50 剣聖
「お前、本当にトリスタンか?」
カイエンは開口一番のそう切り出した。
カイエンはガルスたちベンディクス家の者たちとは縁があり、それ故トリスタンのことも知っているのだ。
「剣聖か。そうか戻って来ていたのか」
トリスタンは抜き身の剣をカイエンに向ける。
「剣聖、俺と一騎打ちをしろ」
「は? 何言ってんの。この状況であなたとカイエンさんが一騎打ちするわけないじゃない」
何しろ、スピカ側にはとカイエン以外にもミラ、ユニコもいるのだ。
それに町の住民や騎士たちを殺しまくった奴が一騎打ちだなんて見苦しい。
「よし、いいぞ」
そうスピカが思っていたにもかかわらずカイエンは剣を抜いた。
「いや、カイエンさん、ここは普通にみんなで叩くべきじゃない?」
「そうは言うがなスピカよ。奴は俺を指名した。ならばこんな強い奴との一騎打ち受けねば勿体ない、いや、剣士の恥じゃなかろうか」
残念なことにカイエンは戦闘狂である。
途中で言い直したが、普通に一人で戦ってみたいって思ってる。
スピカ自身も自分の事をそれなりに好戦的なのは自覚しているし、強い人と戦ってみたいとも思っているけど、それは手合わせとかで、こんな場面で一騎打ちを受けたからってそれを承諾しはしない。
普通ならこの状況で決して自分の獲物だなんて思わないがカイエンにとっては久しぶりに強い奴と戦える絶好のチャンスなのだ。
「はぁ、まあいいよ。それで勝てるんだろうね」
「もちろんだ。俺を誰だと思っている?」
「さっき会ったばかりだから詳しくは知らないよ」
自信満々に誰だと思っているって聞かれてもスピカとしても困るが、自分よりも強いのは確かである。
それ故カイエンなら、勝てそうな気もすると思うのである。
「ミラ、下がっていよ」
「いいんですの?」
「大丈夫じゃない。自信満々だったし」
スピカはそう言ってユニコに乗ったミラを連れて通路側まで下がる。
ここならそうそう戦闘に巻き込まれないだろうし、倒れているガルスも守れる。
「ほらトリスタン、いつでもかかって来ていいぞ」
「その余裕いつまで持つかな」
カイエンとトリスタンが相対する。
カイエンは力を感じないほどに脱力させて下段に。
トリスタンは攻撃的な大上段に構える。
「今の俺は天心流の奥義をすべて使える。歴代で7つすべて使えたのはお前だけらしいが、それも今日で終わりだ。行くぞ。--天心流奥義”烈火”」
次の瞬間、予備動作すらほとんど感じさせないまま、消えたようにトリスタンは間合いを詰め、大上段から斬り下げた。
「”残火”」
そこから僅かな間もなく切り返される。
それこそ同時に斬ったと言っても過言ではないくらいに。
スピカの竜閃も似たような事してるけど、こちらの方が手数は上でも今の技の方が完成度は上かもしれない。
「ふぅ、まさかその2つを同時に使えるとはな。なるほど、大したものだ」
しかし、そんな2つの奥義をカイエンは余裕で捌いていた。
そして2人の距離は少し開く。
「まだだ! 天心流”飛燕”」
剣の間合いの外からトリスタンは高密度に纏った瘴気を横なぎに払い、斬撃として飛ばした。
いわゆる飛ぶ斬撃という奴だ。
スピカたちが昨日見た奴と同じである。
「甘い甘い」
それに対してカイエンは同じく横なぎに剣を絶妙なタイミングで振るって払う。
「ならば!! ”光突”」
予備動作という意味では最初の技に劣るが、狂ったような速さと力強さの突進突きが放たれる。
が、これまた絶妙に剣をあわされて横にそらされる。
しかも、それによってトリスタンの体制が若干崩れた。
「ぐっ、おおぉぉぉぉ!! ”天乱”!!」
しかしそこから無理やり超速の連続攻撃を行う。
スピカのスターティア流にも負けないほどの速さだ。
だが、それでもカイエンは無傷である。
「これならば!! 天心流奥義”天地斬り”!!」
トリスタンは飛び上がり空中からの瘴気を纏った力強い一撃を放つ。
先ほどの斬撃を飛ばす技と違い、威力故に結果的に剣の前兆よりも大きく斬られる。
フロアの内部の大きな切り傷が出来た。
それほどの威力。
「やったか?」
『あ、フラグ』
「そう言う事言わない」
いくら敵だからってそれを言っちゃだめだとスピカはメーティスに注意する。
土煙が舞う。
案の定その中から現れたのは無傷のカイエンであった。
「ば、バカな」
「なるほど、足りないところはお前のその禍々しい瘴気で補っているのか。それでも大したものだ」
ぱっぱっと服についた土煙を払うカイエン。
大したものだと感心しているがその目は笑っていない。
「最初の2つ、”火燐”と”残火”を同時に放ったのは褒めてやろう。だが、他はだめだ」
「なんだと!?」
「冥途の土産に2つ教えておいてやろう。俺がお前たちに教え、天心流の奥義となった技は正確には2つしかない。1つは天地斬り。もう一つはこれだ」
カイエンさんの雰囲気が変わった。
すごい重圧。
「”天剣乱舞壱ノ剣・飛燕”」
目に見えない速さで振られた斬撃が飛ぶ。
「”弐ノ剣・火燐”」
飛ぶ斬撃を何とか防いだトリスタンの目の前にはすでにカイエンの剣が迫っていた。
斬撃を飛ばすなんて言うバカげたレベルの技を肉薄するための目くらましに使ったのだ。
トリスタンは斬られながらもなんとか致命傷は回避する。
「”参ノ剣・残火”」
が、しかし、トリスタンのそれとはまるで違う完成度で切り返しが放たれた。
トリスタンは対応できず、斬り裂かれ、その衝撃で軽く吹き飛ぶ。
「ほら、ちゃんと避けないと死ぬぞ」
空を飛ぶトリスタンに追随するようにカイエンは一直線に突進する。
「”肆ノ剣・光突”」
突進の勢いを存分に乗せた追い打ちの突き。
カイエンの剣がトリスタンに深々と突き刺さる。
「”伍ノ剣・天乱”」
さらにそこから斬撃の軌跡が残り相手を幻惑させるような不思議な剣技で次々とトリスタンを切り刻んでいく。
何とか防ごうとガードするも、トリスタンの剣をそのまま潜り抜けたかのようにしてカイエンの剣はトリスタンの体に吸い込まれていく。
そして最後には高々と上空に切り上げられた。
「これにて終いだ。”終の剣・無心”」
傍から見れば何もせずにカイエンは武器を収めた。
その直後にトリスタンを基点に空間に一筋の歪みを生じる。
そう、カイエンは斬るという過程失くしてトリスタンを斬って見せたのだ。
”天剣乱舞”。
それぞれの技と共に闘気を高めていき、最後には高めた闘気によって斬撃そのものを発生させる技。
それ故最後まで決まれば防御不可能な攻撃である。
「えーと、なにこの化け物」
この一連の攻防ともいえない攻防を見ていたスピカはぽかんと口を開きながらそう呟いた。




