57 スピカの秘密
新章始まりまーす
船旅は順調に進んだ。
特に海が荒れるでもなく、嵐に見舞われるでもなく、むしろ最高の条件で船旅は進んでいく。
それはそのはずで、ミラが魔法の練習代わりに周囲の環境を制御してくれているのだ。
さすがはその気になれば天候も操れるらしい魔法の使い手である。
そう考えたらミラの魔法ってやっぱりヤバいよね。
前のオーク戦で竜巻とか起こしていたらしいし。
そして私と言えば、
「はぁっ!」
カイエンさんを相手に剣を振るっている。
流儀は違えど師事する相手としてこれ以上の相手はいない。
船の上という事で足元が不安定でかなりやりにくいが、いい修行になる。
「でいっ!」
船の揺れに合わせてカイエンさんに接近する。
体勢を崩さないにしても受けにくいはずだ。
そこを次に一手につなげる。
と思っていたら受けてから信じられない速度で横なぎに移行され、私はそれをまともにくらった。
訓練用に刃が潰されたものであったが、普通に骨や内臓を潰されつつ私は海の外まで吹き飛ばされた。
しばらくして私は船の上まで引き上げられた。
内臓を潰されたといっても普通に回復できるし体はぴんぴんしている。
どっちかと言うと海水で体がべたべたしていることが気になるくらいだ。
それも浄化の魔法を使えばすぐにこの不快感もなくなるだろう。
問題はカイエンさんがミラを含めた全員に叱られていることだ。
まあ、私は大丈夫なんだけど、普通の人からすれば海に落とすほどの訓練なんでどう考えてもやりすぎだもんね。
下手したら死ぬし。
下手しなくてもアレは内臓潰れて普通の人なら死ぬ。
普通の人からすれば運よく助かったようにしか見えないのかもしれない。
見かけのために、訓練用の剣を使っていたのにこれじゃ意味ないじゃん。
あと、ミラは普通に心配してくれてのことだった。
私も怒られたし。
「お前はアレだな。片手になれば極端に弱くなるな」
船長から今日の訓練禁止令が出たので船室に戻って反省会をする。
ちなみにカイエンさんの方は少しも反省していない。
あれだけ怒られたのに。
「そうなんですの? わたくしにはそこまで違いが」
「ああ、動き自体は悪くないんだが、こいつの剣は実力の割には軽すぎるんだ。双剣ならば問題はない。重いに越したことはないんだが、こいつはそれ以上に鋭く手数も凶悪だ。しかも機動力もある。軽いからって下手に力任せに押し切ろうとすれば回避されてさらなる反撃を喰らうのがオチだからな。むしろ軽いことが利点にすらなっている」
「えへへ」
普通に褒められた。
「しかし、片手になった途端手数が半減する。手数と機動力を武器にするこいつにとってそれは致命的だ。格下になら技量で勝てるだろうが、同格以上には厳しいだろうな」
そして痛い所を突かれた。
確かに片手になったってだけで戦えないわけではない。
片手でもそこそこ戦える自信がある。
だけどそこれじゃあダメだ。
今私は剣を1つしか持っていない。
無理やり適当な剣を持つことも出来るけど、それはあまりしたくない。
持つならちゃんとこの師匠から譲られた剣に合わせられるような剣じゃないと。
でも、これと同等の剣なんてそうそうないんだよね。
「しばらく片手で戦っていくなら、ちゃんと片手での戦闘スタイルを確保しないといけないな」
「はーい」
「と言っても闘気を使えない以上はなかなか難しいだろうが」
「そうなんだよね」
「闘気ですの?」
「うん、闘気っていうのは物理的なエネルギーに変換された魔力の事だね。カイエンさんとか強い人と一般人とでやたらと身体能力に差があるでしょ。だいたいはこの闘気のせいだよ。カイエンさんくらい極めたら海を斬ったりもできるようになるし」
「おう」
......は?
「えっ、本当に斬れる? 適当に言ってみただけなんだけど」
「限度はあるがそれくらいならわけはない」
『えー、なにこの規格外』
心の中でメーティスが私の気持ちを代弁してくれた。
さすがは一心同体。
「とにかく、こんな感じに闘気によって主に身体能力が向上したりするの。ちなみに無意識的だろうけど、ミラも闘気使えてるよ」
「本当ですの?」
「うん。魔法を習得した当たりからね。魔力操作を覚えて使えるようになったんじゃない」
「ついでに言うと、ミラのそれは純粋な闘気というよりも魔力による身体能力の強化に近いな。まあ大して差はあるまい」
さすが剣聖とまで言われた本職物理戦闘職。
お詳しい。
「だったらわたくしもスピカやカイエンさんみたいにお強くなれるのですか?」
「剣という意味ならやめておけ。お前には才能がない事はないがそれほどでもない。せいぜい一般的な騎士の部隊長程度だ」
「そんなぁ」
ん? んー?
