58 3人目
「うわっととと」
海賊船からの砲撃によって波が発生し、船が揺れる。
まあ、海賊が襲っている船を沈めるとは思えないので、威嚇射撃およびこちらの船の行動の制限だろう。
現に、すぐさま、砲撃をやめ、降伏勧告を出してきた。
もちろん降伏なんてするわけはないので、すぐさま戦闘が始まる。
こちらは相手の船を沈める、もしくは撃退で勝ち。
海賊は、こちらに乗り込んで制圧すれば勝ち。
だから、まあ、海賊はこのままこっちに突っ込んでくるだろうね。
海賊船を沈めること自体はかなり簡単だ。
ミラにお願いすればいい。
ミラの魔法なら海を操ってどうとでも海賊船を沈めることができる。
ただ、さすがにそれはお願いできないかな。
いざという時は仕方ないかもしれないけど、犯罪者とはいえ、いくら何でも虐殺させるわけにはいかない。
そういうのは荒事が好きな人たちに任せればいい。
カイエンさんとか。
カイエンさんに任せておけば、ある程度の距離になったら勝手に切り込んでくれるでしょう。
つまり私がやるべきなのは、外の様子が分かる所でミラの側で待機していればいい。
しばらく様子を見守っていると、海賊船から何かが飛んできた。
アレは大砲の玉ではないな。
人?
え、何その超長距離ジャンプ。
カイエンさんですらまだ切り込みに行っていないのに。
「とう!!」
海賊船から飛び出してきた人が船首に降り立つ。
女の人で、その背中には背丈以上もある大きなハンマーを背負っていた。
「我こそは、鮮血の淑女会、天秤のリベラよ!」
そして、どこかで聞いたことがあるような組織の名前を高らかにあげた。
ー▽ー
「リベラとやら、なんの用だ?」
船長が警戒しながら、リベラに話を付けようとする。
「せっかく私が海賊どもを押さえて降伏勧告を出してやったのに降伏する様子もないから。仕方なく私が直々にここまで来たのよ」
ん? どういうこと?
そもそも海賊たちは問答無用で私たちを攻撃しようとしてたってこと?
「それはつまり、お前は海賊ではないという事か?」
「当り前じゃない。あんな野蛮で汚らしい連中と一緒にしないで。ここまでくる必要があったから適当に海賊船を襲って手なずけたに決まってるじゃない」
えー何それ。
相変わらず鮮血の淑女会の連中は意味が分からない。
なんだか嫌な予感がするし。
「だったら、お前の望みさえ叶えば海賊たちを連れて立ち退いてくれるってことか?」
「ええ、もちろん。私たち鮮血の淑女会は依頼でもないのに一般市民を傷つけたりはしないわ」
それはつまり、依頼があれば何かしらはするってことだよね。
「それで、お前の要望は?」
「この船にスピカって女がいるって聞いたんだけど出してくれる?」
ほらやっぱり!
ロタリエルとかアリエスの復讐か?
私何もしていないんだけど。
「そんな女はいない」
「えー、じゃあ、この船に黒い宝玉ない?」
その言葉を聞いた瞬間、私たちは瞬時に動いた。
私たちは船の中から飛び出し、カイエンさんはリベラに切りかかった。
「きゃっ」
女らしい悲鳴と共にリベラはカイエンさんの斬撃をカイエンさんの頭上を飛び越えるようにふわりと回避した。
カイエンさんはそこから信じられない速度で切り返し、上空に向かって斬る。
完璧に当たったかのように見えたが、今度もまるで羽のようにふわりと舞い上がるようにリベラは上空に飛んだ。
何アレ?
