亡国の最後、その2
転移先は西の国境付近だった。
荒れた草原に荒々しい風が吹き荒れる。
「リオン」
「ここにいます、巫女様」
「あれが見えますか?」
国境沿いには地平線を覆い尽くすように敵陣が進軍している。
私が倒さねば、やがてその不気味な足音が国を蹂躙するのだろう。
「はい」
「あれが恐ろしいですか」
「いいえ」
リオンは迷うことなく即答した。
「巫女様がおられるからです」
「買いかぶられても困ります。今回ばかりは私の手に余るかもしれませんね」
「いつもそう言って全勝なさってるではありませんか。巫女様はとても強い御方です」
「はぁ…………」
真っ直ぐに此方を見つめるリオン。
その瞳には一片の曇りもない。純粋に私の力を信じている。
だが、そのリオンの盲信的な態度もそろそろ直して欲しいところだ。常日頃から肩肘を張りすぎて此方の疲労が溜まっている。
すこしは……こう、もっと本心を見せて欲しい。
そうこうしているうちに、敵軍もいよいよ国境を越えようとしていた。国境を超えれば戦闘が始まる。侵略したという明確な理由付けが出来たからだ。
「巫女様、そろそろ……」
「リオン、時間のようです」
「はい」
全てを察するかのように、リオンは私から距離を取った。
私はゆっくりと目を閉じる。
全ての音が遠ざかり、あらゆる感覚が消えていく。
私は直感を頼りに眼下の暗闇を彷徨う。
見えない世界、所謂精神世界とでも言えばいいのだろうか。
その世界の中に意識をねじ込む。
どこまでも深い暗闇のなかで、闇よりも暗く、鈍い紅さを放つ光を探す。奴の姿を探す。
__________いた。
地の底で蹲る光があった。
私は声にならない声を発した。
__________来い。
奴が水底から私を見上げた。
「来い、紅月鬼」
目下が焦土と化していくのを私は冷めた目で見ていた。
鬼が槍を一振する度に何十という兵が吹き飛ぶ。戦闘と言うにはあまりにも一方的すぎる虐殺。誰もが目を逸らしたくなるような光景だが、私はいつもの様に見つめていた。
やがて全ての敵を屠ったとき、鬼は私の元へ戻ってきた。
「紅月鬼…………?」
だが鬼はいつものように消えず、私の後方を指さした。
「何かあるんですか?」
鬼は答えない。最も、鬼が喋ることなど今までに1度としてなかった。だが、鬼の表情はいつになく真剣だった。
黙って振り返ると大きな火柱が遠目に見えた。
それはちょうど、城があるはずの場所だった。
「……………………っ城が………………………………」
驚愕のあまり瞳孔が開く。
そんな、まさか。
ありえない。敵は全て屠ったはずだ。
なのに、なのに、なのに
なぜ城が燃えている?
なぜ火柱が上がっている?
なぜ転移陣は消えている?
なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、なぜ、
何故だ____________________
国王は?
国王はどこへ行ったのか。王都は?民は?城は?兵は?彼らは何処?
嗚呼。
咄嗟にリオンを呼ぶ。彼もまさかいなくなったのか?
リオンは。リオンは居るのだろうか。
「リオン………………」
「御身の傍に、巫女様」
「リオン。あれは………………」
「城が……燃えています」
「リオン、リオン。何故ですか?私は敵を屠りました。全て殲滅しました。何故ですか?答えてください、リオン!」
「恐れながら、私も解りません。ただ、炎の規模から推測しますと王都は全滅かと思われます。」
端正な顔を歪めてリオンが歯をくいしばる。悲しみと怒りとが入り交じった感情が彼を包んでいた。
それ見て、私も認めざるをえなかった。
王都が燃えたということは国が亡くなることを意味する。
巫女は国を守るのが役目だというのに。
守るために、数え切れぬほどの敵を殺してきたというのに。
汚れた手は、血で染まり切っているというのに。
私は。私は何のために生きていたのか?
守るべきものは失って初めて価値を知るというが、価値を知る大切なものを失った者はどうなるのか。
嗚呼。嗚呼。
「________________私は、守りきれなかったのですね」
その日、公国アルノールは滅びた。
その日、私は全てを失った。