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5 スピカの日常 その1

パチリと目が覚める。


「んーーっっ、メーティスおはよう」

『スピカ、おはよ』


ぐーーっと体を伸ばし、メーティスと朝の挨拶を交わしベッドから降りる。

それから、顔を洗い、動きやすい格好に着替えて屋敷の外に出る。

朝日はまだ昇りかけだし、人も誰もいない。

そんな道を歩いて向かった先は道場。

私が道場に入ると中には一人の老人が瞑想をしていた。


「師匠、おはようございます」


私が老人に挨拶をするも老人は口を開くどころかピクリとも動かない。

瞑想しているというよりも、老人が座ったまま死んでいるようにしか見えない。


「あれ、もしかして死にました?」

「ワシを勝手に殺すな!!」


目の前の光景をそのまま口にすると、老人はカッと目を開き、怒られた。


「いや、挨拶くらい交わしてくださいよ。師匠はいい年齢なんですから死んだと思ってしまいますよ」


実際、老人、もとい師匠の見た目は今にも寿命を迎えそうなほど高齢なんだよね。

まあ、さっきも死んでいるようにしか見えなかったけど、これはいつもの光景だけど。

死んでいない事にはちゃんと気づいていた。

冗談を言っただけだったのだ。

なのに毎回あんなに怒らなくてもいいのに。


「まだまだ未熟な弟子がいるのに、そう簡単にくたばれんわ!!」

「そうですね。でも気をつけてくださいよ。私が知らないうちにポックリ逝かれても困りますから」

「ならばワシが寿命で死ぬ前にワシを超えてみせよ」

「了解です」


朝の挨拶も終えたことということでお互いに剣を構える。

老人は私の剣の師匠だ。

幼い頃から師匠に剣を習っている。


師匠の名前はデュラン・スターティア

かつて『流星』と言われ英雄視されていた剣士であった。

彼はその剣技を磨きながらも年齢を重ねた。

そして、年齢を重ねた結果、肉体のピークはとうに過ぎ去り、体力も集中力も落ちた。

これ以上強くなるどころか衰退していくばかりであった。

潮時だと感じたデュランはこの街に道場を構えて弟子をとる事にした。

しかし、一向にこれだという弟子には出会えず、仮に弟子を取ってもその厳しい稽古からすぐに辞めていった。

新たな地を求めて旅立つ体力も無くなり、まともな弟子をとる事ができずにただ朽ちていくだけであった。

そんな時、とある幼女が道場を訪れた。

十どころかその半分にも満たないであろう幼女だ。


まあ私なんだけどね。

その時のことを今でも覚えている。


いろいろと道場を回って、これだと思って弟子入り志願したんだけど師匠はそれを断った。

散々弟子にその厳しさから逃げられた。

その厳しい稽古に幼女がついてこられる筈がない。

さらに、師匠の剣術は二刀流。

片方に一本ずつの剣を握らなければならない。

あの時のわたしは剣を握るには幼すぎたもんね。

そう言って師匠は私を追い返したけど、私は諦めずに何度も道場に足を運んできた。


メーティスが三顧の礼と言って。

あの人しかいないから何度も行けって。


師匠は何度も追い返したが 最終的には折れて稽古をつけ始めてくれたのだ。

頑張った割には私に剣術、というより戦う才能がなかったけど。

しかし、年齢の割には力があり、片手でも剣を十全に振るう事ができた。

師匠の稽古についていく事ができた。

剣術、というかその身を駆使して闘う事に才能がなかった。

闘う術として重要なある一点が私には欠けていた。

まあ、それでもそこらの人たちよりは強くなったけどね!!


