大いなる癒しの竜少女～アンデッドの弱点は回復魔法です～ (旧題：過剰回復の竜少女〜回復は最強の攻撃です〜)

第1章 領地編

１１ 最悪な別れ

「ふぅ。これでいいかな」

　私は道場の庭に師匠の遺体を埋めて墓を作った。

「道場、ぐっちゃぐっちゃだし出来るだけ掃除していこうか」

『そうね』

　道場の中は中々に悲惨だ。

　主に不浄の化け物のせいで壁は崩れ、床は抜けている。

「あっ、師匠の剣と黒い宝玉。どうしよう」

　とりあえず抜き身の剣を鞘に戻し、黒い宝玉を拾い上げる。

「気配は弱まっているけどあんまり良くないものだよね」

『そうね。あの化け物の原因だし。壊すのも怖いし、かと言って放置しておくのも怖いわよね。とりあえず持っておきましょう。気配は弱いから大丈夫だと思うわ』

「わかった」

　剣を持って黒い宝玉を懐に入れた。

「掃除しようと思ったけど、一人でどうこうなるもんじゃないね」

『そうね。一人じゃ無理ね』

「今度人を手配して修復してもらおうか」

『それがいいと思うわ』

　道場の掃除は無理だと判断して、次は道場に隣接された師匠の家に向かう。

　最後に片付けてと言われたから。

「この家もどうしたらいいんだろう」

　そう呟きながら家に入ると、そこには手紙が置いてあった。

　手紙、と言うより遺書だった。

　ーーーーーー

　スピカよこの手紙を読んでいるという事はわしはお主と死合い、死んだのであろう。

辛い目に合わせて本当にすまぬなぁ。

にもかかわらずわしの願いを叶えてくれた事を嬉しく思う。

スピカよ、お主にはわしの剣を譲ろう。

話した事があるとは思うが、とあるドレイクの爪より作り出した業物じゃ。

お主なら十全に扱えるであろう。

その他にもわしが所有している物は全てスピカの譲る。それがわしに出来る最後の物じゃ。

スピカよ、お主は子供の頃から不思議であったなぁ。

竜の翼を生やしたり、強い癒しの力を持っていたり、尽きぬ魔力を持っていたり、精霊がいたり。

他の者が嫉妬しそうなほど沢山のモノを持っている。

だが、お主の剣技はお主のその強さに対するひたむきさが育てたものだ。

お主は闘気を扱う事が出来ぬ体質であるにもかかわらずここまで強くなった。

お主には度々自分の強さが正当なものなのかを悩んでいる風に見えたが、どれもこれもお主自身の力だ。

何も悩む事はない。

お主の力が正当なものでなければここまで強くなる事は出来なかったであろうからな。

スピカよ、自分の力に誇りを持つがいい。

精霊メーティスよ、どうかスピカをよろしく頼むぞ。

最後にスピカよ。お主はがわしの弟子になってくれて本当に良かった。どうか強く幸せに生きてくれ。

わしはそれを願っておる。　　　

ーーーデュラン・スターティアーーーーーーーーー

「師匠ぉ」

　涙は流さないようにしていた。

　師匠が死んだ時も泣かないようにしていた。

　強くあろうとしたあの日から泣かないように決めていたのだ。

「メーティス……私、今日は、今日だけは泣いてもいいかな？」

『ええ。泣きなさい。誰も咎めはしないわ。精一杯泣きなさい』

「うん。……うっ、うっ、し、師匠ぉぉぉぉぉっっ！！」

　涙が止まらない。

　大好きだったのだ。

　厳しくも優しい師匠が。

　師匠の望みとはいえ、私の手で殺めてしまったのだ。

　辛くないはずがない、悲しくないはずがない。

　堪えていたものが一気に溢れ出す。

「わあ"あ"あ"ぁぁぁぁぁ」

　一度溢れ出す物は止まらない。

　どれだけ泣いても止まらない。

　その場でずっと泣き続けた。

　ー▽ー

「うぅ、ひっく、ひっく」

　私は泣き続けた。

　ずっと泣いていた。

　それでもまだ涙は止まらない。

『スピカ、そろそろ帰りましょう』

　もう、太陽は沈みかけている。

　メーティスの言う通り帰らないと。

　みんな待ってる。

「ぐすっ、う、うん」

　立ち上がり帰路に着く。

　それでも、泣き止む事はなかった。

　夕日に照らされて、綺麗だと思っても泣き止まなかった。

　いろんな人々に泣いている姿を見られても泣き止まなかった。

　屋敷に帰り、それでも泣くボロボロな姿の私は使用人達と兄弟達全員に心配されるが、

