54 暴走
スピカは常時、回復魔法を意識的、無意識的に自身に使っている。
それ故、瀕死のダメージを受けても即座に回復するし、毒を受けても次の瞬間には解毒する。
だが、今回、アークから受けた呪毒はそんなスピカの回復魔法を通り越してスピカに死を与えた。
それこそ胴体を切断されようが何だろうが死ぬことはなかったスピカはこの時初めて死んだ。
スピカの回復魔法にはいわゆる蘇生魔法というものがある。
スピカはその蘇生魔法をもしも自分が死んだときに発動するように自身にかけていたのである。
そして蘇生魔法はこの時初めて発動する。
スピカが死んだことによって既に効力が消えた呪毒はなんの妨げにもならない。
一度死んだが、スピカはいつも通り何の問題もなく、完全に復活した。
スピカ自身は。
立ち上がり、反撃しようとメーティスと心を通わせ力を引き出そうとする。
「メーティス?」
が、大事な相棒であるメーティスからの返事はない。
そして気づく。
自信の心に生まれた虚を。
あるはずのものがないことを。
「メーティス! メーティス!! メーティスどこ!? どこにいるの!!?」
いくろ心の中に呼びかけようがメーティスの反応はない。
スピカは気づいた。
自分の中にメーティスがいなくなったことに。
「あ、ああ、ああああああああ!!」
大事な相棒を失い、半狂乱になったスピカの力が暴走する。
スピカの力を共に制御する存在を失った事はもちろん、ないよりもメーティス自身がいないことがスピカの精神を深く衝撃を与えた。
そしてスピカは暴走する。
強力極まりない魔力があたりに無差別にまき散らされ、無限の魔力がさらに暴走を増幅させる。
さながら決壊したダムのように。
「メーティス! メーティス!」
迷子になった幼子のようにスピカは泣きそうになりながらメーティスの名前を呼ぶ。
『スピカ!!』
その時、確かにスピカの名前を呼ぶ声が聞こえた。
『スピカ! しっかりしなさい。私はいるから! ちゃんと私を感じ取って、私の名前を呼びなさい!!』
「メーティス!」
今でも忘れずに覚えている感覚をもう一度味わったスピカは、落ち着きをとりもどした。
メーティスがもう一度スピカに宿った瞬間だった。
ー▽ー
「メーティス! ちゃんといるよね!?」
『ええ。もちろんよ。ちゃんと私はあなたの中にいるわ』
ああ、よかった。
本当によかった。
黒い少女に殺されて生き返ったらメーティスが私の心にいなかった。
それはわたしにとってあり得ないことであり、半身を引き裂かれた気持ちだった。
途方もない喪失感を味わった私は喚いた。
長い時間そうしていたような気がする。
もう2度とこんな気分は味わいたくない。
「もう、どこにも行かないでメーティス」
『もちろんよ。私たちは一心同体なんだから』
「うん」
心の底からホッとする。
メーティスがいるってだけでとても安心する。
もうこんな目に合わないように私はもっと強くならなくちゃ。
そう強く思いつつ、私は心の中のメーティスを感じ取っていた。
『落ちついたスピカ?』
「うん。もう大丈夫」
『そう、良かったわ。だったらこんな所はやく出ましょう』
「こんな所、あ、敵は!?」
メーティスがいなくなるという緊急事態に忘れていたが、そういえば戦っている途中だった。
そもそも私殺されているし。
こんなにゆっくりしている場合じゃない!!
「敵ならもう逃げましたわよ」
状況を把握しようとしていると、ふらりとしながらこちらに向かってきたミラが答えてくれた。
「ミラ! 大丈夫!?」
「ええ、何とか無事ですわ」
「よかった」
どうやらミラも無事なようだ。
ミラを守らなきゃいけないのに、自分の事だけで精いっぱいになるなんて。
情けない。
「他のみんなは?」
「ユニコも無事ですわ。今は休んでいるようですけど。あと、あの殿方も先ほど確認したところ無事なようですわ。ガルスさまも距離があったので大丈夫ですわ」
「そうよかった」
なんとか全員無事みたいだ。
「敵、逃げていったんだ。何があったかわかる? 私ちょっと動揺してて」
「あれをちょっとと言っていいものか。まあ、スピカが動揺している時なんですが、異常なほどの魔力を当たりにまき散らしていまして。それを受けた敵はすぐさま現れた時みたいにいつの間にか消えましたわ。おそらく逃げたのでしょう。ついでにわたくしたちもスピカの魔力を受けまして、運よくわたくしは歩けるくらいには回復しましたわ」
「そうなんだ。ごめんね」
今思い返すと確かに暴走していた。
下手したらミラたちは過剰回復していたかもしれないと思うとぞっとする。
「謝ることはございませんわ。わたくしたちは何もできませんでしたし。こうして無事なのもスピカのおかげですわ」
「うん、ありがとう」
