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1話目

 

  「またそれかお前は。また、見て見ぬふりは可哀想だよ、か。いい加減にしろ」


 ついこの間は仔猫。羽根の切られた鳥、死にかけた老犬、脚の無い兎。

 出掛ける数だけ世間に見捨てられた動物達を拾って来る私の手元には、血と野生の臭いが絶えない。

 そして大抵、私達に拾われた動物達は世間に捨てられたの同様に呆気なく世界からも捨てられる。


 見て見ぬふりが可哀想か。


 拾う理由はその言葉で纏めるにはエゴに過ぎるかも知れないけどな。


 私は「聞いてんのか」と呼びかける相棒を片手で制して、牽制された方はおい、と苛立たしげに私の肩を大きな手で引いた。しかし言う事を聞かないことが分かっているのか、力加減はさほど強引ではない。

 先程もそうしたように、うち捨てられた命の器を覗き込む。


 転がっているのは1体の人間である。


 言語の通じる生き物が捨てられているのは初めてだが、満身創痍で気を失っているという点では例外では無い。

 そもそも生物としての種類は私にとって重要なことでは無かった。

 それは相棒にとっても同様で、私の目の前で死かけているものという条件を満たせば動物であろうが人間であろうが「厄介者」だ。

 しかし「邪魔者」とは言わない。

 そういう人間なので、私が骸のような人間の身体の臭を嗅ぎ出した頃には。全身から不満を噴き出しながらも隣に並んでしゃがみ込んでいた。

「...幼いな」

 地面に仰向けに伸びた15そこそこ程の少年は、世間では「若い」の範疇であろうが、人から存在を忘れられた生き物は大概は老体であるので酷く幼く見えて当然とも言える。

 私は頷いて少年の顔に掛かった髪を掻きあげる。

 ぎゅっと眉が寄せられている。

 死人の様な風体だったので表情というものが生きている証に思えなくもないが、寝ている間の素にしてもそうでないにしても、看てやらなければ、という気にさせるような顔だった。

「可哀想になぁ」

 でしょう?

 私がにこにことしながら振り返ったのが気に触ったのか「拾わねぇからな」と舌打ちのおまけ付きで釘を刺される。


「でもさ、こんなのが流れてくることって初めてだよね」

「だからどうしたよ。これがコアラでもゴジラでも変わらん」

「ゴジラ?」

「例えだ。人間には尚更関わるな、面倒臭い」

「人間にはね」

「なんだ?こいつはどこからどう見ても人間だろうが」

 私は鼻を鳴らした。相棒は不審気に私の鼻面を軽く叩き、じゃあ何だって言うんだよ、険を強める。

「匂いが人間とちょっと違うんだよ。美味しそうな感じ」

「美味そうな感じ?そうか犬は骨っこが好きだもんな」

「まぁいいからさ、じゃあこの骨っこをうつ伏せにひっくり返してくれない?」

「はぁ?」

 少年は浅黄色の袖がゆったりとして帯のある、浴衣に良く似た服を着ていた。そしてその体の細さが粗い布越しにも良く分かる。しかしうつ伏せにするのは私では無理な仕事なのだ。

 相棒は何度目かになる舌打ちを挟んで、「....仕方ねぇ」と少年の肩に手を掛け、特に造作もなく背中側を表にさせた。

 付着した乾いた土がほろほろと剥がれていくが、本体の方はまるでぴくりともしない。相棒は一応顔を横向きにさせて窒息しないようにしてやった。


「ほら。で、どうなんだ」相棒は苛立たしげに嘆息する。

「分からないの?背中だよ」


 これまでで一番不機嫌そうな顔をした彼が、私に促されて少年の背中に視線を落とす。

 一見何も無い。ただの背中だ。

 強いて言うならばの程度で、元々か、それともうつ伏せにさせたことでか、帯から上が不自然に膨らんでいる。

 よく見なければ分からない起伏ではあるが、注視すればその丘が皺にしてはなだらかで、中身が存在しているという事がとれる。

 場所を示すならば、背中の中心あたりから肩甲骨にかけて。特に肩甲骨外側で大きく隆起している。

 相棒もその異物に気付いたのか、微かに上下する背中にそっと手を置いた。

 予想した通りではあるが、その膨らみはただの服の目立つ皺などではなく、大きな手のひらの質量に潰れることは無い。


「なんだ、これ...」


 私は答える代わりに服の裾に噛んで頭側に引っ張り上げた。

 解けかけていた帯がぱたりと地面に伏す。

 あらわになったのは、少年の白い背中。


 そして翼の残骸だった。


 肌の内を這う岩壁のような硬質の筋肉。

 岩肌は近くの岩肌と徐々に絡み合いながら面積と標高を増し、背骨の中点あたりから両肩の先に向かってぐにぐにと登っている。その正体はちょうど肩甲骨の斜め下あたりで肉体から顔を出していた。


「翼。でも、折られてる」

「...そんなそたぁ見れば分かる...」


 隣で固唾を飲む喉音が鳴った。


「やっぱり美味しそうだよね?」

「一緒にするな。...吽界には鳥人間なんていなかったもんだから驚いてんだよ」

「鳥人間じゃないよ。翼人(よくびと)って言うんだ。阿界では神の使い扱いの希少価値のある動物さ」

「動物...有り得ねぇと思ったらそういうことか」

 そういうことなんだよ、と私は応える。


 ここは阿界と吽界、二つの世界の狭間。それらの世のどこでもない場所。

 そして人々から存在を否定された「動物」達が、悲しい命の骸が、流れ着く場所。


「ね。気になるでしょ?本来翼人は人間に崇められる存在なんだよ。これは阿界で何かあったんじゃないかな...。

 サタ、みたいに」


 相棒は長く息を吐いた。

 それは迷子になっちまったってことか、と問われる。

「そうだね。戻れる可能性がある可能性があるってこと」

「紛らわしい言い方をするな。

 ...運ぶぞ。玄関開けてこい」

「やったぁ!」

 「まだはしゃぐには早いぞ。話を聞いて見当違いだったらすぐ追いすからな」

 よっこいせと少年を肩に担いだその横を弾むように駆け抜ける。その背中を踏みかけたらしき相棒がうわっと声を上げた。

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