「私は大丈夫。みんなありがとう」

　と泣きながらもなんとかニッコリと微笑んで自室に戻った。

　ボロボロだったので服を着替えてベットに座り込む。

　そして、そこでもまた泣き続ける。

　食事も摂らずに泣き続ける私を心配した兄弟達や使用人達は度々部屋を訪れるけど、一人にさせて欲しいと追い返した。

　今だけは、今だけは一人で泣かせて欲しかったのだ。

「すんっ、ぐすっ」

　ーーガチャリ

　それからもしばらく泣いていると、ノックもせずにズカズカと部屋に入ってきた存在がいた。

　父親だ。

　こんな時に。

「……なんの……用ですか……お父様」

「なに、泣いているようだから慰めにきてやったんだ」

　父親はそう言いながらドアを閉めて私に近づいてくる。

「ご心配には……及びません。どうか私を一人にしてください」

「つれない事を言うなよ。女が泣いている時は男が慰めてやるのが一番なんだ」

　父親はそう言って私を押し倒した。

「は？」

　あまりの出来事に一瞬頭が真っ白になる。

「俺が慰めてやるよ」

　そして、そのまま私の服に手をかけようとする。

「なっ、いやっ、やめてっ」

　ナニコレ、どうなっているの？

　気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

　メーティスの声が聞こえる。

　でも今はそれどころじゃない。

　抵抗しなきゃ。

　ジタバタと抵抗する。

　そして、

「ふ、ふっざけるなっ！！」

　何とか、この気持ち悪い男の股間めがけて蹴り上げる。

「ウッ……」

　そして、怯んだ隙に脱出し、今度は胴体を思いっきり蹴り飛ばす。

　蹴り飛ばされた気持ち悪い男はドアを突き破り、そのまま気絶した。

「はあ、はあ、ありえないっ！！　何なのこの男！？　実の娘を犯そうとするなんてっ！？」

　気持ち悪い、おぞましい。

　不浄の化け物なんかよりもずっと気持ち悪い。

　何なのこれあり得ない。

『スピカッ！！　あの男が目を覚ます前に逃げるわよ！！』

　あ、メーティス。

　そうだ、逃げないと。

「うんッ！！」

　人竜化して窓から飛び去った。

　ー▽ー

「はぁ、はぁ、はぁ、はぉ、はぁ、ふぅ」

『スピカ、大丈夫？』

「う、うん。少し落ち着いた」

　屋敷から飛んで逃げて向かった先はかつて命の危機に瀕した場所。

　竜さんが封じられていた所だ。

　一人になりたい時、度々ここに来ている。

　とっさに向かった場所がここだった。

「信じられない。父親ってあんな事するの！？」

『そんな訳ないわよ！！　おかしいのはあの男。スピカ、本当に無事でよかった』

「ああ、気持ち悪い。おぞましい。未だに寒気がして鳥肌が止まらない」

『スピカ。大丈夫、大丈夫だから。ここは安全だから』

　ある程度落ち着いたとはいえ、精神的なダメージは大きい。

　何せ、最も嫌いな男に犯されそうになったのだから。

　いくら私でもこれには心に傷がはいる。

　回復魔法で治せないのも厄介だ。

　その後もメーティスが賢明に私に語りかけて、ようやく本当に落ち着いてきた。

「……これからどうしよう」

　屋敷には戻れない。

　絶対に戻りたくない。

　しかし、突然家を出てきた訳だ。

　これからどうすればいいのかわからないのだ。

　自身が特殊な能力を持っているため、場合によれば家にいられなくなる事もあるかもと思っていた。

　だけど、あまりにも突然で最悪だった。

『そうね。今日はとりあえずここで夜を明かしましょう。その後は……この領地、と言うよりこの国には居ない方がいいわね。スピカはどこか行きたい国はある？』

「うーん。この近くの大きな国はアルカイド竜国とアルデバラン王国だよね。アルカイド竜国には竜族がいるから行っておきたいって思っていたけど、どうせ時間はあるよね？」

『そうね。仕方ない事とはいえこれからは自由に行動できるわ』

「だったら先にアルデバラン王国の方にいこうよ」

『いいわね。そうしましょう。どちらにせよ背後の山を越えるといけるわ。明日飛んで行きましょう』

「うん」

　こうして、行き先が決まった。

　アルデバラン王国。

　アルカイド竜国に続いて長い歴史をもつ大国である。

　私はそこに行くと決めた。