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30 スピカの過去

スピカの悲劇をまとめています。

胸糞悪いかもしれないので注意してください。

「わぁ、空を飛んでますわ!!」


 ミラははしゃいでいた。

 意外と安定感があり、また、風圧もほとんどない。

 これは、竜は空を飛ぶ時、風の力も並行して扱っている為である。

 人竜形態のスピカも同様の飛行法である。


 遥か上空を猛スピードで飛ぶのは気持ちよかった。

 そして、スピカを信頼しているためミラは怖くなかった。


「それにしてもスピカは竜族の方なのですか?」


 竜族とは、主にアルカイド竜国に住まう種族の事だ。

 その本性は竜であり、人形態を取ることもできる。


「どうなんだろ? 私にもわからないんだ」


 しかし、スピカの親は片方が人族で片方は竜人族だ。

 竜人族は竜族と人族との間より生まれた種族だと言われている。

 スピカの母親の時点で血はかなり薄まっており、さらに血が薄まったスピカの見た目は人族とほぼ変わらない。

 自分で言わなければわからないくらいだ。

 しかし、真竜メラクと出会った時よりスピカは人竜形態を取ることが出来るようになった。

 ブレスを吐いたり、翼で飛んだりと竜族のような特性は持っているが竜族ではないかもしれない。

 そして、人でもないかもしれない。

 自分が何者かわからず、これはスピカにとって意外と寂しいことであった。

 

「そうですの? もしかして孤児……ではありませんわよね」


 自分の種族がわからないと聞いてミラはスピカが孤児なのかと一瞬思う。

 しかし、今まで見てきたスピカの振る舞いは一朝一夕には身につかない優美なものであった。

 それこそ、高い教育を受けていないと不可能な。


「そうだよ。……一応親もいるしね」

「親御様もスピカみたいに竜になれますの?」

「無理だね。片方は人族だし、片方は竜人族だよ。そもそも、私が竜化できるようのになったのは後天的なものだしね」


 スピカは話した。

 精霊メーティスとの出会いと自分が人竜になった時の事を。

 

「うう。スピカは大変な目にあったのですわね」


 幼い頃にも命の危機にあっているスピカにミラは涙を流す。


「ま、おかげでこうして空も飛べるし強くなれたし、何よりメーティスにも出会えたからね。今の私があるのはその時の出来事のおかげだよ」

「やっぱりスピカは強いですわね。それにしてもスピカの親御様ですか。さぞかし素晴らしい方々なのでしょうね。一度お会いしてみたいですわ」


 ミラは思った。

 こんな素晴らしいスピカを育てたスピカの両親は素晴らしい人物なのであろうと。

 家に帰り、いずれはお礼もかねて一度会いたいと。


「それは絶対にダメッッ!!」

「えっ、スピカ?」


 だから、会いたいと言ったのだ。

 しかし、スピカから放たれたのは今までにないくらい強い拒絶。


「あんなクズどもに絶対に会っちゃダメ。許さない」

「スピカ……どうしましたの? ご自分の親をそんな風に言うなんて」


 ミラにとって親とは、優しく、時には厳しく、しかしながら自分に無償の愛をくれる存在だ。

 今までに疎ましがられた事なんて一度もない。

 失敗すれば励まされ、成功すれば褒められ、悪い事をすれば叱られ、悲しければ抱きしめてくれる。

 ミラにとって親とは愛してやまない存在であった。

 だから、スピカがわからなかった。


「ファクス・リンカネーシア。もしも、この名前の人物が近寄ってきたら絶対に逃げて。会ってはダメ。目を合わせてもダメ」

「それって」


 ミラにはその名前に覚えがあった。

 アルマク王国の英雄。

 その名前はアルデバラン王国にも轟かせている。

 ミラも人から何度もその人物の話を聞いた事があった。

 武名を轟かせ、その国の姫をもらってからは領地を他の類を見ないほど発展させた稀代の英雄。

 ミラの知る、いや、世間一般でのファクスはそういうものであった。


「あいつは、世間ではいいように言われているけど、正真正銘のクズだよ。あんな……あんな奴。ミラは絶対に会っちゃダメ」


 スピカの言葉には心からの嫌悪の気持ちが込められていた。


「ど、どうしてか聞いてもよろしいですか?」


 だからか、ミラは聞いてしまった。

 あのスピカが嫌悪感を隠そうとしない事が気になって。

 スピカが奴のせいで酷い目にあいかけた事を知らずに。

 知らないから。

 どんなことでももっと知りたいから。


「………………まあ、いいよ」


 スピカは黙ろうと思った。

 あの時の出来事を言いたくないから。

 思い出したくもないから。

 聞かれたくないから。

 しかし、もし、ミラが奴に会う事があったらと思うと、ミラが会いたいと思っていると思うと、それだけは絶対に阻止したかった。


 スピカから見てミラは美しい。

 年齢の割に出るところは出ているし、顔もかなり整っている。

 あのクズが手を出さないはずがないと思った。

 実の娘である自分にさえ手を出そうとしたのだから。

 