「カイエンさん!」
「おお、スピカか。見たか、アイツ俺の攻撃をよけやがったぞ。なかなかに楽しませてくれそうだ」
とりあえずカイエンさんの元まで向かうと、それはそれは嬉しそうにカイエンさんは獰猛な笑みを浮かべていた。
戦闘狂め。
「そんなことより聞こえたよね? アイツ黒い宝玉って言ってた」
「ああ」
「もしかしたらアークとつながりがあるかもしれない。できれば捕まえたい」
「わかっている。だが、捕まえるとなると厄介だぞ? 見て分かったと思うがアイツは普通じゃない」
確かに、リベラの変な回避能力を考えると普通に捕まえるのは難しいかもしれない。
何しろカイエンさんの斬撃すら回避していたんだから。
まるで羽みたいにひらりと。
『重力系の魔法ね。文字通り羽の様に自分の体や持ち物を軽くしているんだと思うわ。それこそカイエンさんの剣の風圧でふわりとね』
「なるほど」
『あと、軽くできるってことは逆もあり得るから気を付けて』
「わかった」
さすがはメーティス。
少し見ただけでそこまでわかるなんて。
「てことらしいよカイエンさん」
「なるほどな」
メーティスのリベラの能力の予想をカイエンさんに伝える。
予想とは言ったけど、メーティスがこの手の事に関して間違ったことはない。
「厄介には変わりないが、それなら注意すれば次は斬れる」
「よし。なら最悪殺してもいいよ。死んでも私が回復させるから」
リベラがアンデッドじゃなければだけど。
アンデッドなら逆に浄化によって消滅してしまうからね。
ただ、アイツからアンデッドの気配はしないから大丈夫なはず。
黒い宝玉の持ち主で気配は隠ぺいされていたらわからないけど、たぶん大丈夫。
「ありがたい。ならば心配あるまい」
「ミラもバックアップよろしく!」
「はいですわ」
後は周りには他の船員たちもいるけど彼らじゃ荷が重いから手出し無用と船長さんに伝える。
私たちは客人だし、見た目は非力な女でしかない私とミラがいるから反対されたけど、私とカイエンさんの訓練を思い出したのか最終的には納得してくれた。
彼らには海賊に専念してもらう。
さて、これで盤面は整った。
「話し合いは終わったのかしら?」
「あら、待っててくれたの? 随分とお優しいことで」
「作戦会議をしている所を襲うのは私たちの流儀じゃないからね。でも、そんなサービスはここまでよ」
そう言ってリベラは背中の大槌を手に取って構える。
見た限りはとんでもない重量を誇っているであろう大槌を易々と。
やっぱ軽くして持ってるってことか。
「それと、あんたスピカでいいのよね?」
「うん」
「なんだ、やっぱいるじゃないの。まあいいわ。どうせ素直に降伏してくれないだろうから、痛い目を見てもらうわね!!」
先ほどと同じようにふわりとリベラは飛び上がり、そして突然急降下してきた。
「っ!?」
そういう動きをするとは予測していたけど、それでもあまりな緩急さに一瞬リベラを見失った。
大げさに飛んで何とか回避するが、とんでもない風圧が私を襲う。
『どんな質量してんのよ!? あんなのくらったらひとたまりもないわよ!』
リベラが軽々しく扱っているからわかりにくいが、メーティスが言うには見た目以上にあの大槌は質量があるらしい。
やっぱり重くもしているのか。
風圧によって吹き飛ばされたので着地地点を船の壁に変更し、着地。
反動を利用して一気に距離を詰める。
「シッ」
「きゃっ」
そのまま勢いに乗せて横なぎに剣を振るうがやはりふわりと回避された。
単に羽のようになるだけなら私でも斬れるだろうけど、リベラ自身超一級の戦闘センスを持っているのだろうね。
彼女自身の能力を十全に使いこなしていないとこうは回避されない。
確かにこれは厄介だね。
カイエンさんの攻撃をよけただけのことはある。
あと、何ともないくせに妙に可愛い声出すのがムカつく。
「カイエンさん!」