それって一般的には才能があるっていうんじゃないの?
そう言えばミラ、ユニコに乗ってとはいえトリスタンと単騎で渡り合っていたし、不浄の化け物と戦って援護も絶妙だったし、さっきの私たちの訓練も遠くからとはいえ目で追えていたみたいだし。
確かに戦闘自体の才能はあるんだよね。
「お前にはもっと才能があるものもあるだろう。そちらを伸ばせ。聞けばまだ使えるようになったばかりだろう。護身程度ならともかく、ちゃんと剣を修めたいのならまずは魔法の方を極めろ」
「そうですわよね。はい。分かりました」
忘れかけていたけど、そういえばミラってまだ魔法を習得して大して経っていないんだよね。
末恐ろしい。
「まあ、強くなりたいのなら訓練をつけてやるよ。魔法は門外漢だが、戦い方くらいは教えてやれる。体の動かし方もある程度身に着けていた方が良いしな」
「はい、宜しくお願い致しますわ!」
なんだか知らないけどミラも訓練する流れになった。
確かにミラも強くなってくれた方が安心するけど。
「さすがにミラは船から落としたり重傷を負わせないでよ」
「それくらいわかっている」
どうだか。
「そういえば、スピカはその闘気っていうのが使えないのにどうしてそんなに早く動けるのですか?」
「それは俺も気になっていた」
闘気に少し興味を持ったミラの素朴な疑問にカイエンさんが食いついた。
「別に教えてもいいけど真似できないよ?」
「ええ」
「おう」
「私の身体強化術は回復魔法だよ」
一言に回復魔法と言っても治癒促進や再生、復元、細胞の活性などその他多数といろんな効果がある。
そんなに区別するのは稀だし、そもそも魔法としての癒しの力にいろいろ複合されている。
で、ここで重要なのが細胞の活性。
極限まで細胞を活性化させて身体能力を上げている。
その応用で心拍数あげたりリミッター外したりといろいろやっているのだ。
そこまでやってもこの辺りが限界だし、そもそもそんなことしていたら私の体は耐えられない。
そんなに頑丈じゃないし。
普通はこんなことをしたら戦い続けることなんてできない。
だけど、私には回復魔法があるから、例え筋肉がちぎれようが即座に回復させられるからなんの問題もない。
「てことなんだよ。あと、種族的にそもそもの身体能力がそこそこ高いみたいってのもあるかな」
私が自分の身体能力の高さを解説すると、二人そろって首を傾けた。
完全に理解していないみたいだ。
まあ仕方ないよね。
普通、細胞って言われても分からないし。
「まあ、確かに俺たちに真似は出来ないってことはわかった」
「ですわね」
だから真似できないって言ったんだよ。
まあ、こんな戦い方やらないに越したことはない。
常時筋肉断裂しながら戦うとか狂気の沙汰だしね。
回復魔法で痛みを押さえながらじゃないと戦っていられない気がする。
まったく、こんな戦い方を提案したメーティスは頭がおかしい気がする。
助かっているけど。
なんて風に平和に船旅が続く。
あと2週間もすれば私たちの大陸に行けるそうだ。
このまま順調にいけばいいけど。
なんて思ってしまったのが間違いだったのか。
「敵襲!! 海賊だぁ!!」
船員の大声が聞こえる。
なんでこんな事を思った直後に来るかなぁ!?
「フッ、海賊か」
ため息がつきそうな状況の中、カイエンさんは嬉しそうに武器を取って外に出ていった。
ああ、やっぱりこの人戦闘狂だ。
「仕方ない。ミラ、外に出るよ」
「はい」
一応私たちは客人だから出る必要ないけど、ぶっちゃけ私たちがこの船で最大戦力だし、船員に何かあった時私が治療する必要がある。
まあ、カイエンさんが出ていったから何とでもなるとは思うけど、一応ね。
決して片手剣での戦いの練習になるかも何て思っていない。
ないったらないのだ。
この章が終わるまではほぼ毎日投稿したい願望




