帰宅
門から玄関までの数メートルの雑草をかき分けながら、玄関ドアまでたどり着く。
懐かしさがぐっとこみあげてきて目の前がかすんで一瞬見えなくなった。
ドアノブに手をかけて引いたが、ガチリ、と音がして鍵が閉まっている音がする。
病院の洋服と一緒においてあったもの。
入院する前に使っていたキーホルダーを取り出す。
鍵穴に差すときちんとハマり、カチリ、と鍵の開く音がした。
ドアをあけると、埃っぽいにおいと懐かしい家の匂いが一緒にぶわっと噴き出してきた。
「ただいま」
声をかけながら入るが、やはり帰ってくる声はない。
廊下を通り、リビングを見渡し、キッチンも見る。
一階の座敷の部屋も見て、向いのバスとトイレも。
やはり何年も使われなくなっているようでどこも埃がたまっていて
場所によっては軋んでいたりした。
二階に上がり、父の書斎、父と母の部屋、そして自分の部屋を見る。
なにもかも自分の記憶の通り残っていた。
本棚の本ですら少し黄ばんでいるが、そのままである。
自分の部屋の窓を開けると、とりあえず埃を外に出し、
ベッドにあった布団をベランダの手すりに干す。
風呂場にあった雑巾をもってきて、部屋のあちこちを拭いて、
自転車で運んできた荷物を自分の部屋に上げた。
ペットボトルの水を少し飲み、
缶詰と水でふやかしたカップ麺を少しだけ食べる。
カップ麺は食べれなくはなかったが、微妙な味だった。
(これから、どうしよう…)
自転車で移動した1時間、木に飲み込まれた街はとても静かで
人どころか動物も、虫さえ見当たらなかった。
自分の病気がなぜ突然治った謎。
人が一人もいない謎。
いないだけでなく死体や骨の痕跡もない謎。
分からないことだらけだが、カラダは久しぶりの運動に疲れていた。
部屋を一通り綺麗にして、布団を取り込んだら、日が沈み始めた。
ちょっと考えたが1階に降りて玄関の鍵をかけ、ベランダの窓もしっかり鍵を掛けて、布団にはいることにした。
細かいことは明日起きたら考えよう。
そう思いながら。