13 スピカの治療
夜。
次の町までまだまだあるらしく、今日は野宿をするようだ。
「私まで食事をもらって」
「なに、シュリの相手をしてくれているお礼じゃ。お嬢ちゃんも年頃の娘だ。たくさん食べなされ」
「ありがとう」
空腹を回復させるという荒技を行っていたけど、やはり人として食事はしたいものなんだよね。
幸い、老人、ゲルテさんから食事は提供されたので荒技の続行をしなくてすんだ。
「ところで、シュリちゃんの病気の事なんだけど。あれってかなり重い病気だよね？」
「わかるのか？」
「うん」
私はメーティスから知識を与えられていて、様々な病気とその治療法の知識がある。
さらに、癒しの力を持つからか、感覚的にも分かるのだ。
シュリちゃんは重い病気を患っているって。
さすがに表面上しか見ていないからどんな病気かわからないけど。
「ふむそうか。シュリはな半年前から病気に罹ってな。発作を繰り返して苦しんでいるのだ。今まで様々な医者や回復魔法を扱える者に見せてきたが、誰一人シュリを救う事ができなんだ。そこで、隣のアルマク王国の"女神の慈愛"に一縷の望みをかけて行ったのじゃ」
あー、”女神の慈愛”ね。
"女神の慈愛"とは、私がいた国、アルマク王国にのみ存在する、約十年ほと前から度々発生している現象だ。
なんの前触れもなく、上空からゆっくりと光の雫が降り落ち、それに触れるとかすり傷はもちろん、骨折などの重傷までもが治るのだ。
そして、それはアルマク王国の全土で確認されている。
"女神の慈愛"をふりまく女神を信奉する宗教ができ、さらにそれがアルマク王国最大限の宗教となるほどだ。
まさに、女神による奇跡が実際に人々に降り注いでいるのである。
なんて言われているけど、"女神の慈愛"って私のストレス発散なんだよね。
ストレスを溜めた時に魔力を練りに練りこんで超大規模魔術として、光の雫として国土全域に放ったモノが"女神の慈愛"。
練り上げた魔力を一気に放つ感覚がストレス発散にちょうど良かったんだよね。
そして、どうせなら人を癒した方がいいよねって事で"女神の慈愛"のような形にしたのだ。
国土全域に広がった回復魔法はその巨大さ故に発生地点を探すのが困難であり、人々は女神の祝福だと考えるようになるのも無理はなかったのかもしれない。
もっとも、崇められるのも、それを利用して金儲けする奴らに利用されるのも嫌なので無視しているし、更に私がいなくなった事で二度と"女神の慈愛"が発生する事はないのだけどね。
困る人も出てくるだろうけど、もともとないものなのだからあきらめて欲しい。
現象自体は女神と名前が付いているけど、私は神様でもないしね。
しかし、ゲルテさんはそれに期待してシュリちゃんとともにアルマク王国に向かった。
その時偶々私がストレス発散、もとい"女神の慈愛"を発動させていたときらしい。
初めて体験する"女神の慈愛"にゲルテさんは感動したらしいけど、肝心のシュリちゃんの病気は治らなかった。
その後もアルマク王国で治療方法を探すが、見つからず、シュリちゃんの余命も迫ってきた。
ゲルテさんは諦めて、最後は家族で過ごさせてやろうと思い、こうしてこの国の王都に帰ろうとしているのだと話した。
「どうにかしたかったがどうにもならんかったのじゃ。……すまんな。このような重い話を聞かせて」
老人は頭を下げるが私は首を振る。
んー、馬車に乗せてもらったし別にいいかな。
「ううん。私はこうして便乗させてもらっている身だし愚痴ならいくらでも聞くしね。話すだけで楽になる事もあるしね。そうだ。私も回復魔法の腕には自信があるからシュリちゃんにかけてもいいかな？」
老人にそう提案する。
「ふむ。もしかしたら容態が良くなるかもしれぬ。やってくれ」
「わかった」
まあ、最初からシュリちゃんの病気を治すつもりでいたんだけどね。
本当に余命が迫ってきていたのが分かっていたから。
治す当てがあるならこっそりと病気の進行を遅らせる程度に回復させ、無いならゲルテさんから許可を取って治そうと思っていた。
だからわざわざ食事の際にゲルテさんの側で話ながら食べたのだ。
許可ももらったのでシュリちゃんの元に行こうとしたその時、
「は、くぅぅぅっっ！！」
シュリちゃんの馬車から声にならない悲鳴が聞こえてきた。
「いかん。発作が始まった！！」
私とゲルテさんは急ぎシュリちゃんの元に向かう。
「シュリ！！ 大丈夫か！？」
馬車の中には胸を押さえて苦しそうにしているシュリちゃんがいた。
「おじいちゃん……くるしいよぉ」
「大丈夫じゃ。大丈夫じゃ。シュリの病気はきっと治る。だからもう少し頑張ってくれ」
「うんぅ」
老人はシュリちゃんの手を取り大丈夫、大丈夫と繰り返す。
苦しそう。
今まで辛かったね。
もう大丈夫だよ。
「シュリちゃん、今までよく頑張ったね。もう大丈夫だから」
さてと、ちゃっちゃとやりますか。
回復魔法を発動させる。
いつも通りに自然に。
私から放たれた癒しの魔力がシュリちゃんを包み込む。
その瞬間、シュリちゃんはガバリと起き上がった。
「シュ、シュリ？」
「あれ？ 苦しくない。苦しくないよおじいちゃん！！」
「お、おぉ、もしかして、治ったのか？」
ゲルテさんはシュリちゃんを信じられない様な目で見る。
まあ、どんな名医であっても匙を投げたシュリちゃんの病気が、私の手によって一瞬で治ったのだしね。
「うん、もちろん。シュリちゃんの身体は正常な状態に回復している。病気は治ったよ」
「お、おぉ、おぉ」
「スピカお姉ちゃん。もうくるしいのはなくなったの？」
「そうだよ」
「シュリはお外で遊んでもいいの？」
「もちろん。でも、体力は落ちて体重も減っているから好き嫌いせずにいっぱいご飯を食べるんだよ」
「うん！！」
シュリちゃんは無邪気に笑う。
苦しいのはなくなっただろう。
痛いのはなくなっただろう。
これからはみんなと同じ様に遊べるよ。
幸せに生きてね。
「お嬢ちゃん。お嬢ちゃん。本当に。本当ににありがとう。シュリの病気を治してくれてありがとう」
ゲルテさんは泣きながら感謝の言葉を述べる。
もはや治す事は不可能だと思っていた孫の病気が治ったのだ。
こんなに嬉しい事はない。
そう言われた。
...なんだか不思議な感じ。
とっても嬉しい。
「いいよ、いいよ。馬車に乗せてもらったのと食事のお礼だよ」
でも、確かにシュリちゃんをかわいそうだと思う気持ちもあったが、何よりお礼をしたかったのだ。
この、滅多にいない善人の老人に。
この程度容易い事だしね。
情けは人のためならず。
だっけ。
メーティスが良く勘違いされるけど、情けをかけることは人のためにならないのではなく、めぐりめぐって自分のためになるってことわざだって言ってたかな。
ゲルテさんが私にかけた情けはすぐに返ってきたってことかな。