 それにおそらくファクスには魅了系の力があるとスピカは考えていた。

 スピカはおろか精霊メーティスですら気づかないほどの力をもっているかもしれない。


 だから、それを阻止するための最善の手段はミラを奴に会わさないようにする事だった。

 だから、スピカはミラに話す。


「私、本当の名前というか、前の名前はスピカ・リンカネーシアって言うんだよね」

「それって」

「そう。ファクス・リンカネーシアの娘」


 話の流れ的にそうだとはミラも思っていた。

 そして納得した。

 道理でスピカの仕草には優雅さや気品さがあるはずであると。

 貴族の、ましてや英雄の娘ならばそれ相応の教育を受けているのであろうから。


「ところで、ミラって兄弟とかいる?」

「ええ。お兄様が二人」


 ミラは五つ上と四つ上の兄がいた。

 だからこそ、少し離れて生まれた娘が可愛くてみんなに愛されて育ったのだが。


「私ね、兄弟は50人くらいいるんだ」

「は?」


 それを聞いたミラは意味がわからなかった。

 何をどうしたら50人も兄弟ができるのかと。

 普通に考えて、例え妾などがいたとしてもその数は異常だと思った、


「認知していないの含めるともっといるかもね。まあ、わかると思うけどあいつ、私の父親には妾がたくさんいる。それはそれはたくさんいる。同じ種族の人族から始まって、エルフや獣人、私の母親の竜人とかもね。竜人は母だけだったかな。エルフも3、4人くらいで、獣人族は種類がいっぱいあるからか多いね。30人くらいいると思うよ私の母親達は」

「ーーーー!!」


 ミラは絶句した。

 いくらなんでも多すぎる。

 どんな好色な者でもそこまでは聞いた事がないと。

 国により差異はあれど、アルマク王国では一夫一妻が基本だ。

 妾や愛人がいたり、平民に手を出す貴族も珍しくはない。

 そういう意味ではファクスも悪い意味で貴族らしいのだろうが、子供が50人ほどいる貴族というのも聞いた事はなかった。

 つまり、それだけ妾が多いという事。

 普通、いても数人。

 時折、侍女などに手を出すくらいだ。

 孕めば金をもたせて何処かへ放り出すというのが多い。

 そう言う意味では、ちゃんと妾にしているのはむしろ良い事なのではないかと、ミラは段々と思えてきてしまっていた。

 そう思いたかった。


「ええと、でも、英雄、色を好むといいますし」

「色を好むね。好み過ぎてると思うけど。気に入った女に手を出して、飽きたり歳をとったりしたら放置しているみたいだし」


 なんとか、父親という存在を美化しようと良い方にミラは考えていたが、悪い貴族と変わりなかった。

 ファクスは側室という称号を女に与えているだけだった。

 スピカが幼い時にファクスと結婚した人族や獣人族の女性は、エルフや竜人族と違い年老いた。

 老けた女にファクスは興味がなかった。

 だから、その内居場所がなくなったとスピカはアントンより聞いていた。

 例外は正妻の姫やそれでもなお美しく保っていられる女性くらいだろう。

 側室のほとんどを入れ替えられている。

 手を出した人数はもっと多い。

 スピカの知らない弟や妹もかなりいるかもしれないのだ。


「まあ、ここまでは色に狂ったクズで済ませられるんだけど。性格も言動も全てクズなんだよね。さっき、メーティスと出会った時、死にかけて家に帰ったって言ったよね」

「ええ」

「あの時の私は子供だった。父親や母親達に構って欲しかったのかな。ボロボロで帰ってあのクズを見つけた。私は抱きついた。涙流しながら顔を押し付けて」


 ここまで聞くとこの後は感動のフィナーレである。

 幼い子が文字通り死にかけて帰ってきたのだ。

 感動の親子の再会である。

 しかし、ミラには嫌な予感しかしなかった。


「そしたら、汚いって蹴り飛ばされたよ」

「ーーーー!!」


 まさに言葉も出なかった。

 どこの世界に何日も行方不明だった子供を、可愛い盛りの娘をそんな理由で蹴飛ばす親がいるのか。

 ミラには理解できなかった。


「それで、母親達も止めてくれれば良かったんだろうけど、逆に私があいつを汚した事に怒ってね。随分罵倒されたよ」


 スピカにはその罵倒された時の記憶ははっきりと残っていない。

 絶望していたから。

 しかし、自身を追い詰める言葉を放たれたのは覚えている。

 何て言われたのかは言葉として覚えていなくとも、傷ついて絶望したのは覚えている。


「父親もクズ。母親達も誰一人例外なくクズ。そんな状況で絶望したけど何とか立ち上がったんだ」


 ミラには想像もできなかった。

 もし、自分が同じ状況になった時。

 果たして自分は立ち上がれるだろうか?

 あの優しい父親に意味もなく怒られただけで泣く自信がある。

 それだけで泣くのにスピカのようだったら?

 スピカの気持ちが想像もできない。

 どんなに辛かったのだろうか?

 どんなに苦しかったのだろうか?

