできる。
ただねぇ、食べたり飲んだりしていないことには変わりないから、気分的に腹は減るし飲み物も欲しくなる。
それにいくら回復できるからと言っても、人間として飲み食いしないのはどうかと思うからね。
そういう意味ではなかなかにキツイんだよね。
「ミラ、大丈夫?」
「ええ、おかげさまで。まあ、元気かどうかで言えば元気じゃありませんが」
「何だったら携帯食料を出して食べてもいいよ」
ミラには空納の魔法が使えるからね。
容量の関係で、基本的なものはミラに預けていた入りする。
「わたくしだけそういう訳にはいきませんわ。それに、両手を後ろで塞がれている状態でどうしろと」
ミラも貴族の令嬢だし、地面に置いた食料を這って食べるのはさすがに嫌なんだろうね。
まあ、魔法を使えば何とでもできそうな気はするけど、ミラなら。
「それにしても暇だね」
「そうですわね。」
「そういえば、霊樹から何か声が聞こえたんだっけ?」
「ええ、ですが今は何とも。あの時はかなり集中していましたし、今の状態で同じことやれと言われても無理ですわ。やはり霊樹の元まで直接行かないと」
「そうなんだ」
ぶっちゃけ、逃げようと思えばいつでも逃げられた。
手錠で腕を後ろで縛られているけど、やろうと思えばいつでも抜け出すことが出来るし。
多少、魔法が阻害されてはいるけど、このくらいならミラでも問題ないはず。
霊樹の元に行くのをあきらめて逃げるならそう難しいことではないんだよね。
だけど、それに待ったを掛けたのはミラだった。
ユニケルさんの依頼に関係なく、どうしても霊樹の元まで行きたいらしい。
たぶん、ミラが聞いたっていう霊樹の声が関係あるんだろうね。
だから、私たちは霊樹の元まで行ける機会を待っているのだ。
そしてそのチャンスは訪れた。
コツコツコツと音が聞こえる。
「勝手に入ってよろしいのですかミヒャエル様」
「当然だ。次期族長である私をコケにしたあいつらに身の程を教えてやるのだ」
こちらまで聞こえてくる声を荒げながら数名の見覚えのあるエルフが牢屋にやって来た。
「くっくっく、良いざまだな。劣等種の相応しいじゃないか」
その中でも、恐らくこの中で一番身分が高いであろうミヒャエルという男が開口一番にそう言った。
「何しに来たの?」
「お前たちはもうすぐ霊樹の生贄にささげられるからな。そうなる前に、私をコケにした罪を償わせに来たのだ」
「な、なんだって!?」
そんな、そんな。
このまま何もしなくても、霊樹の元まで行けるってことじゃないか。
霊樹の生贄にするってことはそこまで行けるってことだろう。
ただ気になるのは、話を聞く限り霊樹っていうのはかなり神聖なものだと思っていたんだけどな。
少なくとも生贄が必要な物とは思えないんだけど。
『ユニケルさんがそんな所に送るとは思えないもんね』
そうなんだよね。
何か嫌な予感がする。
「くっくっく、今さら怖気づいたところでもう遅い。劣等種が至高種であるハイエルフの、次期族長である私をコケにしたことを後悔するがいい」
そう言ってミヒャエルは懐から鞭を取り出した。
もしかしてこいつ、変態?
「ていうか、さっきから私に話しかけているみたいだけど、私何もしていないよね。コケにしたっていうけど、もしかして殴られたこと? だったら殴ったのはあっちだよね。」
目線を横に向ける。
そこにはのんきに寝ているカイエンさんがいた。
この状況で寝ているってことは、このミヒャエルたちはカイエンさんにとって全くの脅威ではないってことなんだろう。
実際に小物にしか感じないし。
とても次期族長とは思えない。
ハイエルフといい、この里の人たちは自己の過大評価が好きなのかも知れないね。
「やり返すんだったらあっちじゃない。あ、もしかして、怖いの? 牢屋に入れられて捕まっている人間がまさか怖いの? 怖いから彼の仲間で一番弱そうな私に八つ当たりしようとしているのかな」
「う、うるさい!!」
私がそう言うとミヒャエルは顔を赤くして、鞭を地面に振るった。
うわっ、アレ当たったら痛い奴じゃん。
まあ、でもこのまま煽るしかないかな。
下手にミラが標的になっても困るし。
痛み程度ならある程度軽減できる。
「あーあ、そんなに必死になって。自分たちを至高種だなんて言って。まるで、自分が小さい人間だっていうのを隠しているみたいだよ」
「だ、黙れ!!」
「っっ!!」
牢屋越しに振るわれた鞭が私に当たる。
結構痛いな。
「スピカ!?」
「ミラ、大丈夫だから」
心配するミラに、小声で大丈夫だと言う。
「自分で否定できないからって、すぐにそうやって暴力を振るう。ああ、もしかしてカヤを殴ったりしていたのも、自分がカヤの上だと思いたいから? カヤはすごいからね。こんな里で唯一のハーフエルフなのにひたむきで強くて。すごい能力も持っている。あなたがどんなに頑張っても一生追い越せないほどの。だから、ハイエルフである自分がハーフエルフのカヤに劣っているだなんて認めたくなくて、殴ったりしているんでしょう。わらえる。ほんと、小さい男」
「黙れ! 黙れ! 黙れ! 黙れぇぇぇぇぇぇ!!」
バシバシと牢屋越しに何度も鞭が振るわれる。
力任せに振るっているからか、何度も鉄格子に当たって私に届くことはなかったけど、それでも何度もたたきつけるから、何度かは私に鞭が当たる。
てか、牢屋越しに鞭を振るうってどれだけ小物なのかね。
何度か当たるって言ってもまともにほとんど当たっていないのが現状だ。
『スピカ大丈夫!?』
『大丈夫大丈夫。回復魔法で軽減しているから。それにしても我ながらよくここまでほぼ初対面の相手を煽れたものだよ。才能あるのかもね』
『そんなこと言っている場合じゃ』
『ごめん、そのまま適当な話させて。気がまぎれる』
『...わかったわ』
回復魔法を使っているし、大丈夫なんだけど、痛くない訳ではない。
当たるときは当たるし。
だから、気を紛らわせるために、メーティスと心の中で会話する。
「劣等種が! 劣等種が! 劣等種が!」
「ミ、ミヒャエル様。これ以上は」
「私に指図するなっ!」
冷静さを失ったミヒャエルはお供の声も聴かずにひたすら私に鞭を振るう。
まあ、この様子なら私以外をターゲットにすることはないだろうね。
本当は反撃したいけど、手錠外したりしたらめんどくさいことになるかもだからこのまま我慢する。
復讐はその内する。
そう思い、終わるまで我慢することを決意したのだけど、その直後に、
「やめろぉぉぉっ!」
一人のエルフが入って来てミヒャエルの横顔を殴り飛ばした。




