壱話『気持ちと興味』
「……有り難う御座います…」
結局、断れ切れずに手当してもらった私がそう答えると、良いタイミングで徹矢の携帯が鳴りだした
「なんだ」
徹矢が電話に出た途端、電話越しから男の人の怒鳴り声がいきなり漏れだして徹矢が耳から携帯を遠ざけていた
さすがに、なんて言ったかまでは分からなかったけど(怒鳴り声が五月蠅すぎて)電話越しの相手が相当キレてることは分かり、私は少し不安になった
自分のせいならどうしようと徹矢を見上げていたら、それに気付いたのか徹矢が頭をポンポンと優しく撫でてくれた
まるで、大丈夫と言い聞かせてくれているように…
「巳透、ウルセェ。何言ってるか分かんねーよ」
徹矢がそう言うと、またしても携帯越しから怒鳴り声が響いてしまい、とうとう右耳から左耳に携帯を持ち替えてしまった
きっと右耳がキーンってなったからなんだろうなと、私は苦笑した
巳透……って友達、かな?
ん?でも、どっかで聞いたことある名前のような……?
気のせい、かな?
「……ああ、分かった。もう少し待ってろ」
徹矢は巳透と言う人にそう言うと電話を切った
…待ってろってことは、待たせてるんだよね?なら私はお邪魔だよね
少し寂しさが残るが、相手を待たせている徹矢に悪いと思い話しかける
「…あの、もう大丈夫ですから…待たせてる相手の方に行ってあげて下さい」
軽く会釈をして去ろうとする瑞希に、最初のように徹矢が止めた
「えっ?あ、あの?」
「……俺も行く」
「え?でも…」
「アイツらなら平気だ」
徹矢はそう言うと瑞希の手首を持ち、本屋へと向かっていく
「…あ、あの……」
「買えたか?」
「はい…」
あの後、本屋に来た私は欲しい本があったので徹矢に店の前で待ってもらい急いで買って徹矢の所に戻った
あまり待たせると悪いと思ったから
「そうか。じゃあ……」
「きゃあぁぁぁ!」
徹矢の言葉を遮ったのは瑞希でなく、遠くからの女性の悲鳴の声だった
そちらに視線を向けると、床に座り込んだ女性と、こちらに走ってくる黒い帽子を目元まで深く被った男性が見えた
「引ったくりー!誰か捕まえてー!!」
「チッ!どけどけー!」
女性がそう叫んでいると、こちらに近づいてくる男性は懐から折りたたみ式ナイフを取り出して振り回した
これでは誰も手が出せない
「…下がってろ」
危険を感じた徹矢は自分の背中に瑞希を隠し、男性の方に立ち向かおうと一歩足を前に出した瞬間
徹矢の横を通り過ぎて男性の方に向かう瑞希の姿があった
「…っ!?」
「どけ!」
飛び出した瑞希は前から来る男性に怯むことなく道を塞ぐ
折りたたみ式ナイフを、道を塞ぐ瑞希に向けて真っ直ぐに向けた男性
それを見ていた徹矢は、慌てて駆け寄ろうとする
が、目の前で有り得ないことが起きたせいで徹矢は驚いて立ち止まってしまう
「…っせい!」
「っあぁ!?」
それは一瞬だった
ナイフを持った男性の腕を掴み、その勢いで思いっきり投げ落としたのだ
こういう技を“背負い投げ”と言うのだろうか………否、一本背負いと言う技で相手を地面に叩きつけた瑞希はナイフを奪い遠くに転がした
「返してもらいます」
瑞希はそう言って男性の反対の手から女性の荷物を奪い取り返した
瑞希の一本背負いがそうとうのものだったのか、男性は気絶をしていた
「大丈夫ですか?怪我とか、してませんか?」
「は、はい。有り難う御座います…!」
先ほどと違い、何かのスイッチが入ったように凛々しい顔で女性の手を取り立ち上がらせた瑞希
「いえ、それならいいんです」
そう言ってニコリと綺麗に笑う瑞希をみて、周りにいた男女達(野次馬)の頬がうっすらと赤くなる
女性も凛々しい瑞希をみて、軽く頬を染めている
徹矢はあまりのことに固まっていた
まさか、あそこで出て行くとは思わなかったし技のキレも見惚れるくらい綺麗に決まったことに驚いているのだ
「徹矢…?」
すると、フリーズした徹矢に気付いた瑞希が駆け寄ってきた
呑気なことに、瑞希は「大丈夫ですか?」と徹矢に微笑を浮かべた
だが徹矢はその問いかけに答えず、頭に浮かんだ疑問を口にした
「…どうして、あんな技を知っているんだ?」
「えっ?ああ…アレですか?」
何の事だと一瞬考えてから、先ほどのことを思い出す
「実は私、働いてるバイトが居酒屋なんですけど……まぁ、いわゆる“そういう人達”が集まる居酒屋で…」
「“そういう人達”?」
「えっと……徹矢と同じ人達、です」
なんだか歯切れの悪い言い方で、でも確信的な言い方をする瑞希に、徹矢は目を見開いて驚いた顔になる
「最初は…少し周りと違うなと思ったんですけど……」
「けど?」
「徹矢のことを少しだけど知って“ああ、この人は上に立つ人なんだな”って…………どこかの総長さん、ですよね?」
「………っ!?」
「…やっぱり、そうなんですね」
苦笑いしながら少し乱れた髪を整えている瑞希に何も言わなくなった徹矢
その顔は少し、悲しみからの思いが見え隠れしているようにみえた
私はハッとして鞄からあるものを取り出し、徹矢の手の中にそっと置いた
「…これ、今月限定の無料券です。良かったら、来てくださいね」
徹矢はあまりのことに瑞希と手の中にある“紅桜”と店の名前が書いてある無料券を交互に見返す
「……いいのか?」
「はい。いつでも来てください!夜はほとんどそこにいますし」
「…気が向いたら行く」
素っ気なさそうに言って無料券を財布の中に入れた徹矢