そんな私だけど、師匠は今までちゃんと剣術を教えてくれた。

8年間も。

今も毎日のように道場に通い、師匠に稽古をつけてもらっている。


「ふう。今日はこの辺りにしておこうかの」

「あー、今日こそ師匠から一本取れそうだったのに」

「まだまだ甘いわ!! もっと精進せよ!」

「はーい」


3時間ほどで稽古を終えて、屋敷に戻る。

もう朝日は完全に昇っているのを見て早く仕事始めないとと思いながら屋敷に戻り、汗をかいた体を清めて着替える。

そして、仕事のため屋敷の執務室に入る。


「おはようございますお嬢様」


執務室には執事服を着た壮年の男性がいて、私が執務室に入ると同時に頭を下げた。

彼はこの屋敷の執事長のアントンだ。


「おはようアントン。それで今日の予定は?」

「はっ。本日は商業ギルド長との会談と、午後から近隣の村に視察していただきたく存じます」

「ああ、確か何回も盗賊に襲われている村の案件だったっけ。...ふーん。わかった。あと、この書類を片付けたらいいんだよね?」

「はい」

「さてと、今日もお仕事頑張りますか」


いつも通り椅子に座ってペンを取る。

そんな私の様子を見てアントンは眉をひそめた。


「どうしたの、そんな顔をして?」

「……いえ、どうしてお嬢様がこの様な苦労をしなければならないのかと」

「今更じゃない」

「しかし、本来はあの男の仕事です!! なのに、いい年こいて毎日毎日女と過ごすだけ。あの男がちゃんと仕事をしていればお嬢様は「アントン」」


これ以上はまずいとアントンを止める。


「今はいないけど、万が一あの男や女達に聞かれて貴方が処罰されたら困る。だからそれ以上はダメ」

「っっっ!! 申し訳ありません」


アントンは頭を下げて謝る。

まあ、アントンの気持ちはわかるけど。

あの男がちゃんとしていれば本当によかったのに。

でも本当に今更か。


「まあ、王都からそうそう帰ってくる事もないし、帰って来てもすぐに帰るから大丈夫だろうけどね。でも、万が一があるから注意してよ。貴方が居ないとこの領地は詰むんだから」

「それは、お嬢様もでしょう」

「私が関わるまでこの領地を保たせたのは貴方なんだから私が居なくてもなんとかなるよ」


私がこのリンカネーシア領を実質的に統治をし始めたのは約8年ほど前頃からだ。

メーティスと出会った直後である。


このリンカネーシア領の領主は本来、私の父親だ。

父親の嫁の一人にこの国の姫がいる。

その時に父親はこの領地を与えられた。

しかし、あの父親はこの領地を引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、飽きたら一切仕事をしないで嫁達と王都に向かい、優雅に過ごしている。

もちろん、王都でも仕事をしていない。


ああ、本当に忌々しい。


結果、肥沃で豊かなはずのリンカネーシア領が混沌としていたのだ。

その時に、実質的にリンカネーシア領を統治しもたせていたアントンである。

アントンは父親達に頭を抱えながらも必死で領地の安定化をはかった。


それでも、あの父親が内政チートだとか言って引っ掻き回した傷跡は大きかった。

増える一方の仕事、全く安定しない領地。

アントンを筆頭としたリンカネーシア家の家臣は目を回しながらもなんとか領地を保たせていた。


いや、本当にアントン達がいなかったらこの領地は詰んでいただろうね。

本当に彼らが優秀で助かった。

そんな時、彼らからしてリンカネーシア家の長女、つまり私が仕事を手伝い始めたのである。

ふつうはあり得ないことだ。

今でもそう思う

当時私は5歳くらいだったし。


最初は、私が父親の様に引っ掻き回すのでは?

ましてやろくに知識も持たない幼女である。

いくら領主の娘でも勘弁してくれ、せめて仕事の邪魔をしないでくれとアントン達は思っていたらしい。

この前、アントンが珍しく酔っていたときに聞いた。

しかし、私はあの父親と違い、しっかりとアントン達の意見を聞き、さらに適切で革新的な統治を行った。

乱れていた治安は安定し、下がっていた収益はアップした。


私が領地の仕事を始めたのは父親達の為ではない。

領民のためでもないことはないけど。

何よりも弟や妹達のためだ。

いずれこの領地を継ぐのはこの国の姫から産まれた私の弟だ。

その時にどうしようもない領地だと苦労するだろうと思い、それまでに領地を安定化させる為に この領を統治し始めたのだ。

もちろん、幼女だった私に領主代理としての仕事をする事ができるはずがない。

でも、私の心の内にはメーティスがいる。

メーティスの助言を受けてリンカネーシア領を統治、見事に安定化に成功させたのだ。


本当に大変だった。

主に大変だったのはメーティスだけど。

最初にこの領地の現状を知って絶叫していたもんね。

私も勉強して政治や領地経営の事はわかるようになったけど、あの時は本当にひどかった。

よくここまで持ち直したものだね。

メーティスのおかげでそれ以来、アントン達のリンカネーシア家の家臣は私の事を信頼、尊敬してくれている。

それ故に、娘である私が幼い頃から苦労して統治しているにも関わらずに仕事をしないで遊びふけっているあの父親と母親達をアントン達は嫌っているのだろうけど。



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