53 黒幕
何とか勝てた。
不浄の竜は本当に強かった。
今までの不浄の化け物に比べてはるかに強かった。
何か法則でもあるのかな。
黒い宝玉による個体差とか。
核となった人物の強さに依存するとか。
師匠の時は負傷とか関係なしに老衰間近だったし、学府の時の令嬢は特に鍛えていないただの令嬢だったし。
まあ、その内わかることかもね。
ここまで黒い宝玉と何度も戦っているとまた次もありそうだし。
それにしても危険な場面も何度かあったけど、相手の強さを考えたらかなり楽に戦えた気がする。
今まで一人で戦っていたけどみんなで戦ってみるとここまで楽になるだなんてね。
かゆいところに手が届くと言うかなんて言うか。
とにかくミラもユニコもカイエンさんもいて本当によかった。
もう黒い宝玉の力は感じられない。
トリスタンの近くに転がっているけど無力化されているはず。
でも残しておくのも危険なのでちゃんと回収する。
「ゴフッ」
警戒しつつ黒い宝石を拾うとトリスタンが血反吐を吐き出した。
まだ生きているんだ。
でも、衰弱しきっているしこれはもうすぐに死ぬ。
私の回復魔法なら助けることも出来るかもだけど。
「俺は今まで一体何を」
ボロボロに倒れ伏したトリスタンから信じられない言葉が聞こえてきた。
まさか、あれだけのことをやっていて覚えていないの?
「お前、覚えていないのか?」
そんな私の気持ちを代弁するかのようにカイエンさんが口に出した。
「ああ、いや、覚えてる。そうだ、俺はあなたに挑んで負けたのか」
「そうじゃない。その前だ。何故あんなことをした」
「あんなこと。そうか、全部思い出した。俺は何て事を」
トリスタンは悔いている様子だ。
罪のない民や騎士たちを自分が殺したことが信じられないような。
もしかして黒い宝石に支配されていたとか?
「宝玉を手にしてから頭の中でずっと言葉が響いていた。弱い自分への怒りの言葉が。いつしか俺は自分への怒りに支配され、どんな手段だろうが力を手にいれようとするようになった。人を殺せば殺すほど力が増していった。それと同時にさらに自分への怒りに支配されるようになった。弱い自分を捨て、どんなものにも勝つ最強の力を手に入れようと思うようになった。それこそ剣聖をも圧倒する力を」
怒り。
そういえば師匠も頭の中に語り掛けてきたって言っていた。
トリスタンは自分の弱さへの怒りを黒い宝石に狙われたって事かな?
「気をつけろ。宝玉はまだ他にもある」
「それは本当!?」
トリスタン以外にも師匠と学府の子とこれまで3人の宝玉持ち、不浄の化け物と戦ったから宝玉もいくつかあるのはわかっていたけど、トリスタンがこう言うのだから何かあるはず。
「ああ。あといくつあるかはわからない。だが、問題は数じゃない。それを配って回っている奴がいる」
!?
トリスタンの言葉はあまりにも衝撃的だった。
あの、黒い宝玉を配って回っている奴がいる?
そんなのあまりにも危険すぎる。
「それは誰?」
「奴は名乗っていた。アークと」
「アーク」
「ああ。奴は」
「喋りすぎよ」
トリスタン言葉は途中で中断された。
密室であるにも関わらず突如上から現れた何かがトリスタンの体を跡形もなく消滅させた。
不浄の化け物と比較してなおもおぞまし瘴気の力で。
その余波でミラとユニコ、そしてカイエンさんが吹き飛ばされた。
ミラやユニコはともかく、随時回復させていたとはいえ何度も瘴気を喰らっていたカイエンさんはさすがに限界だったのだろう。
結構やばい感じだけどさすがにしぶとい様で死んではいない。
3人に回復魔法を飛ばしつつ、突如現れた敵を見る。
私と対照的かのように黒い瞳に黒い髪を持った女だ。
年は私とそう変わらないと思うけど仮面を付けていた正確にはわからない。
さっきトリスタンを消滅させた悍ましい瘴気を発した思えないほど本人からは何も感じない。
それがまた恐ろしい。
なのに何故か妙な親近感が湧いてしまう。
それと同時に私の魂の奥底でこいつは絶対に滅ぼさないといけない敵だと叫んでいる。
動いたのは同時だった。
ほんの刹那の一瞬私たちの影が交わる。
私は師匠の剣で、敵はメーティスから聞いたことがある日本刀という形の剣で互いに傷を付け合う。
互いにかすり傷だったが、私は剣にありったけの魔力を込めて切りつけた。
人なら過剰回復で死ぬ魔力で。
アンデットならなおさら。
だけどわたしには敵がどうなったのかわからなかった。
「これ、は」
敵の刀によって傷つけられたかすり傷から呪毒が全身に流れ込んできたのだ。
普通の毒ならわたしには効かない。
一瞬で解毒することができる。
なのにこの呪毒は私ですら解毒することが出来ず、体に呪毒が回る。
『スピカ!!』
何が起きたかわからないまま、心の中で叫ぶメーティスの声を最後に私は死んだ。
ー▽ー
黒い少女は仮面の奥底で少し顔を歪める。
と、同時に少し安堵した。
とある目的のため彼女はアークと名乗り、素質がありそうな者に黒い宝玉を渡していた。
その内の一つ、トリスタンに渡した黒い宝玉は予想外の早さで力を得て、ついには持ち主を取り込んで邪神の遺児となった。
邪神の遺児に至るまでが早すぎるが、早いに越したことはなかった。
しかし、不安もあった。
最近、2つほど邪神の遺児と化した黒い宝玉の気配があったにもかかわらず、すぐさま気配が消えたのだ。
今回は居場所も近いという事で影に隠れて様子をうかがうことにした。
結果、邪神の遺児はその場にいた3人組によって討伐された。
アークは確信した。
他の遺児の気配がすぐさま消えたのもこの3人組によって討伐されたのだと。
もっと言えばあの白い少女によって。
他2人、男は凄まじいまでの戦闘能力を持っているし、女も膨大な魔力を持っているが、彼らでは、遺児は倒せないはずだ。
しかし、白い少女の力は、遺児を滅ぼせずとも、黒い宝玉にまで退化させてしまうほどの力を持っていた。
あの強力極まりない癒しの魔力は自分たちの天敵になりうるものだと。
だから、アークは白い少女をこの場で仕留めることにした。
黒い宝玉も回収しなくてはいけないし、それ以上に白い少女が危険だから。
改心した敗者の如くペラペラと余計な事をしゃべるトリスタンを始末した。
余波で他2人は吹き飛ぶが、白い少女だけは残った。
やはりこの女だけは始末しなければならないとアークは確信する。
殺すべく白い少女に切りかかる。
白い少女も同時に動き、結果、互いにかすり傷をつけただけだった。
だが、それで十分だった。
白い少女に送り込まれた呪毒で彼女は即死である。
それと同時にアークにもかすり傷以上のダメージを受けた。
異常なまでの癒しの力を受けたアークは浄化の痛みに顔を歪める。
だけど、この程度で済んでよかったといえるだろう。
無敵に近い自分たちの天敵と成り得る存在をこの場で始末できたのだから。
あとは、意識はあるものの倒れて動けないでいる生きている2人と、他の生命体を殺すだけだ。
そう思い、アークはひとまず女の方に歩み始めた。
その瞬間、嫌な癒しの気配を感じた。
慌てて後ろを振り向くと、そこには死んだはずの白い少女が立っていた。
まるで幽鬼のような表情で。