「おう!」
ズサーと着地して慣性で滑りながら後ろを向いてカイエンさんに追撃を頼む。
頼む前からすでに動いているカイエンさんは空中にいるリベラに向かって斬りかかる。
普通身動きが取れない空中にいるリベラだが、彼女に限ってはそんなことはない。
自分を軽くして相手の攻撃の風圧でふわりと回避できるのだから。
だけど、カイエンさんはそんな彼女を次は斬れると言った。
ーーギィイイイン
金属がぶつかる音が聞こえる。
宣言通りカイエンさんはその超人的な剣技で風圧を起こすことなく斬って見せた。
だけど、そんなカイエンさんの一撃をリベラはその手に持つ大槌の柄で防いだ。
だが、剣聖とまで言われたカイエンさんの一撃を完全に防ぐことはできず血しぶきが舞う。
だけど、全然致命傷じゃない。
多少はダメージを受けただろうけど、全然生命力が衰えた感じはしない。
それこそ回復魔法を使わなくても問題なく戦闘行為が続行できるくらい。
「ぬぅ、浅かったか」
悪態を突きつつもカイエンさんは冷静に身を翻して2撃目を放つ。
「はぁっ!!」
またも無風の一太刀は今度は空を切った。
リベラが大槌を回転させて発生した風圧で上空に飛んで行ったのだ。
「うっ、くっ、痛ぁ。やってくれたわね。斬られたの何て久しぶりよ。傷が残ったらどうしてくれるの」
「そんなこと知るか! ミラお願い!」
「はい!」
私の指示と共にミラが魔法で海から3つの巨大な水の槍を発生させる。
ミラの意のままに操られたそれはリベラに襲い掛かる。
リベラに当たる直前、彼女の顔は驚愕に染まる。
「ちょ、なによこれ!? 風が」
あー、なるほど。
水を操るとともに先端付近の風を操って風圧が発生しないようにしているのか。
風圧が発生しなければいくらリベラが軽くなっても逃げられない。
そんな状況でもあってもリベラは往生際が悪く、逃げ出した。
大槌を回転させて発生させた風の反動で、大槌を振り回した慣性で。
ふわりふわりクンッとトリッキーな動きで回避し、時には大槌で水の槍を破壊する。
しかし水の槍は流動体。
はじけて飛び散ってもすぐに元に戻る。
「なかなかしぶといですわね。ならばこれならどうですか!」
さらに追加で水の槍を追加するミラ。
「ちょ、それ反則!!」
いくらトリッキーに動こうといくつもの強大な水の槍に囲まれたリベラにもはや逃れる術はない。
そう思っていた。
「は?」
信じられない光景に思わずマヌケな声を出してしまった。
でもこれは仕方ないことだと思う。
周りを見てもポカーンとしている人がほとんどだし。
逃げられないと思ったのかリベラが取った選択は正面突破だった。
大槌を下にしておそらく可能な限り重くしたんだろう。
ミラの強大な水の槍を突破して、そのまま真下にあった海賊船も突破した。
うん、たぶんそのまま突き抜けたんだと思う。
結果、海賊船はかなりの質量に衝突したせいで船体が真っ二つに割れ、そのまま沈没した。
そしてリベラもそのまま海上に上がってくる様子はない。
「えーと、ミラ、海中にリベラの反応はある?」
「えっ、あっ、はい。えーと、見つかりませんわ。おそらくそのまま深くまで沈んでいったのではないかと」
あっ、はい。
たぶんだけど自滅だね。
まあ、一撃で海賊船を沈没させるくらいの質量で海に突っ込んだらそりゃ深く沈むだろうね。
海の中だし慣性が働いて軽くしてもすぐには上がってこれないだろう。
どれだけ深く沈んだのかは知らないけど、ミラの感覚外なら相当だろう。
「マジでなんなんのあいつら」
鮮血の淑女会。
誰もかれも相当な実力者だ。
なのになんでこんな自滅しかしないのだろうか。
色物しかいないのかな。
私は何とも言えない気持ちになってしばらく黄昏ていた。
今回の鮮血の淑女会でした。
短編投稿したのでそちらもよろしくお願いします。
エロゲの世界にTS転生した話です。




