参話『想いと願い』
あれから数分後、眠っている瑞希を起こしてタクシーから降りると病院の中へと連れて行った
検査の結果、どうやら腕の骨にヒビが入っていたらしい
完治するまであまり腕に負担をかけないようにと、医者から言われた
瑞希は医者に礼を言って待合室にいる徹矢と巳透の所に行って名前を呼ぶ
徹矢は苦い顔で瑞希の固定された左腕を見つめてくる
「…医者は、なんて?」
二人の重苦しい空気に巳透が間を割って瑞希に問うと、聞かされた話をそのまま話した
「まぁ、大したこと無いですから気にしないで下さい」
「何が“気にするな”だ!お前って奴は、本当に無茶しやがる!!」
瑞希の“気にするな”の言葉に、巳透は荒々しく瑞希の頭を撫で回す
「ちょ、巳透さん髪が乱れます!ついでに声デカいですから!!」
瑞希は小声でそう言うと、巳透は我に返って「自業自得だ!」と小声で返した
「…巳透」
「あ?なんだよ」
二人が話していると、先程から黙っていた徹矢が口を開いた
「帰りは車にする。二台呼んどけ」
「は?二台??」
「一台はお前。もう一台は俺と瑞希が乗る」
「……チッ…分かったよ」
徹矢の言葉の意味が分かったのか、巳透は自分の頭を掻きながら携帯を片手に病院の外に出て行った
巳透が居なくなると、また少し気まずい空気が流れそうになり瑞希は必死に何か話題をと考えるがなかなか見つからない
(どうして何も浮かばないのー!?)
「……すまない」
「えっ?」
すると、徹矢がいきなり頭を下げて謝ってきた
「あの時、もう少し俺がキツく別れ話をしていたら…女が追ってくることも、お前が怪我をすることもなかった」
まるで、徹矢は自分を責める言い方をして「本当にすまない」と謝罪の言葉まで述べる
瑞希はそんな徹矢に対して、“申し訳なさ”よりも“何故謝るの?”という疑問を抱いた
ゆっくりと徹矢に近づき、未だ頭を下げている徹矢の肩にソッと優しく触れる
「…徹矢は、私と出逢ったことを……後悔していますか?」
その寂しそうな声に徹矢が顔を上げると、瑞希の顔がとても優しい顔で徹矢をみていたのだ
「私は、後悔してないです。絶対しません、アナタと出逢った今日を」
だから自分を責めないでと瑞希は付け足した
その言葉に徹矢は昔の記憶を思い出した
『…自分を責めないで』
護りきれなかった…二度と戻れない過去
「っ徹矢?!」
「…あ?」
瑞希の驚くような声に我に返った徹矢は、自分の異変に気付く
徹矢はいつの間にか涙を流していた
瑞希は慌ててハンカチを取り出し涙を拭こうと手を伸ばした瞬間、徹矢が自分の胸の中に瑞希を引き寄せた
何が起きたのか理解出来ていない瑞希は徹矢に抱きしめられながらフリーズしてしまう
「……お前も…同じ台詞を言うんだな…」
(……えっ?)
ボソリと呟いた徹矢の言葉に、何か引っかかりを覚える瑞希だったが次の言葉に頭は更に混乱へと導かれてしまう
「今度は絶対、俺がお前を護ってみせる。絶対に傷付けたりしない。悲しませたりしない。…………絶対にだ」
決意を決め込む真剣な声に、抱き締める力が強まるのが分かった
瑞希は何もせず、されるがままでいた
だが次第に冷静になっていく瑞希の頭には気になる言葉が頭から離れなかった
徹矢の言葉に、疑問が過ぎる
(…徹矢、お前も同じ台詞をって言ってた)
まるで前にも言われたような口振りに、その後の言葉も瑞希でなく他の“誰か”に向けての言葉に思えた瑞希は、徹矢に腕が痛いからと言ってゆっくりとだが離してもらった
俯いたままの瑞希に、どうしたのかと心配になった徹矢
「……どうし────」
「今、アナタは誰を見ていますか」
徹矢の言葉を遮って話し出す瑞希は、俯いていた顔を徹矢に真っ直ぐ向けた
その瞳には、どこか悲しみを感じた
「アナタは言った。“お前も同じ台詞を言うんだな”って。その後の台詞も、まるで私にじゃなくて他の誰かに言っているみたいに」
「っ……」
「私は私です。誰かと重ねて私を護るなんて言わないでくれませんか?……誰かと重ねられるくらいなら、もうアナタとは絶交です」
瑞希は言い終わると、そっぽを向いて長椅子に座り込んだ
そんな時、電話をしに出て行った巳透が帰ってきた
「徹矢ー、あと十分で車───・・・って何やってんの?」
巳透は二人を交互に見比べる