そう言ってもらえると助かる。
ミラってやっぱ本当に良い子だよね。
「とりあえず回復するからそこに座って」
「はい。お願いしますわ」
もう危険はないという事でミラに回復魔法をかける。
こうして落ち着いてゆっくり治療が出来れば瘴気のダメージも完璧に回復させることが出来る。
魔力任せに無理やり回復させるのもあまりよくないしね。
「はい、終わり。どう? 大丈夫?」
「ええ。何ともありませんわ。ありがとうございます」
「うん。えーと、次はカイエンさんか」
ミラの治療を終えたので次はカイエンさんを治療するべき彼の元へ向かう。
「カイエンさん大丈夫?」
「あー、動けん。このまま死にそうだ」
割と平気そうな声で言ってるけど、実際の所カイエンさんの状態はかなり危険なものであった。
さっき私が暴走した時にまき散らしたらしい魔力である程度回復出来ているみたいだけど、それでもなお瀕死と言ってもいい状態だった。
ダメージ故に過剰回復にならなかったから運がいいのか悪いのか。
「回復魔法かけるからじっとしてて」
「おう頼む」
カイエンさんに回復魔法をかける。
瘴気によるダメージのせいで完璧とは言いがたいが、問題ないくらいにはカイエンさんを回復させることができた。
この私が治療しきれないなんて。
カイエンさんに蓄積したダメージがでかすぎるというのもあるけど、それ以上に瘴気が厄介すぎる。
私が受けた呪毒も元は瘴気だろうし。
次は絶対解毒してやる。
「どう?」
「ああ、問題ないぜ。助かった」
「それにしても、伝説の剣聖様でも死にかけることがあるんだね」
「確かに俺はめちゃくちゃ強いが、所詮は人間だからな。これまでの人生何度も死にかけたこともあるしこういう時もある」
まあ、それでもなお生き続けているんだから剣聖とまで呼ばれているのかもしれないね。
さて、ユニコは、ほとんど無傷か。
ユニコーンの聖なる魔力が瘴気を防いでくれたのかな。
「ユニコもミラを守ってくれてありがとう」
私がユニコに回復魔法をかけながら頭を撫でるとユニコは嬉しそうに嘶いた。
一瞬しか見ていないけど、ミラがトリスタンと戦ってるとき、ユニコの機動力は大活躍だったしね。
「それでガルスさんはっと」
幸いと言うべきかガルスさんは距離があったからかほとんどダメージはない。
少し瘴気にさらされたくらいで特に問題はないだろう。
軽く回復魔法をかけておけばいい。
それよりもまだ目を覚ましていないんだよね。
このままじゃいつ目を覚ますかわからない。
「仕方ない。このまま連れて帰るか。ユニコ、じゃなくてカイエンさんおぶって行って」
「なんでだよ、その馬に乗せていけばいいだろうが」
「えー、だってユニコ若干嫌な顔したもん。回復したんだから大丈夫でしょ、頑張って」
「ったく、しょうがねーな」
ぶつくさ文句言いながら、カイエンさんはガルスさんをおぶった。
「よし、じゃあ外に出よう」
黒い宝玉が無力化されたからか遺跡の内部にはもうアンデットはいなかった。
だから安全に外に出ることが出来た。
外から差し込まれる光がまぶしく感じる。
かなり濃い時間だった気がするけどまだ昼みたい。
「スピカ殿!」
外に出ると入り口の付近にソリストさんがいた。
「ソリストさん」
「ミラ殿にカイエン様もご一緒か。って父上!?」
カイエンさんに担がれているガルスさんを見てソリストさんが慌てる。
ってカイエン様?
「安心して。気を失っているだけだから」
「そうか。他の騎士たちは?」
騎士たちの事を聞かれて私は首を振る。
「......そうか。トリスタンもだな」
私は静かに頷いた。
「そうか。そうか」
ソリストさんは一瞬だけ悲しそうな顔をした。
トリスタンは敵で大きな罪を犯した。
だけどソリストさんの弟には変わらないからね。
慰めになるかわからないけど、黒い宝玉の事と、黒い少女のことを話した。
たぶんあの黒い少女がトリスタンの言っていたアークなんだろう。
「そうだったのか。ありがとう。すまない」
それは何に対するお礼だったのか。
それは何に対する謝罪なのか。
「疲れただろう。屋敷に戻って休んでくれ」
「うん、ありがとう」
お言葉に甘えて屋敷で休ませてもらう事にする。
ガルスさんも目が覚めてないし、内部で起こったことを話すにしても彼が目覚めてからの方が良いでしょう。
それにミラの消耗も激しいしね。
ダメージや体力的なのは私が回復したにしても精神的な消耗が激しい。
格下の魔物相手ならいざ知らず今回みたいな規格外相手に命を懸けて戦ったんだから消耗も激しいのも仕方ない。
という訳でミラには早く休んでもらおう。
もちろんユニコにも。
カイエンさんも完治はしていないしね。
平気そうだけど。
ていうか私も結構疲れた。
こういう時は休むに限るね。




