10 不浄の熊
「な、何これ……」
私の前に現れた巨大な熊のような化け物。
それは、爛れて腐った肉体を持ち、瘴気を撒き散らす。
「グオォォォォ」
『スピカッ!!』
不浄の化け物を呆然と見ていた私は、不浄の化け物に横から巨大な腕で叩きつけられる。
「かっはっ」
圧倒的な質量による一撃は私を簡単に吹き飛ばす。
全身がバラバラになりそうな一撃。
肉は潰され、骨は砕ける。
とっさにふた振りの剣でガードしたにもかかわらず、剣ごと粉々に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。
何なのこの化け物は。
「くっ、何こいつ。……お前、師匠に何をした!!」
私の叫ぶような声に帰って来たのは拳であった。
回復を終えた私はそれを回避する。
先ほどはくらってしまったけど、それほど速くないので回避することが出来た。
『スピカ、アレは師匠の肉体を核に動いているわ。それと、アンデッドと同じだから……』
「私の回復魔法を叩き込めば良いってわけだね」
アンデッドのような不浄の存在にとって、回復魔法などの癒しの力は天敵だ。
そして、私は強力無比な癒しの力を持っている。
私はその魔力そのもの自体に癒しの力が含まれており、回復魔法として行使すればアンデッドなら簡単に浄化することができる。
だから、かつて幼い頃の私でもノーライフキングを倒す事が出来た。
今回も同様のはず。
それに、師匠を核にしているということはこいつを浄化させてやれば。
「師匠をっ、返せぇぇぇっっ!!!」
私の手から放たれる膨大なエネルギーを核に術を放つ。
それは他者を傷つけるモノではなく、癒すモノ。
しかし、不浄の存在であるこの化け物にとっては危険極まりないモノ。
「グオォォォォオォォォォ!!」
回復魔法による攻撃は、不浄の化け物に確かに直撃した。
そして確実に浄化している手ごたえはあった。
しかし、不浄の化け物も負けじと禍々しい瘴気を放ちながら体当たりをかましてきた。
「当たるかぁっ!!」
威力は恐ろしい。
けどね、アクビが出るほどに遅いんだよ!!
師匠の方が何倍も速かった!!
「このままだと道場が崩れちゃうね。早く倒さないと」
私が壁に叩きつけられたり、化け物の体当たりを受けたりと道場の建物としてかなりのダメージ受けていた。
でも、こいつしぶといね。
強力な一撃を放たないと。
そうだ!
「師匠、お借りします」
粉々になった己の剣の代わりに、師匠の剣を拾い上げる。
「グオォォォォ」
その爛れた肉体を暴れさせる化け物。
再び、私を叩きつけようと巨大な腕を振るう。
それに対し、今度は避けなかった。
「ふっ」
迫ってくる巨大な腕を正面からバラバラに切り裂いた。
「グオォォォォオォォォォオォォォォオォォォォ!!」
不浄の化け物の肉体は爛れ腐っているけど、確かな質量と密度を持っている。
だから、闘気を扱う事が出来ない私にはそれをバラバラにする事は不可能であった。
普通ならば。
剣士が剣に闘気纏わせるのと同様に、私は己の魔力を剣に纏わせたのだ。
研ぎ澄まされた闘気が絶大な威力を誇るのと同様に、私の研ぎ澄まされた魔力は絶大な癒しの力を誇る。
それは、ただ回復魔法を行使するよりも強い癒しの力をはらんでいる。
つまり、闘気のように魔力を纏わせた私の剣は不浄の化け物を切り裂くなんて訳ない。
「このまま一気に決めさせてもらうよ!!」
そのまま次々と化け物を切り裂いていく。
化け物も必死で抵抗するが、それは無意味であった。
何もしなければ浄化されながら切り裂かれ、攻撃を加えても同様であった。
「はああああああっっ!! これでっ、終わりだぁ!!」
そして、一際研ぎ澄まされた魔力とともに放つのは"流星閃"。
それは、先ほどの形だけの"流星閃"ではなく、闘気による威力の代わりに多大な癒しの力が含まれた一撃。
「グオオオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
その一撃によって不浄の化け物は断末魔をあげながら完全に浄化され、崩壊していく。
そして、化け物が消え去った跡には黒い宝玉と師匠がいた。
「師匠!!」
慌てて師匠の元に駆け寄る。
「師匠!! ご無事ですか!?」
「ぐ、が、はあ、はあ、はあ」
ああよかった。
反応は無いものの意識はあるみたい。
ただ、かなり消耗している。
「ス、スピカよ」
「は、はい」
「あの化け物になっていた時も意識はあったが、見事であった。特に、最後の一撃。わしを倒した時のもそうであるが、あれは我らが奥義である"流星閃"とは異なるもの。そうじゃの……"竜星閃"とでも名付けよう」
「"竜星閃"……」
確かに私が師匠と不浄の化け物に放った最後の一撃は通常の"流星閃"とは異なるものだった。
今思えば師匠との対決中、極限状態の中で"流星閃"を改良し生み出したもの。
私の特徴とも言えるその翼で突進の勢いを加速させたものだった。
「そうじゃ。"竜星閃"じゃ。それがわしを打ち倒した技。お主のお主だけの奥義じゃ」
"流星閃"を超えた私だけの技として師匠が名付けてくれた。
そして、そこまで言うと師匠は大きく吐血した。
「師匠!! 今、回復魔法をかけます」
慌てて師匠に回復魔法をかけようとしたところ、
「いや、いい」
師匠はそれを断った。
「でも……」
「あれだ。ワシはじきに死ぬ」
「え?」
「元々寿命だったのだ」
私に抱えられた師匠はそこから急速に老けていく。
先ほどまでの若々しい姿ではなく、肉は落ち、皺が刻まれ始める。
「ワシは悟った。もってあと10日ほどしか保たないと。だから、あのような化け物と契約を交わし、このような凶行におよんだ」
師匠は語る。
昔、とある遺跡で黒い宝玉を見つけたこと。
その黒い宝玉はあまりにも禍々しく、放置している方が帰って不安で常に持ち歩いていた事。
ある時、黒い宝玉から契約を持ちかけられたこと。
「黒い宝玉の事は無視していた。しかし、寿命を悟ったわしはその誘惑に負けてしまった。剣士として死にたいが故に。スピカと全力で戦いたいが故に。まさか、わしが負けた瞬間に黒い玉がわしを乗っ取るとは思いもしなかった。すまぬ、すまぬなぁスピカ。お主はわしと戦う事すら嫌だっただろうに。それを強制してあまつさえあの様な化け物と戦わせて。本当にすまぬ」
「ううん。いいんだよ師匠。師匠は私に剣を教えてくれた。弟子にしてもらった時、子供もいいところなのにちゃんと教えてもらった。師匠には貰いっぱなしだったのだもん。ずっと恩返しがしたかった。だから、師匠の願いを叶えさせられたのなら私は嬉しいよ」
辛かった。
痛みなんてどうでも良いほど辛かった。
師匠を切るのは本当に辛かった。
だけど、師匠はそれを望んでいたのだ。
どんなに辛くても師匠の望みを叶えたかった。
だから師匠と戦った。
「ふっ、本当にお主はできた弟子じゃ。スピカよ。ありがとう。わしを剣士として死なせてくれて。スピカよ、我が最愛の弟子よ。ありがとう。わしの家をかた……ずけ……」
バタリと私の頬に触れていた手が落ちる。
「師匠? ……ししょおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
師匠の命が途切れるのを感じた。