瑞希はなんだか怒っているみたいだし、徹矢は徹矢で立ったままでいたのだ
不自然な二人の姿は暫く続いた
すると、どこからかマナーモードのバイブ音が聞こえた
「…あ、すみません。ちょっと抜けますね」
「………」
「お、おう」
どうやら瑞希の携帯からだったらしく、二人に断りをいれようと返事を待つと巳透の許可が取れたので、瑞希は急いでどこかへ行ってしまった
「……何があったんだ?」
「…別に。それよりお前、瑞希とのこと後で“全部”話してもらうからな」
瑞希が去った後、巳透は先程の事を聞こうと徹矢に話しかけるが上手く話を反らされた
巳透は溜め息を吐き、瑞希が座っていた長椅子に腰を下ろす
「徹矢…もし瑞希に本気なら、無駄だぞ」
「……どういう意味だ?」
「さっきは言いそびれたけどな、アイツは……」
「巳透さん!徹矢!」
「なんだ?」
巳透が言いかけた時、丁度瑞希が慌てて帰ってきたので話は中断された
瑞希の慌てように何事かと巳透と徹矢は顔を見合わせ、近付いてくる瑞希をみた巳透が立ち上がる
「どうかしたのか」
そう聞く巳透に瑞希は荒い呼吸を整えてから話し出した
「さっきの電話、バイト先からだったんですけど……なんだか大変みたいで」
「…あ?あー、またどっかのヤローが暴れてんのか?」
「はい。それで、私が巳透さんと今一緒に居るのを言ったら一緒に連れて来てくれないかって……電話越しで酷い物音も聞こえたし、店が心配です」
瑞希は心配そうな顔で自分の携帯を片手にギュッと握り締める
それをみた巳透は少し考えて、分かったと一言返事を返した
「じゃ、俺と瑞希が同じ車で徹矢は……」
「待て。俺も一緒に──」
「徹矢が来ても酷くなるか、ややこしくなるだけだ」
巳透のあまりに冷たい言葉と視線に驚く徹矢
表情は分からないが気まずい雰囲気に戸惑っている瑞希、とタイミング良く誰かが此方に走って来た
「すみません!お待たせしました。言われた通り車二代用意出来ました」
「おう。んじゃ行くぞ」
瑞希の手を掴んで歩き出す巳透に徹矢は瑞希から巳透の手を払いのけた
呼びに来た男子は既に居なかったが、瑞希は驚いた顔でその光景をみていた
「ってぇな。何すんだよ徹矢」
「…行くならお前一人で行けばいい」
「はぁ?瑞希が行くって言ってんだろ」
「お前一人で十分だ」
「っふざけんなよ!」
巳透はカッとなり、徹矢の胸ぐらを掴む
今にも殴り合いが始まりそうな
そんな雰囲気だった
「いいかげんにしなさい!」
「「っ!?」」
いきなりの瑞希の怒鳴り声に二人ともが驚き振り向く
「徹矢も巳透さんも
ちゃんと私の言葉聞いていましたか?
言い合いになるくらいなら、お二方が帰ってくれて構いませんから!」
瑞希は言い終わるとツカツカと外に歩いていった
そして一台の黒い車に乗り込むと、車は直ぐに動き出してあっという間に行ってしまったのだ
ハッとして我に返った巳透は舌打ちをして頭をガシガシと荒々しく掻いた
「っくそ!やっちまった!!今直ぐ追い掛けねぇと……」
「俺が行く。お前は帰れ」
慌ただしく外に出ようとした巳透を止めて、徹矢は言い放った
しかしここで引き下がる巳透ではなかったのだ
徹矢の方に振り向いて、また胸ぐらを掴む巳透の顔は怒りと不安にも似た顔だった
「っるせぇよ!俺が駄目なんだよ!!…俺は、あん時に決めたんだよ……」
(アイツを守るって…決めたんだよ、俺は)
そこまで言うと巳透は俯いた
胸ぐらを掴む巳透の拳は、微かにだが震えていた
徹矢は知らない
今日会ったばかりの瑞希の事も
巳透がこんなにも誰かに執着するのも
この二人の出逢いも……
徹矢は知らないのだ
だから知りたいと思い
その反面、知りたくないと思っている
今ここで、巳透に聞けば簡単だ
けれどそれで本当に良いのだろうか?
いや、今はまだ聞かないでおこう
それよりもまずやらなければならない事が自分達にはある
徹矢は一つ溜め息を吐くと、巳透の拳を自分の胸ぐらから引き離した
「…巳透。俺とお前の今の気持ちは同じ筈だ。なら、やることは一つだけだろ」
「……そうだな。あの馬鹿瑞希の所に行くか」
二人はもう一台の車に乗り込み、瑞希の後を追った
今日会ったばかりなのに何故か気になって手放せないでいる徹矢
二年前のあの出来事から守ることを誓った巳透
彼らの物語はまだ始まったばかりなのだ