52 不浄の竜
咆哮をあげる不浄の竜に迫る。
その姿は醜く爛れ落ちた生命を冒涜するものだけど巨大な竜である。
竜に憧れていただけに、初めて見たのがこれというのは誠に残念である。
あれ、なんで私はこれを竜と思ってしまうのだろう。
そんなことよりも今は戦闘に集中しなきゃ。
「のおぉ!!」
視界の中で私よりも一足先に飛び出したカイエンさんが不浄の竜と対峙している。
巨大な体躯から振るわれる理外の力で振るわれる不浄の竜の爪の一撃を真正面から受け止めている。
本調子ですらないだろうに。
いや、本調子だろうが何だろうがなんであれを人の身で受け止められるかな。
膂力的な意味でももちろん、受けただけでも瘴気に蝕まれるだろうに。
しかし、これは好都合。
カイエンさんが真正面から対峙してくれているのなら私は遊撃に回れる。
「はぁっ!」
カイエンさんの右側から回り込んで跳躍、十字に不浄の竜を切りつける。
かたっ!?
いくら爛れているように見えるからっていってもその正体は瘴気の塊。
この異常な瘴気じゃ肉を切り裂くようにはいかないのね。
それでもダメージが通らないという訳ではない。
当然のように今の一撃は癒しの魔力を纏った回復剣技である。
敵はアンデットであればそれは弱点となるのだ。
普通のアンデットなら文字通り消滅してもいいんだけど。
人相手でも過剰回復を余裕でできるのに。
まあ、嘆いていても仕方ない。
分かっていたことだしね。
不浄の化け物相手じゃこの程度では倒せない。
ましてやこの不浄の竜。
今までの不浄の化け物と比べてやっぱり遥に強いと思う。
思ったよりもダメージが通っていない。
でも逆に言えばダメージは与えられている。
だったら勝てる!!
そのまま体を捻り、空中で連続してして切りつける。
視界の端から不浄の竜の尻尾が迫って来るのが見える。
本来なら空中でほとんど身動きが取れないけど幸いなことに今は人竜形態をとっている。
翼を羽ばたかせ回避する。
「アーススピア!!」
それでもなお私を追いかけようとする尻尾に上から大地の槍が飛び込んできた。
残念ながら貫通はしなかったけど、横合いからの一撃に尻尾の動きが止まる。
ナイス、ミラ。
トリスタンの時もそうだけどこの子要所要所に的確に魔法を放ってくれる。
「はっはぁああ!」
ついでにその隙を突いたカイエンさんが不浄の竜の腕を斬り飛ばした。
なんで癒しの力も無しにこいつの腕を落とせるかな。
まったく頼りになるよ。
「首ぃぃ!!」
さらにそこから身を翻してカイエンさんは不浄の竜の首を狙う。
ていうか、カイエンさんの叫び声。
もう少しどうにかならないかな。
さっきも笑ってるように聞こえたし。
尻尾は動かない、腕もない。もう片方の腕も体制が悪くて届かない。
決まる。
そう思ったのも無理はないかもしれない。
だけど現実は違った。
異常な勢いで再生された不浄の竜の腕が爪がカイエンさんに迫る。
「カイエンさん!!」
「チィィ!!」
咄嗟に反応したカイエンさんが迫りくる爪を迎撃する。
ザシュッという音が聞こえた。
飛び散る血と舞い上がる幾本かの爪。
すぐさま回復魔法を遠距離から飛ばす。
止血は一瞬、瘴気が原因の毒も除去。
これで死ぬことはないでしょう。
でもやっぱり瘴気によるダメージは残ってしまった。
「すまん助かった!」
そう言いながらカイエンさんが距離を取る。
「大丈夫?」
「ああ。しばらく右腕は使いもんにならんがな。だが問題はない」
「一応回復魔法かけられる限りかけるから」
「頼んだぞ。む、何か来るぞ。構えろ」
カイエンさんに言われて不浄の竜を見ると頭を上げて息を吸い込んでいる。
見る見るうちに口に瘴気が集まっていく。
ヤバいブレスだ。
ここからじゃ対処に間に合わないし、下手に接近して攻撃しても暴発しかねない。
「ミラ!!」
「はいですわ!!」
先ほどと同じように天井から大地の槍が突き出てくる。
だが一度見た技は通じないと言わんばかりに軽々と尻尾で破壊される。
「なっ」
「仕方ないね。カイエンさん後ろ下がって。ミラ行くよ!!」