 本当にいたたまれない。


「スピ……カ」

「同情してくれてありがとう。でも、私はあの時に決心したんだよ。強くなるって。だから大丈夫」


 本当にスピカは強かった。

 絶望を跳ね返してさらなるチカラを求めたのだから。

 その幼いスピカにどんな精神が宿っていたのか。

 メーティスの存在を加味してもスピカは強かった。


「で、その後は私と同じようにならないように弟や妹達を育てたんだ。あんな父親や母親達の元じゃマトモに育たないだろうしね。メーティスのチカラを借りながらあいつが弄んだ領地を回復させて運営したりしながらね」


 ファクスは英雄でも何でもなかった。

 力はあれどクズだった。

 領地を発展させたのはスピカとメーティスだった。

 金だけむしり取り女と遊び、子供の面倒を見るどころか暴力を振るうクズだった。

 スピカが会うなという訳である。

 自分を案じて嫌な事を言わせたとミラは思った。

 だが、最大の爆弾が残っていた。


「それで、つい数ヶ月前なんだけど。ある出来事があってね。辛くて悲しくて泣いていたんだ」


 スピカが師匠であるデュランを殺した時の事である。


「その日は自室に引きこもってずっと泣いていたんだよ。本当に辛くて。その時にあいつが私の所に来たんだ。普段顔すら合わせないのに。……それで……あいつは私を……襲おうとした」

「…………………………は?」


 ミラがスピカの言葉を聞いて意味を理解するのに数秒かかった。

 自分の理解を超える言葉はなかなか頭に入ってこないものである。


「え、え?」


 言葉の意味を理解する事はできた。

 しかし、その出来事を理解してする事ができない。

 誰が誰を?

 ーーがスピカを?

 スピカの父親がスピカを?


 襲おうとした?


 意味がわからない。

 冗談にしてはたちが悪すぎる。

 それに、スピカの痛ましげな声。

 冗談ではない。

 本当にスピカの父親はスピカを襲おうとしたのだとミラは混乱しながらも理解した。


「もちろん私は逃げ出したよ。でも、今まで自分には興味なかったから害はあまりなかったけど、あんな事されたら私は屋敷に居られなくなってね。それで、逃げた先がアルデバラン王国というわけ。だからね、ミラはあいつには近づいちゃダメだよ。何されるかわからないから」


 そこまでは聞いたミラは涙を流した。


「ごめんなさい」

「え、どうしたの急に?」

「だって、わたくし、スピカがそんな辛い目にあってるなんて思いもしなくて。なのにスピカの気持ちも考えずに」


 こんな過酷な目にあった少女に自分は何をしてきたのだろう?

 嫌々相手をしているにもかかわらず、勘違いして目の敵にしていた。

 襲われた時は助けてもらった。

 盗賊に捕まった時も。

 そして、今は家まで連れて帰ってもらっている。

 どれもこれもスピカに負担をかけるものばかりである。

 なのに、自分はスピカにさらに負担をかけてしまった。

 忌まわしいであろう記憶を語らせてしまった。

 興味本意で。

 ミラには謝る事しかできなかった。


「いいよ別に。私だってこんな所に転移させてしまったのを責任に思うし」


 一方スピカもミラに対して負い目を感じていた。

 あの時、不浄のヘビをしっかりと殺していればミラをこんな所に転移させなかっただろうに。

 自分の力不足で何の力もない貴族の令嬢を家族にも会えない場所に飛ばしてしまったとスピカは思っていた。

 しかし、


「それは、違いますわ!!」


 ミラはスピカの責にはしなかった。


「スピカがいなければわたくし、何度も死んでいますもの。わたくしスピカに感謝していますわ。だから、自分の責なんて思わないでくださいまし」


 ミラはスピカに巻き込まれたなんて微塵も思っていなかった。

 逆に、スピカは命の恩人であり、巻き込んでしまったのはこちらだと思っている。


「でも……」

「それをいうならこちらだって……」

『あーー!! 二人ともやめなさい!!』


 どちらも自分に責があると言い張りそうな二人を見かねて、メーティスは飛び出してきた。

 メーティスの意思で特に問題もなく実体化する事ができるのである。


『人の責にしないのはいい事よ。だけど全てを自分の責にするのもダメ。悪いのはあのクズだったりミラを殺そうとしたあの女なんだから』


 メーティスは年長者のようにスピカとミラをたしなめる。

 二人は悪くないのだと。

 必要のない事で責任を感じる必要はないのだと。


「そう、だね」

「メーティスの言う通りですわね」

『うむ。素直でよろしい』


 メーティスは素直な二人に満足そうにコクリと頷く。


『暗い話はやめて前を見るのよ。スピカはずっとそうしてきたじゃない』

「そうだね。うん、ちょっと心が暗くなっていたよ。ありがとうメーティス」

『ミラもよ』

「そうですわね。目が覚めましたわ。ありがとうございますメーティス」

『ふふふ、どういたしまして』


 こうして、スピカの過去をミラは知った。

 今は守られるだけの自分だが、いつか横に並び立って支えようとひそかに決意したのだ。

 もうスピカが傷つかないようにと。


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