後方にいるミラの元まで走る。
「あれやるよ」
「はいですわ!」
ミラと手をつなぐ。
お互いの魔力を合わせて一つに魔法を作り上げる。
「「”セイクリッドウォール”」」
不浄の竜を隔てて正面に幾枚もの聖なる大地の壁を作り出す。
それと同時に不浄の竜からブレスが放たれる。
ギリギリ間に合った。
だけど不浄の竜のブレスは尋常じゃない。
ミラの大地の壁の強度はさることながら私の回復魔法で対アンデット用の障壁になっているのに何枚も壊される。
防御特化の障壁なのにこれはまずい。
前みたいに私のブレスで迎撃しようにも逆に飲み込まれるね。
残りの障壁が4枚になる。
破壊された、3枚になる。
2枚になる。
1枚になる。
「くぅぅぅ」
「負けるかぁ!!」
負けまいと最後の一枚にさらに力を籠める。
これを破られたら終わる。
私はともかくミラ、ユニコ、カイエンさんがまずい。
後ろで倒れてるカイエンさんも。
死んだくらいなら回復させられるけど、これだけの瘴気の力で死んだらどうなるかわからない。
だから何としてでもこの壁は破られるわけにはいかない。
「メーティス!!」
『オッケー!』
ミラとの合同魔法であるセイクリッドウォールの制御をメーティスに任せて私は攻撃に回る。
魔力を練り上げて片手で回復魔撃を放つ。
イメージはレーザー。
五指から放たれる癒しのレーザーが壁を迂回して不浄の竜に直撃する。
確かな手ごたえ。
その証拠としてブレスが止んだ。
「ミラそのまま」
「”ショット”!!」
私の指示と同時に癒しの大地の壁が細かく崩れ散弾のように不浄の竜に飛んでいく。
ミラの魔法の攻撃力もさることながら私の癒しの魔力もかかっているんだからそこそこのダメージになるはず。
私の期待通りに不浄の竜はひるんだ。
そしてその隙をカイエンさんは見逃さなかった。
いつの間にか飛び出していたカイエンさんが異常な速度で加速する。
それ自体が一つの弾丸のように。
「フンッ」
そして一閃。
不浄の竜の首が根元から切り落とされる。
だけどそれで終わる不浄の竜ではない。
腕の時と同様に再び異常な速度で再生される。
だけど問題ない。
カイエンさんも警戒は解いてない。
それに、一瞬だけど首元にトリスタンを包み込むような核が見えた。
アレを破壊すれば。
「カイエンさんもう一回首!!」
「おう! っとこれはいい」
空中で体制を整えるカイエンさんの正面に天井から壁が生える。
ミラの仕業だね。
壁を足場にして反動をつけてより高速に不浄の竜に迫り再び一閃。
同じように首を落とした不浄の竜は同じように高速で再生させようとする。
「させないよ」
だけどカイエンさんが首を落としたのに合わせて正面から癒しの魔力を放つ。
私の癒しの魔力と不浄の竜の再生の力。
どうやら私の方に分があるらしく逆に傷口を元にみるみるうちに浄化されていく。
そして見えてくるのは黒い宝玉に覆われたかのようなトリスタンを包み込む核。
不浄の竜の核。
「これでトドメ!」
片手で癒しの魔力を放ちながらもう片方の手で逆手に持った剣で核を突き刺す。
ーーバキン
「あっ」
核が途方もなく硬かったからか剣が脆かったからか、突き刺した剣がぱっきりと折れてしまった。
ごめんなさい騎士の人。
幸いというべきか折れたのはカイエンさんと戦っている時に拾った騎士の人の剣だった。
どうしよう。
師匠の剣に持ち替えるべきか。
いや、幸いにも核にひびが入っているしもう物理的な力はほとんど必要なさそう。
「これならどうだ!」
手に魔力を集中させる。
魔力の輝きが集って形作られていく。
それは竜の爪。
癒しの魔力の集合体。
回復魔爪って所かな。
「ていやっ!!」
ひびに向かって貫手を放つ。
癒しの魔力の集合体であるそれはひびから内部に浸透して瘴気で満たされた核を一瞬で浄化する。
光がはじけ、核を失いその身を保てなくなった不浄の竜は私から放たれる溢れんばかりの癒しの魔力で跡形もなく浄化された。
後に残ったのはトリスタンの体だけだった。




